星の子どもたち   作:パーペチュアル

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第一章 星野アクア/斉藤ミヤコ
Emerald 1


 

 

 

 アイが亡くなって間もなく、夫の斉藤壱護が失踪した。

 後日、苺プロに届いた封筒。内容物は、夫の項目が記入済みの離婚届と、一枚の紙キレ。殴り書きされた文字が、涙と思しき水分で滲んでいた。

 

『お前は好きに生きろ』

 

「……ふざけんじゃないわよ」

 

 何が「お前は」だ。自分は全てを置き去りにして姿を消したのに、後始末は全部私にやれというのか。これはお前が始めた事業だろう。そもそも私は美少年と一緒に仕事がしたかったから苺プロに入っただけなのに、なんで――。

 

「ふざけんじゃないわよ!」

 

 その日、私は久しぶりにヤケ酒して、事務所の机に突っ伏して寝てしまった。

 

 

 

「ん……」

 

 机で寝たせいか、身体の節々が痛い。そういえばメイクも落としていなかった。今何時だろう。ああ、それよりも喉が渇いて……

 

「ほら」

「アク、ア?」

 

 ぼやける視界の中、浮かび上がったのは金髪の少年。私が引き取った双子の片割れ。アイの、忘れ形見。

 見れば、アクアがミネラルウォーターのペットボトルをこちらに差し出していた。それだけでなく、私の背中に毛布がかけられていたが、これも恐らくアクアが持ってきてくれたのだろう。

 礼を言って水を受け取ると、一気に3分の1ほどを喉に流し込んだ。ほどよく冷えた軟水が嚥下していくにつれ、次第に意識がはっきりしていく。

 

「大丈夫か?」

「母親失格ね……私」

「ミヤコ?」

 

 机の上に並ぶ、ビール缶の数々。誰がどう見てもヤケ酒で潰れてしまったのは明白だ。 

 何という醜態。この子たちを守らなければいけないのに、逆に私が心配をかけているという体たらく。

 

『二人が良ければ、本当にうちの子になりませんか?』

『私は君たちを自分の子どもの様に思ってる』

 

 そんなに昔の話でもないというのに、そう意気込んだのは何処の誰だったか。自分が恥ずかしくてみっともなくて堪らない。

 だというのに――。

 

「ミヤコは良くやってる、と思う」

「アクア……?」

「ルビーはさ、ミヤコと一緒に寝ると、すごく安心したように眠るんだ」

 

 知っている。悲しみを常に抱えている瞳が、その時は穏やかになって夢の帳に落ちていくのを目にしている。

 

「最近は少しずつだけど、笑うようになったんだ。アイが生きてた時みたいにさ」

 

 感じている。ぼんやりと闇を纏っている瞳が、僅かながらに輝きを取り戻していくのが、判る。

 

「だから、ミヤコが恥じる必要なんて、何処にもないんだ」

「アクア……」

 

 手を伸ばす。身体を掴み、アクアの頭を胸元に抱え込む。

 温かい、子どものぬくもり。大人の自分よりも遥かに小さいはずなのに、内に秘める熱量はむしろ私よりも大きく感じられる。――良きにしろ、悪きにしろ。

 

「アクア」

 

 だから、言わなくてはならない。たとえ仮初めであったとしても、私はこの子の母親なのだから。

 

 

 

「復讐を、やめなさい」

 

 

 

「……は?」

 

 アクアが私を見上げてくる。先程の優しい気遣いはどこへやら、何を言われたのか理解できてない呆然とした表情で。

『何で気付かれた!?』という苦悩が、焦燥が、雄弁に顔に張り付いていた。

 

「はぁ……、図星だったようね。外れていてほしかったのだけれど」

「ミヤコ、何で……」

 

 アクアはもはや取り繕うこともせず、泣きそうな声で問うてくる。私は抱きしめていた腕を一旦離し、両手で彼の顔を挟み込む。

 

「貴方、暇さえあればずっとアイの携帯を触っているでしょう?」

「……それが、どうしたんだよ」

 

 アイの遺品の一つ、ガラケーの古い携帯電話。食事中もアクアが触っていたのを咎めたら、「アイの想い出の写真がどうしても見たい」と返され、そう言われてしまっては強く出られなかったのを覚えている。

 だがパスコードが判らないらしく、だからこそ日がなポチポチ番号を総当たりしていたわけだ。

 そこで私は思い出した。壱護とアイが打ち合わせをしている時、アイは時々古い携帯を触り始めることがあった。その時のキーの打鍵音は6回。最後は決定ボタンだと考えられるから、パスコードは恐らく5ケタ。加えて、2回目と3回目の打鍵音は間隔が少なかったから、同じ番号ではないのかと。

 それをアクアに告げたとき、彼は今までにないほどに瞳を輝かせ、礼を言ってきた。こちらがたじろぐような迫力で。

 

 だからこそ、余計に印象に残ったのだ。

 アイの携帯と格闘しているアクアの表情は、とても母親の想い出を楽しみにしているようなものではなく、むしろ――。

 

「私は女子高出身なんだけどね。一年の時、私と特に仲が良かった子が居たんだけど……その子は二年に上がってから、クラスで虐められるようになったの」

「……」

「虐めていた子たちはクラスでも有名で、怖い大人と付き合ってるって噂があって……私はあの子が虐められているのに気付いていたけど、庇ったら標的が私になるんじゃないかって考えたら怖くて、あの子と距離を置いて、見ない振りしてた……。

 一度、あの子は助けを求める表情で私の方を見てきたことがあるの。でもその視線が怖くて、恐ろしくて、目を合わせないように俯いていたけど……そうしたらあの子は、一気に表情が抜け落ちてしまった。死んだ魚のような目って、きっとこんな風なんだろうなって考えた私に自己嫌悪した」

 

 女子の虐めは本当に陰湿だ。直接的な暴力こそ少ないが、その分精神を圧し潰してくる。

 机にラクガキ、引出しやロッカーにゴミを入れたり、靴を片方隠したり、体操服を切り刻んで窓から捨てたり、お気に入りの筆記用具を焼却炉に投げ入れたり。

 誰も自分を助けてくれない。友達と思っていた子でさえ、裏切る、見捨てる。

 あの子が精神を病んでしまったのも、むべなるかな。

 

「しばらくして、虐めが日常になってしまった頃。あの子はいつものように因縁をつけられていたけど、その時に限って表情が豊かだった。怯えて、怖がって、やがて全てを諦めてしまったあの子が、その時は妙にハイになっていたのが不気味だった。虐めっ子たちはキレて、とうとう暴力を振るったわ。それでもあの子は笑みを絶やさなくて、暴力もエスカレートしていった。教師が来るまでね。

 あの子はその出来事を隠し撮りしてて、録画映像と遺書をあちこちにバラまいてから、自殺した。最初、学校側は揉み消そうとしたけど、結局は校長と担任が教育委員会から責められて辞職して、虐めっ子たちは揃って転校。他の生徒たちには『どうしたら虐めをなくせるか』なんて下らないアンケート用紙が配られたわ。

 けれど……ハッピーエンドにはならなかった」

「……」

「それからすぐに、あの子の両親も引っ越していった。昔はお泊りまでさせてもらった、いい家だったのにね。その後、空き家はしばらくして不良の溜まり場に変わって、煙草の消し忘れで火事、最後は更地になっちゃったの。誰一人として、幸せにはならなかった。

 ――長くなったけど、私が言いたいのはね、アクア。アイの携帯を触ってる時の貴方は、あの子の様子にそっくりだってことよ。何をしてでも、周囲を巻き込んでも、仕返しすることだけを考えてる。最後には自分もろとも、相手を道連れに地獄行きになったとしてもね。このままじゃ貴方、幸せになれないわ」

「俺は幸せなんて求めてない」

「じゃあ、ルビーは? 貴方まで居なくなったら、あの子はまたアイが死んでしまった時に逆戻りよ」

「……ルビーにはもう、ミヤコが居る」

 

 ぶちり、と頭のどこかが切れる。

 男ってのはいつもそうだ。面倒事や後片付けは全部女に押し付けて、自分の夢だの美学だのを追い求める。アクアが子どもでなかったら、間違いなく平手を張っていただろう。

 

「アクア、私はね――責任を放り出して逃げる男が大嫌いなの」

 

 顔に添えていた手を動かして、アクアの頬をつねる。押した分だけ返ってくる、若い肌の感触が羨ましい。自分がこの美貌を維持するのにどれだけの金と労力を掛けているのか、男たちは知らないだろう。少しは女の苦労を、置き去りにされる人間の気持ちを考えてよ。

 

「アクアにはそうなって欲しくない。ルビーを残して、勝手に何処かへ行ってしまうような人間にはならないで。

 貴方とルビーは、お互いにたった一人残された兄妹なんだから……」

 

 先程つねった箇所から指を話すと、その形に赤みが差していた。

 目の下に残るその跡は、泣いていなくとも涙の痕跡のように私には見えた。

 

 

 




推しの子SSは色々あるけど、ミヤコがヒロインの作品は見あたらない……なら自分で書くしかねえ! ということで、本作のミヤコはヒロインの一人です。


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