これも、いつも読んでくれる方々、感想を頂ける方々のおかげです。
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苺プロ所属の絶対的アイドル、アイが亡くなってから十数年後。
鏑木勝也がプロデューサーを務めるドラマ「今日は甘口で」。主演の有馬かなが、ゴネて降りた役者の代わりに一人の少年を連れてきた。
アクア。見れば見るほど、神木ヒカルによく似ている少年。金紗の髪も、整った面貌も、どこか陰のある雰囲気も。
彼はアイと同じ苺プロの所属で、高校入学を控えた15歳の少年だ。彼が生まれた頃、苺プロはどうだったかと記憶を辿る。
――アイが、一年ほど活動を休止していた時期。
「君、苺プロの子だっけ。どことなくアイくんと似た顔つきしてるよね」
「! ……そう、ですか?」
金紗の少年は気まずそうに顔を逸らした。何か隠したいものを心の裡に秘めているように。
その後の会話でも、彼はアイの過去話に異様な食いつきを見せており、疑惑は確信へと変わる。
――アクアくんは、彼らの子どもだ。
それから暫くして、4月の半ばになった頃。恋愛リアリティショーが始まって少しした後。
金紗の少年の雰囲気が、以前とは大きく変化していたのだ。鏑木勝也は預かり知らぬことだが、苺プロにおいて神木ヒカルも交えた家族会議が行われ、星野アクアが斉藤ミヤコと付き合い始めた時期である。
「アクアくん、何かあったのかい? こう言うのもおかしいけど君、いい顔してるよ」
「色々あって、それが全部スッキリしましたから」
そう言い残して去っていく若者の背中を見て、鏑木勝也は思う。つい先日までは子どもに毛の生えたようなもの、ただのヒヨッコだったのに、今はまるで巣立ちした若鳥の様だと。
その更に一ヶ月ほど後。
偶然、有馬かなと話す機会があったのだが、彼女の雰囲気もまた変化していた。子役の延長でしかなかった有馬かなが、一気に大人の顔になっていたことに驚いたものだ。
恋は人を変えるという。
この感覚はかつて味わったことがある。ただの田舎娘だったアイを劇団ララライに連れていってからの、彼女の変化。アイが、神木ヒカルと交際を始めてからのことだ。
同時に、脳裏を駆ける先日の記憶。今日あまの打ち上げにおいて、彼らと原作者の吉祥寺頼子が会話していた時に、有馬かなの涙をハンカチで拭っていたアクアの姿を。
――アクアくんと有馬かなくんは交際しているのではないか?
「歴史は繰り返す」という言葉がある。
うら若い少女と、彼女の一つ年下の金紗の少年。交際を始めてから、雰囲気が大きく変わった二人。
若い男女の恋愛交際、大いに結構。だが、あの悲劇だけは繰り返させるわけにはいかない。
鏑木勝也は常識も道徳も持ち合わせた、それでいて打算と損得勘定にも長けた、大人として社会人として非常に優秀な男である。若いカップルを応援したい気持ちと共に、彼らで稼がせてもらいたい気持ちもある。可能性のある有望な彼らが失われてしまっては業界としても損失であり、個人的にも後味が悪い。
だから、自分の手の届く範囲で彼らを応援してやろうと考えており、何か二人に回せる仕事があれば優先的に紹介しようと思っていた。良い仕事をしてくれればそれだけ自分の実績にもなり、彼らが有名になってくれれば投資の利益はさらに見込める。
特に、有馬かな。
アイは何も知らない田舎娘から地下アイドルになり、その業界で頂点にまで上り詰めた。有馬かなは子役の頂点から転げ落ちた少女ではあるが、彼女とアクアとの関係は恐らく、アイと神木ヒカルと同じようなもの。であるならば、跳ねる可能性は十分にあると直感する。
――僕の期待を裏切らないでくれよ、若いお二人さん。
さらに月日が経過して。
鏑木勝也がプロデューサーを務める番組「恋愛リアリティショー」。
番組が切っ掛けで黒川あかねが炎上する事態となり、撮影に参加出来ない状態にまで追い込まれているのは鏑木自身も気になってはいる。だが炎上の矛先を番組に向けられることだけは避けねばならないと、成り行きを静観するようディレクターに指示していた。
彼はプロデューサーとして、番組に関わる100人以上の仕事を守らなくてはいけない立場であり、その結果若手の有望な女優が芸能界から身を引くことになったとしても、それでも選択を間違えるわけにはいかなかったのだ。
ただ一人。金紗の少年だけが、その体制に反旗を翻した。
黒川あかねは自殺する寸前まで追い込まれたのだ。だから、彼女に付きまとう悪印象を払拭する為の動画を制作する、と。
「――というわけで、番組の映像データをこちらに渡して下さい」
その話し合いの参加者は、五人。
番組側からはディレクターと、プロデューサーの鏑木勝也。
相対する側は、番組の出演者である苺プロ所属のアクアと、
「鏑木、俺からも頼む。ウチの若手をこんな所で潰させるわけにはいかないんでな」
劇団ララライ代表、金田一敏郎。
「まさか、金ちゃんが首を突っ込んでくるとは思わなかったよ。どういう風の吹き回しだい?」
「
――おい、お前も何か言えよ」
そして、最後の一人。
「鏑木さん。若い女の子を見殺しにするのは後味が悪いものです。貴方だって、それは知っているでしょう?」
「……そうだね。本当に……その通りだ」
神木ヒカル。
髪を後頭部でラフに纏め、柔和な笑顔を絶やさずにいる。
だがその裏側に秘められた悲劇と絶望を、鏑木勝也はよく知っていた。
(自分がもう少し彼らを気にかけていれば、また違った未来もあったのではないか、と)
あの時の後悔を、鏑木勝也は忘れたことはない。
彼にとって打算や損得勘定は非常に大事なものだが、それだけでは世の中は回らないことも知っている。
最後の最後にモノをいうのはコネ、人と人との繋がりであり、言葉と心なのである。
彼らと話し合いながら、鏑木勝也は上層部に何と言い訳しようかと考える。彼らを納得させる為にも、この番組は必ず成功させなくてはいけない。失敗すれば自分の首が吹き飛ぶのだ、プロデューサーとはそういう仕事なのである。
(アイくん、神木くん。君たちの子どもは随分と手間を掛けさせてくれるね)
アクアにはその手間以上の功績を立ててもらわなくてはいけない。自分の投資が無駄にならないよう、彼を適切に推していかなくてはいけない。それもまた、プロデューサーの仕事である。
「なるほど、話は判った。――だが、タダでというわけにはいかないよ」
とはいえ。鏑木勝也という人間は、自分の身を切って他人に施しを与えるような聖人君子でもなければ、性善説を鵜吞みにするようなお人好しでもなかった。彼はどこまでも業界人でありギブアンドテイクを旨とする、社会人として至極真っ当な人間であった。星野アクアや黒川あかねに可能性を感じていなければ、躊躇なく彼らを見捨てる選択を取っていただろう。
「こちらに横紙破りをするような真似をしているんだ。君にも存分に働いてもらうことになるよ、アクアくん」
「俺に、何をさせようと?」
だから、使わせてもらう。見込みがありそうなら推して、売れっ子になった時に利子込みで借りを返してもらう。売れなければ損切りをして、次の人間にリソースを回すだけだ。
「なに、難しい話じゃないさ。君が今まで、ずっとやってきたことの延長線上だよ」
☆
――その夜、星野家にて。
「つまり、今後の恋愛リアリティーショーで、黒川あかねさんを本気で口説き落とせ、と。しかも、出来るだけドラマチックに」
「……そういうことになる」
「へー……、ふーん……、へー……」
リビングにて、斉藤ミヤコと有馬かなを相手に、金紗の少年は説明と釈明をする羽目になっていた。扉の陰から、金紗と漆黒の二人の少女が遠巻きに様子を伺っており、君子危うきに近寄らずの態度を崩そうとしない。それでいて面白そうなことを見逃すまいと、野次馬根性をまるで隠してはいなかった。
鏑木勝也はあやふやなものを基本的に信用しない、彼が信ずるのは数字である。そして、彼が数十年に渡って業界に身を置き続けてきたキャリアの中で、ようく思い知らされたことがいくつもある。
その一つ。大衆が求めるのは
古来より人は、星々の巡りや在り処に意味を見出し、意味を付け加え、意味を脚色し、物語へと昇華してきた。それらを石礫に、木板に、紙片に、そして電子媒体へと記録し、後世へ連綿と語り継いできたのだ。
そういった物語の多くは、何の理由があって生み出されたのかは、もう判らない。食い扶持を稼ぐ為か、金銭を得る為か。或いは自分を偉く見せる為なのか、はたまた夜の無聊を慰める為なのか。それとも、何か遠大な思惑があってのことなのか。
もしかしたら。中学生の妄想ノートも、洗練に洗練を重ね極まったなら、遠い未来においてそれはもはや神話に等しいと言えるのかもしれない。誰かに語りたくなるものであればいい。後世に遺したくなるものでありさえすればいい。人から人へと伝わらなければそれはただの空想であり、いずれは消えて無くなる黒歴史になるのみだ。
閑話休題。鏑木勝也の意図していることはつまり――大衆によって貶められ辱められた、無垢で勤勉で努力家な一人の少女を。誰もが彼女を見捨てた中で、たった一人の少年だけは彼女を見捨てなかった。世間の悪意に、彼だけが否と叫んだ。
絶望に
言わば、黒川あかねが叩かれる事態となったこの現実を、物語の谷間のイベントに仕立て上げようという試みである。上手くいけば大衆は、自分たちが物語の一部となって参加していたことに気付くだろう。中には踊らされていたことに怒る連中も少なくないだろうが、金髪で眉目秀麗の王子が美しくも恵まれない少女を救うという古式ゆかしき物語には、大衆が掌を返すには十分な説得力がある筈だ。
何せ、字面にすればお伽噺そのものでしかなくとも、これは嘘ではない事実に基づいたノンフィクションになる(予定)なのだから。幾分かの演出・誇張はあるにしても、バラエティー番組とは元よりそういったものだろう。数字を取れること、売れることが何よりも正義なのだ。
どの道、番組にテコ入れが必要であったのも事実。黒川あかねを叩く意見が多い視聴者の反応、番組内の空気や雰囲気はお世辞にも良いものではないし、彼女が番組を休んでいる間、共演者の若者たちのパフォーマンスも以前より落ちている。プロデューサーとして何とかしなければならないと考えていた時にこの申し出、表面上は彼らに対し渋る様子を貼り付けているものの、鏑木としても逆転の一手は喉から手が出るほどに欲しいところであった。
……それもこれも、アクアがこの状況をひっくり返すことが出来れば、の話だが――。
「ふむ、事情は判りました。でしたら、これも使ってみます?」
天河メノウ/姫川愛梨の掲げるスマートフォン。そこから流れてきたのは、
『辛いか?』
『……っ!』
『苦しいか?』
『……ぅ……』
『そんなに、死にたいのか?』
『……ぁ……いやぁ……』
『だったらさ――
一緒に死んでやるよ』
『……。えっ……?』
『何だよ、不満か?』
その一連の音声は、この前の台風の夜に、歩道橋の上で自殺寸前だった黒川あかねと対峙した時のものだった。何で録音されてるんだよ、と頭痛を覚える少年だったが、彼の妹はそこへ更なる追い打ちを掛けていく。
「お兄ちゃん、こっちも使えるんじゃない?」
アクアを台風の中、黒川あかねの居場所まで送り届けたぴえヨンが録画した、歩道橋上での一幕の映像だ。少し離れた所から撮影しており、アングルは比較的単調ではあったが、先程の音声と合わせれば編集しだいで十分にドラマ仕立てに出来そうな素材である。愛弟子の頼みを断り切れず、仕方ないなとぴえヨンはボヤきつつも、貴重な取れ高はルビーへと横流しされていたのだった。
「お、お前ら……、後で覚えてろよ……」
「いつも、わたしを愉しませてくれるお礼です。今後ともよろしくお願いしますね、アクアさん」
「ところでお兄ちゃん。ミヤコさんと先輩で三角関係の二股ならともかく、三股は流石に私もどうかと思うんだけど。
――二人も、そう思わない?」
「ホントそうよ! これ以上、他の女にアクアの時間を奪われるのは我慢がならないわね」
「かなさん。それ、貴女が言うの? 貴女が一番、アクアの時間を奪っているのだけれど」
「イヤですわあ、お義母様。それについてはお互い様じゃないですか」
斉藤ミヤコと有馬かなは、決して仲が悪いわけではない。
お互いに人間性も能力も知悉し認めている間柄である。一人の人間として見るならば、寧ろ好きな部類に入る。誇張抜きで尊敬に値すると言ってもいい。
だが、その間隙に最愛の男が入ったならば、二人は両者ともに天敵と呼べる間柄へと変化するのだ。
「今日は早く休むか……」
頭痛の次は、胃が痛くなる少年であった。
その痛みを抱えながら、星野アクアは鏑木勝也と最後に交わした会話を思い返していた。
『――ああ。そういえば、アクアくん』
『どうかしましたか、鏑木さん』
『有馬かなくんによろしくね』
『……!』
恐らく。鏑木勝也は、自分と有馬かなの関係に薄々勘付いている。今日あまの打ち上げで話した時、「君の顔はどことなくアイくんに似ている」と探りを入れてきたが、あれはこちらの反応を観察していたのだろう。今回もまた、同じことだ。
それだけではない。この一件の解決に失敗すれば、自分と深紅の少女の関係、その情報をどう扱うかは保障出来ない――と、アクアはそのように解釈した。
斉藤ミヤコとの関係が露見するよりかはずっとマシではあるものの、それでもうら若い女子高生の役者が彼氏持ちだと発覚するのは、決して歓迎出来るものではない。鏑木はペラペラと口を滑らすような人間ではないが、かといって口止めを要求するわけにもいかなかった。そんなことをすれば、自分たちが男女の関係であることを認めるようなものだからだ。ただでさえ黒川あかねの一件で揉めているのだ、これ以上弱みを見せるわけにはいかない。
「……、…………………………………………、……………………………………?」
「……、…………………………………………!?」
「はぁ……」
そうさせない為に必ず、黒川あかねを助けなくてはならない。それが有馬かなの為でもあり、ひいては斉藤ミヤコの為でもある筈だ。そう、溜息を吐きつつも決意して。
――そこで、違和感に気付いた。
「……」
「……」
「……」
「……」
場の雰囲気が、一気に冷え込んでいることに。
「お前たち、一体……どうしたんだ?」
「ミヤコさん。この男と来たらどうやら、私たちだけじゃ物足りないみたいですよ」
「ええ、これはキツいお仕置きが必要ね……」
「いやちょっと待て、何があった!?」
アクアは思考の渦中にあって、女二人の会話を聞き流していたのだ。
『アクア、私とかなさんがこれだけ尽くしてるんだから、十分満足してるわよね?』
『アンタ、この上に黒川あかねまでは必要ないわよね!?』
『はぁ……』
『……』
『……』
斉藤ミヤコと有馬かなは、キレた。
火花を散らすことも多々ある二人だが、揃ってアクアを責め立てる時だけは、他の何者よりも息の合った
「ルビーさん、お邪魔虫は退散しましょうか」
「そうだね、メノウちゃん。ところで、晩御飯はどうする?」
「折角ですし、外に食べに行きましょうか。最近、美味しいお店を見つけたんですよ」
「やたっ、楽しみ~!」
少女二人に見捨てられた金紗の少年は緊張の唾を飲み込み、場に三人だけが残されて。
座った眼をした女たちに左右から迫られながら、これはもう覚悟を決めるしかないと腹を