Royal Blue Sapphire/ロイヤルブルーサファイア
サファイアの中でも、特に高品質で価値の高いものの一つ。
濃い青色に紫がかった色合いが特長であり、高貴・伝統的な印象を持つ。
英国王室の公式カラーであり、ユニオンジャック(英国の国旗)にも使用されている。
「ところでさ、あかね。アクア君とはあの後どうなってるの?」
黒川あかねは久方ぶりにララライの面々と稽古を行い、腕は鈍っていないようだと一同が安堵し、休憩がてら雑談の時間で。自然と話題は「彼」のことになり、少女に向けて注目が集まった。
この場に居るララライの人間は、金田一敏郎を除いてほぼ全員がアクアに対して好意的な印象を持っている。恩義を感じていると言ってもいい。
炎上により絶望的な状況下にあった黒川あかね。彼女を助けるためにララライの人員をまとめ、金田一敏郎を伴って番組のプロデューサーのところへ直談判しに行き、結果彼らから番組の映像素材という譲歩を引き出した。のみならず、その映像素材を自前で編集して、今話題になっているあの動画を完成させ、バズらせることに成功している。
突如として、恋愛リアリティーショーの公式SNSで公開されたあの動画。その少し後に投稿された、少年少女が橋の上で言葉と激情をぶつけあった、あの一幕。映画やドラマと見まがう程に鬼気迫った、見る者の心を揺さぶってくる映像は大いに話題となり、ここにいる人間は皆が目を通していたのだ。
つまり、アクアという少年は。根回し・外部との交渉・主演・編集・広告宣伝などといった、本来ならば数十人単位の人員が必要になるであろうタスクの音頭を取り、この短期間で黒川あかねに対する悪印象を払拭し、世論を見事ひっくり返してのけたことになる。
劇団ララライの人間は、演じることにかけてはプロフェッショナルではあるが、他の事にかけては畑違いと言わざるを得ず、誰一人としてアクアと同じことは出来なかっただろう。金田一敏郎とてそんなことは無理だと思っており、アクアをララライには入団させたくないという立場を取っているだけで、少年に対しては一目置いており感謝の念を抱いていた。
己の持つコネを寄せ集め、組み合わせ、適切に運用すれば、大の大人でも不可能であったことを10代半ばの少年がやってのける。芸能界で一番モノを言うのはコネ、という言葉の見本であるとも言えよう。
「えっと……、ちょうどそのことで、皆さんに見てもらいたいものがあるんです」
「えっ、何々?」
「この前、久しぶりに今ガチのメンバーと会いまして。その時に話題になったんです。……アクアくんは、どういうタイプの女性が好みなのか」
「おお~! で? で? どういう答えが返ってきたの!?」
『――巨乳』
『うっわ最悪』
『性欲の権化出たな』
『何言ってるんだ、男の8割は巨乳好きなんだよ。ノブユキだって、巨乳のグラビアアイドルを見て鼻の下を伸ばしてたぞ』
『ち、違うもん! ノブは普通のだって守備範囲だよ!』
『それを言うなら俺もだよ。別に選り好みはしないが、どちらかと言えば大きい方が好みってだけだ』
『ならアクたん、他に何か無いのぉ?』
『そうだな……。例えば、B小町のアイ、とか』
『アイって、昔死んじゃったアイドルの人?』
『……ああ、そうだ』
『おお~、アクたんってメンクイだ~』
『こういう系が好きなんだ~』
『あれ? そういえばアイって苺プロだったよね? アクたん、ひょっとしてアイと面識あるの?』
『同じ事務所だからな。小さい頃に、よく面倒を見てもらってた』
『……もしかして、アクアの初恋って、アイ?』
『……ノーコメント』
『あかね、これはやるしかないよ!』
『そうだよ! 年上の綺麗なお姉さんが嫌いな男の子なんて居ないんだから!』
『うん、アクアくんの好みの女の子、やってみるね』
『やれやれ~!』
『アクアを落とせ~!』
『……期待しないで待っとくよ』
「……ということがありまして」
「なるほど、もっともな回答ね」
「巨乳」・「年上の綺麗なお姉さん」という、10代の青少年としては至ってスタンダードな女の趣味。ララライの男性陣はもとより女性陣も、その回答に特に疑問を抱くものは居なかった。
――二人を除いて。
「自分なりに、アイのことを研究してみたんです」
研究。黒川あかねが口にした
学業成績の偏差値78、上位0.26%に食い込む頭脳と、それを支え裏付ける努力と根気、そして表現力。
徹底した役作り、与えられた役への深い考察と洞察、それらを完璧に演じきる天性のセンス。
『素のアンタはバラエティーには向いていない。私が言いたいのはね、
『むしろ、それしか取り柄無い……』
『アンタだって、恋愛ものの映画やドラマはいくつも観てるでしょうに。それを参考にして、恋愛向きのキャラを演じてみたらいいんじゃないかしら』
図らずとも、つい先日に有馬かなが口にしたことがヒントになった。
折角、アクアが好みの女性のタイプを、理想の女性の姿を暴露したのだ。なら、演らない手はない。恋愛リアリティーショーに素の状態で望んでいた黒川あかねは自分が何をしてよいのか判っておらず、状況に流され右往左往していた。しかし、方向性さえ定まってしまえば、ここから先は彼女の独壇場。
「……では、行きます」
瞳を閉じる。
ララライの同僚たちは知っていた。それは蒼玉の少女が、己のスイッチを切り替える為のルーティーン。「こうなったら集中する」という条件、ある種の儀式である。
その前後で彼女は、まさしく別人へと変化する。それはもはや、演じるなどという生易しいものではない――。
「てへっ☆!」
この場で、ララライのワークショップに参加していた頃の「
神木ヒカルから教えを受け、役者としてはともかく(アイの役者としての資質は並みだった。キ○タクと同様に、アイのキャラクター性が強すぎて、何を演じてもアイになってしまうという弊害があった)、ただの田舎娘が女として急激に成長し花開くさまを見ていた。
金田一敏郎は彼らとアクアの関係を先日の一件で知らされたし、みたのりおにしても、彼らの面影を残すアクアと顔を合わせて、確信に近いレベルで事情を察していた。
男の中でも、母親に近いタイプが好み、というのは結構な割合で存在する。だがそれでも、理想の女性は母親、というのは何とも業が深いものだと思わざるを得ない。
そして目の前には、かつての彼女を知っている自分たちから見ても、十分以上に及第点を超えている模倣の仕上がり具合。
(……全く。神木にしろ星野にしろ、娘っ子を女へと変身させる能力があり過ぎるのも問題だな)
そうやって羽化を遂げた女性は、人間としても芸能人としても一皮剝けたと言ってよく、一流になる為には必須級の通過儀礼である。だがその反面、男女の問題、修羅場や痴情のもつれを発生させる危険性が飛躍的に上昇する諸刃の剣。運営する側からすれば、胃痛の種であり悩ましい所である。
女として役者として、確かに変わり成長した黒川あかねを見て。やはり金紗の少年をララライに入団させるわけにはいかないと、金田一敏郎は改めて思い直すのだった。
☆
その暫く後に、黒川あかねが復帰した回の恋愛リアリティーショーが公開された。
画面内では、
他の今ガチメンバーは「なんか雰囲気変わった?」と違和感を抱きつつも、彼女が番組に戻ってきたことを喜んでおり。
スタッフやカメラマンたちは、視線を向けざるを得ない不思議な引力に、アイのようなカリスマ性に魅せられて。
「なんて、こと……」
「やってくれたわね、黒川あかね……!」
番組の視聴者たちは、彼女の復帰と変化を概ね好意的に捉えており。いまだに炎上を引きずり叩こうとする人間たちは、次第に勢いを潜めつつあった。
そして――
「まあまあですね」
「そうだね、メノウちゃん」
スマートフォンに映る番組から目を離し、リングに上がって対峙する二人。
片や、ボクシングの構え――拳打に特化した格闘技。蹴りよりも、投げよりも、関節技よりも威力や制圧力に劣るが、それらより先んじて相手を最速で打ち倒すことのできる技術。勝者と敗者に、立っている者と倒れ伏した者とに分ける、
片や、合気道の構え――相手と力比べをするのではなく、相手と呼吸と気を合わせ、しなやかに
そう遠くないうちに芸能界に打って出るその時に備え、二人の少女は己の牙と爪を研ぎ続けていた。