星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Heart of Ocean 3

 

 

 

「最近のアクあか、やばくない!?」

「あかね、復帰後は何か垢抜けたっていうか……可愛いよね!」

「歩道橋のやりとりとか、まるでドラマみたいだったし……。あ~あ、私の彼氏もあんな感じで口説いてくれないかなぁ……」

「だめだめ、あんなのはイケメンがやるから似合うのよ。あんたの彼氏って顔はそれなりでしょ?」

「そうなんだよね……。それに、最近は私への扱いが雑っていうか、都合の良い女だって思われてる気がするんだけど……」

「もう、そんな男とはさっさと別れなよ。横暴なのが許されるのはイケメンだけだよ」

「はぁ……。どこかにアクアみたいな、金髪に細身のイケメンで情熱的に口説いてくれる男の子が転がってないかなぁ……」

「あんた夢見すぎ。あんな男の子はね、絶対に女には困ってないから。番組に隠れて、何人も女を囲ってるに違いないわ」

「やっぱり、そうなのかな……。それにしても、アクアはどんな女と付き合ってるんだろ……」

 

 残念、その女は私だ――と、有馬かなは叫びたい気分を必死に抑えていた。

 恋愛リアリティーショーも終盤、番組はかつてないほど盛り上がっており、一時期の低迷が嘘のようである。番組放映直後に街を歩けば、若い女性たちの間で感想や噂話がそこかしこで交わされるくらいには注目の的であった。

 

 通学途中で聞こえてきた、他校の女子高生の会話。それを耳にしながら、深紅の少女は複雑な心境であった。

 お前らがご執心なアクアは私の男なんだぞ。私が望めば大抵のことはやってくれる甲斐甲斐しい男なんだ。それでいて、時折強引に迫ってきて情熱的に口説いてくれたりするんだ、どうだ羨ましいだろう――とマウントを取りたい。取りたくて仕方がない。根が見栄っ張りで勝気な彼女にとって、自慢したいことを秘匿し続けるというのは些か以上にストレスが溜まる苦行だった。

 

 そんな嬉しくもすっきりしない気分を抱えたままで通学路を暫く歩いていると、少し離れたところに噂の渦中にあった金紗の少年を見かけた。陽東の制服に鞄はともかく、顔の下半分を覆う大きめのマスクはまるで有名人のようである。

 いや事実として、彼は一部の界隈では既に有名人だった。まだそれほど広い知名度ではなく、誰でも知っているという程ではないものの、今ガチのターゲット層からは熱烈な支持を受けており、街を出歩く時は多少なりとも気を遣わなければならない状態であった。

 

「おはよ、アクア」

「! ……おはよう」

 

 声を掛けられるまで、自分の女の気配にも気付かない。これは相当に煮詰まっているようだ。

 

「随分と思い詰めた不景気な顔してるわね」

「……そうか?」

「そうよ」

 

 幾度も肌を合わせていれば、言葉を交わさずとも相手の事が何となく判るようになる。

「手と口でする時は、相手の表情と様子を見て、相手の状態を読み取れるようにならないといけない」――斉藤ミヤコと姫川愛梨から何度も言い聞かされた言葉だ。相手が本当に感じているのか、悦んでいるのか、満足しているのか、そのまま続けて欲しいのか、もっと激しくしてほしいのか、他の場所を責めてほしいのか――などなど。

 春先から一季節が移り替わり、有馬かなは星野アクアの思考や嗜好、性感帯などをそれなりに把握出来るようになった。何せ、斉藤ミヤコというこの上ない手本から実地で教えてもらっているのだ。彼女と同じ水準にはまだまだ及ばないものの、少年を満足させるには十分な手練手管を身に付けるに至っている。

 そんな深紅の少女が見たところ……今の星野アクアは、満たされていないように、思える。と言うより、今自分の置かれている状況を整理しきれない、このまま進んでいいのか戻るべきか迷っている状態、とでも形容すべきか。

 悩んでいる時、煮詰まっている時は、一度立ち止まって考えることもまた重要だ。

 

「アクア、今から学校サボって遊ばない?」

「……どこに行くんだよ」

「ディズニーとか、スカイツリーとか。それとも、久しぶりにホテルにでも行く?」

「女子高生が平日の朝から制服でホテルとか、凄い度胸だな。――随分とまあ、()()()()()お嬢さんだ」

「何言ってんの。私が()()なったのは、他でもないアンタのせいでしょうが」

「ごもっとも」

 

 はしたない、と言われて否定は出来ないが、そんな女になってしまったのは紛れもなく目の前の男が最大の要因である。

 女性の絶頂はお漏らしに似た感覚だと、三角関係になった直後に斉藤ミヤコから教わっていたが、まだ初々しさと気恥ずかしさを残していた当時の有馬かなは、ベッドの上で漏らすなんてはしたないと無意識のうちに我慢していた。今までの常識が邪魔をした。

 アクアと男女の関係になって、暫くの時が経ち。有馬かなは女としての悦びを得られるようになり、その乱れる様が少年をより昂らせるのを知ったことで、深紅の少女は絶頂を受け入れ遠慮しなくなった。はしたないからこそ、汚いからこそ気持ちいいことだってあるのだと、有馬かなはその身を以て知ったのだ。代わりに、ベッドのシーツを洗う頻度は随分と増えたものだったが。

 ある種の悟り、開き直りと言ってもいい。人と人との関係、とりわけ男女の間柄では、そういった部分は必ず出てくるものだ。

 

 変な例えではあるが。今のアクアは、あの時の有馬かなが快楽を我慢していたのと似た状態のように、思える。

 少年は戸惑っているのだろう。アイに似た黒川あかねを、受け入れていいものかどうか。既に斉藤ミヤコと有馬かなで二股を掛けているのに、これ以上は果たして、と。

 番組の盛り上がりで考えるならば、ここはカップルとして成立させなければならないだろう。過去、今ガチで成立したカップルのうち、数ヶ月の間だけ体裁で付き合い、予定調和の破局を迎えた男女も居たと聞く。アクアと黒川あかねも、それに倣えばいいのだ。

 

 だが。そうは簡単にはいかないだろう。あの、黒川あかねが相手では。

 子役の頃から面識があり、何度もぶつかりあってきた有馬かなだからこそ、判る。

 若く、真面目で、執念深い女。そこに金髪で細身の眉目秀麗な少年を投入して、絶体絶命の危機を救ってもらい、人生を一変させるイベントを経験したなら――初心な少女が本気になってしまうのは、火を見るよりも明らかである。黒川あかねにとって星野アクアは、間違いなく運命の相手となっているのだろう。有馬かなの時と、同じように。

 

 ここで星野アクアと黒川あかねが公認カップルになってしまえば、取り返しのつかないことになってしまうと有馬かなは予感していた。世の中の大抵のことは、放っておけば悪化の一途を辿るものだ。

 春先からこっち、斉藤ミヤコがアクアの子をさっさと身篭ってしまえば、有馬かなのアクアへの恋心を完全に断ち切ることが出来ていた。斉藤ミヤコは善良な人間であり、中途半端に常識や立場、家族を守ろうとしたからこそ、深紅の少女に割り込む隙を与え、三角関係へと発展することになった。妙齢の美女は少年をシェアせざるを得なくなり、独り占めすることが叶わなくなったのだ。

 あの時と、同じだ。ここで黒川あかねの恋を成就させてしまえば、三角関係が四角になって、本気で収拾がつかなくなる。

 今が、ここが――新たな分水領。

 

「恋愛リアリティーショーは今がクライマックスなんだ。万が一、平日の昼間からホテルに入るのをマスコミに撮られたら大炎上待ったなしだぞ。番組が終わるまでは遠慮しておくよ」

「なら、1時間後にウチに来てくれる? 私は先に行って準備をしておくから。それならいいでしょ?」

 

 深紅の少女は腕を伸ばし少年の胸ポケットに手を入れ、(すみれ)色のハンカチを取り出した。星野アクアが最も大切にしている母親の形見――「Iolite(アイオライト)」。有馬かなは口元をハンカチで遮り、口角が上がっているのをさりげなく隠して。

 お前の一番大切にしているものを人質に取った、という意志表明。一つ間違えば、少年にとって最大の地雷を踏み抜きかねない危険な行動であったが、それが笑って許される程度には、有馬かなとの間に信頼関係が出来上がっていた。それこそ、家族と遜色ないレベルでだ。

 どうやら彼女からは逃げられないようだと、金紗の少年は嘆息して腹を(くく)った。学年トップクラスの成績を堅持しているアクアにとって、一日二日休んだところで学業にさして支障は無いし、出席が足りなくなるほど芸能活動が忙しいわけでもない。(たま)にはこういうのも悪くないと少年は表情を緩め、浮かれた様子で家路を辿る深紅の少女を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約1時間後。

 星野アクアは有馬かなの自宅、リビングルームにて立っていた。――衣一つ身に纏わぬ、裸の姿で。

 男女の交合、というわけではない。着替えの為でも、入浴の為でもない。

 

「♫~、♩~」

 

 アクアの真正面で椅子に座っている有馬かなは、視線を少年と手元で往復させながら、スケッチブックに鉛筆の先を走らせていた。有り体に言えば、ヌードデッサンである。

 少年と少女が付き合い始める直前。星野ルビーから聞かされた、星野アクアと斉藤ミヤコのやりとりの一つ。ある意味では男女の情事よりも濃密で淫靡で、静謐で厳粛な、愛し合う二人を繋ぐ絆のひととき。

 ジャックとローズに倣ったその出来事を聞いて、有馬かなは役者としても女としても、羨ましいという感情を隠せなかった。

 子どもの頃に、まだ仲が良かった実母にリバイバル上映へと連れられて。スクリーンの向こう側で見つめ合い言葉を交わし合い、それ以上の何かを分け合った物語の男女。

 

 ――私も、私だって。いつか、きっと。

 

 アクアと付き合い始めて少し経った頃、その願いは成就された。ソファに裸身を横たわらせ、実母の持っていた宝石を首から下げて。己の裸身が画帳に写し取られていく、初めての感覚。

 その時の有馬かなは男女の交合に慣れ始め、羞恥心が次第に薄れてきていた頃であったが。触れ合っていないにも関わらず、深紅の少女はまるで、生娘が初めての相手を迎え入れるような雰囲気だったと、のちに金紗の少年は語った。

 

 そして、今。

 学校を休んだ若い男女は、お互いの立場を入れ替えて、束の間のひとときを過ごしていたのだった。

 

 

 

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