星の子どもたち   作:パーペチュアル

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 Cryolite/クライオライト

 和名は氷晶石。
 1799年に西グリーンランドで発見された。色は半透明の無色もしくは白色で、後者の外見は氷と酷似している。
 屈折率が水とほぼ同じため、無色の結晶を水に入れるとほとんど見えなくなる。
 主に工業用として輸出されグリーンランドに富をもたらしたが、現在は埋蔵量が枯渇しており、少量が他地域で発掘されるのみである。
 宝石として使われることはあまりないが、ほぼ枯渇したこともあり希少価値は非常に高くなっている。


Cryolite

 

 

 

 金紗の少年は今、ベッドの上で静かな寝息を立てていた。

 あの後。風呂場で汗を流し水分を補給し、空調の効いた部屋で一息ついたのも束の間、アクアは意識を手放して今に至っている。

 

「ふふ……」

 

 手櫛で金紗の髪を弄びながら、有馬かなは知らずうちに笑みを零していた。

 まだ幾分か幼さを残した彼の表情と寝姿に、自分の中の何かがくすぐられる。それは果たして母性か、庇護欲か、それとも嗜虐心なのか。

 星野アクアは幼い頃から、睡眠時に時折(うな)されることがあったと斉藤ミヤコから聞かされていた。12年前、自分の目の前で母親を害され、その命が尽きる様を小さな身体と心に味合わされたのだ。PTSDを発症して、実生活に悪影響が出てしまうのも無理からぬこと。

 それを彼女は、斉藤ミヤコは献身的に支え続けた。ともすれば独りよがりになってしまうアクアを説き伏せ、胸元に引き寄せて抱き締めた。登校や帰宅の際には毎回、自分の頬にキスをさせていた。海外のドラマや映画でたびたび出てくるその行為に憧れのあった斉藤ミヤコの、たわいもない思いつきだったのかもしれない。

 だがその温もりが、触れ合いが、少年にとってどれほど救いになっていたのだろう。復讐の闇に沈んでいくアクアを繋ぎ止め、日常の下へ回帰する(よすが)となっていた妙齢の美女。星野アクアにとって斉藤ミヤコは、紛れもなく彼を構成する最も大きな要素であるのだ。

 

 そこまで考えて、深紅の少女は部屋をぐるりと見渡した。ここは彼女の自室ではない。有馬かなの両親――元、夫婦の部屋である。

 アクアを自宅に連れ込んで行為に及ぶ時、最初は少女の自室だった。それからリビングだったりバスルームだったりと戦場が拡大していき、ついにはこの部屋に辿り着いたのだ。

 自分を捨てた両親、その寝室に惚れた男を連れ込むその背徳感は筆舌に尽くしがたいものがあった。不倫ドラマで間男と人妻が、夫婦の部屋で交わるのはきっとこのような感覚なのだろう、と想像する。有馬かなにとって、この部屋でアクアと情交を結ぶのは両親への()()()()であり意趣返しであり。また、かつて自分は()()()()()作られたのだな、と生命の根源に思いを馳せる、不思議な気分にさせられたものだ。

 まあ、こんなはしたない娘になってしまったことを申し訳なく思う気持ちはなくもないが、そもそもこの家は自分の子役時代の稼ぎによって建てられたものだし、両親はそのお金でさんざん贅沢をしていたのだ。一応家族として、十分以上に義理は果たしたと思っている。

 

 有馬かなはもう、両親を恨んでいない。憎んでもいない。ただ、彼らはそういう親だったのだなと納得している。生まれてこのかた衣食住に困ったことは無かったし、明確な虐待を受けていたわけでもない。ましてや、百年前には珍しくなかった子どもを口減らしに捨てたり人買いに売ったりするような外道だったわけでもない。

 ただ彼らは、育児に疲れ配偶者と子どもに向き合うことを止めただけ。家庭が自分の思い通りにならなかったことに、嫌気が差しただけなのだ。

 

 でも、構わない。もう自分は両親が居なくとも、生きていける。彼らより大切な人たちを、見つけたから。

 惚れた男(星野アクア)。敬愛すべき恋敵であり上司でもある妙齢の美女(斉藤ミヤコ)。有馬かなの身を案じ指導してくれる師の少女(姫川愛梨)。軽口を叩き合う気の置けない一つ年下の女の子(星野ルビー)。今の有馬かなにとって、宝石のように価値のある人生の宝物だ。

 

 だから戦う。自分と彼らが、今後も共に時間を重ねていけるように。それを邪魔立てするものは、是が非でもお引き取り頂かなくてはいけない。その為に――。

 深紅の少女はスマートフォンを手に取り、アドレス帳からとある番号を呼び出し、コールする。忙しい人だから通話に出てくれるか判らなかったが、思いの外すぐに繋がった。

 

 

 

 

 

 

 ――恋愛リアリティーショー、最終回。

 ――撮影開始の30分前。

 

「ゆき、ちょっといいか?」

「ん? どうしたのアクア、そんなに真剣な顔して。……もしかして今日の最終回、私に告白するつもりだったりして」

「そんなわけあるか。ただ、聞いておきたいことがあるんだよ。俺の見立てだと、ノブユキはゆきに告白すると思うんだが」

「私もそう思うよ」

「もしそうなったら、ゆきは受け入れるのか?」

「ん~、内緒……って言いたいけど、どうしても聞きたい?」

「頼む、教えてくれ」

「んふふ、実はね……もう付き合ってるんだ」

「……マジで?」

「でもね、番組でもカップルが成立しちゃうと色々と動きにくくなっちゃうから、撮影ではお断りするつもりだよ」

「策士だな」

「アクアほどじゃないけどね」

「……なあ、ゆき。頼みがあるんだが。ノブユキの告白を、受け入れてやってくれないか」

「へえ、何でかな?」

「それは……」

「当ててみせようか。アクアはあかねの告白、断るつもりなんでしょ」

「……! どうしてそう思うんだ?」

「私とノブユキ、アクアとあかね。どっちもカップルが成立しなかったら、番組として面白くないよね。メムとケンゴはそもそもあんまり期待されてないし。アクアはあかねを振るつもりだから、私にカップルを成立させるように話を持ち掛けてきた。――どう、合ってる?」

「……参った。その通りだよ」

「でも、いいの? あかねは凄く良い子だよ」

「それは判ってる。でも――」

「でも?」

「あんまり大きな声じゃ言えないんだが、俺はもう彼女が居るから」

「へえ、やっぱりそうなんだ」

「やっぱり、って?」

「アクアってイケメンだし女の子に慣れてるし喜ばせるのが上手いから、周りの女の子が放っておかないだろうなあ、って思ったの」

「うん、まあ……そんなところだ。彼女持ちなのに恋愛リアリティーショーに出るなんて、軽蔑したか?」

「半分はね」

「半分?」

「今更だけどさ、アクアは役者なんでしょ?」

「大した実績もないけどな」

「この番組だって、恋愛リアリティーショーという名のドラマに出るって認識なんじゃない?」

「ああ、その通りだ」

「私の想像だけどさ、30代以上の役者は大体が家庭を持っていて、結婚してたり子どもが居ると思うんだけど、どうなのかな」

「子役や若手は兎も角として、ある程度年のいった役者はその通りだろうな」

「でも現実として、そういった役者たちが映画やドラマに出て、夫や妻でもない相手とキスしたりベッドシーンを撮ったりしてる。それはおかしいことじゃないよね?」

「そりゃそうだ。それを駄目だと言われたら、恋愛ドラマなんて撮れないからな」

「だから、いいんじゃない? あかねの恋心を弄んだことには思うところがあるけど、アクアが彼女持ちだから恋愛リアリティーショーに出てはいけない、なんてことはならないよ。あくまで、私の意見だけどね」

「そう言ってくれて、気が楽になったよ。ありがとう、ゆき」

「どういたしまして。でもさ、その……アクアのその笑顔で、ありがとうって言われるの……ヤバい。正直、クラっときたわ」

「俺に惚れるなよ、ゆき」

「そういうとこだよ、アクア。イケメンが『俺に惚れるなよ』って言うのはフラグでしかないんだよ? 背中を刺されても知らないからね」

「もうその台詞は聞き飽きたぞ」

「忠告はしたからね。――でも、あかねを振るのは一筋縄じゃいかないよ。少なくとも、あかねは本気でアクアのことを好きだと思うけど」

「だよな……」

「ちなみにアクアは、今までに女の子から告白されたことは?」

「何度もある。全部断ったけどな」

「その時はなんて言って断ったの?」

「『君より妹の方が大事だ。だから君とは付き合えない』」

「うっわ最悪」

「シスコンの権化出たな」

「……なんでMEMがここに居る?」

「なんか面白そうな気配に引き寄せられたんだよ。――それよりもアクたん」

「何だ?」

「私にも言ってくれない? その……『俺に惚れるなよ』って」

「お前もかよ」

 

 

 

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