――まあ、アクアさんが彼氏だと公表した上で、女優を続けていく方法もあるにはありますよ。
――えっ!? 何々、教えてよ!
――アクアさんが今参加している恋愛リアリティショーがあるでしょう? あの番組内で公式カップルとして成立すれば、大手を振って彼氏彼女だと宣言出来ますね。
――ちっ! 黒川あかね、私と代わりなさいよ! あの女、恋愛リアリティショーに向いてないくせに……!
以前、有馬かなが天河メノウ/姫川愛梨から受けたアドバイス――若手女優が彼氏持ちだと発覚すると、芸能活動に何らかの支障が出てしまう恐れがあるゆえに、アクアと付き合っているという事実を世間には秘匿するように、と。
この数ヶ月間。有馬かなは可能な限りその忠告を守ってはいたものの、やはり彼女は本質的に人一倍の見栄っ張り、自慢したがり、マウントを取りたがる性分であり、いくら尊敬する相手から諭されようともそうそう隠し続けられるものではない。
特に、幼い頃から長年抱いてきた初恋が実ったこと、少女漫画もかくやという情熱的なアプローチで口説き落とされたこと、人生で初めて男が出来た女子高生という、他人に自慢したくて仕方がない要素が積もりに積もっていたのだ。
だから、その事実が露見するのは時間の問題だと姫川愛梨は考えていたし、有馬かなもそれに同意した。
本人の気質的に、有馬かなはストレスを抱えたままでは本領を発揮出来ない。自分勝手に、自由奔放に振舞ってこそ、ベストなパフォーマンスを発揮する。言い換えれば、彼女を輝かせてあげる為には彼氏自慢を存分にさせてやる必要がある。
どのみち露見が避けられないのなら、考えておかなければいけないのは露見の仕方である。自分から
特に悪いのはマスコミにリークされて露見することであり、それはスキャンダルに直結し場合によっては芸能生命が絶たれてしまう。視聴率や雑誌の売り上げの為に、あることないことを面白可笑しく報道され、ネットの玩具と成り果てる。
……といったことを、黒川あかねの炎上事件の際に姫川愛梨と話し合った。子役時代には必要無かったスキャンダル対策、大人に片足を突っ込んでいる今の自分にとって、身に付けておかなければならない知識。
いずれは避けられないのなら、どう向き合うかが肝要。他人に暴露されれば弱点となる情報も、自分が適切に運用すれば大きな武器となり得る。
それが、今。
「――!?!」
黒川あかねは、もう何が何だか判らなかった。
番組に復帰してから前回の収録までは、アクアとの関係は良好だったように思う。アイを模した自分に対し、彼は戸惑いつつも嫌がる素振りは見せていなかった。
だからきっと、最終回である今日も上手くいくと、何となくそう思っていた。
……でも、そうはならなかった。
☆
「恋は戦争、愛は生存競争」――姫川愛梨の言である。
数億にもなる精子の中から、最も早く卵子に辿り着いた一つだけが、この世に産み落とされる権利を得られる。
女優だって同じだ。たった一つの主演女優という席を巡って彼女たちは争い、勝者だけがスクリーンに映り、その名をクレジットされ後世に刻まれる。
ただ漠然と進んでいるだけでは、状況に身を任せているだけでは、勝てない。
有馬かなは、勝つ為にその一歩を踏み出した。眼下を歩いていく蟻の群れと決別する為に、部外者が番組に乱入するという掟破りを敢行したのだ。
無論、その為の根回しは済ませている。カメラマンの後ろで成り行きを見守っているプロデューサー、鏑木勝也と現場を統括するディレクターは彼女の乱入を知っていた。でなければ、とっくにカメラは止められ闖入者は摘まみだされて終わりになっていた筈だ。
当然ながら、有馬かなが番組に乱入して修羅場を演出するという提案には、当初はいい顔をされなかった。認めたならば、その結果生じた出来事に責任を持たねばならないからだ。それが、責任者であるプロデューサーの仕事なのである。
そもそも、この恋愛リアリティーショーという番組自体が揉め事と隣り合わせという
特に、
当然、鏑木勝也もそれを懸念しており、深紅の少女に対し逆に問いかけた。君たち二人とも炎上することになるかもしれない、本当にそれでいいのか、と。
有馬かなは、事もなげにこう返した。
『炎上はしないと思います。多少の批判が出てくるとは思いますが』
『ほう……。そう言うからには、何か根拠はあるのかい?』
『今の恋愛リアリティーショーはキレイすぎます。10代の男女のアオハル――と言ってしまえば聞こえはいいですが、一番大事なものが欠けているかと』
『それは?』
『一言で言えば、修羅場です。男女間の駆け引きや奪い合い、三角関係が足りません』
『ふむ……』
『今のままでは画竜点睛を欠いています。無難に終わりたいのであればこのままでいいでしょうが、それでは盛り上がりに欠けるでしょう』
『有馬くん。君が、
『ええ。私が、アクアと黒川あかねの間に割って入ります。きっと、ご期待に沿えることが出来ると思いますよ』
『確かに、その方が面白いとは思うけど、だからこそ炎上しないとも限らないんじゃないかい?』
『視聴者が望んでいるのは、修羅場です。望んだ通りの料理を出して、それでも文句を付けてくるのは一部のクレーマーだけです。一部の少数派の難癖でしたら、多数派の意見で押し潰せます。言わば、スキャンダルをエンターテイメントに昇華するんです』
『それはあくまで、多数派の舌を満足させるくらいに料理が美味しかったらという前提だよね。その味の保証は?』
『さっき、鏑木さんが仰ったじゃないですか。――
『いや全くその通りだよ、有馬くん。……それにしても君、今日あまの時から随分と変わったね。ひょっとして、彼氏でも出来たのかい?』
『さて、どうでしょう』
十中八九、その彼氏はアクアだと思っている鏑木勝也と、問いかけをさらりと受け流す有馬かな。二人は揃ってにやりと悪い笑みを交わしあった。
昨今のTVが昔よりつまらなくなったのは、リスクを負うことを極力避けているからだ。危ない橋を渡るのは、面白さと紙一重。リスクを負わずして、大きなリターンを得ることは出来ない。
『なんだか、今の君と話してると、ベテランの女優を相手にしてる気分だよ。誰か良いブレーンでも付いたのかな?』
『私も苺プロに加入して、人との出会いに恵まれましたので』
『へえ、あの君がねぇ……』
面白ければなんでも使うのがTV、と鏑木勝也は考えている。この時点で彼は、有馬かなの提案にかなり前向きになっていた。
結論から言えば、彼女の乱入を黙認するという方向性で話はまとまった。契約を交わしていない口約束であり、言うまでもなくノーギャラである。そのくせ大きなリスクを背負い、一体何のメリットがあるのかと部外者が見ればそう思うだろう。
だが、ある。
一つ、黒川あかねのアクアへの恋心を断ち切れること。
有馬かなは、黒川あかねを過小評価していない。自分と同い年で、子役の頃から同じ業界でのライバルであり、彼女の性格も能力も知悉している。
さらには、同じ男を好きになってしまった。だから、これはもう予感や想像ではなく、確信だ。ここであの女の恋心を終わらせなければ、いずれ手が付けられなくなってしまう事態になる、と。
かつて斉藤ミヤコは、有馬かなのアクアへの恋心を断ち切ろうとしたものの、結果的には諦めた。諸々の事情や将来を勘案した上で、有馬かなを受け入れ共存する道を選んだ。その結果、深紅の少女は飛躍的な成長を遂げ、いずれ自分に取って代わられるかもしれないという別の悩みが出てきてしまったのだが。
有馬かなは、そうしない。斉藤ミヤコとは事情も立場も違うが、今の三角関係に黒川あかねを横入りさせるつもりは毛頭無い。
生真面目さで自分を上回り、没入型で思い込みが非常に強い黒川あかねが恋に狂ってしまえば。いずれ、
一つ。斉藤ミヤコへの強烈な牽制である。
彼女とアクアの関係は、義理の母と子、上司と部下、成人と未成年間での恋人同士である。少年は経済的にも社会的にも彼女に依存しており、ともすれば立場を利用して斉藤ミヤコがアクアを手籠めにした、と見られても仕方がない。夫に見捨てられ社長業を引き継いだ妻が、部下の眉目秀麗で若い男に入れ込み、不倫しているというのは紛れもない事実なのだが。
故に、公表出来ない。有馬かなとアクアの関係は、露見すると芸能活動に支障が出るかもしれないという程度だが、斉藤ミヤコの場合はその比ではない。倫理的にも社会的にも真っ黒であり、絶対に秘匿しなければならない。
今回の件で「アクアと有馬かなは付き合っている」という認識を大衆に刷り込み、公式彼女という立場を半ば強引に成立させた。つまりは、有馬かなは「既成事実を作り」、「外堀を埋める」というある意味で至極真っ当な戦略を取ったのだ。
大衆に秘匿しなければならない斉藤ミヤコと、大衆を味方につけることが出来る有馬かな。妙齢の美女に大きく傾いていた天秤の角度は、これでかなり水平へと近付いた。
最後に、一つ。
芸能人に手を上げる、ましてや顔に傷を付けるなど御法度である。黒川あかねがアクアの頬に傷を付け、その結果炎上したのはまだ記憶に新しい。
だが。今この時だけは許される。
横恋慕してきた恋敵の頬を平手打ちして、
泥棒猫と大声で罵倒し、
意中の男を魔の手から取り返す。
少女漫画が嫌いな女は居ない、とは斉藤ミヤコの言だが、その言葉は全くもって同意するところだった。
女として、役者として、少女漫画が好きな一人の少女として、一度はやってみたかったシチュエーション。それを、あの黒川あかねに対して遠慮なく行うことが出来るのだ。恋愛リアリティーショーというおあつらえ向きの舞台、ちょうどそのクライマックスという絶好の機会で。
今だ、今しかない。
そう判断した有馬かなは鏑木勝也に連絡を取る前に、まずは天河メノウ/姫川愛梨に相談した。最初は眉間に皺を寄せていた少女だったが、一通り話を聞いた後に溜息を吐き、表情を変える。
『……全く、とんでもないことを思いついたわね。もし失敗すれば貴女は、黒川あかねの二の舞になるわよ』
『わかってます。でも、危険を冒す者こそが勝利する、って言ったのは愛梨さんですよ』
『そうだったわね。ついこの前のことなのに、何だか懐かしい気がするわ』
『それで……どうでしょうか。私は面白くなると思うんですけど』
『いえ、面白いわ。面白いってのは大事なことよ、かなさん。
――いいわ。やっておしまいなさい』
こうして、深紅の少女は今ガチの最終回という戦場に飛び込み、最高のタイミングで横あいから思い切り殴りつけた。
金紗の少年と蒼玉の少女、二人が作り上げた雰囲気や展開をぶち壊し、美味しいところを掻っ攫っていったのである。
前回の裏話です。
もうちょっとで三章も終わります。