星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Garnet 5

 

 

 

 美しい人だと、思った。

 

 

 

 私がまだ2つか3つの時だったか、人気上昇中の子役だった頃に演じた、とある恋愛ドラマ。母親の不倫をきっかけにして、家庭が少しずつ崩壊を始めるトレンディドラマ。

 あの時は実感が湧かなかったけれど、今なら少しは判る気がする。

 私の母親役、不倫する主演役の女優は――美しかった。

 

 家の都合で、意に添わぬ縁談、婚約、結婚、妊娠、出産。やがて子どもが物心ついて幼稚園に入り、子育てが一段落ついて少し時間に余裕が生まれるようになった時。

 言われるがままに生きてきた女の、たった一つの過ち。その瑕疵(かし)が少しずつ大きくなって歯車に(ひび)が入り、やがて家庭という機械装置に致命的な齟齬を生じさせていく。

 

 滅びゆくものこそ美しい、とは。どこで聞いた言葉だっただろうか。

 母と女。

 家庭と男。

 善と悪。

 常識と非常識。

 倫理と禁忌。

 貞淑と官能――。

 両者の境界線上でたゆたう女の、ゆっくりとしかし確実に奈落へと転げ落ちていく退廃的な女優の演技は大いに評価され、その年の最優秀主演女優賞の候補に上がった。

 

 

 

 美しい人だと、思った。

 

 

 

「ただいま、ミヤコ」

「おかえり、アクア」

 

 歩み寄る金紗の少年。

 片頬を差し出す妙齢の美女。

 当たり前のように少年は唇を寄せ、照明の影が一つに重なる。

 離れた後も視線を合わせたままで、お互いに笑みを浮かべたままで。

 かと言って二人に照れた様子はなく、この行為が挨拶代わりに日常的に行われているものだと察しがついた。

 

 斉藤ミヤコさん。

 アクアの里親にして、彼の所属する苺プロの社長さん。

 三十も半ばを過ぎているはずだが、その美貌に翳りが見えることはなく、芸能人としても十分やっていけそうだ。

 

 気になるのは、その視線。アクアを見つめる、その視線。

 しっとりと湿り気を帯び、本人が望まずとも見る者を魅了するその雰囲気は、新緑に輝く五月雨の雫を思わせる。

 

 一体、その視線にはどういう感情が込められているの?

 母が子を慈しむもの?

 上の者が下の者を労うもの?

 それとも――。

 

 ただ一つ言えることは。

 もしそう(・・)だとしたら、彼女は最も手強い恋敵となることだろう。

 大人の色香。

 豊満な肢体。

 アクアと積み重ねてきた時間。

 彼から寄せられる信頼と、向けられる微笑み。

 どれも、今の私が持ちえないものだ。

 ぎり、と奥歯を食いしばってしまう。周りに悟られぬよう、努めて平静を装い、心を落ち着かせていく。

 そうしていると、不意にあの時の言葉を思い出した。

 

 ――貴女にもいつか、わかる時が来るわ。

 彼女の演技に魅せられて、どうやったらそんな演技が出来ますか? と問いかける私に。

「経験よ」と前置きしてから、彼女は私の頭を撫でながらそう答えた。

 

 

 

 あのドラマの主演女優の名は、姫川愛梨といった。

 この数ヶ月後、彼女は夫とともに遺体となって発見され、最優秀主演女優賞は候補止まりとなった。

 

 

 

 斉藤ミヤコさん。貴女は、彼女に何処か似ている。

 貴女も、境界線上に居るの?

 そして、どちらを選ぶの?

 

 

 

 教えて――美しい人。

 

 

 




ちょっと短いですが、キリがいいので投稿します。
この二人、ギリ共演しててもおかしくない設定だよな、と思って話を膨らませました。
それにしても、拙作の重曹ちゃんは湿度高いな……。


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