星の子どもたち   作:パーペチュアル

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 Non-enhancement Emerald/ノンエンハンスメントエメラルド

 エメラルドの最高級品。
 エメラルドは通常、採掘の段階で内部にインクルージョン(傷や内包物)が入っている。これを目立たなくさせるためにオイルや樹脂を浸透させる処理を施すことは一般的である。
 しかし、産出量の0.001%未満、約10万個に1個程度の割合で傷の無い最上級のエメラルドが産出、オイル処理をせずに市場に出回ることがあり、とても希少価値が高い。


終章 星野アクア/ミヤコ(斉藤ミヤコルート)
Emerald (Non-enhancement)


 

 

 

「はぁ……」

 

 拝啓、しがないモブ子Bです。仕事は区役所に勤めており、主に窓口を担当しております。

 昨年、結婚も考えていた彼氏の浮気が発覚したことから喧嘩別れして、現在フリーの彼氏募集中です。浮気相手が私より10歳以上年下の女子大生だったことから一発で頭にきて別れ、今に至る経緯となっております。

 来年はとうとう三十路に突入する微妙なお年頃、学生時代の友人は次々と結婚していき、自分だけが取り残されていくような焦燥感に苛まれています。

 というか、彼女らへのご祝儀で給料がいくらあっても足りません。それどころか、東京都23区の家賃はバカみたいに高く手取り給料の半分近くを持っていかれ、上がるばかりの物価と税金を加味すれば、貯金なんてほとんど出来ません。友人の中には子育てに入ってめっきり会う機会もなくなった子も多い一方、私は独身の彼氏無し・金無しという寂しい人生。何とか、何とかしなきゃ……。

 見知らぬ男に身体を売るなんて私は死んでも嫌ではあるものの、遊ぶ金欲しさにパパ活に走ってしまうトー横女の気持ちは判らなくもない。世の中はやっぱり金であり、東京という都市はそれがより顕著である。

 ここ数ヶ月間楽しみにしていた恋愛リアリティーショーも、この前とうとう終わりを迎えてしまったし……。

 それにしても、最終回は面白かったなぁ。私はアクあか推しで、この二人がどうくっつくのかに注目していた。だが、まさか私の学生時代に猛威を振るっていた有馬かなが乱入して、美味しいところを全部を掻っ攫っていくとは想像だにしていなかった。

 つい数ヶ月前にやっていた「今日は甘口で」の実写化ドラマ。有馬かな以外の役者がモデル上がりの人間ばかりでとても見られたものではなく、私も途中で視聴するのを止めてしまっていた。その時の彼女は「神童も大人になればただの人」の格言通り、そこらの女子高生と大して変わらないと思っていたのだが、今ガチ最終回で出てきた彼女は随分と女らしく成長したものだと感慨に浸ったものだった。若い女は、恋をするとあっという間に変わるものだ。

 あ~あ、若いっていいなぁ……。

 

「……お願いします」

 

 そう取り留めのない思考に耽っていると、目の前から品の良い女性の声が聞こえた。いけない、仕事しなきゃ……。

 

「お待たせしました。本日はどういったご用件、で――」

 

 するとそこには、女神が居た。

 服の上からでも判るほどに豊かな肢体は、男の欲望と女の羨望を掻き立てるに十分すぎる程であり。

 目を際立たせるマスカラとアイシャドウ、薄く引かれたリップグロス、センスの良いイヤリングは、彼女が自分の価値を理解しそれをより高く見せることに余念がないことを伺わせていて。必要以上に華美でなく、それでいて素材を最大限に引き立てる装飾は、彼女がただの素人では有り得ないという確信をもたらしていた。

 だが。何よりも、

 

(綺麗な女性(ひと)だなぁ……)

 

 どんなに優れた化粧も、高い衣装も、もともとの素材が悪ければ大して意味がない。

 映画の入場者特典と同じだ。売れている映画の人気をさらに拡大させることは出来るが、いかに特典を付けようとも売れない映画をヒットさせることは出来ないのだ。もし出来るとするならばそれは、映画という主と特典という従、その関係が逆転した時。映画本編がおまけで、特典が観客の目当てになってしまった時だ。これぞ本末転倒の一例とも言えよう。

 女性にしては高い身長に小さな頭部は、八頭身くらいはあるだろうか。豊満な肢体も合わさって、芸能人かモデルをやっていても不思議ではない妙齢の美女。青い小娘では到底醸し出せない色香を漂わせているが、それでいて外見はかなり若く見える。20代後半から30代、というところだろうか。まさに女盛りという形容が相応しい、同性からしても魅力的な女性であった。

 

 そこで、彼女が一人ではないことに気が付いた。女性のすぐ後ろに、若い男が付き添っている。整髪料で固めたと思しき金髪に、スクエアタイプの眼鏡は理知的な雰囲気を醸し出していて。白くパリッとしたカッターシャツの上に、黒のスーツをやや着崩して羽織っている。

 年頃は二十歳(ハタチ)くらいだろうか。顔立ちは高校生くらいに見えるが、纏っている雰囲気や服装は大学生か若手の社会人でも通用するだろう。その童顔と雰囲気のアンバランスさは、ホストにでもなればきっと売れるだろうと思わせる。というかこの二人、並んで立つとホストとその担当、という形容が一番似合うような気がした。それとも、ひょっとしてカップルなのだろうか……?

 

(あれ? この男のひと、どこかで見たような――)

「あの、どうかしましたか?」

「い、いえ! 何でもありません!」

 

 慌てて気を取り直し、女性が差し出してきた書類を受け取る。そこで、はっと気が付いた。

 男女が連れ立って区役所に書類を提出しに来る――今までの経験上、そういったシチュエーションは十中八九が結婚届であった。今回もきっとそうだ。そうに違いない。なんて、羨ましい……。

 

「けっこ……離婚届、ですか」

「ええ、そうですけど。何か不備がありましたか?」

「いえ! それでは内容を確認させていただきますね!」

「はい、よろしくお願いします」

 

 結婚届ではなく、離婚届。何度見返しても、そう書いてある。

 東京都の離婚率は全国でも平均くらいだが、人口が極度に集中しているだけあって離婚件数は圧倒的に日本一である。私が区役所に就職してから数年、離婚届を受け取ったことは幾度となくあった。その経験に照らしてみても、夫婦で離婚届を提出しに来る事例は、ただの一度もありはしなかったのだ。

 違和感はひとまず置いておいて、内容に不備が無いか確認していく。

 

 夫、斉藤壱護。妻、斉藤ミヤコ。

 斉藤ミヤコというのはこの女性のことだろう。だが、この金紗の青少年が斉藤壱護と言われても、何故かいまいちしっくり来なかった。

 紙は区役所の市民課で配布されているもので、これは問題ない。ホームページで配布されているデータを印刷したものでも構わないが、A3サイズで提出する必要があり、他のサイズだと受理することは出来ない。

 内容は黒の万年筆で記入されており、訂正箇所は無し。もし書き間違えたら二重線と訂正署名をしなくてはならず、修正液や修正テープの使用はNGである。

 その他不備が無いかを確認していくが、特に問題がないように見受けられる。

 

「……はい、大丈夫です。確かに受理いたしました」

「ありがとうございます。――それじゃ、行きましょうか」

「ああ」

 

 連れ立って出口へと向かっていく、妙齢の美女と金紗の青少年。自然と寄り添っているその様子はやはり、カップルや夫婦と呼んだ方が相応しかった。

 なのに何故、結婚届ではなく離婚届……?

 

(はっ! もしかして――!)

 

 あの妙齢の美女、斉藤ミヤコ女史は。あの若い男と再婚する為に、彼を伴って離婚届を提出しに来たのではないだろうか。

 推理や想像と言うより邪推や妄想に近い考えだったが、あの青少年が斉藤壱護という名前でこれから彼女と離婚します、というには余りにも腑に落ちないほどに近しく親しい雰囲気だった。幾多の艱難辛苦を、共に乗り越えてきたパートナーのような……。

 

「あ~あ、私も良い男が欲しいなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 ――夕刻。

 ――苺プロダクション。

 

 

 

「ルビー、アクアは居る!?」

「どうしたの先輩、そんなに慌ててさ」

「メッセージに既読がつかないし、連絡しても全然繋がらないのよ! アクアだけじゃなくてミヤコさんも! 今までこんなこと無かったのに!」

「現代っ子だなぁ……」

「全くですね。そんな様子じゃ、かなさんはスマホを取り上げられたら生きていけなくなるんじゃないですか?」

「そんなことはどうでもいいのよ! あんたたち何か知らない!? ひょっとしたら事故にでもあったんじゃ――」

「多分、違うんじゃないかなぁ?」

「どうしてそんなことが言えるのよ!」

「今朝、二人一緒に出かけていったんだけどさ。それで、ちょっと前に目的地に着いたって電話があったよ。明後日には帰るからよろしくね、だって」

「……はぁ?」

「ディスプレイに公衆電話、って表示されたから、二人ともスマホは使ってないんじゃないかな。多分、連絡しても出ないと思うよ」

「いわゆる、デジタル・デトックスですね。スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器から意図的に距離を置き、脳疲労を回復させ肉体のコミュニケーションを促すというアレですよ」

「なんでよ! あの二人は一体全体、どこへ何しに行ったのよ!?」

「最近、ミヤコさんは温泉旅館について色々と調べてたみたいなんだよね。妙にニヤニヤしながらさ。……多分、今頃はお兄ちゃんとしっぽりやってるんじゃないかなぁ」

「なん……だと……」

 

 温泉旅館。

 アラフォーの人妻で不倫女(美人)。

 10代のやりたい盛りの間男(美形)。

 外部との接触を遮断している。

 

 ――とくれば、結果なんて論じるまでもなく明々白々である。

 

「……メノウ(愛梨さん)、これってどう思う?」

「かなさんが想像している通りだと思いますよ」

「ルビー、止めなさいよ! あんたの兄はまだ高校一年生なのよ!」

「私はお兄ちゃんとミヤコさん推しだもん。それに、ミヤコさんももう年だから、子どもが出来なくて手遅れになって悲しむなんて……そんなのは嫌だよ」

「私も同感です。ミヤコさんがようやく覚悟を決めたのだから、それに水を差すのは野暮と言うものですよ」

「それは、そうだけど……!」

 

 二人の関係が遊びやセフレなら、今回の旅行は都会の喧騒から離れて、お互いを貪るだけに留まっただろう。

 だが、男も女も、両者ともに本気だったなら。

 本気で、相手のことを愛しているのなら――。

 

(あいつら交尾し(子作り)に行ったんだ!)

 

 有馬かなの心の叫びは声にならぬまま、太陽は地平線へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数ヶ月後。

 斉藤ミヤコは、星野アクアの子どもを妊娠した。

 

 

 




 前話で離婚届を選んだ世界線の話です。
 数話ほどミヤコルートを書いて、そののち避妊薬を選んだ世界線である第四章に入ります。

 このSSのミヤコは鬼強いヒロインであり、1章が終わった時点でいつでも決着をつけられる状態にありました。
 今後書く有馬かなルートは、そんなミヤコを重曹ちゃんがどう越えていくかという内容になる予定です。


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