星の子どもたち   作:パーペチュアル

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 Lapis Lazuli/ラピスラズリ

 和名は「瑠璃(るり)」、または「青金石」。
 世界最古のパワーストーンの一つとも言われ、「神と繋がる石」「天を象徴する石」「星のきらめく天空の破片」などと呼ばれることもある。
 ラピスラズリを砕いて作られるウルトラマリンという絵の具は非常に高価であり、人工顔料が普及した現在も歴史的な絵画や建築物の修復に使われている。
 宝石言葉は「成功の保証」、「真実」、「崇高」、「幸運」など。

 なお、オオルリ(大瑠璃)、コルリ(小瑠璃)、ルリビタキ(瑠璃鶲)の瑠璃三鳥や、イソヒヨドリ、カワセミは日本において幸せを運ぶ青い鳥とされ、親しまれている。


Lapis Lazuli

 

 

 

 あれから、季節は巡り――。

 星野アクアと星野ルビーが、高校二年生になって。

 再び、冬がやってきた。

 

 

 

『強い寒気が流れ込んで、日本海側ではこの冬一番の積雪となっている所があります。

 本日12月24日は、クリスマスイヴ。東北の日本海側や北陸では断続的に雪が降り、広くホワイトクリスマスとなるでしょう。積雪の多い所では、屋根からの落雪や交通の影響にも引き続きご注意ください。

 また、関東地方においても山沿いを中心に積雪の恐れがあります。お出かけの際には――』

 

 

 

「お腹の膨らみもだいぶ下がってきたな」

「そうね……」

「つわりはどうだ?」

「大丈夫よ。むしろ前より楽になったくらい」

 

 臨月、または産み月。今はもう、妊娠9か月目を指す時期になっていた。母体や胎児が出産に向けての最終準備を進めている時期である。来月早くには正期産、いつ産まれてもおかしくない時期に入るため、年明けの三が日が終わり次第、念のために入院する手筈になっていた。

 星野アクアが、前世の雨宮吾郎だった時。妊婦に付き添う男性の姿を幾度となく見たものだったが、彼らは表面上は冷静を保ちつつも内心の不安を隠せていなかった。下手をすると妊婦よりも落ち着きを欠いており、彼らに対し妊婦を不安にさせないよう堂々としていて下さいとアドバイスしたものだ。

 

「……ああ、雪が降っているのね」

「……本当だな。東京のホワイトクリスマスだなんて、ドラマでしか見れないと思ってたよ」

 

 斉藤ミヤコの視線を辿ってみれば、そこには窓から顔を覗かせる銀世界の顕現。

 TVを点ければ、都会の子どもらが雪にはしゃぐ姿や、「特別な気分に浸れて――」などとインタビューに答えているカップル。それに、積雪を甘く見てサマータイヤのままでいる車が事故を起こして、各所で渋滞や通行止めが続発している様子が映し出されている。首都高はとうに通行止めとなっており、一般道に流れてきた車が至るところで長蛇の列を成して、交通網は悪化の一途を辿っていた。

 東京とは違い、宮崎県高千穂の冬はスタッドレスタイヤが原則である。寒波が来るたびに積雪や路面凍結が発生するからだ。そんな前世の常識を備えているアクアからすれば、関東平野のドライバーは雪に対する危機感がまるで足りていないと思わざるを得ない。

 だがそれも仕方ないのかもしれない。何せ東京でのホワイトクリスマスなど1984年以来、数十年ぶりなのだから。危機感より浮かれる心が先走っているのは、平和な国の証左であると言えよう。

 

 地球温暖化が加速し、日本でも一年の半分が暑いと感じるようになった現代。十数年後か数十年後の未来では、ホワイトクリスマスという言葉も死語になるのかもしれないな、と斉藤ミヤコは思う。

 

 人は、変わる。

 

 自分が幼い頃は最高気温が35℃を超えるのが珍しかったように記憶しているが、今では40℃と言われても別段不思議とは感じなくなった。子どもの頃は夏の炎天下でも平気で遊びまわったものだが、今では太陽の当たらない屋内においてもクーラーなしではいられなくなってしまった。

 

 他の同級生よりもずっと身体の発育が良かったミヤコは、異性から好奇と情欲の目を向けられる機会がはるかに多く、その視線に居心地の悪さを感じ、苛立ち、疎ましくなって。

 やがて、自分の豊満な肢体と優れた容姿に商品価値があるのだと認識してからは、それを武器にし利用することにした。胸の双丘を両腕で挟んで寄せて谷間を強調し、腰をくねらせてアピールすれば、男という生き物はたちまちに視野狭窄に陥って御しやすくなる。手品師が派手な動きで観客の視線を誘導するように。

 

 男が、嫌いだ。

 

 その思いは芸能界に入ってから、より一層強くなった。一般の男性よりもずっと沢山の財を抱え容姿に優れ、口先が達者で圧倒的な権力を持つ芸能界に関わる男たちは、気に入った女が居ればすぐさま手に入れようとする。

 何人もの男たちが、愛人にならないかと誘ってきた。自分の居場所を失いかけてる女をあいつらはめざとく嗅ぎつけて、都合よく搾取しようとする。隣に腰かけ、甘い言葉で目を眩ませて、肩や太腿に手を伸ばしながら。

 

 男が、嫌いだった。

 この人を支えようと求婚を受け入れた斉藤壱護()でさえ、ミヤコを見捨てて置き去りにした。

 

 ――でも。彼だけは違った。

 自分が一番辛い時に、傍に居てくれた。

 人生で誰よりも多く、共に長い年月を重ねた。もしかしたら、実の両親よりも。

 B小町が解散したあの日。誰も居なくなったあの更衣室で、絶望に打ちひしがれ闇に沈んでいくミヤコを救ってくれた。

 温もりをくれた。

 手を握ってくれた。

 欲しい言葉をくれた。

 して欲しかったあらゆることを、叶えてくれた。

 愛情を、注いでくれた。

 

 彼は斉藤ミヤコのことを救いだと思っているのかもしれないけれど、それは斉藤ミヤコにとっても同じことだ。

 この人と一緒に、生きていきたいと思う。この命が続く限り、ずっと。

 恐らくは。彼がこれから歩む道程の、その半分ほどまでしか共に往くことは叶わないけれど。せめてそこまでは、必ず。

 自分が居なくなったその先は。ルビーと、有馬かなさんと、お腹の中のこの子に後事を託せればと切に願うばかりで――。

 

 

 

 ドクン

 

 

 

「……えっ」

 

 下着に、湿った感触。出産が近くなり膀胱が圧迫されることに伴う頻尿や尿漏れとは少し違う、気がする。

 

「どうした? ミヤコ」

 

 これは、もしかして……破水?

 そう思った次の瞬間、

 

「うっ……、あぁっ……!」

 

 生理の時の鈍い痛みのようでもあり、お腹を下した時の辛い痛みのようでもあり。一つ言えることは、お腹の胎児を起点として発生している激しい痛みが、斉藤ミヤコを酷く苛んでいるということであった。

 

「ミヤコ、もしかして……産まれる、のか?」

「え、ええ……、そう……みたい、ね……」

 

 数瞬だけ呆けていた少年は、すぐに気を取り直して為すべきことを確認する。予定日より1ヶ月近く早いが、可能性としては少なからず有り得たことだ。来るものが来てしまったからには、逃げることは許されない。生まれ出づる新たな命を、真正面から受け止めなくてならないのだ。

 まず最初に――、

 

「ルビー! 緊急事態だ! 直ぐに来てくれ!!」

 

 扉から顔を出し、家の外にまで聞こえそうな声量で叫ぶ。その声は、星野家に余すところなく響き渡った。ややあって廊下を駆けてくる足音、それほど間を置かずに姿を現したのは、この一年で少しばかり大人びた双子の妹。

 

「どうしたのお兄ちゃん!? ってまさか――ミヤコさん、産まれそうなの!?」

「ああ、そのまさかだよ。ぴえヨンさんをここに呼んでくれるか」

「う、うん! わかった!」

 

 すぐにスマートフォンを取り出しコールする星野ルビー。繋がるまでの数秒が、やけに長く感じる。

 ぴえヨンは斉藤ミヤコを除けば双子が最も頼りにしている人物であり、何かあったらいつでも連絡してくれと言ってくれていた。星野家や苺プロの内情も概ね把握しており、真っ先に助けを求めるに相応しい大人である。

 星野アクアは未成年の高校生であり、当然ながら自動車免許を所持していない。もし自分が一端の大人であったなら、さっさと彼女を車に乗せて病院まで全速で飛ばしていたのに、と歯噛みする。

 

「えっ! 師匠、渋滞に嵌ってるの!? ……うん、……うん。……判った、伝えとく。それじゃ、気を付けてね」

「雪のせい、か」

「……うん。『肝心な時に役に立たなくて済まない、出来るだけ急ぐけれどあまり期待しないでほしい』って」

「あの人を責めたりはしないさ。……なら、次だ。救急車を呼んでくれ、ルビー」

 

 始まった陣痛に身を捩らせる妙齢の美女を介抱しながら、金紗の少年は焦りや不安を見せないよう、感情の制御に努める。かつて妊婦の付き添いの男性らに諭した言葉を、己が守れるようにと。

 視線を上げて電話中の妹の表情を伺うと、その顔色は芳しくない。会話内容を聞いてみても、先程のぴえヨンと同様に積雪による各所の混乱により、すぐには来れないとのことだった。

 

「お兄ちゃん! ど、どうしよ……!?」

 

 斉藤ミヤコの顔が、陣痛で苦悶に歪んでいる。ミヤコの額に流れる汗を彼女にもらった「Santamaria Aquamarine(サンタマリアアクアマリン)」のハンカチで拭いつつ、アクアは必死に頭を巡らせる。しかし、この道路状況では誰に助けを求めたところで大して変わりやしないだろう。

 そうこうしているうちにも雪は止めどなく降り続けており、TVから聞こえてくる音声は交通網が麻痺している事実を否応なしに突き付けてくる。普段なら、病院に行くのに30分と掛からないものを――!

 

 どうすれば、

 どうすればいい?

 

「アク、ア……」

 

 斉藤ミヤコに、うわ言の様に呟かれる自分の名前。

 俺は、

 

 

 

『呼んだらすぐ来てよ?』

 

 

 

 ()、は。

 

 

 

『おう。家はすぐ近くだしな』

 

 

 

 ――ああ、そうか。そうだった。

 約束、したんだ。

 彼女と……星野アイと。

 彼女が産気づいたら、すぐに駆け付けるって。

 

 

 

「お兄ちゃん!?」

 

 

 

 それだけじゃない。

 その数ヶ月前に、彼女と出会ったばかりの時に、誓ったじゃないか。

 夕暮れでも星が凄くよく見える、と彼女が喜んでいたあの空の下で。

 一番星を背にした彼女に。

 その輝きに負けないくらいに眩しい、星野アイに。

 

 

 

「ミヤコ、ルビー。聞いてくれ」

 

 

 

 一致した。

 前世の僕と、今世の俺の意見が。

 

 

 

()が産ませる」

 

 

 

 僕が生まれたのは、

 

 

 

「安全に、元気な子どもを」

 

 

 

 僕が医者になったのは、

 祖母の望むがまま、産科医になったのは、

 

 

 

()が、取り上げてみせる」

 

 

 

 僕が死んだのは、

 

 

 

「はぁっ!? お兄ちゃん、何言ってるの!? そんなの素人に出来るわけないでしょ!」

「素人……?」

 

 

 

 そして。()()()()()生まれ変わったのは――今日、この時の為だったのかもしれない。

 

 

 

「違うな、()は素人じゃない。専門家(スペシャリスト)だ。

 二人とも聞いてくれ。以前、俺には前世の記憶があるって話はしたけど、詳しいことまでは言ってなかったな。

 俺の前世は医者、それも産科医だったんだ。だから、こういう経験は何度もある。前世では独身だったし、まさか自分の子どもを取り上げるなんて夢にも思わなかったが」

「お医者さん……? それに、産科医……?」

「そうだ、ルビー。にわかには信じがたいだろうが、今は俺の事を信じてくれないか。

 ――ミヤコ。聞いての通り、この雪だとぴえヨンさんや救急車はいつ来れるか判らない。だから、微力ながら俺が助産師をやらせてもらう。お前とお腹の子の命、俺に預けてくれ。この命に掛けてでも、俺が必ず助けてみせるから」

「判ったわ、アクア……、お願い、ね……」

 

 斉藤ミヤコの掌を、両手で優しく包み込む星野アクア。その仕草が、患者(クランケ)を安心させる微笑みが、星野ルビーの心の奥底に秘められた、最も大事な想い出を刺激した。

 

「お兄、ちゃん……? 宮崎総合病院って、知ってる?」

「俺たちが生まれた病院だろ。というか、俺の前世の職場だよ」

「……前世では、何で死んじゃったの?」

「山で崖から落ちたんだよ。病院では失踪扱いになってるみたいだが」

「そっか……、そうなんだぁ……」

 

 星野ルビーが幼い頃、宮崎総合病院に電話した時。雨宮吾郎(せんせ)は突如として行方不明になったと言われ、再会することは叶わなかった。

 ……でも、そうじゃなかった。

 数ヶ月前。有馬かながアクアに告白する為に身を清めている間、天河メノウ/姫川愛梨と会話した内容を思い出す。

 

 

 

『――ところで、さっきから何の本を読んでるの?』

『幸せの青い鳥、という古い小説です』

『あ、それ知ってる。ママがずっと昔に絵本を読んでくれたよ。えーっと、どんな内容だったかな……』

『クリスマスイヴの夜、木こりの兄と妹が妖精の導きによって様々な国を巡り歩き、幸せの青い鳥を探すというお話です』

『そうそう、そんな話。確か……青い鳥は、実は最初から家の中に居たっていう結末なんだよね?』

『ええ。家で飼っていたハトが、実は青い鳥だったことに兄妹は気付くんです。まさに灯台下暗し、今までは当たり前だったものが、実はかけがえのないものだった。幸せはすぐ傍にあっても気付きにくい。困難を乗り越えた経験を踏まえ、冷静になって自分自身や周りを見つめ直さなければ、本当の幸せは見つけられないという教訓ですね』

『ふぅん……』

 

 

 

「なぁんだ……。せんせはずっと、ここに居たんだね……」

「ルビー、何か言ったか?」

「ううん、何でもない」

「ルビーは俺の指示通りに動いてくれ。先ずは湯を大量に沸かしてほしい。それから清潔なタオルを沢山用意してくれ。それに――」

 

 

 

(相手がミヤコさんじゃ……仕方ないよね)

 

 

 

 初恋の男性(ひと)は、手の届かない場所に行ってしまった。それどころか、どこへ行ってしまったのかずっと判らなかったけれど。

 生まれ変わっていた。それも、この肉体の半身とでも呼べる存在に。

 けれど彼は、彼女を選んだ。ルビーにとって、実母の星野アイと同じくらいに大切であり敬愛している、斉藤ミヤコを。

 推しと推しが、大切な人が大切な人と結ばれる。それはこれ以上ないほどに、少女にとって望外の喜びであり。

 

 それでも。心の奥底で、寂しさが、悔しさが、やるせなさが少しばかり渦巻いていて。

 

 ……こうして。

 天童寺さりなが不治の病によって齢12歳で亡くなり、星野ルビーに生まれ変わってもなお持ち続けていた初めての恋心は。

 この日、ようやく苦い初恋の想い出へと変わった。

 

 

 

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