星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Agate 6

 

 

 

 12月24日。斉藤ミヤコは、一人の赤子を出産した。女の子だった。

 二人はその女の子を、(みやび)と名付けた。

 

 

 

『教えてあげるわ、アクア。アイが貴方を産んだのはね――貴方の声を聞くためよ。

 母親が子どもを産んで一番最初にしなければならないことはね、赤ちゃんの産声を聞いてあげることよ。その為に母親は痛みや苦しみに耐えて、必死に子どもを産むの。自分の命を懸けてね』

 

 

 

 あの日、星野アクアが高校に入学して間もない時期に行われた家族会議の場で。復讐が果たせず失意と絶望に沈んでいた少年に対し、斉藤ミヤコが語りかけた言葉だ。

 その言葉通り斉藤ミヤコは、星野アクアと星野ルビーとともに、新たな命の誕生と、その産声を(しか)と聞き届けた。

 風が吹けば飛ばされてしまいそうな、脆く、儚い命。温かく、柔らかく、見る者の庇護欲を掻き立てずにはいられない小さな生命。

 

 アイも、こんな気持ちだったのだろうか。いや、彼女はきっと、もっともっと心細かった筈だ。多くのファンやマスコミから、妊娠・出産を隠し通さねばならないアイドルという立場であり。何より、支え合い苦労を分かち合う父親が不在だった。

 アイ一人で双子の赤子を抱え、周囲に下手に助けを求めることも出来なかった。それに比べればこの状況は、彼女よりも余程恵まれていると言える。

 

 アイはそれでも、未熟ながらも母親という責務から逃げず、斉藤夫妻のサポートありきとはいえ仕事と育児を両立していたのだ。ならば自分はそれ以上の義務と仕事を果たさねばならないと、星野アクアは赤子を腕に抱きながら考える。いくら自分が未成年の高校生とはいえ、その自分が子どもを作った以上、もう庇護される側の立場ではいられない。赤子と母親を、家族を支える大黒柱にならなくてはいけないのだ。

 

 それから数日の間、出生届を始めとして各種手続きに奔走する星野アクアであったが、その出生届の中の「生まれた子の父と母」の項目を記入しようとしたところで、万年筆を動かす手が止まる。

 星野アクアはいまだ、戸籍上は斉藤ミヤコの義理の息子であり、扶養されている立場である。自分と彼女は、対等ではない。

 

 前世の雨宮吾郎は、両親が居ない。父親は誰かも判らず、母親も彼を産んだ時に出血多量で亡くなっている。

 生まれ変わって星野アクアとしての生を受けた後も、15歳になるまで父親は不明であり。産みの母は母親と言うよりも、前世からの推しのアイドルという認識であった為、親という実感があまり持てなかった。親と言うものが、転生してなお、よく判らなかったのだ。

 

 だから、せめてこの子は。雨宮吾郎や星野アクアのような父無し子にしてはいけない。星野アクアと斉藤ミヤコが自分の両親なのだと、胸を張って誇れるように。それが、父親として自分の為すべきことだと決意する。

 

(その為に、俺は――)

 

 

 

 

 

 

 ――神木プロダクション。

 ――エントランス。

 

 

 

「そちらの社長は居るかな」

「恐れ入りますが、どなたかの紹介状はお持ちですか? それともアポイントはございますか?」

「せがれが親父に会うのに、紹介状やアポがいるのかい? 通らせてもらうよ」

「は、はぁ……(せがれ? 親父? そう言えばこの人、社長に似てるような……)。

 お、お客様! 困ります! お待ちくださ――」

「構いませんよ。その方は()()()のお客人ですから」

「お嬢様……」

「さ、行きましょう。アクアさん」

 

 待ち受けていた、とばかりに横から入ってきて案内役を買って出る天河メノウ/姫川愛梨。前に見たことのある、ダークグレーで統一されたテーラードジャケットにタイトスカートとストッキングにパンプスという、由緒正しきオフィスレディ(OL)の衣装。受付の女性と比較しても、社会人の女性として十分に通用する風貌である。

 

「ああ。お前に話を通しておいて正解だったよ。それにしても――」

「なんです?」

「やっぱりその服、気持ち悪いくらいに似合ってるな。昔も似合ってたけど、あの時は背伸びしてる感じが残ってたからな」

 

 一年くらい前までは、彼女は有馬かなとほぼ同じ背丈・体型をしていた。だが流石に成長期の少女なだけあり、あっという間に身長が伸びて、身体つきはメリハリが出て女性らしいくびれと曲線を描いている。アクアの見立てではアイやルビーと遜色ないスタイルに成長していて、有馬かなはぐぬぬと歯噛みして悔しがっていたものだ。

 

「ふふ……、逃がした魚は大きいんですよ?」

「前も言ったことだが、俺の腕は二本だけだ。女二人を抱きかかえたら満席なんだよ。これでも、バランスを取るのが大変なんだ」

「女には困ってないだなんて、贅沢な悩みですね」

「全くだ」

 

 軽口を叩き合い、つかず離れずの関係を保つ。他の女たちとは異なる、女友達にも似たこのやりとりが嫌いではない。

 結論から言えば、星野アクアは有馬かなと別れることはしなかった。他の女と子どもを作ったのだから、本来ならば関係を切るのが筋というものだろう。

 しかしながら、別れ話を切り出すとなるとかなりの勇気が必要だろうし、アクアに相当に入れ込んでいる彼女をリリースすれば、冗談抜きで背後から刺されるかもしれない危険性がある。

 

 ……という、選択に伴う痛みとリスクの話はさておいて。

 結局のところ、星野アクアは有馬かなのことを好いている。別れたくないと思っている。自分の女でいて欲しい、他の誰にも渡したくないと、男としてそう強く感じている。

 ただ、アクアにとって有馬かなが一番ではないという事実が厳然として存在しており。それが彼女にとって、どれだけ残酷なことであると知っていても。

 それでも。星野アクアは斉藤ミヤコを一番に愛していて、その上で有馬かなとは別れたくないという正直な気持ちを、真っ直ぐに深紅の少女に伝えた。

 数秒ののち、有馬かなは距離を詰めてきて、腕を伸ばしてネクタイを掴み、ぐっと引き寄せて耳元に唇を寄せ。「歌舞伎町の天蓋ベッドのあるホテルに連れてって」と、臆面もなく言い放った。

 その後。光る浴槽の中で、深紅の少女はいくつか条件を突き付けてきて、その内容に対しこれはまた家族会議だなと、星野アクアはまた新たな課題に頭を悩ませるのだった。

 

 

 

『アクアはさ……どういう女がタイプなの?』

『顔の良い女』

『身も蓋もない答えじゃない。何か、他にはないの? 年下が好きとか……、年上が好きとか!』

『そうだな……敢えて言うなら、髪の長い女だな』

『例えば、例えばだけどさ……アクアは、私が髪を伸ばしたら似合うと思う?』

『有馬なら、大抵の髪型は似合うだろ。美人は何を着たって様になるのと同じだと思うぞ』

『へー? ふーん? へー?』

 

 

 

 桜並木の下で交わした、何気ない春の日の会話。

 陽東高校の入学試験で再会してから二年近くの歳月が経ち、有馬かなの髪はすっかり長くなった。

 それだけではない。身長こそほとんど伸びはしなかったし、天河メノウ/姫川愛梨ほどに外見に劇的な変化があったわけでもない。だが、目に見えない何かが大きく育ち、年輪を重ね、栄養を蓄え、胎の蜜と果実をより甘く濃くしている。

 そのせいか、二年前はさして注目されていなかったのに、今では自然と周りの視線を吸い寄せてしまう弊害が生まれてしまった。アクアと一応は公式の彼氏彼女関係であるため、表立って手を出してくる輩は居なかったが。

 それでも、有馬かなに色目を使う男が絶えないという事実は星野アクアに不快感と危機感を与え、彼女を手放したくないという気持ちは収まるどころか、寧ろ膨らむばかりであり――。

 

「さ、着きましたよ」

「ん? ああ……少し、待ってくれ」

 

 考え事に耽るうちに、いつの間にか社長室の前に来ていたようだ。無意識のうちに唾を飲み込み、鼓動が速くなっている気がして手首に指を当て心拍を測定する。……常時の数値より、少しばかり上回っている。

 

「アクアさんったら、途中から黙り込んじゃって……まさか、緊張してるんですか?」

「違う、と言いたいが……否定も出来ないか。なんせ、初めてのことだからな」

「誰にでも何にでも、初めてはあるものです。『案ずるより産むが易し』ですよ。先日のミヤコさんのように、ね。

 ――社長、入りますよ」

「おい、ちょっと……」

 

 止める間もなく、開け放たれる社長室の扉。どうぞ、と漆黒の少女にジェスチャーで促され、星野アクアは意を決して足を踏み出し、高級そうなカーペットの上をゆっくりと歩いていく。だがそれほど広くない室内、目的の人物の下には10歩とかからずに辿り着いた。

 

「やあ、アクア君。久しいね」

「……まあ、な」

 

 この肉体の血と遺伝子の元となった存在、その片割れである金紗の青年、神木ヒカルが高級そうなエグゼクティブデスク(役員机)の前に座っていた。

 目の前の男は父親としては最低だが、金も権力も容姿も演技力も持ち合わせており、あらゆる点で少年を上回っている。悔しいが、それは認めざるを得ない事実だ。

 どれだけ崇高な理想や綺麗事を掲げていても、それに見合う力が無ければ空虚な絵空事にしかならない。星野アクアがどれだけ斉藤ミヤコへの愛を叫んでも、力が伴わないのであれば砂上の楼閣も同然。いつかは社会の悪意に、好奇心に押し潰されてしまう運命にある。

 

 先日、クリスマスイヴの日。斉藤ミヤコに陣痛が始まった時。東京の交通網は麻痺していて病院への移送は絶望的だった。星野アクアの前世が産科医だったから、かろうじて事なきを得たと言える。金紗の少年が本当にただの少年であったなら、今頃は母子のどちらか、あるいはその両方がこの世に居なかったのかもしれないのだ。

 そうはさせない。もうあの二人を、ミヤコと(みやび)を危険な目に遭わせたりはしない。父親の役目は、矢面に立って家族の盾になることだから。

 その為には、この男の力が必要だ。

 

「……神木」

「何かな?」

 

 だから――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に言わせてもらう。――俺を認知して、お前の戸籍に入れろ」

「……ほう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星野アクアはいまだ、戸籍上は斉藤ミヤコの義理の息子であり、扶養されている立場である。自分と彼女は、対等ではない。

 せめてあの子は、(みやび)は雨宮吾郎や星野アクアのような父無し子にしてはいけない。星野アクアと斉藤ミヤコが自分の両親なのだと、胸を張って誇れるように。

 

 

 

『期待……してるから』

『ミヤコ?』

『私が一番辛い時に傍に居てくれたのは――貴方よ、アクア。凄く、凄く……助けられた。嬉しかった。いつだって、貴方は私の支えだった。これからも、ずっと……そうして欲しい』

『ミヤコ……』

『どの口が言うんだって、判ってる。でも、待ってるから。貴方が私を、「斉藤」ではなく「星野」にしてくれる時を――』

『……まだ、2年以上はかかりそうだけどな』

『ふふ、そうね……』

 

 

 

 あの、初夜の(しとね)で囁かれた言葉を、睦言と共に交わされた約束を、忘れてはいない。

 さあ、始めよう。斉藤ミヤコを、星野ミヤコにする為に。

 

 

 

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