星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Beryl 2

 

 

 

 ――星野アクア/ルビーが、小学校1年生の時。

 ――授業参観の日。

 

 星野アクアは、幼少時の頃から賢しい少年であった。それは双子の妹であるルビーも、義理の母親である斉藤ミヤコも認めるところである。その為か、アクアは大抵のことは自分の力で何とかして、他人に頼ったりすることは少なかった。ルビーの我儘(わがまま)を叶えたり窘めたりすることはあっても、少年が自らの為に我儘を言うことなど、ほとんど無かったのだ。

 

 その彼がとても珍しく、真剣な様子で斉藤ミヤコにお願い事をしていた。

「授業参観に参加する」――それは、つい数年前に亡くなった双子の実母、星野アイの遺言の一つである。彼女の死亡に伴い東京ドームのライブは中止、元社長である斉藤壱護の失踪、人気低迷したB小町の解散と、立て続けに苺プロへ困難が襲い掛かり、この時の斉藤ミヤコにかかっていた負担と心労は途轍もないものであっただろう。

 だからこそ、星野アクアも斉藤ミヤコを慮って、家事やルビーの面倒見を率先して引き受け、義母に圧し掛かる負担を出来るだけ減らそうと動いていた。星野ルビーにとってアクアは、双子の兄であると同時に育ての父親に等しい存在であったのだ。

 そんな彼が、本当に珍しいことに我儘を言い出した。多忙である斉藤ミヤコの用事をわざわざ増やすなど、普段の彼ならばまずしない行動である。だが彼女はそんな少年の願いを快く受け入れ、仕事の合間を縫って小学校を訪れることにした。

 

 当日、アクアの授業参観が始まる直前。ルビーは気分が優れないから保健室に行ってきますと授業を抜け出し、アクアの教室の扉の前で陣取って、少しだけドアを開けて中の様子をこっそりと観察する。あの兄がここまで(こだわ)っている事柄、是非ともその真意が知りたいと、金紗の少女は息を潜めて耳を凝らした。

 ちょうど兄が教師に指名され、少しばかり躊躇いを見せつつも椅子から立ち上がり、原稿用紙を持って淀みなく語り出していく。

 

『僕には、父親が居ません。僕の産みの母親は、シングルマザーでした。仕事が忙しくてなかなか時間が取れなかったけれども、それでも仕事終わりにはただいまと言ってくれて、一緒にご飯を食べたり、お風呂に入れてくれたり、枕を並べて一緒に眠りに就きました。寂しくはなかったし、母親に不満を持ったことは一度もありませんでした』

 

 授業内容は、作文の発表。テーマは「母親」。

 

『でも、僕が小さい時に、母親に不幸がありました。僕と妹は母親を亡くして、途方に暮れるしかありませんでした。

 そんな時に手を差し伸べてくれたのが、僕たちの育ての母親、斉藤ミヤコさんです。

 彼女は、僕の産みの母親の仕事仲間で、僕たちのことをずっと気にかけてくれました。彼女も色々と大変だったにも関わらず、僕と妹を里子として引き取ってくれました――』

 

 知らず知らずのうちに星野ルビーの掌に力が入り、呼吸は加速して心臓は早鐘を打ち始めた。

 

 

 

 

 

 

「ただいま、ミヤコ」

「おかえりなさい、アクア」

 

 去年の4月に二人の関係が変わる前は頬に、その後は唇にと。キスを交わす場所が移ってはいても、お互いの触れ合う感触が、あたたかな体温が、こそばゆい吐息が、自分と相手がここに居ることを、ここが自分の帰る場所なのだと、百万の言葉よりもはっきりと実感させてくれる。

 斉藤ミヤコにとっても、B小町が解散したあの日に、まだ小さかった星野アクアが手を繋いでくれなければ。この場所に繋ぎ止めてくれなかったなら。きっと、絶望の闇に飲み込まれていたかもしれない。

 

 食事の前にいただきますと言うのは、食材になった動植物の命をもらい受けるという事実を忘れないため、という意味合いもある。自分が食事にありつくことが出来、飢えずにいられるのは犠牲になった者たちが居るからであり、それらへの感謝を持ち続けなければならないという戒めだ。決して、食べられるのが当たり前とは思ってはならないのだと。

 同様に。自分と最愛の人が、こうして傍に居て平穏に暮らせるというのは、当たり前ではない。感謝と敬意をもって、一日一日を大切にしなくてはいけないと、二人はお互いに言い聞かせていた。

 親と子ほどの年齢差がある以上、星野アクアが老いる前に、斉藤ミヤコは天に召されるだろう。最期まで添い遂げることは叶わないだろうが、その道を歩むと二人で決めたのだから、後悔はしていない。

 

「♫~、♩~」

 

 ミヤコの(かいな)に抱かれ、子守歌のもとすやすやと寝息を立てている赤子――(みやび)。その調べに聞き覚えがあるとアクアが記憶を辿ってみれば、自分とルビーもまた、十数年前には同じ子守歌を聞きながら眠りについたのだったと気付く。

 当時アイドルとして多忙だった実母のアイの歌は、どちらかといえば興奮や熱狂、覚醒を促すものであり、双子にとっては子守歌とは言い難かった。逆に、ミヤコの口ずさむ旋律は安らぎや平穏、癒しを想起させ、彼女たちの適性や人間性の違いを感じたものである。

 

 斉藤ミヤコは、また少し変わった。もとより母性に秀でた女性であったが、この一年の間で名実ともに母親となり、子どもを包み込むようなやわらかな匂いを自然と身に纏っている。加齢やアクアとの年の差に起因する焦りは鳴りを潜め、今では落ち着きや余裕が生まれていた。

 

「それで、アクア。話し合いはどうだったの?」

「多分、大丈夫だと思う。あいつ(神木ヒカル)も『何とかする』って言ってたからな」

「ふうん……。そう、なんだ」

「浮かない顔だな。何か気になるのか?」

「いえ、不思議だなと思って」

「不思議? 何がだよ」

「貴方は、他人を信じようとはしない(ひと)だったから……。変われば変わるものだと、そう思ったのよ」

「それは――」

 

「多分」とか、「だと思う」とか。あやふやな根拠で他人への任せ事を信じるなど、復讐を胸に秘めて独りで戦っていた以前の星野アクアならば考えられなかったことだ。ましてや、その任せ事というのは彼にとって極めて重大な事柄であり、頼んだ相手がかつて憎んでいた父親なのだから、尚更だろう。

 

「……ミヤコ、まだ何かあるんじゃないのか?」

 

 それだけなら、彼女の物憂げな様子は説明がつかない。まだ何かある、と察したアクアは目線を合わせて優しく問うた。今の彼女はあの家族会議の日に、アイが亡くなる遠因となったマンションを契約したのが自分だと告白したあの時みたいだと、そう見えたから。

 

「戸籍を改竄するってきっと、とんでもないことよね」

「それは、そうだろうな」

「でも……神木さんには、その力がある」

「だからこそ、わざわざお願いしに行ったんだよ。力があるなら、ちゃんと正しいことに使ってもらわないと」

「アクアはこれが、正しいことだと思うの?」

「法的には間違ってるだろうな。でも、俺は()()の気持ちに従うと決めたから、そういう意味では正しいと思ってるよ」

 

 星野アクアは自分の心臓の直上に手を当て、次いで斉藤ミヤコの同じ部分に指先を添える。

 

「ミヤコはどうしたい? ミヤコにとっての正しさは、ミヤコの気持ちはどうなんだ? 遠慮しなくていい、俺に教えてくれないか」

 

 年齢も性別も立場も違う二人、意見が食い違うことだって少なからずあるだろう。例えそれが、愛し合う二人だったとしても。

 それでも、共に歩くと決めたから。相手を知って理解しようとする気持ちを、忘れてはいけない。雨宮吾郎の時には持ちえなかった教訓だ。

 

 憧れは理解から最も遠い感情、という二十年ほど前の漫画の台詞がある。その言葉通り、星野アクアはアイに憧れるばかりで、彼女のことをろくに知ろうとしなかった。生まれ変わって実の母子という最も近い関係になれたにも関わらず、綺麗な所だけを見て分かった振りをして。そうでない所は蓋をして押し込め、見なかったことにした。

 同じ過ちは、繰り返してはいけない。もう一人の母親であり最愛の女性との、いつか来る別れの時の後悔を、少しでも減らせるように。

 

「……アクアと夫婦になりたいって気持ちは、私にもあるわ。本当に、心からそう……思ってる。

 でも、結婚というのは本来、他人同士でするものよ。戸籍を改竄して結婚出来るようにするというのは、私たちが他人にさせられてしまうということ。……もしかしたら、私たちの親子関係が()()()()()()()()()()になってしまうかもしれないのよ」

「……そうかもな」

 

 フィクションでままある、義理の兄妹/姉弟間での結婚は、法律上は可能である。

 だが、義理であっても親子となると話は別だ。民法735条により、直系姻族間での婚姻は出来ないと規定されている。たとえ親子関係が解消されても、姻族であった事実は消えない。例えば、嫁と離婚したとしても、義母であった嫁の母親と再婚することは出来ないのだ。倫理や道徳にそぐわない、というのが主な理由とされている。

 つまり、星野アクアが斉藤ミヤコとは結婚することは、不可能である。

 ――それを、覆そうというのだ。並大抵のことではないだろう。

 

「アクアは、それでいいの?」

「思うところはある。だが時を巻き戻すことは出来ないし、俺はこれからの()()()を、何よりも大切にしたい。失ったものばかりに目を向けて、本当に大切なものが犠牲になってしまっては本末転倒だろ。それを俺に教えてくれたのは、他ならぬミヤコなんだぞ」

 

 死んだアイのことばかりを見て、彼女に執着していたアクアを、斉藤ミヤコはずっと慮っていた。心配してくれていた。それでも星野アクアは、復讐を止めようとはしなかったのだ。母親を理由にもう一人の母親に心労をかけるなんて、今にして思えば何という親不孝者だっただろうか。

 

「それに、記録は無くなってしまうとしても、記憶から消えてしまうわけじゃない。俺たちが共に過ごした想い出は、ここにある」

 

 斉藤ミヤコの頬に手を添え、額と額をそっと触れ合わせる。信頼や安心感、それに愛情を伝えるボディランゲージ。

 かつて、復讐をどうにか止めさせようと言葉で伝えようとしても梨の礫(なしのつぶて)だった少年に対し、妙齢の美女は多少強引でも肉体を接触させて精神の安定を図ろうとした。その効果は馬鹿にしたものではなく、彼がPTSDから持ち直せたのは間違いなく彼女のおかげだ。

 

「アクア……」

「だから、改めて言わせてくれ」

「……?」

 

 一度、大きく息を吸って心構える。

 仮にも役者なのだから、そういう役を演じてそういう台詞を言う、と思い込めば容易いことだが、それでは駄目なのだ。

 何よりも大事なことを、まごころを込めて、本心から、真っ直ぐに……大切な人に伝える。

 ――それだけでいい。それ以上に大事なことなど、何も無い。

 だから星野アクアは、自分の全てを込めて、世界で最も大切な人に……愛と感謝を(うた)う。

 かつて、彼の産みの母親が、彼女の名前の通りに人々へ歌い伝えていたように。

 

 

 

「ありがとう、ミヤコ。ありがとう……母さん。

 俺を引き取ってくれて、俺を支えてくれて、俺を助けてくれて。

 俺を愛してくれて、俺の子を産んでくれて、俺に、未来を見せてくれて。

 そして、俺と出会ってくれて本当に……ありがとう」

 

「どういたしまして。

 ――こちらこそ、私の子になってくれて、私に愛をくれて、私の手を繋いでくれて、本当に……ありがとう、アクア。

 不束者(ふつつかもの)ですが、これからも……よろしくね」

 

 

 




 遅くなって申し訳ありません。前回からいつの間にか1ヶ月も経ってしまいました。

 ミヤコルートを書くなら「ありがとう、母さん」は外せないよな、と考えた結果です。
 原作のアクアは親不孝者にも程があるだろ……。

 次回、ミヤコ編最終回の予定です。


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