星の子どもたち   作:パーペチュアル

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 Iridescence Aquamarine/イリデッセンスアクアマリン

 アクアマリンの一種。
 宝石の中の内包物に光が反射し、虹色に輝いているように見えるのが特長。
 他にも「オーロラアクアマリン」、「レインボーアクアマリン」、「シンデレラアクアマリン」と、様々な呼び名がある。


Aquamarine (Iridescence)

 

 

 

 ――星野アクア/ルビーが、小学校1年生の時。

 ――授業参観の日。

 

 

 

『僕には、父親が居ません。僕の産みの母親は、シングルマザーでした。仕事が忙しくてなかなか時間が取れなかったけれども、それでも仕事終わりにはただいまと言ってくれて、一緒にご飯を食べたり、お風呂に入れてくれたり、枕を並べて一緒に眠りに就きました。寂しくはなかったし、母親に不満を持ったことは一度もありませんでした』

 

 

 

 授業内容は、作文の発表。テーマは「母親」。

 

 

 

『でも、僕が小さい時に、母親に不幸がありました。僕と妹は母親を亡くして、途方に暮れるしかありませんでした。

 そんな時に手を差し伸べてくれたのが、僕たちの育ての母親、斉藤ミヤコさんです。

 彼女は、僕の産みの母親の仕事仲間で、僕たちのことをずっと気にかけてくれました。彼女も色々と大変だったにも関わらず、僕と妹を里子として引き取ってくれました』

 

 

 

 星野アクアが読み上げる文面。あの輝かしかった一番星の喪失と、そこからの再起の経緯。

 元より、星野アクアという少年は口数が多い方ではなく、ルビーと比較して表情が豊かというわけでもなく。子どもらしからぬ性格や賢しさを持ち合わせていたこともあり、星野ルビーにとっては何を考えているかが分かりにくい、悪い言い方をすれば気持ち悪い少年だった。これで、「実母のアイをアイドルとして信奉している」という共通項が無ければ、彼のことを嫌悪していたか、無関心になっていたかもしれない程に。

 アイが亡くなり、星野アクアの口数はさらに減った。表情筋もほとんど動くことはなくなり、こいつはひょっとしてロボットなんじゃないかと疑ったことも一度や二度ではない。

 多忙の斉藤ミヤコに代わって家事を率先してやっていたり、自分の面倒を見てくれているのは、認める。その行動は兄というより育ての父親に近しいものであり、感謝すべきだと理解はしている。

 それでも、少年に対する拭えない気持ち悪さは如何ともし難いものがあった。双子なだけあって、自分とよく似た顔立ちをしているのだから尚更であった。

 

 星野ルビーは思った。

 何故こいつは、実の母親が、推しのアイドルが殺されたというのに涙の一つも流さないんだ。

 もしかして人間ではないのか。

 本当に()()ママの子どもなのか。

 お前の中に、愛という感情は無いのか、と。

 

 

 

『それからはずっと、三人で一緒に暮らしてきました。楽しいことも一杯あったけれども、辛いこともありました。

 ミヤコさんが仕事で忙しい時は僕が妹の面倒を見たり、ミヤコさんの代わりに家事をやったりと、僕たちはお互いを支え合って生きてきたと思っています』

 

 

 

 ――でも、そうじゃなかった。

 廊下からこっそりと教室の中の様子を伺っている星野ルビーの瞳に、じわりと涙が浮かんでくる。

 

 

 

『僕が大変な時は、ミヤコさんは僕を支えてくれました。何度も励ましてくれました。泣き言も聞いてくれました。本当に辛い時は、ぎゅっと抱き締めてくれました。今の僕がこうして生きていられるのは、ミヤコさんのおかげです。

 僕たちとミヤコさんは血が繋がっていないけれども、それでも僕はミヤコさんのことを母親だと思っています。照れくさくて口には出来ないけれど、ミヤコさんが僕のことを自慢の息子だと言ってくれた時は、本当に嬉しかったです』

 

 

 

 星野アクアは、人間だ。

 星野アクアも、人間だ。

 私と同じように、喜んで、怒って、哀しんで、楽しむ。

 ただ、ひどく不器用なだけで。

 彼の中にも、愛はある。

 彼の中で、(アイ)は生きている。

 

 

 

『僕は将来、ミヤコさんを助けられる人間に、ミヤコさんを支えられる男になりたいと思っています。

 それが出来るようになったなら、亡くなった僕の産みの母親もきっと――僕のことを褒めてくれると信じて。

 1年○組、星野愛久愛海(アクアマリン)

 

 

 

 星野アクアは、やや照れている顔を俯かせ、恥ずかしがって後ろを振り返そうともせず。

 斉藤ミヤコは、目頭を熱くして滲む涙を見られまいと、アイから贈られた「Emerald(エメラルド)」のハンカチで拭っていた。

 

 この時から、星野ルビーにとって実の兄と義理の母は、推しになったのだ。

 具合が悪いと偽り、教室を出た時は何ともなかった彼女だったが、その後に保健室へと辿り着いた時には本当に具合が悪そうにしていた――。

 

 

 

 

 

 

 ――星野アクア/ルビーが、高校3年生になって。

 ――陽東高校の卒業式を控えた3月の、とある日。

 

 

 

「ほら、ルビーが映ってるぞ」

「るー、ちゃ」

 

 斉藤ミヤコが産んだ星野アクアの娘、1歳になる(みやび)はTVにかじりついて、画面の中で歌っているルビーの姿に目を輝かせていた。

 恐らく「ルビーお姉ちゃん」と言っているのだろう。おばさんとは言われたくないと語っていたルビーは姪っ子に対し、「私はルビーお姉ちゃんだからね」と必死に仕込んでいた成果は確かにあったようだ。

 

 星野ルビーは神木プロダクションに移籍し、アイドルになる夢を叶えた。

 彼女だけではない。有馬かなも同様に神木プロへ引き抜かれ、天河メノウ/姫川愛梨ともども若手の女優としてキャリアを着実に積み上げている。この短期間での躍進は、弱小プロダクションである苺プロでは到底成し得なかったものだ。

 

 彼女たちの華やかな活動とは逆に、苺プロの業績は芳しくなかったが、神木ヒカルが奮発した二人の移籍金によって経済的には寧ろ以前よりも裕福である。何せそこには、アクアの医大の学費6年分や生活費まで上乗せされていたのだから。

 正直な所、神木ヒカルに学費を出させることに対しアクアは良い顔をしなかったのだが、家計簿をつけるミヤコの悩ましい顔には勝てず、渋々ながら受け入れている。腹は減っては戦は出来ぬ、子育てにしても進学にしても、現代では何をするにもとかく金がかかるものなのだ。

 アクア一人であれば奨学金を申請するという手もあったが、奨学金とは即ち借金も同然であり、そのような人間が学業と子育てを両立するのは困難極まりない。早く一人前の医者になってミヤコたちに楽をさせてやらねばと、アクアは身が引き締まる思いだった。

 

 そう、星野アクアは陽東高校を卒業後、国立医大に進学することになっている。

 今度こそ、前世から抱いてきた外科医になる夢を叶える為に。

 自分と、自分の大切な人たちの為に、生きていく――。

 

「アクア、雅。お茶が入ったわよ」

 

 すっかり本当の意味での母親が板に付いたミヤコが、3つのマグカップを乗せたトレイをテーブルに置いた。少し前まで雅は哺乳瓶を使っていたのだが、最近になってようやくこちらへと移行できたのだった。

 自分の手と口を使い、栄養となる食べ物を自ら摂取する。人間が生きていく為の最も大事なその行為は、或いは人類が初めて月の大地を踏みしめた一歩に匹敵すると言っても過言ではない。

 ほんの1年前までは何も出来なかった、ただ泣いて保護者に助けを訴えるだけだったあの頃とは違う。自分の脚で立ち、言葉を口にし、物を掴み、食べて咀嚼する。子どもの成長は早い。本当に、早い。

 

「ふふ……」

 

 前掛けにミルクを零しながらも飲み下していく雅を優しく見つめながら、ミヤコは慈愛の笑みを浮かべている。そんな彼女を前にして、アクアは大事な報告をしようと口火を切った。

 

「ミヤコ、これを見てくれないか」

「? これって、もしかして……」

 

 普通自動車免許。日本において大学生では80%超、成人では90%以上の人間が保有している最もポピュラーな国家資格。それでも、彼らにとっては大きな意味を持っていた。

 雅が生まれたあの雪の日。ミヤコを自らの手で病院に連れていくことが出来ない無力な自分に、アクアは強く危機感を抱いた。だから無理をしてでも、出来るだけ早くこの資格を取得しようと高校在学中から教習所に通っていたのだ。医大受験と並行するなど無謀もいいところだったが、前世での知識と経験のおかげでどちらもストレートで問題なく合格した。

 

「そう……。良かったわね、アクア」

 

 しかし、ミヤコはアクアを言祝ぐ言葉の反面、どこか気がかりな様子を見せていた。

 

「どうしたんだよ、ミヤコ。嬉しくないのか?」

「嬉しいわよ。でもアクア、無理してない? やっぱり、受験が終わってからでよかったのに……」

「またその話か? 俺なら大丈夫だって」

「だったらいいんだけど……」

 

 星野アクアと斉藤ミヤコは、何もかもが違う。年齢も、性別も、過去も、性格も。

 それでも、共に生きていくと、決めた。

 お互いがお互いのことを思う。気遣う。慮る。――だからこそ、意見が食い違うことも、ある。

 

「納得していないみたいだな」

「勿論よ。私を心配してくれるのは嬉しいけど、アクアはもっと自分のことを大切にしないと駄目よ」

「なら勝負だ。今回は……ジャンケンでいいか?」

「……ええ、望むところよ」

 

 意見が食い違った時、二人はささやかな勝負をしてどちらの意を通すか決めていた。

 例えば、雅から「パパ」・「ママ」と呼ばれる回数の多寡を競ったり。

 例えば、早朝にどちらが新聞を取ってくるか早起き勝負をしたり。

 例えば、セックスでどちらが先に絶頂するか賭けをしたり。

 ささやかながら、二人にとってはいつも真剣な争いだったのだ。

 

 ――だが。

 

「……どういうつもり?」

「見ての通りだ。俺はこのままでいい」

 

 星野アクアは、「拳」を突き出している。ジャンケンにおいてそれは挑発か、もしくは自殺行為に他ならない。

 

「そんなこと言って……直前で手を変えるつもり?」

「そんな野暮な真似はしないさ。ほら、早く出してくれよ、ミヤコ。……それとも、勝負を投げ出す気か?」

「……いいわ。後悔しないことね、アクア」

 

 そう、二人の勝負はささやかながらもいつだって真剣だった。勝負を投げ出すなんてこと、彼はしたことが無かったのだ。

 妙な違和感を覚えながらも、それを無視して斉藤ミヤコはアクアに意識を向け直す。

 

「「最初はグー、」」

 

 勝負を投げ出しているのはどちらか教えてあげる、とミヤコは腕を振りかぶり、

 

「「ジャンケン、ポン!」」

 

 当然ながら、パーを出した。

 星野アクアはグーのまま――誰の目から見ても、勝敗は明らかだった。

 

 

 

「――私の勝ち。文句は無いわね、アクア」

「いいや、俺の勝ちだ。……ああ、これでようやく約束を果たせるよ」

「?」

 

 

 

 アクアはもう片方の手でミヤコの()()()()()、その手首を掴み。

 グーの拳を解き、懐からもう一つ、本命の大事なものを取り出して。

 躊躇いなく、己の全霊と真心を込めて、それを彼女に向けて突き出した。

 

 

 

「……アク、ア? これ、って……」

「随分、待たせちゃったな。でも、これからは……これからも、ずっと一緒だ」

 

 

 

 ミヤコの左手、薬指に嵌っているリング。

 そこに輝いているのは――アクアマリンの宝石。

 

 

 

 Aquamarine/アクアマリン。

 

 和名は「藍玉」、もしくは「水宝玉」。

「海の水」を意味するラテン語に由来する、澄んだ青色から青緑色の宝石。海の人魚から贈られたと言われ、古くから船乗りのお守りとして重宝されていた。

 平和や癒し、人間関係の円滑化や愛情を深める効果があるとされる。また、「永遠の若さ」「人生の光」を象徴すると言われている。

 奇しくも今は3月、その誕生石の一つでもある。

 その宝石言葉は「聡明」、「勇敢」、「平穏」、

 そして……「幸せな結婚」。

 

 ――余談だが。

 アクアマリンと同じく3月の誕生石であるアイオライトも、船乗りの羅針盤として道を指し示すという言い伝えがあり、人生や航海だけでなく恋愛の指針となってくれる宝石である。

 アクアマリンとアイオライトはその効能も似通っており、非常に相性が良い。

 

 婚約指輪に選ばれる宝石はダイヤモンドが最もポピュラーだが、アクアマリンも定番とされる宝石の一つである。

 だが、星野アクアがこの宝石を選んだ理由はそれだけではない。

 己と同じ名を冠した宝石の婚約指輪を、最愛の女性へと贈る。それは、己の全てを捧げるという意志表示。

 

 

 

「あの言葉、忘れてないからな。前に言ってたよな? 俺が成人するまで待ちなさい、って。

 ――ミヤコ、俺はもう18歳になったぞ。だから、改めて言わせてくれ」

 

 

 

『僕は将来、ミヤコさんを助けられる人間に、ミヤコさんを支えられる男になりたいと思っています。

 それが出来るようになったなら、亡くなった僕の産みの母親もきっと――僕のことを褒めてくれると信じて。

 1年○組、星野愛久愛海(アクアマリン)

 

 

 

 今の俺は、彼女の助けになっているだろうか。彼女の支えになっているだろうか。

 アイは今の俺を見て、褒めてくれるだろうか――?

 そう、信じる。そう信じている。

 だから、

 

 

 

「星野アクアは、貴女を愛しています。

 だから……。貴女の全てを、俺に下さい。俺と、結婚してください」

「……はいっ。私を……貴方のお嫁さんに、してくださいっ」

 

 

 

 斉藤ミヤコ――否、()()()()()の頬を涙が伝う。

 手を伸ばし、アクアは彼女から贈られた「Santamaria Aquamarine(サンタマリアアクアマリン)」のハンカチで人魚の雫を受け止める。

 静かに泣き続けるミヤコと、彼女を優しく抱き締めるアクアと。

 何が起こっているかよく判らずにきょとんとしている(みやび)と、画面の向こう側で聴衆に手を振っているルビーと。

 星の家族はこの日、その様相をまた新しく生まれ変わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけ時間が経っただろうか。

 やがて、妙齢の美女は顔を上げると、囁くように語り始める。

 

「……アクア。私も、貴方に言っておくことがあるの」

「何だ、よ……」

 

 やや細められた双眸。

 しっとりとした微笑み。

 彼女の下腹部に、優しく添えられた手。

 

「えっと……ミヤコ、さん……?」

「何かしら?」

「まさかとは思うんだが、その……」

「なぁに?」

「もしかして……二人目?」

「そのまさかよ。――(みやび)、良かったわね。もうすぐ貴女はお姉ちゃんになるのよ」

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――一年後。2歳になった星野(みやび)は、ベッドで眠る赤子を見つめていた。

 

 

 

 かつて、姫川愛梨と有馬かなが共演したドラマのラストシーン。

 主演のヒロインと不倫相手の若い男は、そのカットには出演していない。

 登場するのは、有馬かなが演じる小さな娘と、赤子の男の子だけ。

 娘が、ベッドで眠る赤子をあやしているシーンで幕を閉じる。

 

 人間の心臓は、握り拳の大きさとほぼ同じである。

 柔らかく丸まった赤子の手。小さく、儚く、しかし確かに息づく命の灯。

 その手を包み込むように、熱い日差しを遮るように、冷たい雨から守るように。幼子(おさなご)の手のひらは、赤子のそれを囲む生命の卵を思わせて。

 薄く開いた双眸は優しく、木漏れ日から空を眺めるように。心臓の鼓動も、静かな息遣いも、二つの命が重なっていくように。

 それはあたかも、聖母(マリア)(かいな)に抱かれる救世主(メシア)の具現。

 

 

 

 夜空に輝く恒星、その中でも太陽より10倍以上の質量を持つとされる巨大な星は、その命を使い果たす時に己の重力によって収縮していく。やがてそれが限界に達すると超新星爆発を引き起こし、宇宙空間に数多の元素を飛び散らせると言われている。それらは気の遠くなるような長い長い時間を経て、新しい星や生命の(いしずえ)となる。

 

 ――つまり。

 私たち人間は、(あまね)く命は皆が、星の子なのだ。

 

 星の終わりは、次なる星の、始まり。

 新たなる星の光はもう、輝き始めている。

 

 

 

 星の子どもたち――斉藤ミヤコルート〔了〕

 

 

 




 お待たせしました。
 斉藤ミヤコルートはこれにて完結となります。
 詳しい後書きはまた後ほど書きますが、別ルートの第四章は年末年始に投稿開始予定です。
 
 ここまで付き合って下さり、本当にありがとうございました。


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