星の子どもたち   作:パーペチュアル

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 Perla Nera/ペルラネラ

 イタリア語で黒真珠の意。
 黒色の真珠を総称して黒真珠と呼び、その中には白い真珠を加工して黒く染めたものも含まれる。
 宝石言葉は「実行力」、「意志力」、「静かな力強さ」。
 また、邪気払いや守護の意味もあり、母貝の中で育まれることから安産の象徴ともされる。



第四章 アイリ/有馬かな
Perla Nera


 

 

 

不っ味(まっず)……。お二人とも、本当にこれ美味しいんですか?」

「かなさん。大人の階段を登るというのはね、酒の美味しさが理解出来るようになるということよ」

「ええ、ミヤコさんの言う通りです。社会で上手く立ち回りたいのなら、お酒を酌み交わす必要があるんですよ。古来より、下戸の人間が出世するのはとても難しいですから」

 

 今後の進展や方針という大事なことが、格式ばった会議室ではなく、酒や煙草、会食の場において雑談交じりで決まってしまうという事例は多々ある。

 アイスブレイク――互いの緊張をほぐし場を和ませ、それぞれが発言しやすい雰囲気を作り上げるのは、学校や社会、ひいては政治や芸能界においても極めて重要な事柄だ。

 身も蓋もない言い方をすれば、それほど親しくない相手の本音を引き出したいなら「酔わせろ」と、こういうことである。

 

 今回のテーマは、酒。人間が社会で生きていくためには避けて通れないものだ。酒は、人類に最も貢献した薬であると同時に、人類を最も苛んだ毒でもある。

 以前より、斉藤ミヤコと天河メノウ/姫川愛梨は度々、女子会と称した酒盛りを行っていた。アルコールとノンアルコールの違いはあれど、缶ビールを片手に顔を突き合わせ腹を割って語り合うその姿は、有馬かなからすればひどく羨ましく思えた。生まれてこのかた芸能界で過ごしてきた深紅の少女は、つい数ヶ月前まで親しい友人など一人として居なかったのだから。

 今日も彼女は、酒盛りをする二人の女を憧憬の視線で見つめており。見かねた二人は「そろそろ男の味だけでなく、酒の味も覚えさせるべきか」と巻き込んだ次第である。手塩にかけて育ててきた少女が、どこぞの男に酔い潰されお持ち帰りされては堪らない。そうならないよう経験を積ませる意味でも、多少早くとも酒の味に慣れさせようと、ノンアルコールビールの缶を握らせたのだった。

 

「かなさん。このビールの味、どう思います?」

「……苦い」

「それでいいんですよ。何事も、初めては大変なものです。何度も繰り返して、慣れれば美味しく感じられるようになりますから」

「本当に?」

「ええ。

 

 ――例えば、そうね……自転車みたいなものかしら。最初は上手く乗れなくて、転んで痛い思いをして、もう乗りたくないと止めたがるかもしれない。でも、それを克服して上手く乗れるようになるとね、歩くのとは比較にならないスピードで、風を切って走るのがたまらなく気持ちよくなるのよ」

「自転車なら、私は一発で乗れるようになりましたよ」

「なら、アクア君に初めて抱かれた時はどう? 痛くなかった?」

「痛かったです。好きな男じゃなかったら耐えられなかったわ」

「じゃあ、今は? もう痛くはないでしょう。むしろ、とても気持ちいいんじゃないかしら」

「そうね、その通りだわ」

「止めろって言われたら、止められる?」

「嫌です」

「どうして?」

「それは……アクアに抱かれてる時は、自分が愛されてると実感出来るっていうか……、私の存在価値を、アクアが証明してくれる気がするのよ」

「……本当に、貴女が羨ましいわ、かなさん。女にとって、自分の存在価値を実感させてくれる男なんて、そうそう出会えるものではないのよ。心の底から本気で好きになった男が、本気で自分を愛してくれる……それは女にとって、最高の幸せなのよ。

 ――ミヤコさん、貴女もそう思わない?」

「……ええ、全くもって同意するわ。私も、そんな相手はアクアしか居なかったわね」

「私はアクアだけしか男のことを知らないんですけど、お二人にとって他の男はどうだったんですか?」

「そうね……、壱護――蒸発した旦那は運動不足で、あんまり体力が無かったから私も満足出来なかったのよね。一発出したらやり切った感醸し出してすぐ寝ちゃうし、私がアクアとルビーを育てるようになってからはレスになってたわ。……ああ、思い出したら苛々してきたわ……!」

「愛梨さんはどうだったんですか?」

「清十郎ちゃんはとにかく独りよがりだったのよ。俺が抱いてやってるんだから気持ち良くなって当然だろ、って思考が筒抜け。感じてる振りするこっちの身にもなってもらいたかったわ。

 ……やっぱり、相手のことを気持ち良くさせよう、お互いを慮って一緒に気持ち良くなろうって思いやりが無いと、なかなか上手くいかないのよねぇ」

「じゃあ……、神木さんと、『旦那様』でしたよね。その二人はどうです?」

「ヒカル君は、わたしが満足するまで前戯をずっとやらせてたわね。だから気持ち良かったのは間違いないんだけど……」

「だけど?」

「サイズが物足りなかったわ。まあ、小学生だったから仕方ないけどねぇ……」

「「そ、そう……」」

 

 斉藤ミヤコと有馬かなの身体が固まった。そういえば、この漆黒の少女は前世において、第二次性徴前の小学生男子を全裸に剥いて首輪を付け、文字通りバター犬にしていた女なのだ。面構えが違う。

 

「それに、わたしの育て方のせいもあるんだけど……どうにも荒々しさに欠けるというか、Mっ気な気質が抜けなかったわ。旦那様とは大違いね」

「というと?」

「旦那様はそれなりにお年を召してらしたこともあってか、自分が気持ち良くなるよりも、女を乱れさせて愉しむのが趣味みたいな人だったわね。ヒカル君と旦那様を足して2で割ると、丁度いい塩梅の理想の男が出来そうなんだけど……」

 

 星野アクアの父でありM気質だった神木ヒカルと、祖父でありS気質だった「旦那様」。

 天河メノウ/姫川愛梨の眼鏡の裏側で、両の瞳がぎらりと妖しい輝きを放った。

 

「……アクアは渡さないわよ、姫川さん」

「……右に同じく。いくら愛梨さんが相手でも、これは譲れません」

「まだ何も言ってないわよ」

「ちょっとぐらいつまみ食いさせて、とでも言おうとしてたんでしょう」

「駄目かしら? 先っちょだけ、先っちょだけだから」

「それは女が言う台詞じゃないわよ……」

「そうとも限らないわ。男の人にだって()はあるのよ。わたしも若い頃はヒカル君の――」

 

「女三人寄れば(かしま)しい」との慣用句通り、男の話題で盛り上がっている女性たち。それなりに男性経験のある女たちが女子会を開けば、彼氏や過去の男の愚痴と自慢話が出てくると相場が決まっている。

 不倫女――斉藤ミヤコ。

 托卵女――天河メノウ/姫川愛梨。

 そして、想い人を隙あらば手中に収めんと横恋慕している略奪愛の女――有馬かな。

 女の業を凝縮したようなこの空間内は、自然と話の内容がひどく生々しいものとなり、それは生半(なまなか)な男であれば女に抱く幻想を打ち砕きかねないものでもあった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 扉の外。

 星野アクアは苺プロ事務所の部屋に入室しようとしたところ、自分が話題の渦中にある会話内容が聞こえてきて、気まずさからその場に固まってしまった。最初は踵を返そうと思ったのだが、自分が何を言われているのかどうにも気になってしまい、離れられずに留まることにしたのだった。

 

 ――だが、

 

「随分と人気者だね、お兄ちゃん」

「……っ!!」

 

 背後から小声で掛けられる、双子の妹の囁き。にも関わらず、全くの無警戒だったところからの不意打ちにより、金紗の少年は心臓が爆発しそうな錯覚を味わった。

 

「……驚かすなよ、ルビー」

「結構前からここに居たんだけど……」

「結構って、いつからだ」

「えっとね、自転車の乗り方が、って辺りだね」

「俺とほとんど変わらないじゃないか……」

 

 

 

 

 

 

「――ということで、かなさん。独りよがりだったり前戯をおざなりにするような男を選んでは駄目よ。そういう男と付き合っても絶対に上手くはいかないわ。アクア君はその辺り大丈夫? 不満は無いかしら?」

「大丈夫です! 不満なんて感じたことは――まあ、無くはないですけど」

「この前話してたアレかしら? 止めてって言っても余計に責め立ててきて、足腰立たなくされるって話?」

「そうです! アクアったらもう、本当に意地悪で変態色欲魔なんだから……!」

「それくらい我慢なさいな。むしろ誇りに思いなさい、それだけかなさんに執着しているということなんだから。男も女も、どうでもいい相手だったら時間も手間もかけないわよ」

「むぅ……」

「と、話が一段落したところで――、

 

 ――アクアさん、ルビーさん。そんな所に立ってないで、入ってきたらどうですか?」

 

 扉の向こう側で、動揺の気配に空気が揺れる。双子に気付いていなかった斉藤ミヤコと有馬かなも、驚愕に目を見開いて。

 ややあって、金紗の兄妹は気まずそうに部屋に入ってきて、漆黒の少女に促されソファに並んで腰かけた。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「さて、全員揃ったことですし、わたしから大事なお話があります」

「……何なんだよ、一体」

 

 微妙な空気を打ち破るように、天河メノウ/姫川愛梨は改まった様子で話を切り出した。

 その言葉に最も過敏な反応を見せたのはやはり、星野アクアだった。この少女が「大事な話」と言うからにはまた、とんでもない爆弾を投げ入れられるのではないかと勘繰ってしまう。

 

「アクアさん、そう構えないで下さい。悪い話ではないですから」

「どうだかな。お前が持ち込む話は、大体が厄介事だったように思うんだが」

「わたしとアクアさんの認識の違いはさておいて。今日は、貴方たちに紹介したい人が居るんです」

「……どなたかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしのお母さんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「!?」」」

「あんた母親が居たの!?」

「母親くらい居ますよ。……皆さん、どうしてそんなに驚いているんですか?」

「いや、あんたの母親って想像がつかないというか……、試験管ベビーだって言われた方がしっくりくると言うか……」

「失敬ですね。わたしは桃から生まれたわけでも竹から出てきたわけでもありません。ちゃんと女の股から産まれた人間ですよ」

「もうちょっと、まともな言い方しなさいよ……」

「まあ、まともな生まれではないですけどね。何しろ、お母さんとは血が繋がってはいませんし」

「……へ?」

「どういうこと?」

「まさか……」

「……代理母(サロゲートマザー)、かしら」

「ミヤコさん、ご名答です」

 

 代理母(サロゲートマザー)。何らかの理由で妊娠・出産が出来ない女性の代わりに、第三者の女性が人工授精によって妊娠・出産を行うことである。

 海外では不妊治療の一環であったり、女性のセレブや()()()が、己のキャリアや活動が一時中断してしまうのを避けるために行われている。しかし、日本においては倫理的な問題が大きく法整備が追い付いておらず、明確に禁じられているわけではないが限りなく黒に近いグレーである。

 

「その人って……どんな人なの?」

「ルビーさん、貴女も知っている人ですよ。実は、今ここに向かっているんです。

 ――おや、噂をすれば。今、お連れしますね」

「その必要は無いわ」

 

 玄関が開き、淀みなく近付いてくる足音と、扉の向こうから聞こえてきた女性の声。

 一体、誰なのか。心当たりのない、その筈なのに……どこか、聞き覚えがあるような気がする。

 この時、彼らは違和感に気付いていなかった。全くの初対面、初の来訪であれば、建物に入る前と入った後も、間取りが判らず躊躇していた筈なのだ。なのに、件の人物は迷いなくこちらへと向かって来ている。

 それはあたかも、彼女にとってここは()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 

 

 

「貴女、は……」

「お久しぶりです、()()()()()()。お元気でしたか? ()()()()()お美しいですね」

 

 

 

 扉が開かれ、一人の女性が姿を現して。

 旧知だった妙齢の美女に、再会の挨拶を交わす。

 

 

 

「彼女が、わたしのお母さんです」

 

 

 

 漆黒の少女の肩に、背後に立った女性の両手が乗せられる。

 その視線が斉藤ミヤコから、金紗の双子の方へと移り変わった。

 

 

 

「アクア君とルビーさんも、随分と久しいわね。あの時は()()()()()()の子どもたちだって聞いてたけど……本当はアイの子だって知った時はもう、びっくりしたわよ」

「お母さん、かなさんが困惑してますよ」

「ああ、御免なさいね。有馬かなさん。改めて自己紹介させてもらうわね――」

 

 

 

 ――B小町、初期メンバー。

 ――星野アイに、最も執着した女。

 ――アイの死亡後、精神的に不安定になり芸能活動を一時休止。

 ――()()()()にB小町へ復帰。解散するまでの間、グループの中核を担う存在として活躍した。

 

 

 

「新野冬子です。それとも、元B小町のニノと言った方がわかりやすいかしら?」

 

 

 

 血は繋がっていないとはいえ、母親となった元アイドルは妖艶に微笑んで。

 その笑みは、漆黒の少女と雰囲気がよく、似ていた。

 

 

 




 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。

 というわけで、第四章の始まりです。
 第三章のラスト、ミヤコが離婚届ではなく避妊薬を選び、現状維持を図り、三角関係が継続しているルートです。

 推しの子には上から下まで様々な母親が居ますが、母親となったニノは、分類するなら重曹ちゃんの母親に近いタイプですね。



 追記:原作の終盤、ニノと某人物が実は付き合っていたという設定が出てきましたが、本作ではその設定はないものとします。

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