星の子どもたち   作:パーペチュアル

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 Eye Agate/アイアゲート

 天眼石。目のような縞模様がある、アゲート(瑪瑙(メノウ))の一種。
 邪気払いや浄化の性質を持ち、白黒の縞模様から陰陽のバランスを整えるとされている。
 また、産出されるチベットでは「天から降ってきた神の眼」と言われ、大きな決断に際して正しい道を指し示してくれる導きの意味を持つ。


Eye Agate 1

 

 

 

「あら、ぴえヨンさん。わたしに何かご用ですか?」

「ウ~ン。ご用というか、ちょっと気になることがあってネ」

「わたしに答えられることなら何なりと。どうぞお気になさらず、遠慮なく仰ってください」

「では、お言葉に甘えて。

 ……キミは一体、何者なんだい? キミを見ていると、まるで――」

「ふふ、貴方のような勘のいい人は嫌いじゃないですけど。それでも、知らない方が幸せなことは多いんですよ? 特に、芸能界という世界の中ではね。死人の墓を暴くものじゃない、とだけ言っておきます」

「キミは……」

「そうですね……、夏頃には一応の答えを見せられると思います。その時は是非、わたしのことを推して下さいね――先輩」

 

 

 

 

 

 

 女優という生き物は、何でも出来る。何にでも、なれる。一流の女優なら皆、それくらいのことはやってのける。

 少なくとも、そう強く確信して板の上に立てと、有馬かなは姫川愛梨から何度も言い聞かされていた。

 

 人間は元より、様々な顔を持つ生き物。揺りかごの中から家庭、近所、幼稚園、学校、社会と、生存圏や他人との関わりが拡大するにつれ、その顔は飛躍的に増大する。

 そして、顔の種類、多彩さという点において、女は男のそれを遥かに凌駕する。同じ相手であっても、その時々によって見せる顔は様々に変化するのだ。

 斉藤ミヤコを例に挙げてみよう。芸能事務所の社長であり、双子の義理の母親であり、女でもある。最愛の少年に対してであっても、厳しい態度を取ったり、甘い顔を見せたり、貞淑な女性であったり、淫蕩な女にもなったりする。

 

 ましてや、女優なら。当然ながら役によって顔は変わるし、同じ役どころでも、展開や状況しだいで更に遷移する。天候や季節が移り変わっていくように。

 時としてその変化は、同じ女優であっても同一人物と認識出来ない、別人としか思えない程に大きくなる。

 

 例えるならば、生き別れの双子。限りなく近しい遺伝子を持っていたとしても、家や保護者、周囲の人間といった育つ環境が異なれば、二人は全くの別人へと成長していく。血が繋がっている二人であっても、砂漠の惑星で農夫として育った者と、水の惑星で王室に育てられた者では同じ人物には成りようもない。顔付き、所作、振る舞い、身に纏う雰囲気すら変わり、別種の生物へと系統樹が離れていく。

 

 ――それを、人為的に意識的に再現出来るのが一流の役者であり。同じプロフェッショナルであっても、その分野において女優は男優のさらに上を行く。

 

 繰り返すが、女優という生き物は何でも出来る。何にでも、なれる。一流の女優なら皆、それくらいのことはやってのける。

 少なくとも、そう強く確信して板の上に立てと、姫川愛梨は有馬かなに何度も言い聞かせていた。

 

 彼女にはいずれ、自分と同じ場所(ステージ)に立って欲しいと、願っているから。

 

 

 

 

 

 

 ――恋愛リアリティーショーの番組終了から、約1ヶ月後。

 ――盛夏。

 

 

 

「その子が入った『B小町』っていう――」

「……今、『B小町』って言ったか?」

「店長、知ってるんすか?」

「今の若い子は知らんのかぁ……。それ、昔あったアイドルグループの名前だよ。アイっていう伝説的なアイドルが居てさ、当時の人間はみんな夢中になったもんだよ。でも――」

「でも?」

「……志半ばで、ストーカーに刺されて亡くなっちまってな」

「あ、聞いたことあります。東京ドームライブ直前の悲劇ってやつですよね」

「まあな……。俺もその日は東京ドームに居たんだけど、どうにも信じられなかった。日が暮れても帰る気になれなくて、ニュースで騒がれても何かの冗談としか思えなかった。……結局、アイの葬儀で喪服を着たB小町のマネージャーとアイの遺影を見て、ようやくこれは夢じゃないって気付かされたんだよ」

「店長……」

「悪かったな、湿っぽい話をしちまって。……大方、この『B小町』もアイの伝説にあやかろうとする連中だろうな」

「……見るの、止めときますか?」

「いや、一応ちょっと見てくか。……おっ、このイントロは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘘……だろ……?」

 

 

 

 

 

 

 カツン、カツン、と。ステージに上がる音が鳴る。ファンの歓声に比べればごく小さい音なのに何故か……よく、響いた。

 現れたのは、ジャパンアイドルフェスの、およそこの場に相応しくない風貌の少女。黒のロングコートにフードを目深に被り、口元以外は判然としない姿は、アイドルというより寧ろ不審者(ストーカー)を想起させる。一体何なんだ、と困惑する数多の観客たち。

 と、その時。コートの袖から覗く手が眼前に掲げられる。もう片方の手がコートの襟を掴み、振り回されたと同時に身体が翻り、その様相が一転した。

 観客席からそれを見ていた星野アクアは、あの日を当て擦ったような演出に歯を食いしばる。

 かつて、彼が最も信奉した空前絶後のアイドルを殺害した黒衣の不審者(ストーカー)は、あっという間に【彼女】へと変身を遂げていたのだから。

 

 

 

 フィクションでは、ありふれた話だ。

 大切な人を亡くした男は、人工的に【彼女】を造り出そうと試みた。

 

 

 

 少女の眼前に掲げられていた手が横へ滑っていく。それはあたかも、付けていた仮面を外すように。

 ――否。仮面を外すのではなく、別の仮面を付けたのだ。それも、少女に対し最も待ち望まれていた、【彼女】の仮面を。

 何ということはない。少女が生まれた時から、いや生まれる前からそうあれかしと()()から望まれてきたペルソナ。

 露わになった素顔、そこから放たれる圧力は、雰囲気は、眩しい程の輝きは、とうに喪われてしまった筈のものであり。

 双眸に宿る星彩(アステリズム)、その漆黒の輝きは純白の光へと遷移し、惜しげもなく全方位へと振り撒かれていく。

 

 

 

 あの時、金紗の青年が調べさせたところによると【彼女】の母親は出所して細々と暮らしていたが、【彼女】の父親は既に他界していた。

 だから、大切な人を亡くした男――神木ヒカルは。

 【彼女】の母親――星野あゆみに大金を積み卵子を提供させ、自らの精子と掛け合わせた。

 その受精卵は【彼女】の同僚だった女――ニノ/新野冬子の胎内に移植される運びとなる。

 

 

 

 漆黒の少女が少しばかりスカートをまくり上げ、下着が見えない程度に大腿部が露わになる。そこにはレッグバンドが巻かれており、収納されている獲物(ぶき)を手に取った。

 獲物――マイクを取り出し、手のひらでくるりと回転させ口元へと近付ける。

 そう、歌手やアイドルにとってマイクは武器であり、見る者の心を射抜く凶器なのだ。暗殺者の刃や銃器と同じように。

 

 

 

 その少女は、言うならば【彼女】に対し最も歪んだ愛情を持つ3人によって構成されている。まさしく、人の業と妄執が宿った科学の叡智と結晶。

 つまりは。星野アクアと星野ルビーにとって、その少女は叔母であると同時に腹違いの妹ということになる。とはいえ、髪色以外は【彼女】とほぼ同じ面貌をした星野ルビーと違い、少女は【彼女】と瓜二つというわけではない。例えるなら姉妹や親戚といったレベルだろう。

 

 しかしながら、【彼女】に似ていることは間違いなく、【彼女】をよく知る者であればその相似に気付けたはずだ。

 だが、気付かなかった。己の放つオーラとでも呼ぶべき雰囲気を巧みに使いこなす少女にとって、自らを別人のように見せかけることなど容易いことだ。前世において、極めて優れた女優として名を馳せていた彼女なら、それくらい息をするようにやってのける。

 

 何より。金紗の少年にとって、【彼女】は唯一無二の絶対的アイドル。代わりなんて居る筈がない、という強い確信、思い込みと言い換えてもいい。そういった固定観念は目を曇らせ、真実を追究する上での何よりも大きな障害となる。姿形から老婆だと思い込んでいた犯人の正体が、実は男だったという顛末の推理小説のように。

 

 

 

 ――そして。漆黒の少女と並び立ち、可憐に歌い、華麗に踊る深紅の少女(有馬かな)

 その赤と黒の交錯はさながら、生命の動脈と静脈の如く。寄り添い、絡み合い、入れ替わり立ち代わり巡り巡る螺旋律を描く、命の河。

 己の愛に絶対の自信を持ち、それを惜しげもなく表現する少女たちの輝きは、かつて消え去った一番星の光に勝るとも劣らない。

 

 特に華やかな深紅と漆黒、ダブルセンターの脇を固める二人――金紗(ルビー)黄玉(MEM)の少女も他のグループならエース級の容姿、と評価したアイドルショップの店長は、やっと夢の続きが見られるのかと感極まって涙を滲ませる。

 

「スゴイっすよね店長! この子らって売れると思います?」

「――売れる。売れないわけがない」

 

 断言する。彼女たちが売れないとしたら、一体どこの誰が売れるというのか。

 彼らは新たな推しに対し、声の限りに合いの手を入れ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに、新たな星が生まれた。

 新人アイドル/女優――其の名はアイリ(Ai:re)(アイの再来)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映画「星の愛」

 想定キャスト

 

 星野アイ役――アイリ/天河メノウ/姫川愛梨

 姫川愛梨役――有馬かな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイリ――!!!」

 

 星野アクアの隣に居る、黒髪に眼鏡をかけた青年、姫川大輝は()()()()()()()を盛大に振りながら、亡くなった母親と同じ名前の新人アイドルを推している。いい歳した男の恥ずかしげもなく興奮した様子を眺めながら、金紗の少年は思う。【彼女】を推していた前世の自分も恐らく、こんな感じだったのだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒髪の青年医師役――姫川大輝

 不治の病の少女役――星野ルビー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――およそ、半世紀前。

 映画史に燦然と輝く、世界で最も有名なスペースオペラに、世界で最も有名な悪役(ヴィラン)が登場した。

 

 その男は若い頃、愛する女の死を恐れるがあまりに、悪に心を付け込まれ闇に堕ちてしまう。

 その結果、彼は師に見放され、愛する女を喪い、自分と彼女の間に出来た双子の子どもたち(兄妹)がこの世に産み落とされていたことを知らぬまま、長い時間が過ぎていった。

 

 やがて、男の属する銀河帝国は史上最悪の兵器を完成させてしまう。

 帝国の支配に異を唱える反乱軍を、惑星ごと破壊してでも殲滅するという設計思想によって生み出された宇宙要塞型兵器。最大出力で放たれるその主砲は、惑星を文字通り塵芥に変えてしまう破壊力を持つ。

 

 其の名は死の星(デス・スター)

 人の業が生み出した、神をも恐れぬ恐怖と暗黒の星。

 その星は、物語の主人公光輝(ルーク)の双子の妹――その故郷の母星を、一撃のもとに焼き尽くした。反乱同盟軍への見せしめとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その盛り上がっている様子を観察しながら、ニノ/新野冬子は唇の端を妖しく吊り上げた。

 あの日、【彼女】が殺された東京ドームの日までは。どう頑張っても【彼女】に勝てないことに絶望しながらも、それでも自分の所属するアイドルグループが東京ドームという大舞台に立てる事実が、彼女にとって唯一のモチベーションだった。

 しかし、【彼女】の死によってその望みすら、絶たれてしまった。だから神木ヒカルからその計画を持ち掛けられた時も、「好きにすればいい、もうどうでもいい」という諦念があったことは否めない。

 

 でも、間違いじゃなかった。

 自分の代わりに、自分の娘が東京ドームに立つ。立たせてみせる。

 

 それだけじゃない。自分の娘(アイリ)が、【彼女】の娘(ルビー)を従え引き立て役にして、アイドルの頂点に立つ。

 ニノ/新野冬子にとって、これはかつて自分が果たせなかった夢の再演であり、復讐劇なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Gentlman,this is what we've been waiting for(諸君、よく見ておけ。これぞ待ち焦がれた瞬間だ)」

 

 この計画の首謀者、神木ヒカルは。

 誰にともなく、或いは、世界全てに向けて、高らかに宣言する。

 

「The Ai:re program now fully activated(今この時を以て、アイリ計画を遂に――完全、始動する)」

 

 消え去ってしまったあの輝きを、取り戻す。

 その為ならばこの命――惜しくはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カミキヒカル役――(少年期)星野アクア

          (青年期)神木ヒカル 

 

 

 




 バイオハザードの映画は2作目の「バイオハザードⅡ アポカリプス」が特に好きです。
 T-ウィルスに完全適合し人間の姿と知性を保ったまま超人的な力を手に入れた主人公のアリス計画。
 黒幕に捕らえられ生物兵器として改造を施され異形の姿へと変貌した、主人公の戦友によるネメシス計画。
 果たしてどちらがより優れているのか、決戦の火蓋が上がる時の黒幕の台詞「ネメシス計画を遂に――完全、始動する」は中二病心にとても興奮したのを覚えています。

 推しの子二次小説は多々あれど、姫川愛梨が新生B小町のセンターをやる――のみならず。
 それどころか、原作では「アイの代わりなんて居るわけない」という態度だったあの二人が両親となって、娘にアイの再来をやらせるというトンデモな展開ですが、今後もお読みいただけると幸いです。

 原作でお労しいにも程がある姫川兄貴は、母親への推し活でメンタルは万全です。


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