本来の世界戦における、有馬かなと黒川あかね。
例えば、
例えば、
例えば、
そして――
互角のヒロイン二人が鎬を削り合う作品においては
まだ「推し」という言葉が無かった時代から続く、ファン同士のある種不毛とも言えるこの戦いは長きに渡って決着が着かず。数十年の時を超え世紀を跨いでもなお、思い出したように争いの種となって再燃する。何せ、最終的には個々人の好み次第なのだ。そんなもの、決着の着きようが成るはずもない。
そこに、天河メノウ/姫川愛梨は勝機を見出した。
アイドルという領分において、自分一人だけではアイに勝てない。
ならば――、
☆
『有馬かなさんは指先一つで貴方たちの人生を壊せると表現しましたが……それが出来るのは、
数ヶ月前、天河メノウ/姫川愛梨が言っていた台詞は嘘でも誇張でもなかった。
漆黒の少女が手に掲げたスマートフォン。そこには二人の、時には三人の男女があられもない姿で絡み合う様子が映し出されていた。言うまでもなく、星野アクアと斉藤ミヤコ、そして有馬かなによる濡れ場の隠し撮りである。
それを見せつけられた金紗の少年は、怒りや焦りより寧ろ、得心がいったように落ち着いていた。諦めの境地に至ったと言ってもいい。だからといって安心出来る要素は一つもなく、こちらに要求を突きつける為の脅迫材料を前にして、もはや詰みだと溜息を吐くしかなかったのだが。
「お前がウチに入り浸っていたのは……この為だったんだな」
「備えあれば憂いなし、ということですよ。使わないのであれば、それに越したことはありません」
「そんなにB小町を復活させたいのか?」
「ええ。これは神木プロダクションの総意であり、そちらのルビーさんとかなさんの同意も得ています。あとはミヤコさんとアクアさんの許可が下りれば、今すぐにでも動き出せますよ」
「お前らは一体……何がしたいんだよ」
来客用の椅子に綺麗な姿勢で座っている天河メノウ/姫川愛梨と、その傍に直立不動の体勢で控えている金紗の青年、神木ヒカル。
本来ならば彼が椅子に座って交渉する立場なのだが、漆黒の少女の強い希望により彼女が交渉の矢面に立っている。計らずも、その二人の様子は貴族令嬢と彼女に仕える執事のようであり、敢えて主張せずとも非常に絵になる男女だと斉藤ミヤコは思った。
ちょうどそこで、影に徹していた神木ヒカルが半歩前に出て、苺プロの面々に向けて語り出す。
「アクア君、少し話は変わるけれど――君の同年代で、アイのことを知っている人間はどのくらい居るかな?」
『アイって、昔死んじゃったアイドルの人?』
恋愛リアリティーショーが後半に差し掛かる頃、黒川あかねが何気なく口にした言葉。
アイが活躍していた当時、彼女は小学校に入学してもいなかった。アイのことをよく知らなくとも無理からぬことだ。しかし、彼女に悪気は無いと判っていても、この十数年で世間からアイの認知が薄れているのを実感させられ、少なからずショックだったのを覚えている。
「名前は知っている、聞いたことがある――それくらいの知名度なんじゃないかな、君たちの年頃だと」
「……まあ、な」
「文化の多様化、細分化に伴い、一つ一つのコンテンツの消費スピードは加速度的に速くなっている。人気絶頂のアーティストが2、3年後には次の波に埋もれてしまうなんて、よくある話さ。
賭けてもいいが、このまま行くと30年、いや20年後の未来には、アイのことを語るだけで年寄り・老害呼ばわりされる状態が出来上がっているだろうね」
「そんな、ことは……」
「現に、アイが亡くなった3日後には誰も彼女の事を語らなくなった。ニュースでも、少し早い雪が降って交通網が麻痺したという話題にとって替わられた。アイのファンだって、最初は泣き叫んでいても数日後には日常に戻っていった。人は誰しも辛いことは早く忘れたいし、大半の人間にとっては対岸の火事より今日の晩御飯の方が重要だからね」
「……」
「僕は、嫌だ。そんなのは、認められない」
「神木、お前は……」
「だからこそ、このプロジェクトは成就させる。必ずね」
フィクションでは、ありふれた話だ。
大切な人を喪った主人公や黒幕が、その知恵と力、財や技術を総動員して、最愛の人を蘇らせる。
機械で、仮想世界で、鉄の子宮で、土と肋骨で、AIで。
神話の時代から数多繰り返されてきた、人間の愚かしくも美しい、罪と禁忌の物語。
「アイを、現代に復活させる。彼女なら、それが出来る」
漆黒の少女が椅子から立ち上がり、片手を眼前へと掲げ。仮面を外すように手が退けられたその時には、瞳の星は瞬く間に闇から光へと遷移しており。
何よりもその雰囲気は、かつてこのプロダクションに所属していた一番星に酷似していて。苺プロの面々は、多大な驚きと懐かしさに総身を震わせずにはいられなかった。
「アイを、長く永く語り継がれる存在にする。アイを、
……ふふ、癇癪を起こした子どもの
「笑わないよ」
金紗の少女、星野ルビーが即答する。
そうだろうな、とアクアは納得にも似た感情を覚えた。アイの死に際し、誰よりも憤怒と絶望を覚えたのは彼女だろう。
騒ぐだけ騒いで急に見放したマスコミに、匿名性の影に隠れてネットに好き勝手書き込んでいた連中。アイのことを少しずつ忘れていく世界に対し、静かな怒りを灯し続けていた星野ルビーなら、この計画に乗るだろうと。
星野アクアも斉藤ミヤコも、ルビーの駄々には甘いところがある。ましてや、ルビーはアイに関わる事柄ならば
駄目押しとばかりに突き付けられる四面楚歌の現実に、二人は溜息を吐いて白旗を上げたのだった。
☆
神木ヒカルの望みは、アイを復活させ長きに渡って語り継がれる存在に昇華させること。
ニノ/新野冬子の望みは、自らが産んだ娘たるアイリ/天河メノウ/姫川愛梨がアイにとって代わり、彼女の娘であるルビーを従え引き立て役にして、東京ドームに立ちアイドルの頂点に君臨すること。
そして天河メノウ/姫川愛梨の望みはと言えば、アイを超えることである。
特に、漆黒の少女――天河メノウ/姫川愛梨。
「アイを超え、彼女に縛られている神木ヒカルの心を手中に収める」。
有馬かなが斉藤ミヤコを超えたいと切望しているのと同じように、彼女にもまた明確な目的があったのだ。
だが、アイはただでさえ傑出したアイドルであり、さらには死んで彼の想い出の中で美化されていることから、その目標は困難を極めると予想された。事実、金紗の青年は一向に靡く様子を見せなかったのだ。
そこに現れたのが、星野アクアと斉藤ミヤコ。アイに縛られている金紗の少年と、彼が抱えていた復讐心から解放したい妙齢の美女。漆黒の少女は、自分の望みを叶える為のモデルケースとしてうってつけだった二人を見守り、観察することにする。
結果は予想以上だった。斉藤ミヤコは、アイが持ちえぬ物を総動員して、少年の愛だけではなく憎しみすら引き受けて、見事に彼の心を射止めたのだ。「死んだ女より私を見て」と言葉にすれば簡単なことだが、それがどれだけ難しいことだっただろうか。
アイの素養は良くも悪くもアイドルに特化しており、実子のアクアですら「母親としては相当に駄目な部類」と評していた。学もない。忘れっぽい。世間知らず。家事や料理もろくに出来ない。他人の気持ちを推し量れない――等々。
総合力で問うならば、姫川愛梨はアイの遥か上を行く。アイの持ち合わせないあらゆるものを、彼女はその手に収めている。
そんな彼女が生まれ変わり、天河メノウとなって。少女は、アイドルの素養さえ身に付けてしまった。
ならば、すべきことは単純明快。アイを超えるアイドル/芸能人になればいい。
だが果たして、それは可能だろうか?
結論から言えば、難しい。例え同等のパフォーマンスを見せたところで、オリジナルと二番手では天と地ほどの差がある。少なからず出てくるであろうアンチからは焼き直し、劣化コピー、二番煎じと揶揄されるのが目に見えている。
――だからこその、有馬かな。
春先から予想以上の成長を見せてくれた彼女を、計画に巻き込むことにする。
一人では、アイに勝てない。
だが。二人ならアイに並べる。二人ならアイを超せる。
アイリと有馬かな、どちらの推しになるかでファンがぶつかり合い盛り上げてくれる状態を醸成する。
流行りは、生まれるものじゃない。人の手で作り出すものだ。
一人ではなく、二人。頂点を分散することに関して
残る課題は、肝心のパフォーマンス。いくら流行らそうとも、中身が伴わなければ短命に終わってしまうのは、必然。
だが――、
☆
歌う。
踊る。
跳ねる。
ジャパンアイドルフェス、スターステージの壇上。四人の少女たちによる饗宴、特に
童女の稚気と無邪気さを。
少女の輝きと瑞々しさを。
淑女の色香と妖艶さを。
悪女の狡猾さとしたたかさを。
そのいずれかを身に付けていなければ、子役や女優は務まらない。
だが、その全てを兼ね備えた役者/アイドルなど、一体どれだけ居るというのか。
――ここに居る。それも、二人も同時にだ。
深紅と漆黒。その輝きは紛れもなく、本物である。
JIF編終わりませんでした。あと1話やる予定です。
その次はようやく重曹ちゃんルートに入れるかと思います。