「どうしてこうなった……」
今私は、かつて味わったことのない苦境に立たされていた。
眼前に広がるのは、目の保養にも毒にもなり得る、美女と美少女の裸身が二体。
「久しぶりだよね~」
「そうね。貴女たちの合格が決まったら、また来ましょうか」
「ミヤコさんってば気が早いよ」
銭湯の湯船にくつろぐ母子二人。
片方は一つ年下の中学三年生、星野ルビー。陽東に受かれば後輩になるのだが、この外見ならばまず落ちることはないだろう。むしろ、この女が不合格なら合格者は数えるほどしか残らない、というレベルである。
アクアと同じ金紗の髪に、道行く人が皆振り返るであろう容貌。快活な声と雰囲気に、すらりとした手足は健康的であると同時に、将来の可能性を大いに感じさせてくれる。アイドル志望とのことだが、苺プロではなく大手に所属していれば、とっくにデビューを飾っていたであろう逸材だ。
問題はもう片方。アクアとルビーの里親にして、苺プロの社長でもある斉藤ミヤコさん。
一言でいうと、ヤバい。服の上からでもわかる膨らみが、脱ぐとさらに大きくなって、片方だけでも私のを両方足したよりボリュームがありそうだ。ウエストのくびれと、そこから臀部に至る曲線は女神もかくや、という具合で反則にも程がある。陽東にもスタイル抜群のグラビアモデルは何人も在籍しているが、彼女とくらべれば胸と尻がでかいだけの高校生だ。
何というか……貫禄が違うのだ。艱難辛苦を乗り越え愛を手に入れた女、積み重ねた人生経験が美しさの糧となっている女――というところか。こればかりは、逆立ちしたって高校生に届きうる領域ではない。
果実は腐る寸前が最も美味しいという慣用句があるが、斉藤ミヤコさんはそんな形容が似合う女性だった。
一方。私はと言えば、可もなく不可もなく。至って普通の女子高生……時々、中学生に間違えられるけど。
走り込みやトレーニングは欠かしていない為に引き締まってはいるが、どうにも起伏に欠けるこの身体。貧相というわけでもないが、やはり物足りなさは否めない。
本当に、どうしてこうなったのか……。
溯ること2時間前。アクアの件は鏑木プロデューサーに了承をもらい、12年ぶりにアクアと共演できることもあって気分を良くした私に、「今夜はもう遅いから泊っていきなさい」とミヤコさんから勧められ、一も二もなくその申し出を受けた。
溯ること1時間前。私は久しぶりに、本当に久しぶりに、誰かと同じ食卓を囲んだ。
貯金にあかせてウーバー頼みな食生活を送る私だったが、高校に入学してから初めて、家庭の味を口にした。家庭の味とは料理のみを指す言葉ではない。食卓があり、それを囲む家族が居て、それらを包む団欒が、家庭の味なのだ。
調子に乗るルビー。
呆れて反論するアクア。
二人をたしなめ、見守るミヤコさん。
私が失って久しい、私が望んでやまない家族の姿が、そこには確かにあった。
――ほろり、と。
私の涙の雫が、テーブルの上に落ちた。沈黙する一同に対し、家庭の味は久しぶりだから、とか、ちょっと辛かったから、とか言い訳ともつかぬ誤魔化しを並び立てる。
するとまたしても、アクアが横から手を伸ばして、今日何度目か判らぬハンカチの感触が、目尻をそっと拭っていく。
空気を入れ替えようとしたのか、ミヤコさんが「みんなで銭湯に行って汗を流しましょう」と提案し、双子は特に異論もなく賛同し、私もこくりと頷いたのだった。
「有馬さん、もう大丈夫?」
「は、はい。お手数おかけしました」
心配そうに顔を覗き込んでくるミヤコさんに、反射的にのけぞりながらどうにか返答する。
お気遣いは有難いけど、胸の谷間を強調するなよ! わざとやってんのか!? とは言いたくても言えない私だった。
「ならいいけど……無理しないでね。人間、出来ないことはどうしたって出来ないんだから」
「そう……ですね」
半分以上は貴女のせいですけどね。人間、無いものは無いのだ。持たざる者と持つ者の格差はどうしようもなく残酷であり、世の争いの原因なんですよ、とやさぐれていってしまう自分を止められない。
つかマジで色っぽいなミヤコさん。結い上げた髪の下からのぞく
この人と一つ屋根の下で暮らすアクアは、変な気を起こしていないだろうか……。その疑問を見透かしたわけでもないのだろうが、答えはルビーからもたらされた。
「そういえばミヤコさん、お兄ちゃんといつまで一緒にお風呂に入ってたんだっけ?」
「え!?」
「確か……5年くらい前だったかしら」
「はぁっ!?」
アイツは今、中学三年生。5年前というと、小学校高学年に差し掛かる頃か。男女ともに第二次性徴が始まり、私もその頃に初潮を迎えた時期でもあり、身体が大人へと少しずつ変化していく年頃だ。ある意味妥当と言えなくもないが……いや、アウトだ。アウトに違いない。
「ねえ聞いてよ先輩。お兄ちゃんったらさ、その時、ミヤコさんと一緒にお風呂に入ってて……大きくしちゃったんだって」
「大きくって、えーっと、その……あ、あれを?」
「そうそう。結局、お兄ちゃんもオスなんだね。まあ、ミヤコさんが相手じゃ仕方ないけどさ」
「お、おう……」
「で、その一件があってから、お風呂は別々に入ることにしたんだって。笑っちゃうよね」
笑えないわよ! アクアはミヤコさんを女として意識してるってことじゃん! しかも小学生の頃から既に――。
もう一度、ミヤコさんと自分の身体を見比べる。比較するのも馬鹿馬鹿しい彼我の戦力差。女としての勝負では到底勝ち目がないだろう。
「はぁ……」
アイツはこの身体を見て、女として意識してくれるのだろうか。
敵はどうしようもなく強大。相手にとって不足なし――と言いたいが、言葉遊びをした所で何の慰めにもならないのだった。
――ならば、違う土俵で勝負するしかない。
私は私。ミヤコさんはミヤコさんだ。差しあたっては、今日あまのドラマをアクアとともに良くすること。下がりきった評判を、少しでも上向けること。
ばしゃり、とお湯で顔を洗い、私は気合いを入れ直した。
アクアのあれは、安室奈美恵とその長男のエピソードが元ネタです。