星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Garnet 8

 

 

 

「有馬さん。うちのアクアが迷惑をかけたみたいで、御免なさいね」

「え……?」

 

 心機一転しようとした私に、ミヤコさんが声を掛けてくる。

 それは、私の認識とは全く反対のことだった。アイツに迷惑をかけられたなんて、露ほども思っていないのに。

 

「そんな、迷惑だなんて。むしろ、こっちが迷惑をかけてばかりで……」

「涙、拭ってもらったんでしょう?」

 

 数瞬遅れて、こくり、と頷く。

 昼間、陽東高校で。12年振りにアクアと再会した時。

 夕方、星野家の墓の前で。ずっと私の支えになっていたハンカチを、手放すかもしれなかった時。

 夜、食卓の中で。私がとうの昔に失ってしまった、家族の団欒を目にした時。

 言われてみれば確かに、今日一日で3回も涙を拭いてもらっている。はっきり言って異常だ。

「十秒で泣ける天才子役」だなんて持て囃され、泣くこと自体は得意技だったが、それはあくまで演技での話。自分で意図してやっていたものだ。

 だが、今日の涙はそうじゃない。真なる感情から零れ落ちた涙だった。

 

「あの子は昔から、女の子によく告白されていたらしいわ。泣いている女の子はほっとけない子だから。

 涙を拭って、惚れられて、でもすげなく断って……その繰り返し。いつかひどい目に遭うんじゃないかって、心配してるんだけどね……」

 

 判る気がする。アクアに涙を拭ってもらうことは……気持ち良かった。またしてもらいたいと、何度でもやってもらいたいと、そう思ってしまった。麻薬の常習性とは多分、こんな感じだろうなと考えてしまう程に。

 だが同時に、危うさも感じる。そんなことをしていれば、振った女子からの逆恨みもあるかもしれないし、周りの男子からのやっかみもあっただろう。男子中高生というのは異性に興味津々な年頃だ。なのに、異性に大して興味を持たないアクアがモテる、というのは彼らにとって面白くないこと甚だしいだろう。

 私も人のことは言えないが、アクアはあまり友人と呼べる存在は居なかったのではないか……あくまで勘でしかないが。

 

「あの子は今まで一度も、女の子を家に連れてくることは無かった。例え仕事絡みだったとしても、会ったばかりの子を自宅に呼ぶなんて……今までのアクアからすれば異例のことよ」

「異例……」

「だからこそ、気になるの。貴女と、他の子たちでどこが違うのか。何か、心当たりない?」

「心当たりと言われましても……昔、映画で共演したことですかね」

「ええ、それは私も知っているわ」

「その時から、アクアのハンカチを借りっぱなしになってたんです」

「やっぱり、そこなのかしら……」

「後は、心当たりかは判りませんけど、今日アクアのお母さんのお墓に行ったくらいで……」

 

 ミヤコさんの目が見開かれる。ルビーもだ。信じられないものを目にしたかのように。

 

「アクアがア――星野家の墓に、貴女を連れて行ったの?」

「いえ、私がついて行ったんです。来るのは勝手だけど、邪魔はするなって言われました」

「そう、なの……」

 

 指を唇に当てて考え込むミヤコさん。やはりこの人は、単なる里親という領分以上に星野家に深く関わっている。

 ならば、色々と知っているはずだ。あの時、墓場で抱いた疑問をぶつけてみることにした。

 

「あの、私も聞きたいことがあるんですけど」

「何かしら?」

 

 それが、彼女らにとって禁句(タブー)であることを知らずに。

 

 

 

「アクアのお母さんって、事故か病気で亡くなったんですか? 随分若くして亡くなったみたいです、け、ど……」

 

 

 

 場の温度が一瞬にして冷え込んだ。銭湯の熱気の中であるにも関わらず。

 ミヤコさんの形のいい眉間に皺が寄せられ。

 ルビーの明るい表情が、今にも泣きだしそうに悲痛な顔へと歪んだ。

 

「あ、えっと……すみません。辛いことを聞いてしまって……」

「いいのよ。貴女のせいじゃないわ。……でも、この子たちの前では控えてくれるかしら」

 

 ルビーはその瞳を涙ぐませ、ミヤコさんがルビーの頭を撫でながら返答する。

 それっきり場に沈黙が降りて、いたたまれなくなった私は先に上がらせてもらった。

 

 

 

「今日は色々あったなぁ……」

 

 苺プロの仮眠室を借り、布団に横たわりながら一日を回想する。

 学校にハンカチを取りに行ったら、12年振りにアクアと再会した。

 アクアとともに彼の母親のお墓に行って、涙とハンカチのやり取りをした。

 苺プロと交渉し、アクアの今日あまへの出演にこぎつけた。

 アクアとルビー、ミヤコさんと一緒に食卓を囲み、久しぶりの家庭の味を堪能した。

 銭湯で女子会もどきをやりつつ汗を流し、そして――。

 

「気になることが、二つ」

 

 ――一つ目。アクアとルビーの母親。彼らがまだ幼い時、若くして亡くなったシングルマザー。

 兄妹から今だに強く想われていることから、親子関係は良好だったと推測される。

 死因は不明。事故や病気で亡くなったのかもしれないが、それにしてはルビーとミヤコさんの反応は過剰だった。何か事件性があるのかもしれない。

 アクアに「Iolite(アイオライト)」のハンカチを託した人。彼のハンカチへのこだわりや、泣いている女の子の涙を拭ってしまう行動の裏には、母親の存在が強く関わっているのかも――。

 

 ごろり、と寝返りを打つ。すると目線に入ってきたのは、窓から差し込む月明かりに照らされた、1枚のポスターに映る少女。

 ――アイ。かつて苺プロに所属していたアイドルユニット、B小町の絶対的センター。歌唱力やダンスはもとより、特筆すべきはその圧倒的な輝き、観る者を惹きつけずにはいられないカリスマ性だろう。地下アイドル出身でありながら驚異的なスピードでB小町を立身出世させる原動力となり、TV番組やグラビア、映画にも活躍の場を広げた。私も一度だけ共演したが、売れるべくして売れた本物だと思ったものだ。

 だがそんな彼女も、東京ドームのライブ目前でストーカーの凶刃に倒れ、その訃報は日本中にあっという間に広がった。当然、私の耳にも。まだ私やアクアが小さな子どもの頃の話――。

 

 何かが、引っかかった気がする。

 一体何だろう、と考えを巡らそうとしたとき、部屋の外からほんの小さな話し声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

「アクア、有馬さんのこと……どうするつもりなの?」

「どう、とは?」

「とぼけないで。お墓に連れて行ったり、ウチに入れたり……いくらなんでも貴方の情報を見せ過ぎよ。

 少し調べたけど、有馬さんは陽東で一年生の学年首席みたいね。おまけに、明らかに貴方へ好意を抱いているわ。判ってるでしょう?」

「やっぱり、そう思うか」

「ええ。同じ女から見て、十中八九そうでしょうね。ああいう賢くて、12年経っても貴方に(こだわ)っていた女の子。高い知能と根気強さ、執念深さを持った子だもの、いずれ貴方たちの秘密を探り当てるでしょうね」

「そう、だな」

「どうしてそこまで、有馬さんに肩入れするの?」

「……陽東で有馬の涙を拭いた時に、思い出したんだ。俺の原点をな。

 映画を撮影したこと、ハンカチを持っていかれたこと、このハンカチを替わりに貰ったこと。褒められたこと。

 俺の、子ども時代のことをさ」

「アクア……」

「もう俺は失ったんだ。戻れないなら、進むしかない。全部決着を着けて……それで、ようやく始められる」

「……ちゃんと、ここに帰ってきなさい」

「判ってる。あの時、約束しただろ?」

「それでも、よ」

「……ミヤコ?」

 

 

 

 

 

 

 ――もう一つ。斉藤ミヤコさんと兄妹……特に、アクアとの関係。

 貴女たちは本当に、里親と義息子の関係なの?

 扉の隙間から見える、男と女。その姿は一つに重なっており、抱き合い、お互いの背中に腕が回されている。

 羨ましくなるほどに、憎らしくなるほどに、様になっている、似合っている。余人の入り込む隙間は無いと、私の恋心を責め立てる。

 

 一瞬、ほんの一瞬。

 アクアの背中越しに、肩口から見えるミヤコさんの美しい顔。男に抱き留められ、全身で愛を存分に享受している美しい顔。

 その視線が一瞬だけ、私と重なったような気が、した。

 心臓が粟立つ。冷や汗が背筋を伝っていく。

 

 ああ、貴女はこんなにも。

 美しい女で、優しい母親で、男の情欲の的で、女の羨望の的で。

 

 そんな貴女が――(うらやまし)い。

 

 

 




ヤングジャンプ34号を立ち読みに行ったら、ミヤコの出番が多くて気付いたら買ってました。
本当の母親じゃないけれど、それでも私は母親なんだと言い張れるのが本作のミヤコです。


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