「昨日はお世話になりました。撮影が終わったらまた、お礼に伺わせていただきます」
「先輩、またね~。でも、やっぱり敬語似合ってないね」
「うっさい。アンタは一言多いのよ」
翌朝、と言うには少し遅い時間。星野家をお暇する時、玄関口でルビーとミヤコさんが見送ってくれた。
アクアは朝一で五反田監督の所に行ったらしい。本当は昨日行く予定だったが、色々あって今日になったのだとか。
「また、いつでもいらっしゃい」
ルビーの横で、艶然と微笑むミヤコさん。冬の午前の、温かな光を受ける彼女は、昨晩とはまた違った魅力がある。
つい半日前。彼女とアクアが抱き合っている所を目撃したせいか、昨日はろくに眠ることができず、夜な夜なアイのポスターとお見合いをする羽目になった。
子役時代、撮影のスケジュールによっては待合室や車の中で眠ることも多く、枕が変わったくらいで眠れなくなるような柔な神経はしていない。ならばやはりあの二人のせいだと、内心で呪わずにはいられなかった。
「あんまり寝てないの? 夜更かしはお肌の大敵なんだから、若い時から気をつけなきゃ駄目よ」
昨日の銭湯の時と同様、貴女たちが原因なんですけどね、と思いながらも「気をつけます」と相槌を返しておく。
起床後、鏡で見た私の疲れた顔よりも、今のミヤコさんの方がよほど若々しく見える。彼女は私の倍以上生きているはずだが、愛は女を美しくする、という言葉はやはり真理であるらしい。
一人の人間としての斉藤ミヤコさんは、私にとって好きな部類に入る。尊敬していると言ってもいい。双子の子どもを育てながら、女だてらに芸能プロダクションの社長を務めあげ、存続させている。言葉にしてしまえば簡単だが、実際に味わってきた苦労は並大抵ではないだろう。
アイの死後、人気の急降下したB小町は結局解散し、苺プロもそのまま空中分解してもおかしくなかった筈だ。それが今も事業を継続できているという事実こそが、彼女の非凡さを物語っている。能力・実績に文句をつけられないのは確かだ。
それでも、彼女のことを手放しで認められないのは――。
「ところで有馬さん。貴女――アクアのこと、好きなの?」
こういう所だ。アクアと同じで、この人はいつもいつも、私の心を搔き乱す。それも、彼とは違って悪い方向に。
「……それ、答える必要あります?」
「勿論よ。アクアはあれで、女性との交際経験が無いの。あの子に近づく女の子を見定めるのは、親としても事務所の社長としても当然のことよ。美人局だったりしたら大変だもの」
「随分と過保護なんですね。そろそろ子離れした方がいいんじゃないですか」
「私もそう思うんだけどね……あの子が可愛いから、なかなか上手くいかないのよ」
私たちの間を、冬の風が吹き抜けていく。寒さゆえか、一触即発の空気ゆえか、ルビーがぶるりと身体を震わせた。
思い返すは、故・姫川愛梨と共演したあのドラマ。嫁と姑の軋轢が不倫の一因となり、姑のいいなりだった嫁が不倫によって、女としてのしたたかさと逞しさを身につけていく、あの一幕。
「ご心配なく。私はこれでも例のドラマの座長ですので、アクアの面倒は私が、しっかりと、見ておきますから」
ミヤコさんの眉がわずかに歪んだ。まずは、一撃。
「そう? ならお願いしようかしら。でも、無事に返して頂戴ね。傷物になってたら取り返しがつかないものだから」
「いえいえ。私は、アクアとは清く正しいお付き合いをするつもりですから。
ミヤコさんの眉間に皺が寄った。この追撃は有効打と言える。もう少しだ。
「あらあら。私の娘はルビーだけよ。有馬さんは随分と気が早いのね」
「おっと、私としたことが迂闊でした。これは失礼しました――
びきぃ、と音がしたかの如く、ミヤコさんの口端がひくついた。これは効果大。
自らの老いに開き直った女性には通用しないが、彼女のような若作りに自信を持っている女性には刺さる一撃だったろう。
「ふふ……」
「ふふふ……」
「え? 何、この空気……」
ルビーは状況についていけず、視線を私たちの間で行ったり来たりさせていた。
だが、私とて無闇に喧嘩を売りたいわけではない。もし、アクアと
「斉藤ミヤコさん」
「なにかしら?」
逃げてはいけない。彼女の値踏みする視線を真っ向から受け止め、私は一つ息をついて――、
「私は、アクアのことが好きです」
宣戦布告する。
二人とも、驚いてはいなかった。ただ、やっぱりそうなんだ、と腑に落ちたようだった。
「これが、答えです」
「そう……」
ミヤコさんは好戦的な表情を消し、姿勢を正すと、
「あの子のこと、よろしく頼むわね――有馬さん」
美しくも寂しげに、笑った。
重曹ちゃんがようやく舞台に上がりました。