話の展開上ボツにしましたが、お蔵入りするのも勿体ないので手直しして掲載することにしました。
――私は、アクアのことが好きです。
言った。言ってしまった。それも、アクアの保護者と妹に向けて。これは実質、息子さんを私にください的な発言ではないか。
確かに、ミヤコさんとの挑発の応酬で興奮していた面はある。だがしかし、過程をすっ飛ばしていきなり本丸に乗り込んでしまったようなもの。まだ何も準備はできていない。
「……そう。やっぱり、そうなのね」
ミヤコさんの唇が弧を描き、瞳が細められる。こちらを品定めしている目なのか、獲物を見定める目なのかは定かではないものの、つい昨日も同じものを私は見ている。
アクアに抱き締められ、その肩口からこちらの反応を窺う瞳。あの時、一瞬のことで本当に視線が合ったのかは判らないが、私にはそう見えた。
ならば、覚悟を決めなくてはならない。
既に賽は投げられた。彼が本当に欲しいのなら、彼女は避けて通れない最大の強敵。
この、どこまでも優しい母親で、どこまでも美しい女性には。
――その時。
ミヤコさんの視線と焦点がこちらからずれて、私の後方に合わせられる。
「あら、アクア。忘れもの?」
「えっ?」
反射的に後ろへ振り向く。しかしそこには――誰も居ない。
どういうこと、と理解する間もなく、左手首に違和感。掴まれ、捻られ、引っ張られる。怪我しない絶妙な力加減で。
逆に右腕は肘のあたりに外側から力がかかり、胴体に押し付けられて動かせない。
「何が――」
視線を戻すと、そこには吐息の当たりそうな距離に、ミヤコさんの綺麗な顔があった。
睫毛長いな、とか。
リップの色が昨日と違うな、とか。
この状況下で、そんな暢気なことを考えていた。
そして――彼女の顔がこちらに少しずつ迫り、全容が捉えられなくなる。
「ちょ――」
回らない頭で、ようやく理解した。
先程のミヤコさんの言動は罠であり、間抜けな私が引っかけられた隙に接近、拘束。
このままだと彼女に、喰われてしまうという事実に。
「待っ――」
私、ファーストキスはアクアがいいんですけど! という心の悲鳴も空しく、互いの距離は既に一寸を割り込んでいる。
ああ、初めては好きな男の母親に奪われちゃうんだ、と諦観を抱きながら、私はぎゅっと目を閉じて――。
「んっ……」
頬に、啄むような柔らかな感触。
昨日、アクアとミヤコさんがしていた、ただいまの挨拶。星野家の親愛の儀式。
ゆっくりと目を開けると、私の拘束を解いていたミヤコさんは元通りに、艶然とした笑みを取り戻していた。
「また、ゆっくりとお話ししましょう。――ゆっくりと、ね」
「くっ……」
この感情、前にも味わったことがある。怒りと悔しさがない交ぜになったこの感情、一体どこでだったか……?
そう、アクアと初めて共演した時。五反田監督の映画で、アクアの演技に敗北感を味あわされた時だ。これ以上泣き顔を見られたくなくて、アクアのハンカチを奪い取って、必死に顔を隠した時のことだ。
まさか、12年の時を経て、彼の母親からまた同じ屈辱を与えられるとは、想像すらしていなかった。
「――失礼します!」
あの時と同じく、私はまた顔を隠すように踵を返した。
次に星野家に来るときは、不味い土産物でも差し入れようなどと考えながら。
――おかしい。何かが、おかしい。
星野家から帰宅する際、すれ違う人が尽く、私を奇異と好奇の視線で見てくるのだ。
一体、何なのだろう……。その答えは、自宅に戻った際、手を洗おうと洗面所に向かったところで判明した。
「やってくれたわね、あの女ぁ……!」
私の頬には、見るもくっきりなキスマークが残されていた。
余談だが。この顔は写メこそ撮られていなかったものの、私を知っている人間に目撃されていたらしく、有馬かな百合説などという話題が出現することになる。
以下本誌ネタバレ
原作の重曹ちゃん:アクアと再会してから2年半かけてあーくん呼びに変わるも関係に進展はほぼ見られず。あかねと別れたと思ったら今度はルビーに搔っ攫われそう。
本作の重曹ちゃん:再会したその日にアクアの家に泊まり、翌朝、保護者と妹に「息子さんを私にください(意訳)」
原作最新話でもミヤコが出ずっぱりで嬉しい反面、どこまで設定を本作に取り入れるか悩ましい所です。