星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Garnet 10

 

 

 

 夢幻のような時間だった。

 

「……は? なんつったオメェ!!」

「聞こえなかったか? そんな女に守る価値なんて無いって言ったんだ!」

 

 アクアは先ほど、鳴嶋メルトの耳元に口を寄せた時に何かを吹き込んだのだろう。恐らくは挑発か、侮辱。ついさっきまでは棒読みの見本市だった彼の演技に、感情の芯が乗って「見れる」ようになる。私も、スタッフも、当のメルト本人ですら、その事実に誰しも動揺の気配を隠せない。ただ一人、ニヤリとほくそ笑む黒衣のストーカーを除いて。

 

「諦めて流されろよ!」

 

 台詞も立ち位置もリハーサルとは違う。台本や指示を無視した、役者失格の所業ではあるが、スタッフも止める様子はない。

 ――だって、リハの時より感じが出てる。怖くて、緊迫感があって、すごく原作っぽい雰囲気なのが伝わってくる。

 今までの酷すぎる内容を、それでもドラマとして成立させていた優秀なスタッフたちだ。本当は内心、忸怩たるものを感じていたのだろう。

 

「お前なんて誰にも必要とされてない」

『俺には、お前が必要なんだ』

「身の程わきまえて生きろよ。夢見てんじゃねえよ」

『他人の都合なんて気にするな。本気でやってみろよ、有馬かな』

 

 アクアの台詞が、勝手に脳内で変換されていく。つくづくおめでたい、私のお花畑な感情。アクアが演出してみせたこの場に、原作の名シーンを再現してくれたこのひとときに、ヒロインが応えなくてどうするというのか。

 

「どうせろくな事はない! お前の人生お先真っ暗だ!!」

「……それでも」

 

 進むほどに暗くなっていく、芸能界の黄昏。右も左も判らず迷子になっていた私に差し込んだ、一筋のスポットライト。

 ここまで私とともに歩んでくれた「Aquamarine」のハンカチは、仄かな光となって足元を照らしてくれていた。

 ああ、やっぱり――。

 

 

 

「それでも、光はあるから」

 

 

 

 やっぱり、私はアクアのことが、好きなんだ。

 アイツはいつもいつも、昔も今も……私の中を搔き乱していく。

 

 

 

 アクアとメルトがクランクアップを迎え、二人が向かい合っていた。近づいて様子をうかがってみると、メルトは撮影前とは打って変わって殊勝な態度を見せており、先程のシーンで拳が当たってしまったことを謝罪しているようだ。

 それに対し、アクアはわざと当たりにいっただけだから気にするな、と何でもないように返し、その後に続く台詞が耳に残って離れなくなった。

 

 ――おかげで、有馬も本気が出せたんじゃないか?

 

 何で、貴方はそこまでするの? 私のため?

 そんな思わせぶりなことを言われたら、勘違いしちゃうじゃないの。

 勘違いしても……いいの?

 

「かなちゃん、最後のシーンもういける? ……かなちゃん?」

「あっ、……えっと、すみません。5分待ってもらえますか」

 

 監督は特に気にした様子もなく、頷いて戻っていった。

 私はポーチからハンカチを取り出すと、水道で濡らして、小走りでアクアのもとに駆け寄る。撮影所の隅っこで、周りには誰も居ない。……好都合だ。

 

「ほら、これで冷やしときなさい。アンタも役者の端くれなら、顔のキズはNG。商売道具なんだから」

「助かる。つーか、これ――」

「アンタのハンカチよ。……でも今は私のなんだから、ちゃんと返しなさいよ」

「言ってろ」

 

 アクアは苦笑して、渡したハンカチを左頬の殴られた痕にあてがおうとした。だが、出来なかった。

 私が彼の左腕を掴んで、止めていたから。

 

「……有馬?」

 

 これは仕返しだ。あの人(斉藤ミヤコ)が見ていないのは残念だけど、それはまたの機会に取っておくことにする。

 先日、苺プロにお邪魔した時に、彼女は頬に彼の唇を、全身に彼の抱擁を受け入れていたこと。それを私に見せつけてきたこと。あの時の屈辱と敗北感は、たっぷりと利子をつけて返さなくてはいけないから。

 

 まずはその第一歩として、爪先立ちになって背を伸ばす。私の目線が、ようやくアクアと同じ高さになる。

 赤く滲んだ頬の痕。今この時だけは、世界の全てがそこに在る。

 

「んっ……」

 

 アクアのことをよろしく頼むって言ったんだもの。これくらいはいいでしょう?

 彼を殴ったメルトにほんの少しだけ感謝しながら、私は束の間の感触を味わっていた。

 

「お前……」

「まだ最後のシーンが残ってるから、行ってくるね」

「……行ってこい」

 

 ――女は生まれながらにして女優である。フランスのとある作家の言葉だ。

 だが私は哺乳瓶を咥えてた時分からこの業界に居て、挫折も栄光も味わって、それでも前に進んでいる。

 私は、ただの女優じゃない。もう天才子役ではないけれど、それでも女優・有馬かなはここに居る。

 

 主人公に恋に落ちた乙女の顔。そんなものは私にとって朝飯前。今このカメラに映っている顔が、演技なのか本物なのか、それは誰にも判らない。

 

 さあ、斉藤ミヤコさん。

 貴女はどっちだと思いますか?

 

 

 

 




今週は原作が休載……。
ミヤコ分が切れる……。


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