「それでも、俺は……諦められない。アイを死に追いやった奴が、何処かでのうのうと過ごしているかと思うと、今にも気が狂いそうになるんだ。これじゃあ俺は、前にも後ろにも進めない。生きているって……言えないんだ」
「アクアも、この事件は終わっていないと――黒幕が別に居ると、そう思っているのね」
「ミヤコもか!?」
「違和感に気付いてしまえば、後は早かったわ。
アイのもとに、大学生のストーカーが花束と刃物を持って訪れ、犯行に及んだと聞いたけど、これは間違いなく計画的な犯行。けど、ただの大学生になぜ引っ越ししたばかりの新居を突き止められたのか? やはり、情報が漏れていると考えるのが妥当。あの新居を知っている内部の人間は壱護と、私。もちろん私じゃないけれど、そこは信じてもらうしかないわね」
「俺も、ミヤコが漏らしたなんて思ってない。本当にそう思ってたら、さっき眠ってた時に包丁で刺してるよ」
「……そうね、ありがと。となると残るは壱護だけど、ますます動機がないわ。壱護にとって、アイは娘も同然で、夢そのものだった。ましてや犯行は念願の東京ドーム直前。彼は容疑者から除外していいと思うわ」
アクアも首肯し、議論は進む。
「だとすると、情報を漏らしたのは――」
「アイ本人、でしょうね。だから貴方はアイの携帯にこだわっているんでしょう? アイが個人的に連絡を取った人間を調べるために」
「……そうだ。この連絡先の中に、もしかしたら俺の父親が居るかもしれないんだから」
「父親って、貴方とルビーの?」
「ああ、そうだ。アイには親しい友人は居ない。部外者の仕事相手に、新居の住所を教えるとは考えにくい。なら、あり得るとすれば――」
それで、父親というわけか。推論に推論を重ねた、証拠も信憑性もない結論ではあったが、アクアの中ではほぼ真実となっているように見える。
私の経験上、結論ありきで行動すると碌なことにならないのだが、そうでもして強い目的意識を持たなければ、アクアは悲しみの淵に沈んで、歩くどころか起き上がることすらままならないだろう。
彼が生きるのに、立ち上がって歩き出すために復讐が必要だというのなら――。
「止める気は、無いの?」
「ああ。それでもミヤコが止めると言うなら、俺はこの家を出ていく」
「貴方みたいな子どもが家出した所で、警察に補導されるのが目に見えているわよ」
「それくらいの覚悟ってことだ」
「……本気なのね」
静かに、しかし確かに頷いてみせる少年。家族の情まで持ち出して、それでも意見を変えてくれないのであれば、斉藤ミヤコにはもはや説得する材料は残されていなかった。
最善策が叶わないなら、次善策を取るしかない。私も、覚悟を決めなくてはならない。
「なら、もう貴方を止めないわ。その代わり、いくつか約束してちょうだい。
まず、無茶はしても無理はしないこと。人間、出来ないことはどうしたって出来ないんだから」
「ああ」
「次に、復讐が終わった後のことを考えておきなさい。復讐は決してゴールじゃない。貴方の人生の障害物でしかないのよ」
「わかったよ」
「それから――必ず、ここに帰ってきなさい。私たちはもう、家族なんだから」
「……ありがとう、ミヤコ」
「あとは、えーっと……」
「まだあるのか?」
これは、言っておかなければならない。
再び手を伸ばして、
アクアを胸元に抱き寄せて、
頭をそっと撫でて、
精一杯優しく、慈しみを込めて語りかけた。
「時々でいいから、私に吐き出しなさい。全部自分で抱えたままじゃ、貴方はきっと壊れてしまう。私は復讐に手を貸すつもりは無いし、本心では貴方に諦めてほしいとすら思ってる。
でも、貴方は独りじゃない。私が独りになんて、させない」
かつて私が見捨てた女の子は、周りを崩壊に導いたのち、自らも命を絶った。
私がアクアとルビーを引き取ったのは善意からではあるが、それ以上に、母を喪い暗闇を目に宿す双子が、あの子と重なったからだ。
贖罪と言われれば、否定できない。偽善と言われれば、そうなのかもしれない。
ただ確かなのは、あのとき声を掛けていれば、あのとき手を伸ばしていればという後悔を、繰り返したくはなかったのだ。
自社の看板タレントを守れなかった不甲斐ない大人に出来る、せめてもの罪滅ぼしを。今度こそ、果たしてみせる。
「復讐を止められないのならせめて、ずっと見守ってあげる。
貴方が満足するまで、たくさん愚痴も聞いてあげる。
もし、復讐に疲れてしまったなら、いっぱい慰めてあげる。
それくらいなら、私にも出来ると思うから。
――どう?」
だから私は、私にやれることを全うするまで。
アクアのために。
ルビーのために。
そして、幼い子どもたちを遺して死んでしまった、アイのために。
「……っ」
「アクア?」
頑なだった少年の目が滲む。闇色に沈んでいた目の輝きが、少しずつ光を取り戻していく。
言葉のかわりに、私の背中へと回される小さな腕。そのまま私たちはしばしの間、柔らかく温かな抱擁を交わしあう。
その日。
斉藤ミヤコと星野アクアは、本当の意味で家族になった。
ミヤコをヒロインの一人に昇格させるためにあれこれ盛ってたら、いつの間にかアクア攻略RTAになっていた……。
母性と復讐の理解者を兼ね備えた美女とか、そりゃアクアも落ちるよ。