ドラマ「今日は甘口で」打ち上げパーティー。
最終回だけは評判が良く、叩いていた連中が手のひらを返し、狭い一部界隈で話題になったものの、全体的には駄作で赤字収益という事実が覆ることはなかった。
それでも関係者の顔は一様に明るく、パーティー会場は和やかな雰囲気に包まれていた。
私も気合いを入れて、久しぶりにフォーマルなドレスを身に纏い、試着を除けば生まれて初めて勝負下着なるものを着用してきた。……ひどく落ち着かない。
アクアは、白いカッターシャツにジャケットという無難なスタイル。だがいつもと違い、髪を上げて額と両目を晒していた。……なんだかホストみたいでドキドキする。歌舞伎町の住人と言われれば見る人全員が納得しそうだ。
グラスを合わせ、時折ソフトドリンクで舌と喉を湿らせながら、アクアと会話を重ねる。このドラマのこと、陽東高校のこと、芸能界のこと、これまでのこと、これからのこと。――女性関係のこと。
「……ちなみに、あんた彼女とかいるの?」
「彼女……は居ないな。有馬の心配には及ばない」
「そう、ふーん……」
その間は何だ。付き合ってるわけじゃないにしても、気になってる女は居ると自白しているようなものではないか。となれば、私の知る限り心当たりは一人だけ。
「アクアは、ミヤコさんのこと――どう思ってるの?」
「何でミヤコが出てくるんだよ」
「答えて」
「……ウチの社長で、俺とルビーの里親だよ」
「そういうことを聞いてるんじゃないの。……男として、ミヤコさんって女性を、どう思ってるかが聞きたいの」
暫しの間黙り込むアクア。先程までの寛いだ様子は影を潜め、目を伏せ眉間を寄せて考え込んでいる。アクアは性格的に、どうでもいいものは興味ないの一言で片付けてしまうタイプだ。彼がこうやって真剣に悩んでいること自体、それだけ彼にとって一考の価値がある、重要な事案であるということ。
問題はその価値が、どういう種類のものなのか。そして、質問の対象を私に置き換えたとき、どう答えるのか。
アクアが口を開く。そこから発せられた答えはある意味予想通りであり、そして私の恐れていた答えでもあった。
「……魅力的な人だと思う。人間としても、女としても」
――魅力的。
――女としても。
知らず、手のひらに力がこもった。出来るだけ平静を装って、グラスに残った液体を一息に飲み干す。
「じゃあ……私のことは、どう思ってるの?」
「今日はやけにつっかかるな、有馬」
「酔ってるのよ」
「ソフトドリンクしか飲んでないだろ」
「雰囲気に酔ったの。……それで、どうなの?」
そのまま、少しばかり場を沈黙が支配する。アクアは天を仰ぎ、照明に目を細め、やがて視線を再び俯かせた。
「眩しい、と思う」
「眩しい?」
予想だにしなかった答えに目を点にする私に、説明が足りなかったかとアクアは続ける。
「俺にとって役者や芸能界は手段であって目的じゃない。だからそこまで強い目的意識は無いし、駄目なら駄目で諦めがつく……その程度のものだ。
でも、お前は違う。良いものが作りたい。良い演技がしたい。もっと上手くなりたい。もっと自分を見てもらいたい……お前の演技からは、役者業が好きなんだって、楽しいって気持ちが伝わってくる。だから俺も含めて、皆がお前に注目する。引き寄せられる。……俺には、お前が眩しいよ」
「アクア……」
驚いた。およそ他人には強い関心を持たないであろう彼が、そこまで私を見てくれているとは。
アクアはグラスを傾け、中身を一気に流し込んで吐息をつくと、一言付け加えた。
「まあ、最近はパッとしないけどな」
「折角いい話してたのに、余計な事言わないでよ!」
「悪いな、でも本心だ。過去作は何本か見せてもらったが、昔のお前はさっき言ったような感じだったぞ」
「元天才子役だもの、当然よ。――それで、あんたはどの作品が一番良かった?」
「タイトルは忘れたけど、主演が不倫女の役で、お前が娘役を演ってるやつだな」
「へえ、お目が高いわね。あれは私もお気に入りで時々見返してるの。……今度、一緒に見ない?」
「まだ俺が見てないやつにしてくれ」
やっぱり、演技の話をするのは楽しい。相手がアクアなら尚更に。
演技は好きじゃないと彼は言っているけど、本心は違うのではないだろうか。本当に好きでも何でもないなら、アクアはとっくの昔に辞めているだろう。役者業はそんなに甘いものでないことは、私も骨身に染みて知っている。
そういえば結局、私を女としてどう思っているのか聞けていない。何だかはぐらかされた気がするが、でもまあいいかと思うことにした。こんなに楽しい気分になるのは、本当に久しぶりだったから。
――そんな時、
「有馬さん、星野さん。撮影お疲れ様でした」
「あっ、先生……お久しぶりです」
声をかけてきたのは30代くらいの女性。「今日は甘口で」原作者、吉祥寺頼子先生。会話するのはドラマの第一話撮影時に挨拶したとき以来である。その際の彼女は不安と期待が半々といった塩梅の表情であったが、撮影が開始してすぐに顔が曇り、終わるころには絶望した雰囲気を隠せていなかった。
その印象が強く、正直なところ非常に話しづらい。アクアが先生に挨拶しているのを横目に、どう切り出したものかと思案するものの、いい案は思い浮かばなかった。
「この度は、何と言っていいか……」
「そう構えないで下さい。私はお二人にお礼を言いに来たんですから」
「えっ……?」
吉祥寺先生はちらりと周りを見渡し、誰もこちらを見ていないことを確認してから、言葉を続けた。
「確かに、トータルで見れば決して褒められる出来ではなかったでしょう。作家にとって、作品は我が子のようなもの。正直、視聴するのを止めようかと何度も考えました。アシスタントの子もすぐにリタイアしてましたし……」
「それは……」
「でも、」諦めを含んだ曇り顔から一転、泣きの混ざった笑顔で吉祥寺先生は言う。
「最後の最後で、あの作品は『今日あま』になりました。私が必死に描き上げた物語のクライマックスが、漫画そのままに映像化されたように感じたんです。あのシーンだけでも、ドラマ化を受けて良かったと思っているんですよ」
「あれはアクアのおかげなんです。彼が居てくれたから、私も本気になることが出来たんです。私だけじゃ……」
「ええ、存じています。星野さんが演出した『暗さ』があったからこそ、有馬さんの涙が引き立った。お二人の力が合わさったおかげで、あの作品があるんです。
ですから――本当に、ありがとうございました」
「先生……」
原作者に認められ、お墨付きをもらう。メディアミックスに携わった者として、これに勝る喜びはない。
無駄じゃなかった。苦しくても、辛くても、見捨てられても、諦めなかった結果が今、ここにある。
私は我慢しきれずにポロポロと涙をこぼし、やれやれとかぶりを振ったアクアがハンカチを取り出し、横からそっと目尻を拭いてくる。いつもの「
その様子を微笑ましそうに眺めていた吉祥寺先生だったが、何か良いことを思いついたのか、わくわくした様子に変わる。
「あの、お二人にご提案があるのですが……」
「……?」
「なんでしょうか」
興奮冷めやらぬ私にかわり、アクアが問いかける。その後に続く発言は、しんみりとした空気を吹き飛ばすものだった。
「次回作の主人公カップルなんですけど、お二人をモデルにしても構いませんか?」
「勘弁して下さい」
「――ぜひ、ぜひお願いします!」
会場に私の声が響き渡り、人々の視線を否応なしに集めるのだった。
女の涙を拭うのが習慣化してるアクアなので、ハンカチは常に複数枚携帯しています。