星の子どもたち   作:パーペチュアル

22 / 121
Onyx 2

 

 

 

 陽東高校。主に芸能人やその卵たちが通う、極めて特殊な高校。

 といっても、仮にも高校である以上、本分はあくまで学業。成績不振や素行不良が目に余るなら、停学や留年、場合によっては退学もあり得る。

 普通の高校と違う点は、俳優、アイドル、グラビアモデル、声優、配信者、歌手、歌舞伎役者に至るまで、全員が何かしらの形で芸能界に関わっている。

 ――日本一、観られる側の人間が多い高校。

 そんな話を、先輩風を吹かせた有馬が楽しそうに語っていた。

 

 入学式を終えて、1年D組。

 周りはこれからの高校生活に浮かれている少年少女たち。その只中にあって、俺はどうにも憂鬱な気分だった。

 今日あまの打ち上げで鏑木プロデューサーと会話し、アイの情報と引き換えに恋愛リアリティショーへ参加することになった。駆け出しの役者に仕事なんてそうそうある筈もなく、末席とはいえ芸能人としては喜ぶべきなのだろう。

 だが嬉しい気分になれないのは、いくつかの理由がある。

 まずは、いくらアイの手がかりを掴むためとはいえ、余計な仕事をこなさなければいけないこと。RPGのクエストをやらされているような気分で、どうにも遠回りしている感覚が拭えない。自分に対価となる情報や権力があったなら、それを手土産に鏑木プロデューサーからとっくに聞き出せていただろうに。

 次に、出演する番組が恋愛リアリティショーだということ。ついこの前、ミヤコに恋愛なんてやっている暇はないと言ったばかりなのにこれである。ミヤコに報告した時はどうにも間が悪いものだと、気が重かったものだ。

 最後に、ミヤコと有馬のこと。今日あまの打ち上げで、有馬に問われた言葉に対し、ミヤコを魅力的な人間だと、魅力的な女性だと答えた。それは掛け値なしに本心だ。俺には勿体ない母親であり、女性であると思う。

 続く「有馬のことをどう思うか」の問いに対し、あの時は煙に巻いたが、いずれはっきりと態度を示さなくてはいけないだろう。有馬のことは好ましい人物だと思っているし、復讐さえなければ付き合ってみるのも吝かではない……のだが、そんな軽々しい気分で交際するのはお互いの為にならないだろう。いずれ破綻するのが目に見えている。

 そんな、ある意味高校生らしい感傷に浸っていた時、

 

「星野アクアさん」

 

 目の前に、黒髪の少女が立っていた。

 

「初めまして。神木プロダクション所属、天河(てんかわ)メノウです。少しお時間を頂けますか」

 

 

 

 

 

 

 今日から私も2年生。ほんの一か月ほど前まで未来に対し鬱々とした感情しか抱けず、とぼとぼとこの道を歩いていたものだが、今はまるで世界が違って見える。

 舞い散る桜の花が、どこまでも広がる青空が、楽しそうな人々の喧騒が、私の気分を自然と高揚させてくれる。

 こうまで気分が上向いたのは言うまでもなく、アクアのおかげだろう。男が原因だなんて、自分はこんなにも単純な人間だっただろうか。

 でも今は、それでも構わない。かつて憧れた人は言っていた。恋は人を変える。貴女もいい恋をしなさい。何事も経験よ、と。

 ああ……私は、アクアに恋してるんだなあ。

 そろそろホームルームも終わった頃だろうし、折角だからアクアにこの学校を案内してやるか、と。

 そう思って1年の教室がある方へ足を向けた所で、見つけてしまった。

 アクアと、見知らぬ女子生徒が連れ立って歩いている。すわ浮気か、と頭が沸騰した。彼は別に誰かと交際してるわけではないのだから、浮気もクソもないのだが。

 全く見覚えのない女だから、恐らくは新入生。ミヤコさんに持っていかれるならまだしも、ぽっと出の新参者に好き放題させてたまるものかと、私はこっそりと二人の死角に入りながら、後を追うことにした。

 

 

 

 

 

 

「どこに行くんだよ」

「別にどこでもいいですよ。中庭でも、屋上でも、体育館裏でも、――体育館倉庫でも」

「……中庭でいい」

 

 最後に唇の端をわずかに吊り上げた彼女に、油断ならない相手だと気を引き締める。

 中学校時代、女子生徒の告白に呼び出されたことは幾度かあったが、その時の相手の雰囲気はそわそわと落ち着かないものだった。だが目の前の彼女はそれとは違う、落ち着いた空気。色恋沙汰ではなさそうだが……。

 そうこう考えているうちに、人気の少ない目的地に辿り着くと彼女は振り向き、俺と正面から相対した。

 

「いきなり本題に入ってもいいですか?」

「ああ」

 

 長い黒髪を後ろで束ねており、その顔は整ってはいるものの、化粧っ気はなく地味な印象を受ける。容姿に優れた生徒が集まる陽東高校は、女性生徒のほとんどがスカート丈が膝上であり、ルビーや有馬も例外ではない。だがこの少女は膝まで生地で隠れていて、全身におよそ特徴と呼べるものがない。――ただ一つを除いて。

 

「星野アクアさん、神木プロダクションに移籍する気はありませんか」

「答える前にいくつか聞きたい。なぜ俺を誘う?」

 

 少女は丸眼鏡をかけていた。おまけに度が入っていない伊達眼鏡。陽東高校では目の悪い生徒のほとんどがコンタクトらしいから、これは本当に珍しい。今日あま原作者の吉祥寺先生を黒髪の女子高生にしたら、きっとこんな感じだろうと思う。

 

「ウチの社長が『今日は甘口で』を観て、貴方のことを気に入りまして」

「それはどうも。……なら、次。誘うのは俺だけか?」

 

 彼女は目立たないようにして、陽東では逆に目立ってしまっている。

 俺には、そう見える。

 

「貴方の妹さんも誘うつもりですよ」

「調査済みってわけか」

「ええ」

 

 嘘ではない。だが重要なことを言っていない。あんな駄作ドラマに数分出演したくらいで、ろくに面識もないのに勧誘するなんて普通ならあり得ない。こいつら、何が目的だ……?

 

「折角のお誘いだが、遠慮させてもらおう。俺も妹も、苺プロのことを気に入ってるんでな。移籍するつもりは無いよ」

 

 言外に妹に誘いをかけるな、と意志を込める。それが通じたかどうか判らないが、彼女はあっさりと見切りをつけた。

 

「そうですか、判りました。名刺だけ渡しておきますので、お気が変わりましたらこちらに一報を」

 

 ――神木プロダクション代表取締役社長

 ――神木ヒカル

 

 知らない名前だ。なのに、どうしてか……胸の奥がつかえる感触を覚えた。

 

「で、ここからが本題です」

「さっきのが本題じゃなかったのか」

「勧誘したかったのは社長であって、わたしではないですからね。ここからがわたしの本題ですよ」

 

 先程までと比べて、随分砕けた雰囲気になったな、と思っていた。

 だからなのか。彼女に何を言われたのか、咄嗟には理解出来なかった。

 

 

 

「星野アクアさん。わたしの犬になりませんか」

 

 

 

「……は?」

「聞こえませんでしたか? ならもう一度言いますね」

 

 少女が手を伸ばす。ひどく自然な動作に、警戒心を抱くことすら出来ずに。

 

「わたしの犬に――」

 

 彼女の手が俺のネクタイを掴み、引っ張り上げる。するすると、蛇のように。

 俺の首と、ネクタイと、彼女の手はさながら、首輪のごとく。

 

「――なって欲しいんです」

「お前……何を言ってる……?」

 

 完全に思考が停止していた。ここが高校で、今日は入学式で、いつ人が来るかもしれないであろうことすら、意識の埒外であり。

 その声が無ければ、俺はそのまま飲まれていたかもしれなかった。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

 最近の付き合いですっかり聞き慣れた声に、俺の意識が再起動した。

 彼女の手を振り払い、距離を取って警戒する。

 

「あんたドコ中!? 私を差し置いてアクアに粉かけるなんて、新入生の癖にいい度胸ね! この有馬かながイビってあげるから覚悟しなさい!」

 

 子犬がキャンキャン吠えるような印象に、むしろ安心すら覚える。金縛りにあっていた俺の身体も、ようやく本来の調子を取り戻した。

 

「有馬かな。貴女……有馬かなさん、よね。元天才子役の」

「そうよ! あんた誰!? 名乗りなさい!」

「あら、これは失礼しました。わたしは天河メノウと申します。先輩、以後お見知りおきを」

「ヘンな名前ね。でももう二度と忘れないわ。次アクアに手を出したら容赦しないわよ!」

「ふふ……先輩、貴女はアクア君に恋してるんですね」

「はぁっ!? あ、あんた何勝手なことを……」

「見れば判りますよ。

 

 ――前世でしたアドバイスは役に立ったみたいで良かったわ」

 

「前世ってあんた、もしかして……中二病? そういうの早く卒業しなさいよ……痛いから」

「いいえ、違うわ。忘れちゃった? 一緒にロケ弁食べたり、お勉強を見てあげたりしたこと」

「あんた、何を……言ってるの?」

「まあ、かなさんも小さい時だったから仕方ないかな。でもね、わたしはかなさんみたいな娘が欲しかったの。それがこんなに大きくなって、元気に育ってくれて……嬉しいわ」

「有馬、こいつは……」

「……うん。なんか、ヤバい……」

 

 逃げよう。

 そう判断したところで、

 

 

 

「『恋は人を変える。貴女もいい恋をしなさい。何事も経験よ』」

 

 

 

「……っ! その言葉はっ!」

 

 彼女の言葉に、今度は有馬が縫い留められる。

 一体、何が起こっている……?

 こいつは、何者なんだ……?

 

 

 

 

 

 

 この感覚を例えるならば。

 人間と同じ見た目でありながら、人を喰らって彷徨うゾンビのような。

 宿主を内側から食い破り、中枢を乗っ取って操る寄生虫のような――。

 

 12年前。幼い子どもでありながら、異様に利発な言動でもって、周りの人間の背筋を凍らせた星野アクア。

 彼と同じ、いやそれ以上の感覚を与えることが出来る人間は、ここに居たのだ。

 星野アクアはその当時役者の経験はなく、前世の職業も医者であり、演技に関しては全くの素人だった。

 

 だが彼女は、違う。

 ――女は生まれながらにして女優である。フランスのとある作家の言葉だ。

 前世の時も女として生を受け、一流の役者として知られており。

 それが今世においても女に生まれ変わり、さらなる研鑽を積んだなら――。

 

 天河メノウが眼鏡を外した。

 その瞳には、あらゆるものを尽く呑み込む、闇の光。

 

 

 

「久しぶりね、有馬かなさん」

 

 

 

 母と女。

 家庭と男。

 善と悪。

 常識と非常識。

 倫理と禁忌。

 貞淑と官能――。

 両者の境界線上でたゆたう女の、ゆっくりとしかし確実に奈落へと転げ落ちていく退廃的な女優の演技は大いに評価され、その年の最優秀主演女優賞の候補に上がった。

 

 

 

 光と闇の中心で。

 天河メノウ/姫川愛梨は、美しく笑った。

 

 

 




Q:姫川愛梨が転生してたら、もう一学年下じゃないか?
A:MEMちょ(18?)が居るんだから1歳2歳どうということはない。

姫川愛梨は掘り下げるつもりはなかったんですが、いつの間にかこうなってました。
次は少し時間を頂くかと思います。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。