星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Onyx 3

 

 

 

 あらゆる芸事には、立ち返るべき基本が存在する。

 陸上競技選手が鏡の前でフォームのチェックをしたり、バスケット選手がパスやドリブルでボールの感触を確かめたり。

 そしてそれは、役者であっても例外ではない。私にとって原点に返るという行為は、彼女と共演したあのドラマを観返すことだった。

 

 それは、物語の日常が崩れ始める頃の話。

 物語の中盤。夕焼けの中、幼稚園に迎えに来てくれた女性。「私」の、母親。

 手を繋ぎ、ゆっくりと家路につく母子。なんてことのない、ありふれた日常の一コマ。

 

 ――ただ。

「お母さん」の身体から、石鹸の香りがした。

 あの時は判らなかったけれど、今ならば少しは判る気がする。

 何故、日暮れ前にも関わらず「お母さん」は石鹸の香りを纏わりつかせているのか。

 シャワーでも浴びていたのか。

 シャワーを浴びなくてはいけない、何か(・・)があったのか。

 

 姫川愛梨さん。貴女からは、石鹸の香りがしていた。

 それは果たして、役作りの一環だったのか。

 彼女はもしかしたら潔癖症で、一日に何度もシャワーを浴びていたのか。

 それとも……貴女は、()()()()女性だからなのか。

 

 本当のところは判らないけれど。それでもあの時。

 私は、貴女のことを尊敬していた。

 貴女からほのかに漂う石鹸の香りが、好きだった。

 

 

 

 その貴女がまさか、こんな女だったとは――。

 

 

 

「お前、やっぱりあっちの席に行けよ」

「お断りします。――ここの紅茶、美味しいですね。良い店を教えてもらいました」

「二度と来なくていいわよ。ていうか来るな。私の行きつけなんだから」

 

 黒髪に眼鏡の少女は私たちの不平にも素知らぬ顔で、優雅に紅茶のティーカップを傾けていた。その仕草は良家の令嬢のようであり、服装や化粧さえ整っていればさぞかし絵になるだろうと思わずにはいられない。

 

 

 

 あの後。兎にも角にも天河メノウ/姫川愛梨の真偽を確かめるべく、落ち着いて話せる場所で続きをということで、個室付きの喫茶店に場を移すことになった。

 ウエイターに通されたのは6人掛けの個室席。私が選んだ店だったこともあり、先導していた私が奥の席に座り、アクアが私の横に腰を下ろした。

 アクアの隣、と心中で小躍りしたのも束の間、なんとあの女もアクアの横に座ったのだ。(なぶ)るの文字の完成である。

 てっきり、この女が被疑者で、尋問するのは並び立つ私とアクアの構図だと思っていたのだが、のっけから思惑を外されてしまった。苦言を呈する私とアクアだったが、この女はまるで意に介さず。

 ――おい女狐、アクアに身体を寄せるな。肘どころか肩まで当たってるぞ。そっちがその気なら、私も対抗して……。

 そこに、ウエイターが水とお手拭きを持ってきたことで反論は中断せざるを得なくなった。彼は30代くらいの男性だったが、私たちの身を寄せ合う状況を見た途端、ほんの一瞬だけ動きが固まり、間に挟まれるアクアに対して眉が僅かにひくついていた。きっと「両手に花とか、このスケコマシ三太夫が」などと考えているのだろう。それでも表情に出さなかっただけ、プロ意識は大したものだと賞賛したい。

 それぞれのオーダーを済ませ、注文を待つ間に質問攻めにしたところ……全てに答えてくれたわけではないが、少なくともこの女は姫川愛梨さんの記憶を保持しているのは間違いないようだった。有り体に言うならば――。

 

「アクア、転生とか本当にあると思う?」

「……まあ、あってもおかしくはないとは思ってる」

「意外ね。あんたって非科学的なものは信じないタイプに見えるけど」

「与太話の中にも真実は混ざってるものだからな」

 

 前世がどうのこうの、なんて映画やドラマでもありふれた題材ではある。むしろ幽霊やら化物よりかは余程取っつきやすいだけまだマシだと、自分を納得させることにした。

 その時、扉がノックされ、注文した時とは別の店員が飲み物を運んできた。まだ20代くらいの女性で、私たちを見てわくわくしたような様子が見て取れる。きっと三角関係で絶賛修羅場中の男女だと思われてるに違いない。

 

 そうして、話は冒頭に戻る――。

 

 

 




近日中に続きを投稿できるかと思います。


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