「天才子役の肩書きにすがるのは、もう止めなさい。過去の栄光しか誇れない芸能人なんて、惨めなものよ」
「そんなつもりは……」
「ない、とは言い切れないでしょう。過去を振り返ったり、反省したり、糧にするのはいいわ。でも役者は過去の自分にすがってはいけないの。
人間ならば、誰でも老いや衰えは怖い。女であれば尚更のこと。それでも、老いていても往年の名女優と呼ばれる人たちは美しい。何故だかわかる?」
「……さっき貴女が言った、誰かを愛したり愛されたりしているから?」
「それもあるわ。でも一番の理由はね、彼女たちは老いてもなお、自分は美しいと強く確信しているからよ。自らを信じると書いて、自信。自信を持つ者には説得力や迫力が生まれる。魅せられる。惹きつけられる。だから観客を呼べるのよ。
逆に、過去にすがってばかりの人間は、現在の自分を信じていないということ。そんな人間には誰も目を向けないわ」
「じゃあ、私はどうすれば……」
「決まっているわ。自分を高めて、自分に自信を持って……その繰り返し」
「それだけ?」
「基本はね。そういう正統なやり方だけじゃ限界もあるから、わたしみたいに犬を飼ってみたら何か変わるかもよ。――やってみる? アクア君は凄く首輪が似合いそう……」
「やらないわよ! あんたじゃないんだから!」
「あら、残念」
乱暴にグラスを手に取って、一気に半分ほどを飲み下す。そこでようやく、思っていたよりずっと喉が渇いていたことに気が付いた。ほんの数分の会話なのに、もう何時間も話しているような錯覚を覚えたが、それもある意味当然だろう。私の人生の大半を占める役者業、その根幹を解剖しているのだ。その密度や充実感は並ではない。
「かなさん。わたしとの共演作、覚えてる?」
「勿論よ。今でも時々観てるわ。あの時の貴女は……凄かった」
「それはどうも。あの年、わたしは最優秀主演女優賞の候補に上がったけれど……何故そこまで評価されたと思う?」
「その聞き方じゃ、単に貴女の演技が凄かったから、ってだけじゃないわよね」
「それだけじゃ半分。もう半分は何かわかるかしら?」
「……判らないわ。教えて」
「ふふ、それはね――」
彼女は勿体ぶって言葉を切り、艶然と微笑んで、言った。
「貴女のおかげよ。有馬かなさん」
「どういうこと?」
「あの物語の『わたし』は、周りが敵ばかりだった。閉鎖的な田舎、古い因習に縛られた家、愛人の所へ入り浸っている夫、それをお前のせいだとなじる姑、陰口を叩いて悪い噂を流す村人たち。みんなみんな、敵ばかり。『わたし』は次第に追い詰められて、鬱病で倒れる寸前だったの。
――それを繋ぎ止めていたのが、娘の『貴女』よ。何もかもが輝きを失っていく中で、『貴女』だけが支えだった。『わたし』にとっての光だった。この子の為に、倒れてはいけないと歯を食いしばった。
その後『わたし』は不倫の味を覚えて闇に堕ちていったけれど、『貴女』は変わらず眩しいままだった。『貴女』の光があったからこそ、『わたし』の闇が引き立った。最愛の娘が居ながら不倫に溺れる『わたし』の罪深さが、よりくっきりと浮かび上がったの。『今日あま』最終回の貴女とアクア君の関係のようにね」
「姫川、さん……」
「貴女の本領は、周囲を照らす太陽の光。脇役で出演しても主役を食ってしまうし、何を演じても有馬かなになってしまうから使い勝手は悪いけれど、上手くハマれば圧倒的な輝きを放つ
商業的に使い勝手の良い泣き演技が重宝されて、10秒で泣ける天才子役だなんて持て囃されて、貴女の元事務所も制作側も舵を切る方向を誤ってしまったんでしょうね。貴女の最大の長所を活かすどころか、逆に潰してしまったのだから。
――結局、泣き演技は泣き演技でしかないの。雨は程よく降れば恵みとなるけど、振り続ければ鬱陶しくなり、やがては水害となって作物を腐らせる。客はそんなものを見たくはないわ。
いい? どんなに優れた武器でも、乱発すれば慣れる。飽きる。対策される。女の涙はそんなに安いものじゃないわ。ここぞという時に使うべきだったのよ」
「……」
「どう? 参考になったかしら」
「凄い……こんなに踏み込んだことを言われたのは、初めて」
「崇めてもらってもいいですよ。わたしはいずれ、歴史に名を残す女になりますから。サインを貰うなら今のうちですよ」
「ちょっと褒めたくらいで調子に乗るな」
「女優なら、調子に乗っているくらいが丁度いいのよ。わたしが一番美しいと、わたしの命はこの星で最も重い価値があると信じられなければ、頂上には到底辿り着けないわ。貴女が役者業で身を立てるつもりならば、それくらいの志は持って然るべき。役者は上に行けば行くほどナルシストばっかりなんだから」
少女は天河メノウに戻り、再び姫川愛梨になる。息をするが如く「何か」を切り替える彼女は一体、演技なのか素なのか、果たしてどっちが本物なのか。黒川あかねのように役に憑依するのとはまた違う、女優にとって非凡で稀有な素養をこの女は持ち合わせている。
でも、そんな彼女が私のことを少なからず認めてくれているのだ。私だって、決して捨てたものじゃない。いや、それどころか私のことを
今の私は『天才子役・有馬かな』ではなく、『女優・有馬かな』。判っていたつもりだったが、それでも気分が落ち込んだ時は無意識のうちに過去の栄光にすがっていたようだ。
負けない。負けるもんか。
「ところで、話は変わるけど……。また、わたしと共演してみない?」
「……え?」
テーブル越しに差し出してくる手、その中には一枚の名刺。
――神木プロダクション代表取締役社長
――神木ヒカル
「有馬かなさん。
本作の天河メノウ/姫川愛梨のモチーフはHUNTER×HUNTERのビスケだったりします。
見た目は少女、中身はBBA。宝石が好きで、才能ある若い子が好きで、彼らを愛でたり滅茶苦茶にしたりして、彼らのような原石を磨き上げるのが趣味という人間です。その行為が自らをも高めてくれるのでまさに一石二鳥。