「有馬かなさん。
「……これ、マジな話?」
「はい。どうでしょう、悪い話ではないと思いますが」
神木プロダクション。規模としては中堅どころだが資金が潤沢であり、今勢いのあるプロダクションということは知っている。正直、乗ってもいいと思わなくもなかったが、ついこの間に今日あまの一件で痛い目を見たばかりだ。この場で即断即決することは出来なかった。
「……ちょっと考える時間を貰うわよ」
「ええ、大事な話ですから持ち帰って検討して下さい。ただ、貴女のために空けてある席は、いつ他の誰かが座るとも限りません。返事はお早めにお願いしますね」
「そうね……」
芸能界は椅子取りゲーム。彼女がこうやって誘ってくれているのも、姫川愛梨さんと共演した縁があったからだ。空いている席は次の人材を補充しなくてはならない。私じゃなくとも、そこに座りたがっている人間はごまんと居るのだ。
「あ、それともう一つ、言い忘れたことがあります」
「まだあるの? 今度は何よ」
グラスに残った氷をかき混ぜ、肩の力を抜いて問い返した。
「有馬かなさん。わたしと友達になってくれませんか」
「……友達? 私と、あんたが?」
「はい。駄目でしょうか」
「別にいいけど……何で私と?」
「これでも、友達100人を目指しているんです。芸能人とその卵100人と友達になれれば、何かしら役に立つかと思いまして」
「ふーん……、まあいいわ。歓迎するわよ、後輩。ちゃんと私のことを敬いなさい」
「ええ。よろしくお願いしますね、先輩」
私たちは連絡先を交換し、場の雰囲気が和やかになった。
――そういえば、アクアのやつ遅いな……。
手持ち無沙汰になった私は、「Aquamarine」をポーチから取り出すと、「
……ちょっと悪戯心が浮かぶ。「Iolite」と「Aquamarine」を一緒に撮影し、ルビー宛に位置情報付きで画像を送っておく。
さて、後は野となれ山となれ、だ。ルビーに変に勘ぐられる? 上等ではないか。せいぜい説明責任を果たしなさい、星野アクア。
「そのハンカチは……」
……そうだ、この女も居るんだった。浮気男が三股男にレベルアップすることになるが、今更気付いたところでもう送信済みの写真はどうにも出来ない。あとはルビーがどういう判断をするかだ。
「何? ……姫川、さん」
「普段は天河の方でお願いします。天河でもメノウでも、お好きにどうぞ」
「じゃあ、メノウ。そのハンカチはアクアの大切なものだけど、それがどうしたの?」
続く台詞は、私にとって全く予想外のものだった。
「わたしも、似たようなハンカチを持ってますよ」
「……え?」
思考が、止まった。
黒髪の少女が懐から取り出したのはその髪色と同じ、漆黒のハンカチ。紅色の文字で刻まれたるは――「
「その、ハンカチ……どこで手に入れたの?」
「ウチの社長に貰いました」
メノウがハンカチをテーブルに置き、漆黒と藍玉、
「そういえば、このハンカチを貰った時に社長が言ってましたね。若い頃、大切な人に『
「大切な人、って……」
「Iolite」の本来の持ち主は、アクアの母親。
彼女のことを大切な人と形容する、プロダクションの社長の男。
アクアを今日あまに勧誘し、苺プロの仮眠室に泊まらせてもらった時のことを思い出す。
アクアとルビーの母親は、二人が幼い頃に亡くなったシングルマザー。
彼女の死因に対する、ルビーとミヤコさんの過剰な反応。
そして、仮眠室に貼られていたポスターに映る少女、苺プロの看板を務めていたB小町の絶対的センター、アイ。東京ドームのライブを目前にして、ストーカーの凶刃に倒れ、非業の死を遂げた人物。――私と、アクアとルビーがまだ小さな子どもだった時に。
双子の兄妹は母親に対して強いこだわりを持っているけれど、父親のことについてはまるで見えてこない。
もしかして、
もしかして、
もしかして。
「あんたのとこの社長って、何者なの……? アクアと一体、どういう関係……!?」
「今の貴女には、それを聞く権限は有りません。ここから先は機密とプライバシーに関わりますから」
「あんたは……!」
身を乗り出し、黒髪の少女の胸倉を掴む。それでも彼女は平然とした様子を崩さない。
「知りたければ
「……っ!」
「女」が嗤う。
眼前に、真っ暗な深淵が広がったような感覚。
最愛の娘が居ながら、不倫に溺れる「女」。
物語が後半に差し掛かる頃。避妊具を切らし、それでも劣情が収まらない不倫相手の男に対し、「女」は妖艶と微笑んで、耳元で囁いた。
それが、崩壊に繋がることを知っていながら。
「「……さあ、どうします?」」
天河メノウからは、
物語はいよいよ加速していきます。
次は少し時間がかかるかもしれません。