星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Onyx 7

 

 

 

「勘違いしないでほしいんですが、別に意地悪で言ってるわけじゃないですよ。わたしも立場上、社長の個人情報を部外者においそれと漏らすわけにはいかないんです」

「それは、わかってるけど……!」

「やれ秘匿性(プライバシー)だの、やれ法令順守(コンプライアンス)だの、芸能界に限らず社会は面倒なことばかりですが、少なくとも表向きは守っている(フリ)を見せないと。貴女だってよく知っているでしょう?」

 

 彼女の言っていることは間違ってない。自分が所属する組織の長、その個人情報など、公開されていること以外を秘匿するのはむしろ当然である。このご時世、何がスキャンダルの種になるか判ったものではないのだ。

 胸倉を掴んでいた手を離すと、行き所を失った腕から急に力が抜け、テーブルのハンカチの上に倒れこんだ。歪む「Iolite(アイオライト)」と「Aquamarine(アクアマリン)」の文字が忍びなく、両方ともポーチに仕舞い込むと、メノウも「Onyx(オニキス)」を懐に戻した。

 

「そんなに知りたいですか?」

「当然でしょ」

「好きな男に関係のあることかもしれないから、と」

「それは……まあ、そうね」

 

 今さら、この女に隠したり誤魔化したりしたところで何の意味もない。マナーが悪いと思いながらも、テーブルの上で脱力し、グラスからしたたり落ちた水滴の湖を、指先でぐるぐるとかき混ぜる。

 

「ならやっぱり、身内になるしかないじゃないですか」

「あんたの身内とか、気が休まりそうにないわね」

「なら、アクア君の身内はどうですか」

「アクアの身内……、家族……」

 

 指先の湿度がさらに上がる。ぼやけていた空想が輪郭を帯びていく。

 ここ二ヶ月程度の短い間だが、アクアだけではなくルビーとミヤコさんに何度も会い、話し、語らった。崩壊して久しい有馬家とは違い、私が望み憧れる家族の姿が、そこにあった。私も、この中に入ることが出来たなら。そう切望してやまない程に。

 これで苺プロが大手だったなら喜び勇んで志望するところだが、そんな都合の良い話は無く。芸能面においては生憎と所属するメリットは小さい。

 逆に、神木プロダクションは昇り調子であり、上手くいけば勝ち馬に乗れるかもしれない。何より、姫川愛梨(憧れの女優)とまた共演できる可能性が高いというのは非常に魅力的な話だった。

 

「はぁ……、どうしよ……」

「選択肢があるだけ貴女は恵まれていますよ。世の中には嫌だとしても選ばざるを得ない、なんて人間の方が多いんですから」

「わかってるけどさ……」

 

 本当に、アクアのやつ遅いな……。

 

 

 

 

 

 

 ――姫川愛梨。

 元女優。

 故人。

 夫、上原清十郎と共に、軽井沢で遺体となって発見される。

 息子、姫川大輝は劇団ララライの看板役者であり、月9主演俳優にして、帝国演劇賞最優秀男優賞を受賞。

 姫川愛梨自身も、最優秀女優賞にノミネート経験あり。死亡していなければ受賞していたという意見も多い。

 ………………。

 …………。

 ……。

 

「まさか、俺とルビー以外にも転生者が居たとはな……」

 

 喫茶店のエントランス横でスマートフォン片手に彼女の経歴等を調べつつ、俺は先程の出来事を回想しながら独りごちた。

 自分たちだけが特別などとは思っていなかったが、それでも他に転生者が居たというのは中々に衝撃的だった。

 姫川愛梨と共演したことのある有馬は彼女、天河メノウを問い詰めていたが、どうやら彼女に姫川愛梨の記憶があるというのは本当のことらしい。

 これで、三人目。こうなると四人目、五人目が出てきたとしても不思議じゃない。俺の前世、雨宮吾郎の学生時代に好きだった漫画風に言えば、まるで転生者のバーゲンセールだな……というところだろう。

 それにしても、有馬の周りにはよくも転生者が集まるものだ。あいつのことを眩い太陽の様だという形容があるが、ならば俺たち転生者はさしずめ、彼女を中心に廻る惑星だろうか。

 そんな益体も無いことを考えていると、席を外してそれなりに長い時間が経っていることに気が付いた。もうそろそろ有馬がやきもきしている頃合いだろうと思い、ひとまず切り上げることにする。

 

「さて、と」

 

 スマートフォンをポケットに入れ、店の中に足を向けた所で、

 

 

 

「お兄ちゃん」

 

 

 

 最も聞き慣れた少女の声が、背後から聞こえた。何の感情も読み取れない抑揚のない声色。

 何故だか、振り向いてはいけない気がした。だが、無視するわけにもいかない。

 意を決して顔を向けると、そこには俺にとって血を分けた双子の妹が佇んでいた。背後には先程の自撮り写真に写っていた二人の少女たちを連れていたが、ルビーのただならぬ様子に沈黙を保っている。

 一人は、高校生らしからぬ豊かな肢体を制服で包んだ、桃色の髪の少女。ルビーの様子に戸惑っているのが一目で見て取れる。

 もう一人は俺でも知っているタレントの少女、今年の陽東の新入生で最も有名であろう人物、不知火フリル。一見無表情だが、俺たちの成り行きをどことなく興味深そうに見つめていた。

 

「ルビー……」

「こんな所で何してるの? 今そこの店に入ろうとしてたよね」

「お茶してただけだよ」

「一人で?」

「……いや、有馬とだ」

「ふーん……」

 

 一瞬だけ迷ったが、ここで嘘をつくと余計に厄介なことになると判断、事実を一部だけ開示しておくことにする。両手に花状態だと思われるよりは、有馬とデートしていたと思われる方がマシだ。

 

「お前の方こそ、何でこんな所に居るんだよ」

「さっき、ロリ先輩から位置情報付きでこれが送られてきたんだけどさ。ちょうど近くに来てたから寄ってみたの」

 

 ルビーがスマホを見せてくる。隣り合う「Iolite(アイオライト)」と「Aquamarine(アクアマリン)」のハンカチの画像。有馬のやつ、何てことをしてくれたんだ……!

 下手に一人だと言わなくて正解だったと安堵し、同時に、浮気を問い詰められる男はまさにこんな心境なんだろうなと、頭の片隅で考えた。

 

「お兄ちゃん、ちょっとそのまま動かないで」

「何だよ、一体――」

「動かないで、って言ったでしょ」

 

 ゆっくりと近付いてくるルビー。その視線がためつすがめつ俺の身体を舐め回したかと思うと、急に左肩の辺りで固定され、そこへ腕を伸ばしてくる。

 

()()がついてたよ」

 

 掲げられる右腕。その指先が掴んでいたのは、

 ――()()()()()()()()()()()

 

「これ、誰の髪の毛なの?」

 

 ……やられた。間違いなく、天河メノウ/姫川愛梨のものだろう。不本意ながら、三人並んで身を寄せ合って座った時についたものに違いない。

 偶然か、それとも故意なのかは判らないが、それはもはや重要ではない。

 

「フリルちゃんの髪じゃないよね?」

 

 同じく長い黒髪を持つ不知火フリルは、首を横に振って否定する。俺とは初対面なのだから当然だろう。

 ルビーの視線が再びこちらへと向けられる。その左目の光が、黒く濁っているように見えたのは果たして、錯覚なのか。

 

 

 

「説明、してくれるよね? お兄ちゃん」

 

 

 

 既視感(デジャヴ)を覚えた。これは確か、今日あまの撮影が終わった日の夜、俺の頬の傷を治療しながらミヤコが俺を問い詰めてきた時と酷く似通っている。

 詰みだ、と諦観する気持ちが半分。もう半分は、血が繋がっていなくとも母子とは似るものなのだな、とこの世の真理に触れたような気がしていた。

 

 

 




修羅場不可避。


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