最初は、打算だった。
『二人が良ければ、本当にうちの子になりませんか?』
『私は君たちを自分の子どもの様に思ってる』
ミヤコの誘いに乗ったのは、それがルビーの為になると思ったからだ。児童養護施設よりも、俺たちの事情に通じていて気心の知れているミヤコの方がいいだろうと。
その時の俺は正直、どちらでも良かった。まだ復讐を思い立つ前で、アイが居ないならこんな世界、どうでもいいとすら思っていたから。ルビーの存在が無ければ、自死を選んでアイの後追いをしていたかもしれない程に。
だが、アイを殺した黒幕が俺たちの父親である可能性が高いこと、そいつは恐らく芸能界に居ると気付いてから、状況は一変した。芸能界でのし上がる為にはやはり、芸能界と繋がりが無くてはならない。苺プロの運営を引き継いだミヤコの庇護下に入ったのは、結果的には正しかったと言えるだろう。
最初は間違いなく、打算だった。
苺プロはお世辞にも規模が大きいとは言えず、当然資金も多くない。限られたリソースを投入してもらうには、決定権を握っているミヤコの覚えが良くなくてはいけない。だから俺は、彼女の機嫌を取ろうと日常面でサポートすることから始めた。
ルビーはミヤコに懐いているし、俺と同じ転生者でそれなりに知性や理性を備えていたから、必要以上に俺たちを困らせることはしなかった。
それでもアイを喪った傷跡はそうそう癒えるわけもなく、温もりに飢えていたのは間違いない。俺とミヤコで必死にケアし、勉強を教えたり、添い寝して寝かしつけたりするなど、ルビーは俺たち二人で育てたと言っても過言ではない。昔、彼女が言っていた「お兄ちゃんとミヤコさんは、まるで夫婦みたい」という台詞は、ここに起因しているのだろう。
問題はむしろ、ミヤコの方だ。
アイが存命中。斉藤壱護元社長が苺プロの舵を執って方針を決めたり、他所と折衝する役割を担っていた。
ミヤコはB小町のマネージャーと、アイが不在の時に俺たちの面倒を見ていた。
そしてアイは、B小町の絶対的センターであると同時に、未成年でありながら二児の母親として子育てをしなくてはいけなかった。世間から俺たちとの関係を隠しながら。
今はその中の二人が居なくなり、アイドル業を除くとしても、三人分の重責がミヤコ一人の肩にのしかかっているのだ。
絶対に無理だと、思った。前世が医者だった俺からしても、明らかなオーバーワーク。遠からず、ミヤコは潰れてしまうであろうことは想像に難くない。
俺一人なら、児童養護施設でも構わない。苺プロのサポートが無くなるのは痛いが、アイ譲りの優れた容姿があれば、他の事務所に入って上を目指すという選択肢も取れなくはなかったろう。
だが、ルビーはそうはいかない。アイの死に続いてミヤコまで潰れてしまえば、そんな事になったらルビーはもう無理だろう、という漠然とした予感はあった。自分を愛してくれる人たちが次々と再起不能になっていく、それはルビーに対するとどめの一撃となって、もう二度と心を開くことはなくなるだろうと。もしかしたら、以前の俺のようにアイの後追いをしかねない恐れすら、あった。
なんとか、なんとかしなければ。
ある日の夜中。トイレに行った帰りに、事務所の電気が点けっぱなしになっていることに気が付いた。そっとドアを開けてみると、ミヤコがデスクに突っ伏して寝ており、その近くには複数の本が散らばっていた。
法律の本。
会社経営の本。
心理学の本。
――子育ての、本。
その中には多数の付箋が挟まっており、ただ読むだけではなく、いかに彼女が内容を吟味しているかが読み取れる。
なんで貴女がそこまでするのか。そこまでする必要があるのか。誰も、答えてはくれない。
俺は毛布をミヤコの肩にかけてやり、冷たすぎない水を用意すると、彼女を視界に収められる位置に座る。アイの携帯を取り出してパスコード突破の片手間に、ミヤコと同じ本を読み始めた。
そんな日々が、日常になった。
それから少しして。
デスクに広がるのはいつもと違い、本や書類の群れではなく、ビールの空き缶の数々。何か嫌なことがあったのだろうと身構えていたら、ミヤコの口から驚きの言葉が飛び出した。
『復讐を、やめなさい』
そこから暫し、お互いのことを語り合う時間が続く。俺の行動や様子、ミヤコの過去の経験から、俺の復讐を見破られてしまったことを。誰にも言うつもりはなかったのに、いざミヤコに話してしまうと、驚くほど胸のつかえが取れて軽くなったのを覚えている。
それでも俺は、復讐を止めるつもりはないと宣言する。すると彼女は俺を抱き寄せて、頭を優しく撫でながら、そっと語り掛けてきた。
『時々でいいから、私に吐き出しなさい。全部自分で抱えたままじゃ、貴方はきっと壊れてしまう。私は復讐に手を貸すつもりは無いし、本心では貴方に諦めてほしいとすら思ってる。
でも、貴方は独りじゃない。私が独りになんて、させない。
復讐を止められないのならせめて、ずっと見守ってあげる。
貴方が満足するまで、たくさん愚痴も聞いてあげる。
もし、復讐に疲れてしまったなら、いっぱい慰めてあげる。
それくらいなら、私にも出来ると思うから』
壊れそうなのはどっちだよ。本当に辛いのは貴女の方だろう。
そんな彼女が痛々しくて、いたましくて、俺は彼女の背中におずおずと腕を回した。
『私のこと、お母さんって呼んでくれる?』
恥ずかしさはあった。戸惑いはあった。実母のアイにすら、母と呼んだことはない後ろめたさはあった。
でも。こんな簡単なことで、ミヤコの心の負担を軽くすることが出来るなら。彼女が、喜んでくれるなら。
そうすべきだと、思った。
――そうしたいと、思った。
『ぉ、お母、さん……』
この時から。ミヤコへの感情や行動は、打算ではなくなった。
次回、過去話の続きと修羅場の続きの予定です。