「落ち着いた?」
「……ああ。もう大丈夫だよ、ミヤコ」
少々名残惜しい気持ちを隠しつつ身体を離すと、アクアの様子が先程までとは一変していた。自暴自棄な雰囲気はかき消え、かつての状態に近くなっていたのだ。アイが、まだ生きていた頃みたいに。
だが、完全に同じというわけではない。いつも整然としていた態度が、見た目通りの小さな子供のように縮こまっている。
この双子は不思議だ。早熟、という言葉が正確かどうか判らないが、外見に不釣り合いな発言や行動をすることがある。
ルビーの方は幼稚園児か小学生程度だが、アクアの方は結構バラつきが大きい。中学生に見えることもあれば、成人男性と遜色ない態度を取ったりする。一つ確かなのは、間違っても幼稚園児には見えないということだろう。
それがどうだ。今のアクアは、外見相応のしおらしい態度を見せている。悪いことをして叱られた子どもか、恥ずかしい所を見られて照れている少年といった所か。
アクアのその様子に、私の中の母性か、悪戯心か、はたまた別のナニカが鎌首をもたげた。
「アクア――私のこと、お母さんって呼んでくれる?」
「……は? 何でそうなる」
「だって、親子になったんだから当然でしょう?」
「それは、そうだけど……」
いける。いつもなら箸にも棒にも掛からない態度で斬り捨てられるだろうが、今のアクアは精神的に脆くなっている。
思えば、この子は実母のアイにすら、大して甘えてはいなかった。ルビーは逆にママっ子で、事あるごとにアイに構ってもらっていて、アクアはそれを羨ましそうに眺めているだけだったのだ。
アクアは、人に甘えることをしない。本心では甘えたがっているだろうが、それを殆ど見せない。押し殺してしまう。
「いいから、一回だけ、お願い」
「えぇ……?」
だが、そうはさせてなるものか。今はまさに、千載一遇の機会なのだから。
これを逃せば、次はいつチャンスが巡ってくるか判らない。――ここは押し通るのみだ。
「ね、ね、いいでしょ?」
「……はあ、一回だけだぞ」
このまま成長すれば、プライドが邪魔をして余計に言うことは無くなるだろう。
幼少期の今この時、精神的に従順になっている今この時。一度でも経験させて、ハードルを低くしておくことが、肝要。
「ぉ……」
「お?」
駄目押しにもう一度肩を掴んで逃げられないようにして、何があっても受け入れるという慈愛を込めて、微笑んでみせる。
アクアは――。
「ぉ、お母、さん……」
アクアが顔を真っ赤にして照れている。口端を震わせ、恥辱に悶えている。尊い。
この顔が見られただけでも、私の中の何かが報われた気がする。決断は間違っていなかったと思える。
でも、これで終わりじゃない。私たちの新たな関係は、まだ始まったばかりなのだから。
「ねぇ、アクア」
「……なに?」
赤面したままの彼に対し、私は更なる追い打ちを畳みかけた。
「一緒に、お風呂に入りましょう」
「……。はあっ!? 何でだよ!」
「貴方もお風呂はまだでしょう? 服が昼間と変わってないわよ」
「順番に入ればいいだろ!?」
「酒に酔った時のお風呂って危ないから、アクアに見ててほしいのよ。汗流さないと気持ち悪いし、折角だから背中流してよ」
これ以上アクアが反論してくる前に、小さな手を掴んで歩き出す。もはやアクアは何を言っても無駄と悟ったのか、とてとてと私の後をついてくる。なんだか、カルガモの親子になった気分だ。
洗面所に辿り着くと、率先して服を脱いでいく。アクアはこちらに背を向けて脱衣していくが、その動きは相当にぎこちない。それがまた可愛いのだが、じれったいのも事実だった。
「私が脱がしてあげようか?」
「自分でやる!」
「昔はおしめも変えてあげてたのにねえ……時が経つのは早いわ」
そうして、お互いに一糸纏わぬ姿になったのだが、最後の意地とばかりにアクアは目を瞑った状態だった。
往生際の悪い少年に、こみ上げる苦笑を禁じ得ない。全く、この子はもう……。
「目を閉じてたら足元が危ないわよ。今更、何を恥ずかしがってるの」
「ミヤコ……」
ゆっくりと見開かれる双眸。アクアマリンのその瞳は今はもう闇ではなく、星の光を瞬かせていた。
この輝きを絶やさぬよう、守っていくことが私の為すべきこと。復讐の渦中にあったとしても、もう二度と失わせない為に――。
「行きましょう」
「……うん」
私たちは手を繋いだまま、新しい家族の門出を祝して、その一歩を踏み出した。
ミヤえもんカウンセリングにより、アクアの精神状態は原作よりマシになってます。復讐自体は諦めていませんが……。