星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Emerald 9

 

 

 

「……解け、た?」

 

 45510。

 パスコードは恐らく5ケタ。加えて、2回目と3回目の打鍵音は間隔が少なかったから、同じ番号ではないのか――というミヤコの助言があったとはいえ、ここまで辿り着くのに約2年かかった。まともに総当たりしていたら恐らくは倍以上の時間がかかっていただろうと考え、ぞっとする。頬をつねると痛みが返ってきた。夢じゃない。

 すかさずアドレスや履歴等、可能な限り情報をバックアップしたのち、もう一度起動し直して再びパスコードを入力。問題なく解除できた。

 

「やった、やったぞ……!」

 

 アイの写メ等をじっくり閲覧したい気持ちもあったが、パスコードを突破できた功績の半分はミヤコのものだ。まず彼女に報告して、この喜びを分かち合おうと考える。確か今は、B小町の更衣室を片付けている筈だ。

 奇しくも今日は、B小町の解散する日だった。アイの死後、人気の低迷を抑えきれず、本日の解散ライブをもってその役割を終えたのだ。

 

 ――お疲れさま、B小町。お前たちの無念は、俺が晴らしてみせるから。あの男の首を獲るまで、今少し待っていてくれ。

 

 廊下は走ってはいけないと言い聞かされていたが、逸る気持ちは抑えられずに駆け抜け、せめて扉だけはゆっくりと開ける。

 ミヤコは、部屋の中心に佇んでいた。

 微動だにせず、人形のように、背景に溶け込むように。

 

 

 

 ……ああ、そうか。とうとう、この日が来てしまったのか。

 

 

 

 そこに居たのは、人生に疲れ切った(ひと)だった。

 仕事の時の毅然とした表情でもなく、日常の慈愛に溢れた表情でもなく。アイの葬儀で喪主を務めた時の表情を、さらに酷くしたような顔をしていた。

 本日のB小町解散を終えて、今まで張りつめていた糸が切れてしまったのか。それも、無理からぬことだ。

 中空に向けられている視線、しかしその目は何も見ていないのだろう。彼女の脳裏に映るのは恐らく、アイが生きていた頃の在りし日の苺プロなのだと想像がついた。

 過去と現在と未来。今が辛く、将来に希望が持てなければ、人は誰しも過去の思い出にすがる。それを責めようとは思わない。ミヤコは良くやった。それは俺とルビーが一番良く判っている。だから、責められない。

 もし彼女が苺プロを畳んで廃業する決断を下したとしても、俺はそれを受け入れるつもりでいた。ここから先は俺一人でやる、だからミヤコはルビーとともに陽の当たる穏やかな世界で暮らせばいいと。

 下手な慰めの言葉は意味がないだろうと思い、俺はゆっくりとミヤコに近付くと、彼女の左手をそっと握った。その視線がこちらに向けられ、焦点が俺に合わせられ、瞳に俺の姿が映し出される。

 

「……ミヤコ」

「アクア……」

 

 それっきり、お互いに何も言わなかった。時計の針の音だけが、その場で時を刻んでいた。

 あれから2年ほどが経過し、俺は小学生になった。昔よりも少し大きくなった手。長くなった腕。高くなった上背。

 それでも、足りなかった。彼女を包み込んであげるには、今の俺では全然、足りない。俺の何倍もの時間を生きて、俺よりずっと先へと進んでいる彼女に追い付くには、何もかもが足りない。

 

 ――だから俺は、進み続ける。いつか彼女に追い付ける、その時が来るまで。

 

 少しずつミヤコに生気が戻っていき、無表情の顔が、いつもの母親の顔に戻っていく。

 そう安堵していたら、彼女の口の端が妖艶に持ち上がった。これはまた良からぬことを企んでいるなと直感するが、手を繋ぎ合っているため、どうにも逃げられない。

 

「ね、アクア。久しぶりに、一緒にお風呂に入りましょう」

「……仕方ないな」

 

 時々、ミヤコはこうして俺を風呂場に連れ込むと、全身を泡だらけにし、もみくちゃにしてくる。彼女はストレスが溜まったり、気分転換したい時に、俺を子犬や子猫のように扱うのだ。普段ならもう少し抵抗した所だが、今日ぐらいはミヤコの望むままにさせてやろうと早々に降参した。

 俺の身体を好きにするくらいで、ミヤコの生きる糧になるなら安いものだ。もはやこの身体に、ミヤコに見られていない所も、触られていない所も存在しない。何せ、赤子の頃から彼女の世話になっているのだ。今更、何を恥ずかしがることがあろうか。

 

 ……と、思っていたのだが、現実はそうはいかない。義理とはいえ親子の贔屓(ひいき)目抜きで見たとしても、ミヤコの肢体は凄まじく魅力的だと思う。

 俺の小さな手など、容易に埋まってしまいそうな双丘。

 子どもの短い腕でも余裕で回しきれそうな、細くくびれた腰。

 アイとは違い、安産型で柔らかそうな、それでいて張りがある臀部。

 若い頃はレースクイーンやグラビアモデルをやっていたと自慢げに語っていたが、なるほど確かにその経歴は伊達ではないようだ。げに恐ろしきは、その体型を維持している努力だろう。人間の身体など20代も半ばを過ぎれば、加速度的に崩れやすくなっていくのだから。

 

 今はまだいい。だがしかし、あと数年で俺も第二次性徴を迎え、大人へと近付いていく。その時、俺の中の男が反応してしまうのではないかという危惧があった。その時、この関係がどう変わってしまうのかという危惧が。

 

 

 

 そして、その不安は現実となった。

 小学校高学年になった時の風呂場にて。俺の身体はとうとう、ミヤコの裸を見て反応してしまったのだ。

 二人の間に流れる、不穏な空気。お茶の間で流れるドラマの濡れ場を、さらに倍増しで気まずくしたような。

 言い訳するべきか、開き直るべきか。それとも逃げ出そうか、と彼女に背を向けて悩んでいた俺に、背後から抱き締められる感触。それは逆効果だ、と彼女の柔らかさに酔いしれそうになるのを、必死でこらえなくてはならなかった。

 

「……アクア。もう、私がお風呂に誘うのは、止めにした方がいいかもね」

「……そう、だな」

 

 是非もなし。この関係を続けて()()があったら、それこそ親子関係が破綻する。いつかはこうなるだろうと判っていたし、それが今日この時だったというだけの話だ。

 名残惜しい気持ちは多分にあるけれど、時の流れは不可逆で、誰にもどうしようもない、事実。

 

「だからね、アクア」

「……ん?」

 

 だが。続くその言葉は、今後数年に渡って、俺を悩ませる言葉となる。

 彼女は俺の肩に顎を乗せ、耳元に唇を寄せて、艶めかしく囁いた。

 

 

 

「――今度は、アクアの方から誘ってくれる?」

 

 

 

「……ミヤコ!?」

「貴方に、()()()()()()()()()()、だけど」

 

 ……ああ、俺は。

 とんでもない魔性の女を、義母に持ってしまったものだ。

 

 

 




ifルート。
ここで情欲のまま突き進んだ場合、カミキと同じく10代前半で父親となってしまう罠。
その場合、二人並んで正座して、ルビーに説教を食らいます。
復讐も諦め、これはこれで平穏な幸せを築くストーリー。

本編が完結させられたら書いてみたいです。


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