「……ひょっとして、高校デビューのつもり? 女なら誰でもいいの? ミヤコさんのことはどうするの?」
「何でミヤコが出てくるんだよ。ミヤコは関係な――」
「関係ないって言ったら、心の底から軽蔑するよ」
関係ない、なんてことは全くない。
アクア自身が赤子の時からずっと一緒に居る女性。他の誰よりも、共に過ごした時間は長く濃密だった。それこそ、実母のアイよりも。
星野アクアにとって、斉藤ミヤコは既に自身の一部だった。切り離すことなんて、出来ない。
それを関係ないの一言で片付けるなど、ルビーにとって看過できないのは当然のことだ。アクアは自身の迂闊な発言を大いに恥じた。
「……そうだな。済まない、軽率だった」
「命拾いしたね、お兄ちゃん。でも――」
この時、ルビーの左隣に座る寿みなみは見た。テーブルの下で、ルビーの左拳が強く握りしめられていたのを。金紗の少年の回答次第では、その拳をどうするつもりだったのかは怖くて考えたくもない。
「まだ、答えを聞いてないよ」
「俺の気持ちは何処にあるのか、って話か」
「そうそう、これだけははっきりさせないとね」
「俺の気持ち、か……」
アクアは一息ついてのけぞると、ソファに背を預けて天井を見上げた。
最近、似たような会話をした記憶がある。あれは確か、陽東の面接の前日に、ミヤコから彼女を作らないのか、と切り出された時だ。
復讐に生きるアクアは、恋愛ごとに現を抜かすつもりは毛頭なかった。逆にミヤコはアクアに対し、はっきりと明言こそしなかったが、復讐なんてやめて彼女でも作れと言外に語っていた。思い返せば、中学時代からそれらしい事を言われたのは一度や二度ではきかない。
そしてもう一つ、別の争点。
アクアは復讐に生きる自分に、ミヤコほどの女がいつまでも縛られているのは良くないと考えた。だから、貴女の好きに生きればいいと、自分の幸せを探してほしいと、思いのたけを彼女に伝える。
――それを、斉藤ミヤコは真っ向から否定した。
『私の幸せは、私自身が決めることよ。私の幸せは――』
アクアが再び視線を下げれば5人の少女たちが、10を数える瞳でもってアクアの方を見ていた。恋愛ごとに目がない年頃の彼女らは、アクアがどういう回答を選ぶのか、非常に気になっていた。
ある者は、不機嫌を隠そうともせずに。
ある者は、期待と不安を半々に。
ある者は、戸惑いながらも興味深そうに。
ある者は、愉悦を表面上は悟らせずに。
そしてまたある者は、冷静に兄妹を観察していた。
人は、追い詰められた時にこそ本性を露わにする。立ち向かうのか、逃げ出すのか、何もせず怯えて縮こまるのか。
陽東高校という、日本で一番観られる側の人間が多い高校。容姿に優れた美男美女ばかりが通うその中でも、この場に集うは更に上澄みに違いない、いずれも劣らぬ美少女たち。彼女たちから尻尾巻いて逃げるのは、男としては恥であり失格と思わざるをえない。
「悪事千里を走る」、「人の口に戸は立てられぬ」、「悪い知らせは翼を持つ」等々。ここで彼に悪印象がつけられてしまえば、その悪評はあっという間に高校という狭いコミュニティに広がり、彼の高校生活はおろか、今後の芸能活動にも暗雲が立ち込めることになるだろう。
芸能界で生き抜くには容姿はもちろん、金や権力、コネなど様々な力が必要になるが、その中でも特に重要なものの一つが異性との会話力、コミュニケーション力であるのは疑いようもない。
この程度の修羅場・愛憎劇を乗り越えられないのであれば、どのみち芸能界という伏魔殿を生きていける筈がないのだ。
――こんな所で潰れないで下さいね、星野さん。
――さあ、ヒカル君の息子さん。この苦境をどう切り抜けるのかしら? わたしが仕込んだ貴方の父親なら、これくらいはきっと朝飯前よ。……もっとも、『本命』とは上手くいかなかったみたいだけれど。
その真価を見極めるべく、女は眼鏡の奥の目を輝かせた。自らの髪が原因だという事実を棚上げにして。
「――そんなの、決まってるだろう」
有馬かなが、ごくりと喉を鳴らす。グラスから滴り落ちた水滴が、また少し湖の面積を広げる。誰もが、彼の一語一句を聞き逃すまいと、吐息すら口腔内に押し留める。
アクアはゆっくりと腕を持ち上げ、ある一点を指差し、先端でとん、と小さく押すと、厳かに宣言した。
「俺の
「……ぇと、その……ええ!?」
その一撃は文字通り、星野ルビーの心の臓を撃ち抜いた。
「俺もミヤコも、お前が幸せになれるように努力してきた。今までも、今も、これからもだ」
「う……」
続く二撃目で心を鷲掴みにされ、
「俺たちは、お前が笑っていてくれるなら、それで十分幸せなんだ」
「うう……」
毛利の三本矢のごとく、立て続けに繰り出される攻撃に、ルビーはもはや反論することが出来なくなった。
星野アクアと斉藤ミヤコ。性別も年齢も立場も性格も、何もかもが違う。アイの復讐に対するスタンスも、お互いの将来への意見も。
異なる点の方ばかり目立つ二人だったが、それでも今まで良好な関係を築けていたのは、お互いを想い合う気持ちが根底にあったからだ。そして、二人はルビーの為にと協力して、長い永い間、同じ苦楽を共に歩んできたからだ。隣に立って、同じものを見て、共に悲しみ、共に笑いあってきたからだ。
その事実に比べれば、二人の間に立ちはだかる差異や意見の食い違いなど、至極瑣末なことでしかない。
「大切な人が、幸せになる」という、最も大事な目的が同じなら。喧嘩したりいがみ合ったりすることはあっても、最後には手を取り合えると、そう信じて歩んできたのだから。
――それを、ルビーに伝えればいい。
「だから、お前には笑っていてほしい。不機嫌な顔をしてたら、折角の美人が勿体ないぞ」
「ううう……」
「ちょっとアクア! 何言ってんの!?」
「ん?」
「何であんた実の妹を口説いてんのよ! そんなおいしい台詞、私に言えばいいじゃない!? むしろ言え!」
「これは家族の話なんだよ。というか、今は俺とルビーが話してるんだから、有馬は黙っててくれるか?」
「……はい」
またしてもすごすごと引き下がる有馬かな。それを一瞥してから視線をルビーに戻すと、彼女は恥ずかしそうに俯いていた。
結局のところ、星野アクアと星野ルビーはシスコンブラコン兄妹であり、彼らにとって二人の母親が最も大切な存在なのだ。そこさえ過たなければ、喧嘩しても、いがみ合っても、最後には判りあえる筈だから。
アクアはルビーの心臓に向いていた指を動かし、唇に触れつつ、喉を優しく撫でていく。ミヤコと風呂に入っていた昔、泡だらけのアクアを彼女が愛撫していたように。
「ちょっと、お兄ちゃ……ぁんっ」
突如として漏れた、美少女の艶やかな嬌声に、周囲一同はその身を硬直させ。
寿みなみは、この部屋が個室で良かったと心底思った。でなければ、周りの客が一斉にこちらを振り向き、針の
「お兄ちゃん。待って、みんなに見られてる……!」
「この場所で、この面子でやるって決めたのは、お前だろ?」
「でも、でも……!」
不知火フリルは、空気中の糖度が急上昇したように感じた。この兄妹面白すぎ、彼らを育てたミヤコさんとやらを今度紹介してもらおうと、密かに画策していた。
「こ、こいつら……!」
有馬かなはもはや満身創痍だった。兄妹二人から黙ってろと言われ、濡れ場に等しいいちゃつきを見せられ、さりとて今更止めたり割り込んだりする気力も湧かず。
せめてもの反撃とばかりに、精一杯の捨て台詞を吐き出した。もはや、ただの負け惜しみにしかなっていなかったのだが。
「……この、女誑しめ」
こいつと付き合う女は大変だろうなあ、と。有馬かなは大きく溜息をついた。
ヤングジャンプ最新話を読んだ結果、アクルビ分を増量しました。