星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Cat’s Eye

 

 

 

 人は、包囲され追い詰められた時にこそ、その本性を露わにする。立ち向かうのか、逃げ出すのか、何もせず怯えて縮こまるのか。

 下策なのは、最後の縮こまる選択だろう。相手の攻撃が弱いか、手心を加えてくれるのであれば「有り」だろうが、尋常な敵ならば再起不能になるまで潰されてしまう。

 ならば、どうするか。それは、敵の厚みが薄い所へ戦力を集中し、一点突破で包囲を脱出するのが、上策。古くは島津の引き口から、遥か未来の艦隊戦まで、その要諦は変わらない。

 星野アクアは最も気心の知れた実妹の意表をつき、彼女を篭絡する勢いで、家族愛と女心に訴えた。もともと彼を責めているのは彼女一人で、他の面子は形ばかりの壁、観戦者に過ぎないのだ。星野ルビー一人とお話しして懐柔出来さえすれば、盤面を引っ繰り返すことは十分に可能。

 この状況はある意味、ネット社会の縮図と言っていい。事案(星野アクア)があって、それを一部の騒ぎ立てる輩(星野ルビー)が叩いて、他の面子はそれを見守るサイレントマジョリティ。少人数がお互いに顔を突き合わせてやりあってるから判りやすいが、結局これは兄妹の痴話喧嘩に他ならず、星野ルビーをどうにかしてしまえば事態は沈静化する。

 その結果、彼女は実兄にされるがまま絶賛メス顔を晒している所であり、それを有馬かなは白けた表情で眺めており、寿みなみは指の隙間から級友の痴態を凝視して、不知火フリルは美形双子の乳繰り合いを写メに撮ってほっこりしていた。

 

 ――ぱちぱち、と。その時、一人分のささやかな拍手が響き渡る。小さな音ではあったが、個室の限られた空間では全員の耳に遍く届いた。

 

「お見事です。なかなかに面白い()()()でしたよ、星野アクアさん」

 

 黒髪に眼鏡の少女は、何の邪気もなしに少年を称賛する。それが尚更、星野アクアには気に食わなかった。

 

「……見世物、だと? 俺の家族に対して、よくそんな言葉が使えたものだな……!」

 

 星野アクアは自分が何を言われようと、女誑しと蔑まれようと、彼にとっては然したる痛痒ではない。

 だが。二人の母親と妹が見下されるのは我慢がならない。星野アクアにとって、彼の人生の根幹を為す、聖域と言えるものなのだ。

 何よりも大事なことを。まごころを込めて、本心から、真っ直ぐに……大切な人に伝える。その想いを、その行為を「見世物」の一言で片付けるなど。到底、見過ごせるものではない。

 

「おや、気に障りましたか。でも、残念ながら事実なんですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことぐらい、判っているでしょう?」

 

 その台詞に、誰よりも有馬かなが反応した。

 かつて、姫川愛梨から教えられた言葉の一つ。当時は意味がよく判らなくて、メモ帳に覚えたばかりの拙いひらがなで書き留めただけだったが、その言葉の本質は物心ついたときに痛いほど思い知った。

 天才子役だなんて褒められて、天狗になって、忙しくて疲労が溜まっていた時、無神経な質問をしてきた記者に怒鳴ってインタビューを無理やり打ち切った苦い記憶。絶賛ばかりだった反響が、少しずつ批判の記事や論評へと塗り替わっていくあの時に思い知らされたのだ。何も芸時ばかりが、評価の対象ではないのだと。

 

「芸能人の日常も、過去も、人間関係も、家族の絆ですら、マスコミや大衆の餌であり肥やしです。『芸能人に人権は無い』という言葉がありますが、なかなかにいい得て妙、正鵠を射た言葉だと思います。――不知火フリルさんはどういうお考えですか?」

 

 そう言って、少女は横に向けていた視線を正面に戻す。そこに居るのは、この場で最も遥かに格上の芸能人である、不知火フリル。彼女は特に不快さを見せることもなく、堂々と答えを返した。

 

「全部に賛成は出来ないけど、一理あるとは思うよ。芸能人、特にアイドルに人権は無いってのは私にも覚えはあるし。今ならともかく、昔はもっともっと酷かったって話だしね」

 

「アイドルに人権は無い」との言に、双子の兄妹は表情を曇らせた。彼らの母親はそのせいで、少なくとも芸能活動中は嘘に塗れた生活を送っていたのだから。本当に悲しいのは、嘘を嫌々吐いていたのではなく、呼吸をするように吐き出されていたことだろう。もっとも、そのおかげでアイドルとして頂点を極めることが出来たのかもしれないが……。

 

「まあ、そういうわけでわたしを責めるのはお門違いですよ。

 芸能人は芸術家であると同時に、芸事という商品を取り扱う売人でもあるんです。ですから――せいぜい高値で売り付けることですね。自分を安売りし始めたらこの業界あっという間ですよ?」

 

 まだ怒りの冷めやらぬ星野アクアだったが、不知火フリルも彼女に同調したとあっては分が悪い。憮然とした表情でグラスを取り、残りを一息に飲み干した。

 

「ところで――貴女、面白い人ね。良かったら連絡先を交換しない?」

「ええ、喜んで。それにしても、不知火フリルさんに認められるとは、わたしも捨てたものじゃないですね」

 

 黒髪ロングの二人の少女は、意気投合したのか笑顔でスマホを寄せ合い、金紗と桃色と深紅の少女も「私も!」「ウ、ウチも!」「私だって!」とその輪に加わった。いよいよ女子会の様相を呈してきた現状に、アクアは改めて身の置き所に迷う。

 そうして、アドレスの交換会が一段落したところで、不知火フリルが切り出した。

 

「天河さん、聞きたいことがあるんだけど」

「何でしょう? 不知火さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女、誰? 陽東の生徒じゃないよね」

 

 空気が、凍った。

 天河メノウ/姫川愛梨の顔から笑みが消え、何故気付かれたのか、という思惑が透けて見えた。

 

「あんまり言いたくないんだけど、私は陽東の入学受験を体裁として受けただけで、ほとんどフリーパスみたいなものだったの」

 

 まあそうだろうな、と一同は思った。何せ、あの不知火フリルだ。彼女が所属しているというだけで高校の格や知名度はうなぎ上り、来年・再来年の受験者数の大幅増も見込める。陽東の上層部からすれば、受験で品定めするどころか、金を事務所に積んででも引っ張り込みたい人材だろう。

 

「それで、事務所と陽東の間でパワーゲームがあってね、そこで交わされた条件の一つに、在校生と新入生のデータの横流しがあったの。目ぼしい人材が他に居ないか調べる為にね。私も閲覧することが出来たから、目を通しておいたんだけど、」

 

 話が見えてきた。つまり、

 

「そこに、天河メノウなんて生徒は存在しなかった。

 ――改めて聞くけど。貴女、誰?」

 

 全員の視線が彼女に集まる。臆した様子もなく、天河メノウ/姫川愛梨は再び笑みを取り戻すと立ち上がった。

 

「流石です。コスプレには自信があったんですけどね。

 確かに、わたしは陽東の生徒じゃありません。そもそも、高校生ですらありませんし。

 ――わたしはこれでも、中学生なんですよ」

「なん、で――」

 

 有馬かなが呻くように絞り出す。

 そういえば、天河メノウは自己紹介する際、神木プロダクション所属としか言っていなかった。新入生なんだと、制服を見て勝手に思い込んでいたのだ。

 何より、姫川愛梨が転生したという言が正しければ、アクアより更に年下なわけで、高校生である筈がなかった……!

 

「何が目的なの?」

「アクアさんを、神木プロダクション(ウチ)に勧誘するためですよ」

 

 全員の視線がアクアに集中し、少年は不快げに顔を歪めて天河メノウを睨みつける。

 

「……それは断ったはずだ」

「ええ、残念です。でも、有馬かなさんの横槍がなければ、もっと交渉を先に進めていた自信はあったんですけどね」

 

 頬に手を当て、首を傾けて物憂げに溜息をつく少女。とても中学生の放つ色香とは思えない、むしろ斉藤ミヤコと同年代と言われても信じてしまいそうな仕草だった。

 

「どちらが先に貴方を引き込めるか、社長と賭けをしているんですが……このままだと負けてしまいそうですね」

「何でそこまで、俺に(こだわ)る!?」

「それは――」

 

 メールの着信音。アクアのスマートフォンからだ。話の腰を折られてアクアはますます不機嫌そうになるものの、重要な案件という可能性もある為、一先ず中断して内容を確認し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ミヤ、コ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――貴方の父親と名乗る男が、苺プロに現れたわ。

 

 

 




次回、斉藤ミヤコ VS カミキヒカル


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