星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Diamond 4

 

 

 

「ちょっと、お兄ちゃん!?」

 

 ルビーの声にも構わず、星野アクアは部屋から飛び出していった。個室内に、一転して静寂が満ちる。

 ミヤコの名を呟いた時にアクアが血相を変えていたとなれば、彼女に何かあったと考えるのが自然。ルビーはミヤコの携帯にかけてみるが、マナーモードなのか電源を切っているのか、繋がらない。

 

「ごめん、気になるから私も帰るね」

「なら、送っていきましょうか?」

 

 全員の視線が、天河メノウに集まる。彼女はスマートフォンを取り出し電話をかけ、店の名前を告げると、再び席に座り直した。

 

「5分ほどで迎えが来ます。それまでに支度を済ませましょう。行先は苺プロで構いませんね?」

「う~ん、貴女の事務所の車でしょ? 何か嫌だな……」

「もう夕方で渋滞も始まっています。タクシーを呼んでもすぐには来れませんよ。それとも、アクアさんみたいに走って帰りますか?」

「……はぁ、仕方ないか。でも、そっちこそ良いの?」

「はい。面白いものを見せてもらったお礼です。足くらいはこちらで用意させてもらいます」

「なら、今日はお開きだね。――天河さん。貴女とはまたゆっくりお話ししたいな」

「ええ、わたしもです。今度は不知火さんの行きつけの店を教えて下さい」

 

 手を伸ばし、握手を交わす黒髪の少女たち。互いに通じるものがあったのだろうか。

 不知火フリルは立ち上がって退出しようとしたが、何かを思い出したのか動きを止める。懐から黒ペンを取り出すと、紙製の使い捨てコースターに文字らしきものを書き込み、ペンを仕舞うと伝票とコースターを手に取って、アクアの置いていった五千円札をルビーの方に滑らせた。

 

「ここは私が奢るよ。そのお金は面白いものを見せてもらったお礼、ってことで」

 

 ニヤリ、と笑みを交差させる不知火フリルと天河メノウ。そこに込められた感情は如何なるものなのか、それは余人には判らぬことだった。

 

「ところで。そのコースター、さっき何かを書いてませんでしたか?」

「ああ、これ? ウエイターのお兄さんにプレゼントしようと思ってね。推してくれる人は大事にしないと」

 

 指先で挟んだ伝票とコースターをひらひらと翻し、不知火フリルは颯爽と出口に向かっていき、寿みなみは慌てて彼女に追随して出ていく。

 そのコースターには、不知火フリルのサインと店の名前が書き込まれており。後日、額縁に入れられ、店の一角に飾られることになるのはまた、別の話。

 

 

 

 有馬かなは衝撃を受けていた。

 アクアがミヤコの名を呟き、すぐに飛び出していったことに――ではない。アクアが斉藤ミヤコに入れ込んでいるのは良く判っている。だから不満はあっても不思議なことではない。

 問題は、有馬かなのポーチに仕舞われている2枚のハンカチ、「Iolite(アイオライト)」と「Aquamarine(アクアマリン)」。特に、「Iolite」の方だ。

 アクアにとって「Iolite」は、母親の形見であり聖域と言っていい。有馬かなは、そんな大切なものを一時的とはいえ預けられたことを、アクアからの信頼の証なんだと浮かれていた。

 そのハンカチの存在を、今アクアは完全に忘れている。それはつまり、彼にとって斉藤ミヤコは亡くなった母親と同格以上になったということ。

 

 ――そんなの、どうすればいいのよ……。

 

「有馬さんはどうします?」

「……え?」

「わたしはルビーさんを苺プロに送っていきます。有馬さんはお帰りになりますか?」

「……私も、苺プロに行くわ」

「いいんですね?」

 

 値踏みするような天河メノウの視線が射抜いてくる。

 引き返せなくなるかもしれない、という予感。それと同時に、ここで帰ってしまえば、アクアとはこれ以上仲が進展しないだろう、という予感。自分が蚊帳の外に置かれる平穏と、渦中にあることで降りかかるかもしれない、残酷な真実と。

 それらを天秤にかけ、数秒間考えたのち、決断した。

 

「いく」

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと流れゆく東京の黄昏を後部座席から眺めながら、神木ヒカルは先程の会談を思い返していた。

 

『お断りします』

 

 星野アクアの映画出演の打診に対し、斉藤ミヤコは毅然と言い放った。

 破格の報酬を提示しても、断った際のリスクを半ば脅しのように突き付けても、その意見を変えなかった。

 何せ、この映画を想定通りに撮影し公開するということは、どのみち星野アクア・星野ルビーの双子はアイの子どもなのだと、世に知れ渡ることになる。その際に発生する彼らへの風当たりは、決して穏やかではないだろう。

 それに、アイを妊娠させた男を星野アクアが演じるとあっては、少なからず彼への風評被害は発生するに違いない。

 例えば、父子揃って人間の屑、女の敵、無責任、人でなし――といった様に。それは彼の芸能生活どころか、人生そのものについて回ることになるだろう。事実無根であったとしても、そう騒ぎ立てる人間は必ず出てくる。蛙の子は蛙――世の認識はそんなものだからだ。

 そうはさせない。貴方の思い通りにはならない。あの子は私が守ると、斉藤ミヤコは言った。彼女の中では、星野アクアの存在は打算や損得をはるかに超越した場所にあるのだ。

 

「――素晴らしい」

 

 打算なき献身。無償の愛。理屈ではない魂の躍動。それこそが、神木ヒカルが欲し、求めてやまないもの。

 映画制作という一大事業、そのビジネスパートナーとなり得る人物が彼女で良かったと、本当に思う。

 子どもを想う人間は、大抵のことに誠実である。逆に、子どもですら裏切る人間は、いつか必ず裏切るのだ。青年はそれを良く知っている。だから、斉藤ミヤコは信用出来ると判断した。

 それにしても、星野アクアは何という果報者なのか。あれほどの女性から母としての愛を、それとは異なる女の情を、双方同時に注がれているのだ。男として、これに勝る喜びはない。

 

「ん? あれは……」

 

 高校生と思しき少年が走っている。夕焼けの中にあって、金紗の髪は一段と輝いて見えた。周囲の人垣をかき分け、集まる耳目を一顧だにもせず、ただひたすらに前だけを向いて、脚を強く踏み出している。

 

 だからこそ、車の窓越しに父子がすれ違ったことに、少年は気付かなかった。

 

「頑張りたまえよ、星野アクア君」

 

 今日のところは引き下がったが、神木ヒカルは諦めるつもりなどさらさら無かった。

 映画には出演してもらう。必ず、必ずだ。それが少年にとっての運命なのだから。

 星野アクアでなくてはならない。神木ヒカルの血を引き、同じ女性(星野アイ)を喪った男である、彼でなくては。

 そして、自分のやるべきこと。

 

 

 

『神木ヒカルさん。貴方は、アイが殺害された事件に関与していますか?』

 

 

 

 会談の最後、斉藤ミヤコから投げられた問いかけ。あの場で明言は避けたが、まずはこれを乗り切らなくてはならない。

 差し当たっては――。

 

 

 

「……脚本(かぞく)会議の準備、だな」

 

 

 




入学編もようやく折り返し。
次回、ミヤコとイチャコラ回の予定です。





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