星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Aquamarine 2

 

 

 

 ミヤコの首筋に口付け、唇で優しく喉元を食む。汗と香水の混じった芳しい匂いが鼻腔を満たしていく。

 全力疾走から、彼女が無事だったことへの安堵。そこから一転しての、強烈な危機感。平常心を失った俺は、普段では絶対にやらない行動に出てしまった。

 唇を離す。ようやく落ち着いてきた呼吸がまた荒くなり、ミヤコの首筋の産毛をそよがせ、こそばゆいのか彼女は身じろぎして、ソファのスプリングがギシリと歪んだ。

 

「急にどうしたの? アクア」

「……判らない」

「小さい子どもが精神的に不安になった時、母親のおっぱいに吸い付きたくなることがあるって本に書いてあったけど、それに近いものなのかしら……」

「……っ!」

「そういえば貴方、アイのおっぱいを吸ってた所を見たことがないわね。……ひょっとして、我慢してたとか? 小さい頃に愛情表現の方法を経験していないと、大きくなってからそれが歪んだ形で表れやすいって聞いたことあるし……」

「ミヤコ……」

 

 かああ~っ、と頬が熱くなる。赤子の時から面倒を見てもらっていて、何もかもを知られている相手だ。誤魔化しも何もあったものではない。

 

「それとも、一丁前に私にマーキングしたくなったとか?」

「言い方が直截的すぎるだろ……」

「首筋や喉へのキスは、執着や相手への強い欲求の表れらしいわ。……ふふっ、貴方もようやく男としての第一歩を踏み出したって所かしらね」

 

 第一歩。最後の一歩と思っていたのが、彼女にとっては最初の一歩でしかないようだ。

 ――遠い。こんなにも近く、触れ合うほどに傍に居るのに、彼女に追い付くのはまだまだ先のことなのか。

 

 暫しお互い無言になった所に、点けっぱなしのテレビに映っているドラマが目に入る。近代の田舎町、浴衣姿の男性がヒロインと思しき着物姿の女性と並び立ち、二人で夜空を見上げていた。そわそわと落ち着かない様子だった男はやがて、意を決してその一言を紡ぎ出した。

 

『月が綺麗ですね』

 

 出た、と思った。愛の告白を詩的・叙情的に表現した、日本人特有の婉曲な言い回し。とうに使い古され、多数の手垢がついた台詞ではあるが、それだけに長い年月でその有用性が実証された言葉でもある。本当に良いものは、時代を選ばないのだ。

 

「ねぇ、アクア」

「ん?」

「私も、こんな台詞を言われてみたい」

「……ミヤコは、もっとストレートに告白される方が好みじゃないのか?」

「どちらかと言えば、そうね。でも、想いがきちんと伝わるなら、別にどっちでも構わないわよ。

 ――それで、こう言われた時、何て返事するか知ってる?」

「OKする時は『死んでもいいわ』とか、『あなたと一緒に見るからでしょう』とか。あとは『時よ止まれ』なんてのもあったな」

「じゃあ、断る時は?」

「確か……『まだ死にたくありません』とか、『私には月が見えません』、だったか」

「他にも、『(星野アイ)の方が綺麗ですよ』、『私は太陽(有馬かな)の方が好きです』なんて断り方もあるわね。 ……アクア、聞かせて。貴方の気持ちは何処にあるの?」

 

 試されている。

 今のこの状況、冷静になって思い返せば、俺とミヤコが抱擁を交わして、ソファに半ば押し倒して、首筋に口付けて、息を荒げている。完全に男女の睦み合い、親子の範疇をとうにはみ出していた。

 多分、このまま突き進んだとしても、ミヤコは俺を受け入れてくれるだろう。

 だが、斉藤ミヤコは逃げ込む場所ではない。彼女はそんなに安い女ではない。彼女が欲しいなら、それ相応の覚悟を持って選び取らなければならない。そういう、ミヤコの女としてのプライドが言外に込められているように感じた。

 

「今日、似たようなことをルビーにも聞かれたな」

「……ふぅん、何て答えたの?」

「この前のミヤコと同じだよ。ルビーの心臓を指差して言ったんだ。『俺の幸せはここにある』ってな」

「ふふ、実の妹にそんな殺し文句を吐くなんて、罪作りな子ね」

「ミヤコの方こそ、罪作りな女だよ」

 

 二人して小さく笑い合う。テレビの中では、告白されたヒロインの女優が顔を赤らめ、視線を俯かせていた。

 

「アクア、私は貴方の生みの親よりも年上よ。私たちは文字通り、親子ほどの年齢差があるわ。私は間違いなく、貴方よりもずっと先に……死ぬ。添い遂げてあげることは、出来ない」

「……っ」

 

 聞きたくない。だが、聞かなくてはならない。目を背けても、耳を塞いでも、この理からは逃れられないのだ。

 

「それ以上に、私が女で居られる時間はそう長くないわ。

 ――だからね、アクア。あまり女を待たせるものじゃないわよ」

 

 かつて俺は彼女に言った。ミヤコの好きなように生きてほしい、自分の幸せを探してほしい、と。

 ミヤコはその言葉を否定し、自分の幸せはここにあると、俺を差し示しながら笑っていた。

 

 彼女はずっと、俺を待ってくれていた。

 ――いつから?

 

『今度は、アクアの方から誘ってくれる? 貴方に、()()()()()()()()()()、だけど』

 

 恐らく、あの時から。

 数年前の夜、浴室で。

 お互いに生まれたままの姿で、お互いの感触をその身で味わいながら。

 

「――ミヤコ、俺は、」

 

 テレビの中で、ヒロインは顔を上げると、そっとはにかんでこう返した。

 

 

 

『死んでもいいわ』

 

 

 




もはや、ミヤコルートに片足突っ込んでる状況ですが、ここからまた一波乱あります。

ヤングジャンプ最新話、疫病神ちゃんのキャラ変に驚愕しました。
実は没プロットの一つに、疫病神ちゃんの正体は姫川愛梨の転生体で、カミキと裏で繋がってるという案がありましたが、当時の疫病神ちゃんは神様っぽくて何でもありになってしまいそうなので却下しました。


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