星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Garnet 13

 

 

 

「有馬さん」

「……何ですか」

「さっき、アクアと話してたことだけど。私は、アクアよりもずっと先に死ぬでしょう」

「ミヤコさん……」

 

 星野兄妹が顔を歪ませ、有馬かなは斉藤ミヤコの胸元の中で目を見開く。

 判っていたことだ。ミヤコがいくら若作りだといっても、彼ら高校生からすれば親ほどの女性。先程同じことを言われたアクアはともかく、少女二人にとっては寝耳に水の事柄である。高校生に死を意識しろと言っても、それは難しい注文なのは致し方ない。

 星野ルビーは、前世においては常に死を意識せざるを得ない病弱の身であったが、今世では健康的な肉体を手に入れ、家族にも恵まれた。だが12年前に実母を喪い、ここへきて誰よりも信頼している義母の死を匂わせたことで、今にも泣きだしそうな悲痛な顔になっている。

 有馬かなは、幼い頃は身近にあった母親の愛情が、自身の芸能人としての凋落と共に失われていったことを思い出していた。数年ぶりに味わった懐かしい感触、この柔らかさが、匂いが、温もりが無くなってしまうと考えただけで、再び涙が堰を切って零れ落ちそうになる。

 

「アクアはとても重たいものを背負っているわ。そんなものは捨ててしまえばいいと何度も言ったのに、この子はまるで聞く耳を持たなくて。今までは私も手伝ってあげていたけれど、いずれはそれも出来なくなる。この子一人で抱えて、押し潰されてしまう時が、必ず来る。……私はそれが気がかりよ」

「ミヤコ……」

 

 何のことを言っているのか、少女たちには判らなかった。

 でも、何を言いたいのかは、少女たちは薄々感づいていた。

 

「だからね、有馬さん。貴女さえ良ければ、アクアのことを支えて欲しいの。私には出来なくて、貴女になら出来ることが沢山あると思うから」

「ミヤコ、何言ってるんだ!」

「元はと言えば、貴方が原因なのよ。貴方が過去にばかりではなく、未来に目を向けてくれるなら、こんな話をすることは無かったわ」

「それは……」

「喪ったものは戻らない。今あるものを大事にして欲しい。それは胸に刻んでおいて、アクア」

「……ああ」

 

 それっきり、暫しの間場を沈黙が支配する。それぞれが斉藤ミヤコの言葉を噛みしめ、心に咀嚼していく。

 やがて口火を切ったのは、またしても唯一の大人である彼女だった。

 

「有馬かなさん。前にも質問したことだけど、もう一度聞かせてもらうわね。

 貴女――アクアのこと、好きなの?」

 

 前回、その場に星野アクアは居なかった。

 今回、この場に星野アクアは居合わせた。

 

「斉藤ミヤコさん」

「なにかしら?」

 

 それでも、逃げてはいけない。彼女の値踏みする視線を真っ向から受け止め、有馬かなは一つ息をついて――、

 

 

 

「私は、アクアのことが好きです」

 

 

 

 深紅の少女は、以前と同じ答えを返す。そこに迷いは、これっぽっちも存在しなかった。

 

「これが、答えです」

「そう……」

 

 この気持ちを他人からアクアに暴露されたことはある。でも、有馬かなが自分の口から直接、彼に伝わるよう言葉にしたのは初めてだった。

 困った様子を見せるアクアと、溜息を吐きつつ苦笑するルビー。

 

「私の居ない間、アクアのことをよろしく頼むわね――かなさん」

 

 そして、斉藤ミヤコは朗らかに笑った。以前は寂しさを滲ませた笑みだったが、今はもう違う。その意味するところは、本気で目の前の少女を認める気になったということ。

 

 

 

 ――こうして。有馬かなは星野兄妹と斉藤ミヤコから、身内だと認められるようになったのだ。

 

 

 

 

 

 

「貴方たちは本当に面白いですね。推してもいいですか?」

「お前の推しなんぞ要らん。というか、何でお前までここに居るんだ」

神木プロダクション(ウチ)の車で彼女たちを送迎したまでですよ。あと、斉藤ミヤコさんに挨拶しておこうと思ったんですが……期待以上で思わぬ収穫です」

「ふん……」

 

 悪びれる様子もない天河メノウ/姫川愛梨。修羅場が収まった途端、扉の影から姿を現し、さも最初からその場に居たような雰囲気を醸し出している。油断も隙もあったものではない。

 その会話で部外者の存在に気付いたのか、斉藤ミヤコはすぐに腕の拘束を解き、姿勢と服装の乱れを正した。その切り替えの早さは、さすが芸能事務所の社長だと言えよう。遅れて有馬かなはその場を離れると、後ろを向いて服の袖で目尻をごしごしと拭う。

 

「あら、初めて見る子ね。陽東でさっそくお友達が出来たのかしら。アクア、紹介してもらえる?」

「こいつは友達じゃないぞ、ミヤコ。というか、そもそも陽東の生徒じゃない。自称中学生の不法侵入者だ」

「おや、手厳しい。――初めまして、斉藤ミヤコさん。神木プロダクション所属、天河(てんかわ)メノウです。以後お見知りおきのほどよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね、天河さん。……今、私の聞き違いでなければ、神木プロダクションと言ったかしら」

「確かに言いましたよ。やっぱり、ウチの社長がここに来ましたか?」

「……ええ、アクアと入れ違いで帰っていったわよ」

「随分とお疲れのようですね。社長が何か、失礼を働きませんでしたか」

「部下の貴女に言うことじゃないけれど、正直もう会いたくないわね……」

 

 疲れた様子を隠せない妙齢の美女。そのひどく気だるい様は、件の男への感想を口よりも雄弁に語っていた。

 柔らかい物腰の裏に隠れた、相手のペースを乱し、主導権を握ろうとするやり口。脅迫じみた汚い手も使ってくる分、自身よりも明らかに上手だとミヤコも認めざるを得なかった。情報と権力・資金で及ばない相手では、幾らやりあった所で勝ち目はない。

 

 ――それも、ある。だが、もう会いたくないと言った一番の理由は、アクアが憎しみを向ける相手、アイ殺害の黒幕。その最有力候補であるということだ。

 このまま長い時間が過ぎれば、やがてはアクアが抱える憎しみも風化して、穏やかな人生を送れないものかと淡い期待を抱いてはいた。けれど、その目論見もあっさりと露と消えることになる。よりにもよって、相手の方から直接目の前に名乗り出てきたのだから。

 結局のところ、憎しみは新たな憎しみを生むだけで、誰かを幸せにすることはない。もし神木ヒカルが本当に黒幕であり、アクアが復讐を遂げたとしても、それが彼の人生の為になるかは甚だ疑問だ。

 止めなければならない。断ち切らなければならない。この12年間、斉藤ミヤコを突き動かし、悩ませてきた命題。

 そう考えを巡らせていたのだが、

 

「社長がご迷惑をおかけして申し訳ありません。帰ったらしっかりと言い聞かせておきますから」

「いえ、貴女が謝ることでは……」

「謝ることなんです。彼はわたしが育てたようなものですし、()()()をした子どもを叱るのは母親の仕事でしょう? 斉藤ミヤコさん」

「……ええ、そうね」

 

 随分と変わった子だな、と斉藤ミヤコは率直な感想を抱いた。アクアとルビーも年齢に不釣り合いな所を見せる子だったが、成長するにつれてその違和感も次第に少なくなっていったものだ。

 だが目の前の少女は、違和感が服を着て喋っているようなもの。芸能界という特殊な世界、外見と中身が一致しないなんて別段珍しくもないが、天河メノウはそれに輪をかけて顕著であった。

 ただ、斉藤ミヤコは双子と接していて()()()()子どもに耐性があり、疲れていたこともあって、こういう子もいるのね、と違和感を感じつつも深く追求することはしなかった。

 

 一方、星野アクアと有馬かなは驚きを通り越して呆れていた。この女、正体を隠す気があるのか、と。

 それと同時に、深紅の少女に浮かび上がる疑問。今日の昼下がりに、喫茶店で姫川愛梨と会話した時の内容。

 

 ――約20年前。姫川愛梨が犬にして飼っていた、若くて活きのいい男の子。

 ――彼女いわく、アクアはその男の子に似ている。

 ――だからこそ、姫川愛梨はアクアを囲い込みたがっている。

 ――社長とやらが若い頃、アクアの母親に送った「Iolite(アイオライト)」のハンカチと、天河メノウの持つ「Onyx(オニキス)」のハンカチ。

 ――そして先程の、社長に対し「彼は私が育てたようなもの」という言。

 

 散らばっていた点が繋がっていく。推理物において、複数の証拠と証言が結び付き、真実に迫っていくような感覚。

 

「メノウ、あんたのとこの社長って、やっぱり……」

「恐らく、ご想像の通りだと思いますよ」

 

 今度は、有馬かなを部外者だと突っぱねることはしなかった。

 金紗の兄妹が、その義母が、深紅の少女が。12年前、いや20年以上前から続く因縁に辿り着く時は、決して遠くない。

 

 

 




ミヤコに認めてもらった重曹ちゃん。ルビーも反対はしていないので、これで両手に花フラグが立つと同時に、家の事情に踏み込む権利を得ました。

もともと復讐劇の蚊帳の外であった重曹ちゃんをがっつり巻き込もう、というのがコンセプトの一つですが、ようやく舞台に上げることが出来ました。

そして近付く、激突の時。


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