星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Onyx 8

 

 

 

「二人とも、何こそこそ話してるの?」

「え!? いや、えーっと……」

「犬の話をしてただけですよ」

 

 半眼で隣の少女を睨む有馬かな。自分の上司である成人男性を犬と呼んで憚らないとは、芸能界広しと言えどこんな()()()()()女子中学生は二人といまい。

 

「ふ~ん、まあいいけど。それよりお兄ちゃん、玄関のところが滅茶苦茶になってるんだけど。割れてたアレって、確かママの形見の一つでしょ!? 何やってんの!」

「ああ、そういえば……」

 

 斉藤ミヤコの危機だと星野アクアは我を忘れていて、帰宅時に靴を乱暴に脱ぎ飛ばした際、何かに当たって割れる音が響いた。その時は気にも留めなかったのだが、まさかそんな大事なものにぶつかっていたとは。ルビーが本気で怒るのも無理はない。

 

「すまん、着換えたらすぐ片付ける。確か、押し入れに予備があった筈だから交換しとくよ」

「もう、しっかりしてよ!」

 

 バツが悪そうに部屋を出ていくアクアと、彼を見送る女性陣。特に有馬かなは切なそうな表情で少年を視線で追っていたが、いつの間にか周りの女たちが揃いも揃って自分を見ていることに気付いた。

 

「……な、何ですか」

「言っちゃったね、先輩」

「ようやく言ったわね」

「とうとう言ってしまいましたね。もう後には退けませんよ、有馬かなさん」

「何を……って、あ……」

 

 ――私は、アクアのことが好きです。

 

 言った。言ってしまった。

 以前とは違う。アクアも居合わせた、この場所で。彼の妹と義母が見守る中で。

 冷静になるにつれ、焦る心と冷や汗が否応なしに浮かび上がってくる。

 

「ど、どうしよ……」

「行くしかないでしょ」

「今更何言ってるのよ」

「抱いてもらったらいかがですか」

「無茶言わないでよ!」

「ならせめて、抱きしめてキスくらいしてもらってはどうです?」

「それが出来るなら苦労しないわよ……」

「貴女だって女優を続けるなら、いずれキスシーンや、もしかしたらそれ以上を求められるわ。かなさんだって、初めては好きな人がいいでしょう?」

「それは、そうですけど……」

「じゃあ何が問題なの? 先輩」

「私まだ、そこまで踏ん切り付いてないっていうか……」

「面倒な女だなぁ……」

「ええ、全くね」

「これだから処女は……」

「あ、あんたたちは……!」

 

 今日の昼下がり。喫茶店での女子会は、参加者のほとんどが女子高生だった。

 有馬かなにしても、知能や容姿、子役の経験など複数の優れた能力を持つ類まれな美少女ではあるが、その性向は一般的な女子高生の範疇に収まるものだ。

 だがこの場は、前世持ちの少女が1名、元人妻の女が1名、両方を併せ持つ少女が1名という異色の集まりであり。彼女たち3人が全員、年齢が倍は違う異性に想いを寄せている。倫理観や価値観が10代の普通の少女とは違うのだ。

 

「……はぁ。それにしても、いいんですかミヤコさん。さっきの話はつまり、アクアの二股を認めるってことですよね」

「そう捉えてもらって結構よ。でも、誰でもいいわけじゃないわ。相手が貴女だから認めているのよ」

「本当なら、アクアのことを独り占めしたいんじゃないんですか?」

「それが出来るならそうしたいところだけどね。私はアクアと親子ほど年が離れているから、最後の最後までアクアと添い遂げることは出来ないわ。誰かが支えてあげなければ駄目なのよ、あの子は。

 その点、10年以上アクアを想ってくれていた貴女ならと思ったのだけれど……私の見込み違いかしら?」

「そんなことは……ないです。多分、私以上の適任は居ないと思います」

「そういうこと。貴女が一番、アクアと釣り合っているのよ。……正直、私は貴女のことが羨ましいわ」

「羨ましいのはこっちです。あんまり言いたくないですけど、アクアにとっての一番は間違いなくミヤコさんですよ?」

「隣の芝生は青く見えるということです」天河メノウが口を挟む。

「有馬かなさんとアクアさんは、色々な意味で対等なお二人です。同年代で、同じ高校の学生、役者という職業も同じ。経済的にも倫理的にも問題はない。さらにアクアさんの保護者にも認めてもらっている。完璧じゃないですか。貴女たち二人の間に、障害は無きに等しいのですよ。誰に憚ることもない、誰に責められることもない。本当に……羨ましい」

 

 色々と根拠を挙げられているが、その意味を要約するとつまり、星野アクアと有馬かなはお似合いの二人――ということだ。

 そう言われて、元天才子役の少女は悪い気はしない。それどころか、最上級の褒め言葉だろう。

 

「でも、斉藤ミヤコさんとアクアさんは違います。年齢も、立場も、倫理も、ありとあらゆるものが逆風であり、敵。さっき有馬かなさんが言った通り、ミヤコさんは都条例違反というリスクを抱えていて、一つ間違えば未成年略取どころか虐待を問われかねません。いくら本人たちが好き合っていても、社会が二人を認めないでしょう」

 

 残酷な真実。ミヤコ自身、頭では判っていても、いざ他人からはっきりと指摘されると胸が締め付けられる。

 だが漆黒の少女はそんな理などどこ吹く風、素知らぬ顔で朗々と語りを続ける。

 

「でも、そんなのは関係ないんです。ミヤコさんにとっても、わたしにとってもね。年齢も、立場も、倫理も関係ない。

 ――だって、好きになってしまったのだから。この気持ちに比べれば、他の有象無象なんて取るに足らない塵芥でしかない」

「そうだよね!? ちょっと位の年の差なんて関係ないよね!」

 

 ルビーの食いつきが凄まじい。ミヤコにしても、表情には出さずとも内心では喜びに打ち震えていた。彼女の言は、ミヤコの本当の気持ちと全く同じものだったから。自らの秘める悩みを、罪悪感を取るに足らないと一刀両断する少女に、強く勇気づけられた気がしたから。

 そして、こんな年若い少女がそこまで完成された想いを抱いていたことに驚きを隠せなかった。彼女の正体を知らないからこそ出てくる感情ではあったが……。

 

「障害が多い方が恋愛は盛り上がると言いますし、それに――人間は、禁じられた関係の方が燃えるんですよ。わたしにも好きな人が居ますが、その人は三十路の男性ですので、やはり世間からすれば事案でしかありませんから」

「……一応聞いておくけど、メノウ。その人ってやっぱり、あんたのとこの社長?」

「ええ、その通りです。わたしは彼のことが好きです。愛しています」

 

 ますます喜色満面になるルビーとは裏腹に、斉藤ミヤコの表情は一気に曇り顔へと遷移した。件の男とは今日の会談で話しただけだが、お世辞にも好ましい人物だとは思えない。もしかしたら身内には態度が別なのかもしれないが、初対面の相手を半ば脅迫してくるような相手、いずれは馬脚をあらわすだろうと考える。その時、この少女が犠牲になる危惧を覚えたミヤコは、年長者として一声かけることにした。

 

「正直、あの男はあまり良い趣味とは言えないわね。悪いことは言わないから、考え直した方がいいと思うわよ」

「ご忠告は受け止めます。確かに、彼は色々と欠けた所のある危うい人物ですし、それはわたしが一番よく知っています。

 その上で言わせてもらいますが――余計なお世話ですよ。誰が何と言おうと、この気持ちは変わりません。

 貴女とアクアさんだって、()()じゃないんですか? 斉藤ミヤコさん」

「……そうね、野暮なことを言ったわ。忘れてちょうだい」

 

 既に覚悟が決まっている恋慕の情に横槍を入れるなど、無粋にも程がある。斉藤ミヤコとて、アクアへの想いに水を差されたら不機嫌になるであろうことは想像に難くない。恋愛は理屈ではなく、女は特にそれが顕著なのだ。

 

「ね、ね、その社長ってどんな人なの!?」

 

 年の差恋愛の話で興奮したルビーは問わずにはいられない。前世での彼女とその想い人は10代前半の少女と三十路の男性であり、似た状況の天河メノウと「社長」に興味津々であったから。

 だがその問いの答えは、ルビーの興奮を一気に混乱の渦に引き摺りこむものであった。

 

 

 

「社長の名前は、神木ヒカル。本人いわく――星野アクアさんとルビーさんの父親らしいですよ」

 

 

 

「……え?」

 

 天河メノウは一瞬だけ有馬かなの方に視線を向ける。もはや深紅の彼女は部外者ではなく、この場に居るのは身内だけだと判断して、容赦なく核心に切り込んできた。

 

 

「今日あまのアクアさんと、ぴえヨンちゃんねるのルビーさんを見て、社長がそう言ってました。

 わたしからも聞きたいんですが――お二人は()()アイさんの子どもですよね?」

「何で、それを……!?」

 

 星野ルビーにとっては、青天の霹靂だった。アイの苗字や自分たちとの関係を知る人間なんて極々限られているのだから。

 斉藤ミヤコにとっては、双子に聞かせたくない話だった。彼らは父親のことなんて知らずにいればいいと本気で思っていた。

 有馬かなにとっては、散らばっていた破片が合わさり一つの絵になったような感覚。やっぱりそうなんだ、と納得する話だった。

 

「情報の出所は社長の話からですが、彼は噓つきなので本人に直接確認したかったんです。……まあ、あの子に嘘の使い方を仕込んだのはわたしなんですけどね」

「一体、何なのよ貴女は……」

 

 星野ルビーと斉藤ミヤコは知らない。

 星野アクアが初めて出演した映画、有馬かなと初共演した映画、五反田泰志監督作「それが始まり」。共演者の背筋を寒くしたアクアの演技だが、母子二人にとっては「いつものお兄ちゃんだったね」で終わる話だった。

 

「こう言うと中二病みたいで恥ずかしいんですが、わたしには前世の記憶がありまして」

「前世!? 貴女は、もしかして――」

 

 故に、知らない。外見と中身が著しく異なる有様が、こんなにも薄ら寒く、おぞましいものだったとは。

 

 

 

「折角ですから、

 

 ――改めて自己紹介させてもらうわね。神木ヒカルの育ての母、姫川愛梨です。仲良くしましょうね、ルビーちゃん」

 

 

 

 女が手のひらを掲げ、ルビーに向けて伸ばしている。握手を求めているのだろうが、ルビーにとってそれは悪魔の誘いにしか見えなかった。

 

「どういうつもり……?」

「言葉通りの意味よ。貴女たち双子とは仲良くしたいと思っているの。だって、わたしが()()()()と結ばれたら、貴女たちと義理の親子になるんですもの」

 

 前世の実母、天童寺まりな。

 今世の実母、星野アイ。

 今世の義母、斉藤ミヤコ。

 そして――今この時現れた、姫川愛梨。

 

 天童寺さりな/星野ルビーほど、母という存在を定義するのが難しい子どもは居ないだろう。

 

 

 




あかねと疫病神ちゃんが不在の今、姫川愛梨が出張ってくれると本筋が一気に進みます。
本作はアクア/ミヤコとカミキ/姫川愛梨の、2組の母子/男女の対比が軸になっています。


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