星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Aquamarine 3

 

 

 

「随分と盛り上がってるな……」

 

 女が3人集まれば姦しいとは言うが、4人以上になるとグループ・派閥が出来てまとまりが無くなっていき、場合によっては対立・衝突に発展して余計に騒がしくなるものだ。壁越しにも聞こえてくる声、内容までは判らないものの会話自体は弾んでいるようだ。

 家まで休まず走ってきた今の俺は、全身くまなく汗だくの状態。本当ならシャワーを浴びたかったのは山々だが、あまり悠長なことをしているとまたルビーに怒られてしまう。身体を拭いて制汗剤を吹き付け、服を着替えるにとどめた。

 

「……これはひどい」

 

 床に散乱している砂と、割れた瓶の破片。帰宅した際、無理に脱ぎ捨てた靴が飛んでいき、何かに当たって割れる音がしたものの、ミヤコのことで頭が一杯だった俺は一顧だにしなかった。その結果がこれである。

 

 押し入れから持ってきた小さい段ボールを開ける。アイの遺品の中でも小物ばかりが入っている箱だ。

 特に目を引くのは色とりどりの手巾、宝石名の刺繍が入ったハンカチの詰め合わせである。「Iolite(アイオライト)」や「Ruby(ルビー)」などの特に思い入れの強いもの、日常でよく使う何枚かは別の場所に置いてあるが、使い切れない分は纏めてここに保管してあったのだ。

 こうして目にするのは随分と久しぶりだった。古今東西の宝石を網羅しているのではないかという位に多種多様のハンカチ、その数にして30枚は下らないだろう。しかし妙な事に、馴染みの薄いマイナーなものまで揃っている一方で、誰しも聞き覚えのある四大宝石の名を冠したハンカチのうち、半分は欠番なのだ。アイが生前に使っていて失くしたのだろうか。有り得そうなことだ。

 

 だが、今重要なのはこちらではない。物思いに耽るのはこのくらいにして、ひとまずは汚れた床の片付けをしなければ。(ほうき)とちり取りを持ってきて、散らばった砂とガラスの破片を掃き集めていく。

 その時、砂の中に妙な感触を覚えた。違和感を辿ってみると、砂が固まったと思しき塊がある。アイが亡くなって12年、密閉状態とはいえそれだけの年月が経てば固まるか……。

 いや、ほとんどの部分はさらさらとした砂の状態を保っている。全部が一様に変化するならともかく、一部だけが明らかに変化するのはおかしい。自然界において、岩から砂利、砂、そして土へと変わっていく風化作用を考えるなら、最初から固形物が入っていたと考えるのが妥当だ。

 手に取ってみる。砂と同じ色の固形物だが、よくよく観察すると所々に黒色の斑点があった。爪で擦るように表面を何度か引っ搔いてみると、

 

 

 

 全身に悪寒が走った。

 

 

 

 黒色の斑点ではない。黒い物体に、砂と同じ色の塗料で色付けされている。これは明らかに人工物、それも――

 

(……盗聴器、もしくはGPS発信機か!?)

 

 昔見た刑事ドラマに出てきた()()に酷似した物体。何で、アイの遺品の中からこんなものが!?

 

「ぐっ……!」

 

 心臓が高鳴る。身体は動いていないのに呼吸が加速していく。「思い出せ」という復讐の意志と、「思い出してはいけない」とトラウマを忌避する防衛本能とで天秤が揺れ動く。

 

 この遺品は、

 確か、

 

 

 

 ――お土産でくれた星の砂嬉しかったな。

 

 

 

 

 アイツだ。12年前のあの時、アイをナイフで刺し殺したあの男。俺がこの世で最も憎んだ人間。

 だがアイツはその日のうちに自殺して、怒りの行き場を失くした俺はアイの後追いをしようかと半ば本気で考えた。ルビーの存在が無ければ本当にそうしていたかもしれない。

 ところが、俺は気付いてしまう。アイツは特筆すべきスキルを持たない、何の変哲もない大学生。引っ越ししたばかりの星野家の新居に、突如やって来るのは明らかにおかしい。ならば、アイの住処をリークした情報提供者が、この殺人事件には黒幕が居るのではないのかと。

 そして最も疑わしいのは、俺とルビーの父親。新居の居場所を知っている斉藤夫妻を容疑者候補から外した以上、残る可能性はアイが直接情報を漏らしたこと。

 仕事外の人付き合いが皆無で、親族との繋がりも無かったアイが、新居の情報を教える相手なんてそれ以外に考えられない。

 

 そう、思っていたのに。ここへ来て別の可能性が浮上してきた。

 こいつが盗聴器やGPS発信機の類いで。アイを殺したあの男、貝原亮介が単独で情報を得ることが出来たなら。

 前提が、土台が崩れてしまう。それはさながら、星の砂という名の砂上の楼閣。

 

 段ボールの中、色とりどりのハンカチのすぐ横に、十個近くの星の砂の小瓶が入っていた。数十枚のハンカチには及ばないものの、様々な色の星の飾りと砂が入っており、見る者の目を楽しませていた、筈だった。

 アイが後生大事にしていた遺品だったからこそ、宝石のハンカチとともに大切に保管していたのに。その想い出の品は、忌まわしい呪いの証拠品と知りもせずに、段ボールの中に静かに仕舞われていたのだ。

 

 この星の砂が、アイツのもたらしたものだということを、俺は誰かに言っただろうか?

 ――恐らく、言っていない。アイの死という最悪の状況に叩きのめされ、意識の埒外、というよりまともに思考できる状態ではなく、忘却の彼方に追いやられていたのだ。

 母親を目の前で殺された幼い子どもへの取り調べなど、至極簡素なものだ。そもそも、その時の俺は絶望に塗り潰されていてとても口が聞ける状態ではなく、暗闇に浮かび上がる西洋人形のようだったと、のちにミヤコから聞かされている。結局、立ち会っていた彼女が「その辺にして下さい、この子は母親を喪ったばかりなんですよ!」と割って入り、事情聴取の体を成していなかったらしい。

 

 この事実を、警察に伝えていたならば。もしかしたらこの事件は、とうの昔に解決の陽の目を浴びていたのだろうか。

 

 だとしたら、俺は。

 この12年の人生は。

 俺の、復讐は――。

 

 

 

 

 

 

 星野アクアの足腰から力が抜け、床にぶつかって大きな音が鳴る。さっきまで聞こえていた女性陣の会話が止まり、不審に思ったルビーが扉から顔を覗かせると、そこにはフローリングの上でへたり込んでいる双子の兄の姿があった。

 

「お兄ちゃん!?」

「アクアっ!」

 

 星野ルビーと有馬かなは、すぐに近寄って少年の顔を覗き込む。意識はある。呼吸もしている。だがその呼吸に問題があった。浅く、異様に速いのだ。胸を掻き毟り、苦悶に喘ぐその表情はどう見ても尋常ではない。これは一体……?

 

「過呼吸、ですね」

「メノウちゃん!?」

「極度のストレスやパニックで呼吸のリズムが狂い、一見して酸欠のような症状に陥ることです」

 

 背後に立っていた漆黒の少女が冷静に見立てを述べる。

 

「呼吸困難に始まり、動悸、胸の痛み、頭痛、眩暈、手足の痺れ、筋肉の痙攣、意識障害、それから、」

「そんなのはいいから! 教えて! こういう時はどうすればいいの!?」

「アクア! しっかりしなさい、アクアっ!」

「お二人とも、声は控えて下さい。過呼吸の患者相手に騒ぎたてるのは逆効果です。そうですね……斉藤ミヤコさん。彼を――」

 

 その先を言い切る前に、斉藤ミヤコはふわり、と。優しく、包み込むように星野アクアを抱き締めていた。

 

「大丈夫……。大丈夫だから……」

「ぅ……あ……」

「私はここに居るから、何処にも行かないから。だから、安心して……アクア」

「み……ミヤ、コ……」

 

 背中をゆっくりと撫でさすり、強張る拳をほどくように触れ合わせていく。

 つい30分程前まで、星野アクアと斉藤ミヤコは相手の背中に腕を回し、お互いを想い合う言葉を交わしていた。それは男女の情交にも似て二人を昂らせるものであったが、同じ触れ合いでも今のこれは全くの別物。相手を安心させ、緊張や不安から解放させる為のやりとり。

 

 今度は、信じられる。

 有馬かながこの家に駆け付けた時に目撃したのは、ソファの上で抱き合い睦みごとを交わす男女二人。恥じらいもせず「親子の触れ合いよ」と言ってのけた斉藤ミヤコを白々しい嘘つきだと思ったものだったが、今のこれを見せられては否定する気も起きなかった。

 星野アクアと斉藤ミヤコにとって、親子も男女も等価値であり、両者は切り離せるものではないのだ。

 

「これが正解です。過呼吸の相手にすべきことはリラックスさせること、呼吸のリズムを取り戻させることです。もっとも、触れ合うことで()()が出来るくらいにお互いの信頼関係があればこそ、の話ですが」

 

(……ああ、まだまだ足りないな)

 

 一目でアクアの状態を見抜き、適切な対処法を知っていた天河メノウと、それを言われるまでもなく直ぐに実行した斉藤ミヤコ。

 彼女たちに追い付くにはまだまだ研鑽が足りないと、有馬かなは自省する。

 役者としても、人間としても、女としても。この先、彼の隣に立っている為には。

 

「ミヤコ……」

 

 そう考えているうちに、星野アクアの呼吸が次第に落ち着いていく。とはいえ、意識がまだ定まっていないのか弱々しい様子を漂わせていた。いくら抱き締めているのが斉藤ミヤコ(義母)とは言え、目の前で他の女の名を呼ばれるというのは、有馬かなにとって愉快な気分ではなかったが。

 

「俺は……俺は、間違ってないよな……?」

「アクア?」

 

 ――この時、星野アクアは肉体的にも精神的にも限界を迎えていた。

 芸能に特化した陽東高校への入学式。中学生から高校生という、新しい環境への大きな変化。

 天河メノウの訪問と、彼女の事務所への勧誘。

 喫茶店にて、希代の美少女たちに取り囲まれて起こった修羅場。

 最愛の義母のもとに、アクアの父親を名乗る男が現れたという連絡。

 混み合う道路の中、喫茶店から苺プロへの全力疾走。

 ミヤコが無事だったことへの安堵と、彼女の想いと彼女への想い。

 情事にも似たそれを目撃され、二人を問い詰める有馬かな。

 父親への復讐というこれまでの人生の目標、その前提を根底から覆す証拠品。大切に保管していた星野アイの遺品が、最も憎く忌まわしい人物によってもたらされた物だということ。

 そして……あの時、星野アイの一番近くに居たにも関わらず、みすみす彼女を殺されてしまったことと、真相解明に繋がる証拠品の存在を忘れ去ったまま、のうのうと過ごしてきた自責の念。

 それら全てが積み重なり、過呼吸で意識が朦朧としていたアクアは。そんな状態の時に、唯一の理解者と言ってもいい斉藤ミヤコに優しく抱き締められていたアクアは、彼女のことしか見えておらず、意識に入っておらず。

 

 ――故に。普段ならば絶対にしない過ちを、犯してしまう。

 

「こうなったら……直接、あの男を拘束して尋問するしかない……」

「アクア……?」

「決着を、つけてやる……この手で……」

 

 斉藤ミヤコ以外の人間の前で、復讐のことを話してしまうという悪手を。

 

「アイを殺した、黒幕……俺と、ルビーの父親。

 ……神木、ヒカル。復讐を果たすべき、相手……」

「……っ! アクア、それはっ!!」

 

 変わる。いや――戻っていく。

 かつて、星野アクアが幼かった頃。斉藤ミヤコに心を開く前。

 母を目の前で殺され、絶望に沈み、復讐という昏き炎で小さな身体を無理矢理に動かし。彼女の遺品の携帯電話を握りしめ、一人ぼっちで画面の数字と向き合っていた時に。

 右目に宿していた光は再び濁り、淀み、闇色へと堕ちていく。

 

「ミヤコ、手伝ってくれるよな……?」

「お兄ちゃん、何を言ってるの? ママを殺した黒幕って? ねぇ、答えてよ!」

「聞き間違いじゃない? ね、ルビー。……そうよね? アクア」

「誤魔化さないでよ! ミヤコさんは何か知ってるんでしょ!? よくお兄ちゃんと二人でこそこそと内緒話してたもんね。今まではあえて深くは聞かなかったけど、今日こそは――」

 

 聞かせてもらう、と言おうとした所で背後から伸びてくる手。それは星野ルビーと有馬かなの間を通り、斉藤ミヤコの横をすり抜け、蛇のように的確に、獲物(星野アクア)の首元に食らい付いた。

 

「聞き捨てならないことを言いましたね。社長が黒幕だの復讐の相手だの……到底見過ごせません。納得のいく説明をお願いしますよ、星野アクアさん」

「ちょっと、天河さん!」

「誰が誰に復讐しようと邪魔するつもりはありませんが――ヒカル君が絡んでいるとなれば話は別よ。子どもを狙われて黙っている母親は居ないわ。そうでしょう? 斉藤ミヤコさん。貴女にも詳しい話を聞かせてもらうわよ」

「嫌だと言ったら?」

「苺プロを潰します。手始めに、星野アイの子どもたちのことをマスコミにリークしましょうか」

「……やっぱり、あの男と貴女はそっくりよ」

「褒め言葉と受け取っておきます。――それで、どうします? わたしとて、貴女たちを不幸にしたいわけではありません。お互いに利のある関係を築きたいんです。賢明な判断を期待していますよ、苺プロ代表取締役社長、斉藤ミヤコ様」

 

 ……詰みだ。この12年間、二人の秘め事であった復讐劇。もはや彼女たちに隠し通せる状況ではない。これ以上沈黙を貫いていれば、この漆黒の少女は宣言通り、事務所間の開戦の火蓋を切るであろう。その結果など火を見るより明らか。苺プロは焼け野原になって確実に再起不能へと追い込まれるだろう。

 ならば、苺プロ社長として、双子の母親として、斉藤ミヤコのすべきことは。

 

「ルビー、全員分のお茶を淹れてくれるかしら」

「ミヤコさん!?」

 

 窓の外では、とうに黄昏時は過ぎており。

 (斉藤ミヤコ)(天河メノウ)が主役の時間を迎えようとしていた。

 

「お茶の準備が出来たら始めましょう。……長い話になる筈だから」

 

 

 




本SSでは「星の砂に盗聴器/GPS発信機」説を採用しています。
ミステリー的には、物語序盤から登場していて動機も手段もあり、「あいつが犯人なわけがない」と思わせるキャラ、斉藤ミヤコが犯人というのが最もスマートなんでしょうが、本SSではヒロインなので当然却下。
というか、ミヤコが犯人というSSは見たことないので、誰かご存じの方が居れば教えて欲しいです。


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