星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Diamond 1

 

 

 

 少年は犬が、好きだった。

 彼に一番泣ける話が何かと聞いたなら、躊躇いなく「忠犬ハチ公」だと答えただろう。

 

 幼き日、少年のもとに1匹の犬がやってきた。品種は秋田犬。飼い主には忠実だが、見知らぬ相手には高い攻撃性を示すことで知られている。

 迂闊にも、不用心に手を伸ばした少年に犬は嚙みついた。ファーストコンタクトは最悪。少年は暫くの間、犬への恐怖が刷り込まれることとなる。

 犬は、お世話をしてくれたり、遊んでくれたり、ご褒美をくれる者に対しては指示を聞くようになるという習性がある。おっかなびっくりながらも餌やりを続けた少年に対し、犬は自分の飼い主だと認め、寄り添うようになった。少年もそんな犬に絆され、心を開くようになる。

 

 共に散歩するのが楽しかった。共に河原を走ることに胸が踊った。

 

 ――春。桜の花びらが犬の鼻に落ち、くしゃみをする様に頬が緩んだ。

 ――夏。暑さにうなだれる愛犬に、冷たすぎない水を毎日差し入れた。

 ――秋。紅葉に転んだ少年を、犬は心配するように周囲を歩き回った。

 ――冬。寒さに凍える雪の中、お互いの体温を感じながら耐え忍んだ。

 

 いくつもの季節を共に過ごした。いくつもの年月を共に過ごしていった。

 

 

 

 犬の寿命は、人間の4分の1から7分の1と言われている。最初に会った時、既に成犬だった犬の老化は早い。

 認知機能や行動の変化――運動量の低下に始まり、吠えやすくなったり、より甘えるようになったりする。

 さらには筋力の低下、食欲の減退、視力・聴力の衰えが顕著になり、やがてはペットハウスから動かなくなる。

 

 それは、うだるようなある夏の日だった。

 いつものように、餌をやりに行く少年。最近はろくに食べなくなったけれど、今日こそはと気合いを入れる。

 愛犬が元気を失くしているのだから、せめて自分が元気づけてあげなければいけないと。

 

 犬は目を閉じたまま、もう息をしていなかった。

 蠅が犬の周りを飛び回る音が、ただひたすらに不快で仕方がなくて、自分の中の大切な何かが削り取られていく気がした。

 まるで、共に過ごした日々までもが失われていくように。

 

 少年は初めて「死」というものを実感した。

 どうしようもなく重くて、今にも地の底まで落ちていってしまいそうで。

 命あるものは独りで生まれて独りで死ぬという言葉を、身をもって味わった。

 

 少年の名は、神木ヒカルといった。

 この瞬間から、星という名の運命の歯車が廻り始めたのかもしれない。

 

 

 

 女は犬が、好きだった。

 

 最初の関係は、家庭教師と教え子。

 愛犬を亡くし、失意に沈んで成績が落ちた少年の面倒を見る仕事。薄給の若手女優だった彼女にとって、遊ぶ金を稼ぐための副業でしかない。

 誤算だったのは、教え子が絶世の美少年だったということ。

 喉仏の出ていない、声変わり前のハスキーな音色は歴史を経た弦楽器のよう。

 男か女か見分けのつかない、華奢な身体と整った顔立ち。

 肩まで届く金髪は片目を覆い隠して、神秘さを際立たせている。

 何よりも、愛犬を喪った少年の雰囲気は、絶望と紙一重の儚さを醸し出していて。

 女は思わず、紅いリップで彩った唇を舌舐めずりしていた。

 

 次の関係は、女と男。

 最初はされるがままだった少年も、欠落を埋めるように情事へとのめり込み、逆に女を鳴かせるまでそう長い時間はかからなかった。女はいい拾い物だったと愉しんでいたが、次第にそれだけでは満足がいかなくなっていった。

 

 さらに次の関係は、ご主人様と犬。

 女は少年に首輪をつけ、尻尾を挿して、跪かせて、バター犬へと堕とした。

 身も心も満たされた女の精神状態は演技にも表れ、やがて朝ドラのヒロインに抜擢されることとなる。

 

 最後は、他人。

 名残惜しい気持ちもあったが、この関係が露見すれば女優生命が破滅するのは必至。

 ちょうど他の男と婚約が決まったこともあり、女はあっさりと少年を捨てた。

 この数ヶ月後に赤子が誕生し、大輝と名付けられる。

 

 女の名は、上原愛梨といった。

 旧姓、姫川愛梨。5年後、夫とともに軽井沢で遺体となって発見されたのはまた、別の話。

 

 

 

 少年の家、庭先のかつてペットハウスがあったその場所に。

 地面が盛り上がった所があり、中心には墓標が立てられていた。

 

 その木簡にはただ一文字――「愛」と刻まれている。

 

 

 

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