星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Garnet 15

 

 

 

「アクア君。これを……アイに、渡して欲しいんだ」

 

 ようやくアクアとミヤコの二人が落ち着いた頃に、神木ヒカルから差し出された片手サイズの小箱。

 ドラマや映画で何度も見たことのあるそれは、恐らく――。

 

「アイは東京ドームのライブが無事に終わったら、アイドルを引退すると言っていた。そうしたら……これを渡そうと思っていたんだ」

 

 受け取ったアクアは、そのリングケースをゆっくりと開けてみる。箱の中にはひっそりと、しかし力強く輝くダイヤモンドの婚約指輪が入っていた。

 視線を上げると、そこには自分と瓜二つの青年。アイから離れることを選び、彼女を守れなかった男。

 ほんのついさっきまでは、恨みと怒り、憎しみしか感じなかったのに。今はもう……そうした強い負の感情は全て消え去っていた。斉藤ミヤコに、その尽くを持っていかれたから。

 残ったのは、かつて自分と同じ女を愛し、彼女を守れず12年前からずっと後悔を抱えている男への、共感と憐憫であった。

 この男は、星野アクアの一つの可能性だった。アクアとて、斉藤ミヤコが居なかったならいずれ、こうなっていたのかもしれない。

 だから少年はそっと箱を閉じ、15年後の、或いは15年前の自分に向けて突き返した。

 

「これは大事なものなんだろう? 自分で渡しに行け。……ルビー。済まないが、案内してやってくれ」

 

 金紗の少女は静かに頷くと、目線で付いてくるように促した。彼女に続いて、神木ヒカルと天河メノウが部屋から姿を消し、部屋内の密度が一気に半減する。

 アクアはやや覚束ない足取りでありながらも、それでも気力を振り絞り、斉藤ミヤコを伴って部屋を横断して、ソファに二人して座り込んだ。

 

「……お疲れなさい、アクア」

「全くだ。……少し、少しだけ、休ませてくれ……」

「ええ。ゆっくりとお休み、アクア……」

「後は、頼む……ミヤ、コ……」

 

 既に限界を超えていたのだろう、数秒とせず少年は意識を手放した――のだが。

 斉藤ミヤコの腰に回された腕は、そう簡単には外せそうになかった。新しい玩具を手に入れた子どもが、懐に抱き締めながらベッドに入るように。

 

「お疲れ様です、社長。後片付けはボクがやっておきますから、社長も休んでください」

「そう、頼むわね……。あ、かなさん。そっちは空いてるから、貴女の好きになさい……」

 

 斉藤ミヤコはアクアの左側に座っており、彼を挟んで反対側、アクアの右側を指差した。ちょうど金紗の少年はソファの中央に座っていて、右側はまだ一人分が空いている。

 

「え!? それってどういう――」

 

 だが、その問いに答える前に彼女もまた眠りに就き、ミヤコの頭がアクアの肩に乗せられる。身を寄せ合って眠る二人はこの時、一つの生命体となっていた。

 ぴえヨンはそんな二人を見て、ひよこの被り物の奥で笑みを浮かべると、ミネラルウォーターを目の前のテーブルに置き、大きめの毛布を二人にかけてやる。

 

「有馬さん、社長のお言葉に甘えたら?」

「でも、それって……」

「客人の応対はボクがやっておくから。あとは若い二人に任せて――いや、三人だったネ。これは失礼」

「とっとと出てけ!」

 

 苺プロで一番の新入りが、自社の稼ぎ頭を部屋から叩き出すという不敬にも程がある所業であったが、ぴえヨンはさして気にした様子も見せず、内心で若人の恋心を応援した。彼は気遣いの出来るいい男なのだ。

 

「はぁ……」

 

 アクアの隣、ソファの空いたスペースにちょこんと座る。

 ……暖かい。先程までアクアは怒ったり、叫んだり、泣いたりして、その熱がまだ残っているように思えて。

 

 あれが、骨肉の争いか。有馬かなは話し合いに参加せずほぼ見ているだけで、正直居ても居なくても変わらなかっただろうが、それでも精神的に疲弊していた。当事者のアクアとミヤコが、家族会議が終わってすぐに疲労困憊でダウンしてしまったのも、むべなるかな。

 

 有馬かなにとって、あんなアクアは初めてだった。この約2ヶ月の間、常に冷静で、時々包容力を見せて、表情も殆ど崩さなかった彼が、あんなにも自分を曝け出したのは。

 それを為し得たのは、憎んでいた父親の神木ヒカルと、もう一人。アクアを挟んで向こう側で静かに寝息を立てている人――斉藤ミヤコ。

 

 女は生まれながらにして女優なのだと、かつて姫川愛梨は言っていた。フランスのとある作家の言葉であり、その為に演技に関しては男よりも女に一日の長があるのだと。

 斉藤ミヤコは芸能人になろうとして、なれなかった女。演技の経験も、芸歴も、技量も、姫川愛梨はおろか有馬かなとも比較にならない程に隔たりがある。

 それでも、彼女は星野アクアを救ってみせた。姫川愛梨にも有馬かなにも出来ない、他の誰にも成し得ない方法で。

 つまりは、芸能や演技以外の部分で、彼女は自分たち女優を遥かに凌駕していたということだ。それが例え、対象が星野アクアだけだったとしても。

 

「悔しいな……」

 

 毛布に潜り込んでアクアの右腕を取り、斉藤ミヤコに対抗するようにして、彼に身を寄せた。

 そのまま、ゆっくりと静かな時間が流れていく。時間が経つにつれて、少年の熱の潮が引いていくように思えて、彼に抱き着く力をより強く込めていく。

 家族会議の終盤、斉藤ミヤコはアクアに強く強く抱き締められていた。骨が軋み、身体が歪む程に。そのまま折れてしまうのではないかと錯覚する位に。

 

「羨ましい、な……」

 

 あんなにも強く、純粋な想い。他の全てを省みない、献身的とも暴力的ともとれる、絶対的な愛情。

 有馬かなが、望んでやまなかったモノ。

 

「私も、アクアに……」

 

 瞼が落ちていく。思考が定まらず、意識に靄がかかっていく。

 もはや、彼を独り占めすることは叶わないけれど。それでも、貴女に独り占めになんて、させない。

 二股を認めるだなんて余裕ぶった態度を取ったこと、絶対に後悔させてやるんだから――斉藤ミヤコさん。

 薄れゆく視界の中、有馬かなは隣にある温もりにしがみつくようにして、忍び寄る眠気に身を委ねた。

 

 

 

 ――その後。部屋に戻ってきた星野ルビーは、両手に花を体現した双子の兄を見て頬を引き攣らせ、苦笑いを漏らした。

 そして、そう遠くない未来に。この光景がベッドの上で再現されるのではないかという考えが頭をよぎり、戦慄した。

 

 

 




重曹ちゃん愛人計画進行中です。
続きは年末か年始を予定してます。


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