星の子どもたち   作:パーペチュアル

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 Artificial Diamond/人工ダイヤモンド

 地球の地下深くで生成される天然ダイヤモンドと違い、科学技術で人工的に作製されたダイヤモンド。
 工業や電子産業に用いられる他、宝石として扱われるものもある。
 価格が高騰する一方の天然ダイヤモンドに比べ、人工ダイヤモンドは安価で提供されることが多く、旧来の宝石業者は天然物と人工物を区別する為に様々な対策を取らざるを得なくなっている。


第二章 有馬かな/姫川愛梨
Artificial Diamond 1


 

 

 

 その少年は、犬が好きではなかった。

 

 

 

 彼は父親が俳優、母親が女優というサラブレッド。幼い頃から演技の手ほどきを受け、彼もまた将来を嘱望されていた。

 5歳の時、両親が共に死亡するまでは。

 

 母親の遺品である携帯電話を片手に握りしめ、少年は児童養護施設に行くことになった。

 生前、彼の母親はこの携帯電話を眺める時、少年にも見せたことのない程に優しく、それでいて寂しげな表情を浮かべていたことを彼は思い出す。

 その画面に映っているものが何なのかずっと気になって、でも女は決して少年に中身を見せようとはしなかった。

 

 見たい。凄く、見たい。

 少年の不満と切望が高まる一途の時、珍しく家に帰ってきた父親と遭遇する。何故だか苛立っていた父親に対し、ついうっかり母親の携帯電話のことを喋ってしまった。

 そこには、携帯電話の中身が何なのかを知る切っ掛けになるのではないかという打算も、少しはあっただろう。

 

 ――それがいけなかった。

 その少し後、両親は軽井沢で死んだ。恐らくは心中自殺だと警察から聞かされた。少年は孤児(オルフェン)に身を堕とすことになる。

 

 百歩譲って、父親が死ぬのはまだよかった。彼は売れない役者で、母親の方がずっと実力も知名度も高く、夫婦仲は冷えていくばかり。母親に劣等感を抱いた父親は夜遊びを繰り返し、家に帰ることも少なくなり、少年も子ども心に父親が嫌いだった。

 

 一方で。母親は売れっ子の女優であり、朝ドラのヒロインに抜擢されたこともある上、亡くなる直前には最優秀主演女優賞の候補にノミネートされていた。生きていれば受賞していただろうという世の意見も少なくない。

 少年は母親のことを、心の底から敬愛していた。彼女に認められる男になりたかった。

 

 ――自分のせいだ。

 自分が父親に携帯電話のことを話さなければ、母親は死なず、役者の世界に永きに渡って語り継がれる存在になれていたであろうに。

 

 僕が仇を取る。母親に代わって最優秀主演賞を取ってやると、彼は芸能界に入ることを決意した。

 児童養護施設を出た後、彼は劇団ララライの門を叩き、役者の腕を磨いていくことになる。

 

 その過程で、少年はもう一つの戦いに身を投じていた。母親の携帯電話、そのパスコードを突破するという戦いに。

 パスコードを間違える度に30秒間操作出来なくなり、何桁かも判らない。毎日少しずつ時間を作って、一つずつ。

 百通り試すのに半日、千通り試すのに1ヶ月。毎日、毎日、毎日。

 そのせいで、少年の視力はすっかり落ちて、第二次性徴期に入る頃には眼鏡が手放せなくなっていた。

 

 数年後、ついに突破されたパスコード。途中でバッテリーが死んで一度交換した、その携帯電話。

 画面に映っていたのは――一糸纏わぬ姿で首輪に繋がれた、金紗の少年。ネームプレートには「ヒカル」の文字。年頃は10歳前後であろうか、画像の日付からして、父親と母親が結婚するさらに前に撮られたもの。

 

 これが、あの母親の正体。彼女の過去の真実だというのか。

 見るのもおぞましく、正視に堪えない筈なのに、何故か……美しいと思ってしまった。芸術的とすら感じてしまった。

 そんな自分がどうしようもなく不快で、腕を振り上げ携帯電話を地面に叩きつけようとして――辛うじて思い留まった。

 

 新しい目標が、出来たから。

 ヒカルとやらを探し出し、問い詰める。お前は一体、母親の何なのか。彼女とどういう関係だったのか。そして――少年の母親は一体、どんな女性だったのかを問い質す為に。

 所持しているだけで犯罪であろうその画像を他人に晒すわけにもいかず、彼の身元が明らかになるのは長期戦になるであろうことは間違いなかった。

 

 同時に、まだ両親が生きていた頃を思い出していた。

 少年が物心つく前、母親がかつて飼っていた犬。その名前もまた「ヒカル」だったことを。

 彼女が犬を家に連れてきた際、少年は不用心に手を伸ばして、警戒していた犬に噛まれてしまい、無意識下で犬への恐れを刷り込まれてしまった苦い思い出を。

 

 彼の母親は、母としては優秀だった。

 女としては、とても優秀だった。

 役者としては、非常に優秀だった。

 

 だが。彼女には、人間が社会の中で生きるのに持って然るべき、道徳や倫理観が欠けていた。

 いや。知っていてなお、敢えて軽視していた。己の愛や愉悦を何よりも優先するきらいがあった。

 

 この時の少年は知らなかった。

 まさか、自分の母親が転生していて、その魂が新たな肉体に宿っているなどとは、まるで想像だにしなかったのだ。

 

 

 

 少年の名は、姫川大輝といった。

 本名、上原大輝。

 さらに数年後、彼は劇団ララライの看板役者となる。

 月9主演俳優にして、帝国演劇賞最優秀男優賞を受賞。

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

「……見つけた」

 

 少年は成人して青年となり、二十歳を迎えるまでもう少し、という時期に。

 劇団ララライ主催のミュージカル、その公演が終わって客席を見渡している時に。

 観客の中に、視力の悪い姫川大輝にも判るくらいに輝きを放つ、金紗の髪色をした少年を見かけた。

 

 年頃は10代半ばといったところか。中学生、もしくは高校生だと推測される。

 あの画像の日付から20年ほどが経過しており、首輪に繋がれた少年は現在30歳前後といったところだろう。視線の先の少年は本人ではないにしろ、醸し出すオーラとでも呼ぶべき雰囲気は非常に似通っていた。

 恐らくは親戚か、年の離れた兄弟か。赤の他人ではあるまいという不思議な確信があった。

 

「ようやく見つけたぞ、『ヒカル』」

「姫川さん?」

「黒川、俺は急用が入った。インタビューは適当に相手しててくれ」

「えっ!? ちょっと、姫川さん!」

 

 いつもは出待ちされる側の人間である姫川大輝であったが、今この時は立場が逆転していた。この時ばかりは、姫川大輝が『ヒカル』という相手を出待ちする立場に回っていた。

 長年抱き続けてきた問いに、ついに終止符が打たれるかもしれないという、奇妙な高揚感。

 どちらも、初めての経験だ。

 かつて、彼の母親は繰り返し言葉にしていた。――何事も経験よ、と。

 

 演劇以外の時は無表情、無気力を顔に貼り付けている姫川大輝。彼を知る人間からすれば、今の姫川大輝は明らかに異常だった。

 黒髪の青年は口元に笑みを浮かべ、金紗の少年の家路に先回りせんと、関係者用通路を駆け抜ける。

 それは決して演技などではなく、姫川大輝という傑出した人間が放つ、生命の躍動(エラン・ヴィタール)だった。

 

 

 




お待たせしました。
今後の予定としては、

・不倫女(ミヤコ)と托卵女(姫川愛梨)の女子会
・重曹ちゃんの恋の行方
・姫川大輝の話

を考えています。


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