家族会議の翌日。その日、星野アクアは学校を休んだ。
星野ルビーが登校する前、玄関の扉越しに聞こえてくる双子の兄と義母の声。長年の念願叶って、ようやく結ばれた二人。お互いの弱さも醜さも曝け出し、その上でお互いを選び受け入れることを選んだ二人を、金紗の少女は心から祝福した。
その日の夕方、帰宅したルビーを待ち受けていた二人。リビングで切り出される、正式に付き合うことになったという報告。ルビーは素直におめでとうと返し、表面上は何も変わらぬ様子でそのまま夕食を摂ることになった。
――ただ一つ。まだ陽が落ちていないにも関わらず、二人の身体から同じボディソープの香りがしていたことを除けば、だが。
次の日。登校したアクアの様子に、彼のクラスメイトたちは大きな違和感を抱いたらしい。見てくれはいいものの、良く言えばクール、悪く言えば隠キャだったアクアの様子が明らかに変化していたのだ。入学してから既に何日か経過しており、遅れてやってきた高校デビューなのではないかと一部では噂された。
夕方、共に帰宅した双子。ルビーはいつも通り、ミヤコの頬へと親愛と挨拶のキスを落とした。
しかし、アクアに対してミヤコは頬を傾けることはせず、二人は真正面から向き合って。少年は女の腰を抱えて、もう片方の手を頬に添えて上向かせ。対する女も、彼の背中に両腕を回し。
ルビーに見られているという一瞬の逡巡はあったものの、互いを求める引力には抗えず、そのまま吸い寄せられるように口付けを交わした。いつかミヤコが好んで見ていた、映画やドラマの1シーンを切り取ったかの如く。
ああ、本当に二人は結ばれたのだと、遅ればせながら星野ルビーに実感が湧いてくる。熟年の夫婦みたいだった雰囲気が、新婚カップルのものへと若返っている。唇が離れた後も、お互いに触れ合った手と交わる視線は一向に離れる様子はなく。
空気を読んだ金紗の少女は、その場を静かに離れると、洗面所で手を洗ってから着換えるために自室へ向かった。
星野ルビーは前世である天童寺さりなだった時、不治の病に侵されており歩くこともままならならず、人生の多くをベッドの上で過ごしていた。普段起きている時にやっていることと言えば、窓から外を眺めたり、B小町のDVDを観たり、面白くもないTVをぼんやりと眺めたり、読書やゲーム、或いはネットをしていたり。
そのせいか、彼女は古いネットスラングに堪能しており、生まれ変わって15年が経過してもその知識は保全されていた。知識というものは脳という肉体の一部ではなく、魂に宿るものなのかと改めて実感した。
その夜。床に就いた星野ルビーのもとへ微かに聞こえてくる、女の嬌声と何かが軋む音。
ああ、これが噂に名高いギシギシアンアンというやつかと、少女の中で単なる知識がまた一つ実体験へと変化する。好き合っている男女、それも長年の想いが叶って結ばれた二人が一つ屋根の下で暮らしているなら、こうなるのは時間の問題であった。
小さくない気まずさを感じながらも、明日も学校だとルビーは頭から布団を被り直した。雑音は殆ど聞こえなくなり、これでようやく眠れそうだ。
翌朝。妙に色っぽいミヤコと、「若い身体は疲れを引きずらない、最高すぎる」と呟いているアクア。この世の春とばかりに機嫌良さそうな二人とは対照的に、ルビーの気分は今一つ優れなかった。
誰よりも彼らが結ばれることを願い、彼らの幸せを切望していたのはルビー自身であるのは間違いない。だが、この状況は流石に居たたまれないにも程がある。一日二日ならともかく、こんなのが毎日続けば神経が持たないのではないだろうか。
その危惧は現実となった。双子の兄と義母の奏でる嬌声と振動が、次第に大きくなっていく。物覚えの良いアクアのことだ、コツを掴んで調子に乗っているのかもしれないのと、最早ミヤコには声を抑える余裕も遠慮も失われているのだろう。
例えるなら、地震におけるマグニチュードが1から3に格上げされたかのような感覚。ちなみに、マグニチュードが2つ上がると、内在するエネルギーは約1000倍もの差がある。
もう布団ごときでは防音しきれず、ヘッドフォンをつけて寝ようかと考えもしたが、聴力を悪くするとアイドルは難しくなる為、泣く泣く義母の喘ぎ声をBGMに寝る羽目になった。今度、耳栓を買ってこようとルビーは固く決意する。
星野家の家事は手が空いている者が担当しているが、洗濯はルビーかミヤコのどちらかがやっている。
しかし最近、ミヤコが洗濯を自分から進んでやるようになり、ルビーにはやらせたがらないようになった。怪しんだルビーがこっそり覗いてみると、明らかに彼女の下着が派手というか、装飾の凝ったものに変わっている。中には下着としての体を成していないものもあり、アクアはこういうのが趣味なのかと彼の将来が心配になった。
加えて、ミヤコのブラが自分よりも二回り以上に大きいサイズであることを改めて思い知らされ、ルビーは自分の将来も不安になる。グラビアモデルならともかく、アイドルならば大きさではなく形の方が重要なのだと、言い訳の様に自分を慰めた。
休日の夕方。ルビーが外出から帰ってくると、家の中に妙な違和感を覚えるようになった。
何だろう、と考えること暫し。――恐らく、匂い。
家のあちこちから漂う、同じ芳香・消臭剤の匂い。リビング、トイレ、浴室、廊下に至るまで。
まさか、あの二人は。ついにお互いの部屋を飛び出して、家中で、場所を選ばずに盛っているというのか。
確信は無い。確かめるつもりも、その勇気も無い。だがルビーの女としての嗅覚は、そうに違いないと結論を下していた。
そうやって、この家は既に彼らの愛の巣になっていることを自覚していたところに、件の二人が並んで帰ってきた。ショッピングがてらのデートらしい。
ただいま、と爽やかな笑顔で言ってくるアクア。以前はミヤコ相手にしか見せなかった微笑み。双子の兄ながら、アイ譲りの秀麗な眉目はその笑みでさらに引き立ち、妹のルビーでさえも惹き寄せてしまいそうだ。
彼の隣に立つミヤコも、人生の半ばを迎えている筈なのにも関わらず、その容貌は陰る素振りを見せない。それどころか、アクアに愛されることでますます女に磨きがかかり、ミヤコはどんどん綺麗になっていった。
さらに次の休日。帰宅したルビーの耳に、絹を裂くようなミヤコの悲鳴が聞こえた。いつもの嬌声とは異なる様子に、まさか強盗や暴漢の類が忍び込み、ミヤコに襲い掛かっているのではないかと直感する。
もはや一刻の猶予も許されない、手近にあった金属バットを掴むと廊下を駆け、声が聞こえたミヤコの部屋を開け放つ。
するとそこには、強盗も暴漢も居なかった。
二人の変態が、ベッドの上で絡んでいた。
罪悪感を覚えつつも、どこか愉しそうなアクアと、
口では嫌と言いつつも、顔は悦んでいるミヤコ。しかも何故か、レースクイーンの衣装に身を包んでいた。
星野ルビーは、考えるのをやめた。
☆
「結局、ミヤコさんもメスなんだね」
「ぶっ!」
その後、星野ルビーは有馬かなの家に転がり込み、やさぐれた彼女は思いっきり愚痴を毒づいて。
週末の掃除を終えてお茶をしていた深紅の少女は、盛大にコーヒーを噴き出してテーブル周りの掃除をやり直す羽目になった。
次回、女子会の予定。