星の子どもたち   作:パーペチュアル

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 Heart of Ocean/碧洋のハート
 
 洋画「TITANIC」に登場する架空の宝石。
 ハート型にカットされたブルーダイヤモンドの周りが、多数の小さなダイヤモンドであしらわれている。
 モチーフとなったホープダイヤモンドは、アメリカ最大の国立博物館、スミソニアン博物館に所蔵されている。


Heart of Ocean 1

 

 

 

 1912年4月14日、深夜。豪華客船タイタニック号は氷山に衝突し、翌4月15日に北大西洋の海へと沈んだ。

 それから100年以上が経過したこの日、同じ4月14日。

 奇しくも、という表現は正しくない。斉藤ミヤコがあえて、同じ日を選んだのだ。

 

 金紗の少年はリビングの椅子に足を組んで座り、机に上半身を預けながら、慣れない手つきながらもナイフで鉛筆を削っている。

 そこへやってきたのは彼の上司にして義母、そして恋人でもある妙齢の美女。ナイトガウンを羽織り、帯の先端をくるくると回して弄んでいる。

 やがて彼女は少年の前に歩み寄ると、ゆっくりと肩からガウンを滑り落とし、女神もかくやという彼女の裸身が曝け出される。

 その胸元には、遠目にはレプリカとは判らない程に精巧な、青い宝石のネックレスが輝いていた。

 

 

 

 

 

 

『……なあ、ミヤコ。やっぱり……駄目か?』

『駄目に決まってるでしょう。貴方はまだ未成年、それも高校に入学したばかりでしょうに。両親の悪い所を見習ってはいけません』

『でも、こう言っては何だけど……ミヤコも結構いい歳だろ? 俺、不安なんだ。高齢出産はいろいろとリスクが高いから……』

『女性に年齢のことは言っては駄目、というのは一先ず置いておくとして。

 私を侮らないで、アクア。何のために若作りしてると思ってるの? 安産型なんてセクハラされたことは数えきれないし、アイが貴方とルビーを出産した時よりかはずっと楽な筈よ。心配しないで』

『でも……』

『大丈夫よ。ちゃんと、貴方の子は産んであげるから。だから……せめて、成人するまで子どもは我慢しなさい』

『ミヤコ……』

『アクア……』

 

 

 

「――って感じだね」

「うううう、どうしてこんな仕打ち……。聞くんじゃなかった……」

 

 惚気(のろけ)を聞かされると思っていたら、まさかの家族計画が飛び出してきて、既に死に体になっている有馬かな。

 対照的に、星野ルビーはひとしきり愚痴を吐き出せて、ようやく平常の落ち着いた状態に戻っている。

 すると、その横で紅茶のティーカップを優雅に傾けていた天河メノウ/姫川愛梨は、残念そうに溜息を吐いた。

 

「まだるっこしいですね。さっさと子作りしてしまえばいいのに……」

「あんたそれでも女子中学生(JC)でしょ!? 何言ってんの!」

「アクアさんの相手がかなさんであれば、子どもは成人してから作るというのは正しい判断だと思います。

 でも、ミヤコさんが女でいられる時間は、そう長くは残されていないでしょう。いくら若作りだといっても、老いは確実に彼女の身体を蝕んでいる。悠長に構えていたら手遅れになりかねませんよ」

「それは、分かってるけどさ……」

「ルビーさん。その話だと、あの二人はちゃんと避妊しているんですよね?」

「そうだね、ミヤコさんはピルを飲んでるって言ってたよ」

「なるほど……なら、話は簡単ですね。ピルを栄養剤にでもすり替えましょうか。ルビーさんの話だと、あの二人はだいぶお盛んみたいですから、避妊しなければ懐妊するのも時間の問題でしょう。出来ますか?」

「出来る、と思う」

「では、錠剤シートの写メを後で送って下さい。似たものをこちらで用意しますから」

「うん、わかった」

「ちょっと、ルビー! あんたそれでいいの!?」

「お兄ちゃんが高校生のうちに子どもを作るっていうのは、確かにどうかとは思うよ。でも、子どもが欲しいのにできなくて悲しむなんて、二人にはそんな風にはなってほしくない。お兄ちゃんとミヤコさんには、幸せになってもらいたいから……」

「ルビー……」

 

 これが、つい先程まであの二人をオスだのメスだの発情したケダモノだのと散々に言っていた少女と同一人物だとは、有馬かなには到底思えなかった。小中学生のように不満を愚痴っていた金紗の少女は、今は一転して大人の女性と遜色ない慈愛と憂いの表情を浮かべている。

 やはり、なんだかんだと文句は言いつつも、星野ルビーは双子の兄と義母のことが大好きなのだろう。彼らには幸せになって欲しいと、その為には常識から外れていようとも最善の選択肢を取って欲しいのだと、心からそう思っているのが良く判った。

 

「あ、でも……」

「どうしたの、ルビー?」

「この歳で叔母さんとは呼ばれたくないな……」

「あっそう」

「そこは諦めましょう、ルビーさん。いずれは通る道です」

 

 有馬かなはもう投げやりになっていた。天河メノウは別の意味で悟りを開いていた。

 話が一区切りつくと、ルビーは良いことを思い出したとばかりにバッグから包みを取り出した。

 

「そういえば、ドーナツを持ってきてたの忘れてた。二人とも食べる?」

「却下」

「わたしも遠慮しておきます」

「ええっ、何で?」

「何でって、ドーナツは美容と健康の天敵だからよ。小麦粉と砂糖の塊を油で揚げて、さらにチョコだのクリームだのでトッピングするカロリーお化け。あんたもアイドルを目指してるなら、甘いものは控えなさい」

「同感です。体重計の上で後悔することになりますよ」

「うっ……。でも、これはお兄ちゃんが作ってくれたものだし……」

「……アクアが?」

「豆腐が材料で、油で揚げずに焼いて作ったドーナツだから、市販のものよりずっとヘルシーだって言ってたんだけどな……」

「では、ご厚意に甘えさせて貰います。かなさんはどうしますか?」

「やっぱ私も食べる。ドーナツの一つや二つで体型が変わるような、柔な鍛え方はしてないのよ!」

「現金な女たちだなぁ……」

「甘いものが嫌いな女なんて居ないということです。貴女たちもライバルや気に食わない女が居たら、甘いものをどんどん差し入れてあげるといいですよ。自制心の弱い子なら、それで勝手に自滅してくれますから」

「それは自滅とは言わないわよ……」

 

 有馬かなは机上のスマートフォンに目を落とす。

 恋愛リアリティショー「今からガチ恋♡始めます」。通称、今ガチ。

 その今期メンバーの集合ショットの中で、アクアの隣に映っている少女、黒川あかね。幼少期ははるか格下だった筈なのに、ここ数年は落ち目の有馬かなとは違い、近年は天才役者と持て囃されている少女。

 

(ライバルや気に食わない女、か……)

 

 有馬かなは(かぶり)を振って、スマートフォンをスリープ状態に切り替えた。

 その後、アクア手製のドーナツをお茶請けに、割と和やかに進んでいく女子会。互いの近況や学校生活、仕事の話などを経て、再びアクアとミヤコの話題に戻ってくる。

 

「そういえばさ。今月半ばの夜中に、久しぶりに静かだなと思ってリビングに水を飲みに行ったんだけどさ」

「聞きたいような、聞きたくないような……」

 

 深夜、ミヤコの嬌声が日常と化してしまった星野家。耳栓が無ければルビーは(ろく)に寝ることも出来ないその場所が、その日に限って静かだというのは、何か異常が発生しているということに他ならない。

 

「お兄ちゃんが絵を描いてたの」

「あいつ、そんな趣味があったの? で、何を描いてたのよ」

「ミヤコさんのヌードデッサン」

「なんでよ!!」

「ジャックとローズの物真似だね。ミヤコさんはソファに寝転んで、首から宝石のイミテーションを下げてたよ」

「……ああ。そういえば、あの映画にそんなシーンもあったわね」

「ミヤコさんが子どもの頃に観て、イケメン彼氏が出来たら是非やってみたかったことらしいから……」

 

 復讐劇が終わり、変わったのは星野アクアだけではない。

 斉藤ミヤコもまた、大きく変わった。今までは双子の母たらんと弱みを見せようとせず、色々と自分を押し込めていた。それがアクアと付き合うようになり、自分のしたいこと、相手にして欲しいことを素直に彼にぶつけるようになったのだ。良い意味で我儘、以前よりも生き生きとしており、これが彼女の素なんだとルビーはかえって好印象を持っていた。

 だが、深紅の少女にとっては勿論、そうではなく。

 

「でも、そんなのって……」

 

 ――羨ましい。有馬かなの胸中は、その一言に尽きた。

 彼女は、赤子の頃から芸能界に居る子役上がりの女優で、同年代の女子より何倍も映画を鑑賞している。特に恋愛もののジャンルに限って言えば、名作と呼べるものはほぼ全てを網羅している程だ。

 

「その」映画は、有馬かなが生まれる前に公開されたものだが、彼女がまだ母親と仲が良かった頃に連れられて、リバイバル上映で劇場に足を運び、その悲恋に涙すると同時にとても憧れたものだ。自分もこんな風に燃え上がるような恋をしてみたいと、幼心に思わせて。

 アカデミー賞を11部門受賞という輝かしい記録を打ち立て、不朽の名作として映画史に永遠に残るその作品、中盤の1シーンをアクアとミヤコは再現していたということだろう。

 考えてみれば、金髪で細身のイケメンであるアクアは、ジャックの素材としてうってつけではないか。

 有馬かなには、斉藤ミヤコの気持ちが良く判った。きっと気分ウキウキで、心臓バクバクで、銀幕の中のレオ様が現代に蘇り、自分の前に存在している。自分のことを見つめている。自分の方へ手を伸ばしている。

 なんて、なんて――、

 

「羨ましい……。私も、それ、やって欲しい……」

「全くです。斉藤ミヤコさんは実にズルい女ですね。わたしも社長にお願いしてみることにしましょう」

「は?」

「そのアイデアは頂くことにします。やっぱり、アクアさんと斉藤ミヤコさんは本当に面白いですね」

「それって、つまり……」

「ジャックとローズの物真似ですよ。

 

 ――ヒカル君も、ジャックの格好がとっても似合いそうだわ……。20年前の彼は子どもだったからその発想は出なかったけど、今なら……ふふふ……」

「メノウ、前世(姫川愛梨)の地が出てるわよ……」

 

 家族会議の時に見ただけだが、アクアをそのまま成長させたような外見の神木ヒカルならば、さぞや絵になることだろう。天河メノウが妄想を膨らませるのも無理はない。

 彼女は前世、姫川愛梨の経験も踏まえれば、有馬かなよりも遥かに格上の女優。そんな彼女とてやはり、美しいものが好きであり、恋愛映画が好きであり、その中の優れたシチュエーションに憧れてしまい、演じたくなるのは共通のようだと、有馬かなは漆黒の少女に親近感を抱いた。

 それにしても――。

 

「成人のいい年した男が、女子中学生(JC)のヌードデッサンなんて犯罪でしょ……」

 

 それが許されるのは、昭和の藤子不二雄(エスパー魔美)の時代までである。まあ、斉藤ミヤコや姫川愛梨のように倫理をいくつも飛び越えている女相手に何を今さら、という話ではあるが。

 

 

 




 原作でようやく姫川愛梨とカミキの深堀りが始まって、来週が待ち遠しいです。
 本作でも、しばらくは姫川愛梨の出番が続くと思うので、原作との齟齬が色々と出てくるとは思いますがご容赦を。


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