星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Sapphire 1

 

 

 

 どんな学校のどんな教室でも、多数の人間が集まりそれが3日も経過すれば、自然といくつかのグループに別れていく。大抵は自分と似た人間同士でつるみ、浮いた人間は弾き出される。黒川あかねは後者だった。

 幼少期から有馬かなに憧れ、彼女に拒絶されても諦めることなく、有馬かなを理解する為に心理学を独自に勉強し、役者としての腕を磨いてきた黒川あかねは非凡な才能を持ってはいた。だが、それが学校生活で役に立つことは少なく、生来の引っ込み思案な気質も相まって、コミュニティに迎合することを不得手としていた。それはこの場、恋愛リアリティショーにおいても同様であり。

 これが劇団ララライであれば、自身の素養を遺憾なく発揮でき、若手のエースと目されるほどに存在感を示していた。だが、台本無しの今ガチにおいては何をしていいのかまるで判らず、視聴者の大半からは空気扱い、番組サイドからは絵にならないと評価されていた。

 

「……仕方ないな」

 

 そこへ手を差し伸べるのは金紗の少年、星野アクア。右目に星野アイの、左目に斉藤ミヤコの光を宿した彼は、この番組に居場所を見出せない少女を見ていられなくなった。

 小悪魔系の鷲見ゆきや、おバカ系癒し枠のMEMちょは既に自分のポジションを獲得している。他の男たちに対してどうこうするつもりはさらさらなく、気がかりなのは黒川あかねだけだ。

 前世も含め、元来は善性の気質であるアクアは、復讐劇も終わったことで本来の性格を取り戻しつつある。斉藤ミヤコと付き合うことになったというのもあり、12年に渡って醸し出していた陰のある雰囲気は大きく鳴りを潜めていた。

 実母のアイを殺した犯人を探し出し復讐するという目的に縛られることもなくなり、同時に芸能界に拘る理由も消えた。今出演している今ガチが、もしかしたら最後の芸能活動になるかもしれないと考えると、途端に気分が楽になった。

 アクアは今世はもちろん、前世の雨宮吾郎だった時も転職を経験したことはないが、ブラック企業からの転職が決まった人間は多分、こういう気持ちなのだろう。芸能界を干されたとしても構わないから、ミヤコに責任が及ばない範囲で滅茶苦茶やって帰るか、と開き直ることにする。

 端的に言えば、長年の重責から解放されて浮かれていた。斉藤ミヤコとの交際も、それに拍車を掛けていた。だから、目の前で困っている黒川あかねを助けることに否やは無かったのだ。

 

(それに、試したいこともあるしな)

 

 最近、ミヤコの強い希望で行われているタイタニックごっこ、ジャックとローズの物真似。あれが一体、どこまで役に立つのか、どこまで通用するのかを。

 

『女はね、人生で一度くらいヒロインになってみたいのよ』

 

 懐かしそうな顔をしながら彼女は話し、物真似の参考用に二人寄り添って映画を鑑賞したことを思い出す。

 そんなことをしなくたって、ミヤコはずっと俺のヒロインだよ――と返すと、彼女は感極まったあまりに泣き出してしまい、慌ててハンカチを取り出して涙を拭ってやり。

 気分を良くした彼女に対し、難色を示されていたレースクイーン衣装でのあれこれを認めさせたのは、我ながらGJだったと回想する。

 

(おっと、浮かれるのはここまでだ)

 

 相変わらず教室内で居心地悪そうにしている黒川あかね。彼女の後ろを通り過ぎる振りをして、さりげなく、わざとハンカチを足元へと落とす。彼女に気付かれないように注意を払いながら。

 

「黒川さん、ハンカチが落ちたよ」

「アクアさん? えっと、でも、これって――」

 

 彼女が戸惑うのも無理はない。そのハンカチはアクアの所持品であって、当然ながら黒川あかねのものではない。困惑する少女に対し、いいから、と半ば無理矢理押し付けるアクア。

 

「それじゃ、()()()()()

「えっ……?」

 

 そう言ったきり、教室を立ち去っていく少年。その姿が見えなくなり、手元のハンカチを見やると、中に紙が挟まれていることに気付く。恐る恐る取り出して広げてみると、そこに書かれていたのは――。

 

『今を大切に。屋上で待つ』

 

 トクン、と。黒川あかねの心臓が、一際高く鼓動した。

 

 

 

 

 映画に倣って「時計の前で待つ」としたかったが、そこまで望むべくもなく。代案として、定点カメラがあり、吊り橋効果も考慮に入れて、アクアは待ち合わせ場所を屋上に指定した。

 アクアは今、屋上の手摺(てすり)に肘を乗せ、上半身を預けている。立ち位置も固定カメラを意識した場所であり、今ガチが始まった直後、鷲見ゆきと話した時に学んでからの教訓だ。

 キイ、と音を立てて階段に繋がる扉が少しずつ開いていく。恐らくは彼女だろうが、ここで振り返ってはいけない。あまり早く振り返るとがっついている印象を与え、相手を引かせてしまう。「男は、女の前では常に余裕のある態度を崩してはいけない」というミヤコの教育の賜物である。

 ゆっくりと足音が近付いてくる。手摺から眼下の風景を眺めている「振り」をしていたアクアは、彼女が足を止めた所でようやく振り向いた。

 果たして予想通り、そこに佇んでいたのは黒川あかね。アクアより一つ年上の高校二年生。有馬かなと同い年だが、あちらは可愛い系なのに対し、彼女は美人と形容した方が似合う少女だった。

 彼女との距離は目測で3メートルと少々というところか。

 人と人が接する際に不快に思わない距離、パーソナルスペースは4段階に分けられ、彼女との距離は3段階目の「社会距離」、主にビジネス相手に接する際に確保する距離の上限に近い。そんなに親しくもない相手、それも異性から屋上という人気のない場所に呼び出されたのだ。それなりに警戒されていると見るべきだろう。これが現時点における、星野アクアと黒川あかねの関係の距離感ということだ。

 因みに、ミヤコとの距離は1段階目の「密接距離」。家族や恋人など、とても親しい人との距離。

 ルビーとの距離は2段階目の「個体距離」、仲の良い人との距離。

 有馬かなとは、2段階目と3段階目の境界線上、といった塩梅である。

 

「……アクアさん、どういうつもりなんですか?」

 

 彼女の態度には少し、ほんの少しだけ怒りが込められていた。恐らく、「あの」映画になぞらえて書いた文面に対して言っているのだろう。彼女は舞台女優と聞いており、あの映画についても知悉しているだろうと当たりをつけ、そうであるならばミヤコと同じ方法が通用するのではないかと思ったのだが、その推測はどうやら間違っていなかったようだ。

 ならば、次にやるべきことは。

 

「So you wanna go to a real party?(本物のパーティに行ってみたいだろ?)」

「え?」

 

 ポケットに両手を入れ、ミヤコにせがまれて少しばかり練習したタップダンスを踊る。本来は爪先と踵に専用の金属板を仕込んだシューズを用い、木の板の上で踊るものだが、ここにあるのは革靴とコンクリート。技術もそこまでではなく、拙いと言っても仕方ないものではあったが、彼女の意表を突き一時でも警戒心を忘れさせるには十分だったようだ。

 

「黒川さんは戦い方を間違えている。苦手な分野で戦ったところで、始まる前から結果は見えているぞ」

「そ、それは……」

「君の得意分野は、こっちだろう?」

 

 半ば強引に手を取り、踊りへと誘う。

 ミヤコとともに、苺プロのトレーニングルームで練習したペアダンス。「夜の情事と合わさって、良い運動と息抜きになっている」とは彼女の言だ。踊りながら、今の自分はつくづくミヤコありきなのだな、と再認識する。

 

「アクアさん、私は、」

「考えすぎなんだよ、君は。恋愛は頭でやるものじゃない、心でやるものだ」

「心で、やる……」

 

 最初は気恥ずかしさからおっかなびっくりだった彼女の踊りだったが、そこは流石の舞台女優。付け焼刃のアクアと違い、専門家の黒川あかねは見る見るうちにぎこちなさが取れていき、アクアがリードしていた筈が、いつの間にかリードされる側になっていた。

 

「黒川さん、やっていけそう?」

「……はい、頑張ります!」

 

 いつの間にか、観客は固定カメラだけでなくなっていた。

 面白そうな雰囲気を嗅ぎつけたのか、撮影スタッフたちと他の今ガチメンバーも屋上に集まっている。二人の踊りに彼らの手拍子が加わり、囃し立てるゆきやMEM、ノブの声がそこに上乗せされる。ケンゴの奏でるギターソロが、空間に響き渡っていく。

 

「アクアさん、あの……!」

「何かな?」

 

 桜の季節も終わりを告げ、初夏の足音が近付いてくる時期。陽光の下、ダンスで汗ばんだ肌に、屋上を吹き抜ける風が心地良くて。

 

「私のこと、黒川さんではなくて……あかね、って呼んでもらってもいいですか」

「いいよ、それぐらいなら」

 

 蒼玉の少女、その胸の高鳴りは、決してダンスによるものだけではなく。

 これが彼女の人生で、初めての――。

 

「――あかね」

「……はいっ!」

 

 

 

 黒川あかねに渡したハンカチ。そこに刻まれた宝石名は――Sapphire(サファイア)

 

 

 

 Sapphire/サファイア。

 四大宝石の一角であり、空や地球のように青い輝きは「神に近い石」、「天界そのもの」として、歴代のローマ法王や枢機卿たちが聖職者の印として身に着けていたとされる。

 モース硬度は9と、ダイヤモンドに次いで硬い宝石であり、エンゲージリングとしても根強い人気がある。

 心に安らぎや集中力、冷静な判断力を与えてくれるとされるこの石は、知性をもたらす賢者の石とも言われている。

 その宝石言葉は「真実」、「成功」、「守護」、

 そして……「慈愛」。

 

 

 

 

 

 

『落ちた』

『落ちたな』

『ハンカチ拾って口説きの切っ掛けにするとか、なんというクラシカルなガールハント』

『女誑しめ』

『失礼だな、純愛だよ』

『純愛はともかく、黒川あかねは初恋なんだろうってのは何となく判る』

『金髪イケメンにあんなことされたら男でも掘れるわ』

『おい待て、それは誤字なのか』

『令和のレオ様』

『王子』

 

 

 

 大変にバズった今ガチへの反応を見て、深紅の少女はスマートフォンを手放した。

 

「あーあ……マジさいあく」

 

 星野アクアにとっては、あくまで斉藤ミヤコとの訓練の実践・実験であり、目の前で困っている少女へちょっと手助けしただけという認識だった。恋愛リアリティショーなんだから、好きでもない女に歯の浮くような台詞を吐いて口説くのは、番組の趣旨としても間違っていないだろうとすら思っていた。

 それは事実、正しい。

 

 だが有馬かなにとっては、違う。

 精神的に弱っている所へハンカチを差し出し、今まで持っていなかった価値観を諭す。自分がアクアと子役で共演した時と、同じやり口。有馬かなの人生において文字通り転機となったイベントを、彼は他の女でまた繰り返している。

 しかも、その相手が尚更悪かった。認めたくはないが、有馬かなにとってのライバルであり、気に食わない女。その女が、十数年も前にアクアと出会った自分よりも先に、彼から苗字ではなく名前で呼ばれている。

 

「何で私やミヤコさんじゃなくて、よりにもよって黒川あかねを口説いてるのよ……死んじゃえばーか……」

 

 

 

 

 

 

「……やってくれたわね、アクア」

「ミヤコに教わった通りにしただけだぞ。あれが本当に通用するかどうか試したかったんだが……予想通り過ぎて逆に怖かったな」

「くれぐれも、刺されるようなことだけはしないでよ。言っておくけど、貴方が死んだら私も後を追うから」

「……それは怖いな。肝に銘じておくよ」

「冗談じゃないからね」

「大丈夫だよ。ミヤコを一人にはしないから」

「もう、本当に……仕方のない(ひと)ね」

 

 アクアと付き合い始める前の彼女であれば、彼が恋愛リアリティショーの番組内で女を口説いたところで、「そうしないと番組が成り立たない」、「形式だけでも筋を通す必要がある」などと言っただろう。アクアの上司として、苺プロの社長として、それが正しい判断だ。

 だが今はもう、違う。

 以前よりも、老いを恐れるようになった。

 他の女、特に若い女に対し、嫉妬や危機感を募らせるようになった。

 そうやって不安になっている時と、幸せを噛み締めている時。かつてよりも感情の振れ幅が大きくなったのだ。

 

「ところで、アクア。前にした約束だけど……」

「どの約束?」

「その……レースクイーンの……」

「ああ、アレか。もしかして、見つかったのか?」

「……ええ。20年くらい前のだから不安だったけど、保存状態が良かったから大丈夫よ」

「で、まだ着れたのか? 試着はしたんだろう」

 

 

 

 そんな時、彼女は。

 

 

 

「ちょっときつくなってたけど、何とかね。

 ……その、アクア。本当に……アレを着て、するの?」

「約束だからな、当然だろう。それとも、ミヤコは俺との約束を破るのか」

 

 

 

 何だって――する。

 

 

 

 ある時は貞淑に、厳格に。

 ある時は淫乱に、奔放に。

 両者の境界線上でたゆたう女の、ゆっくりとしかし確実に奈落へと転げ落ちていく退廃的な仕草は、甘やかな底なし沼のようでいて。

 かつての姫川愛梨と。

 彼女と有馬かなが共演したドラマ、その主演の不倫女と。

 斉藤ミヤコは、彼女たちと同じ道を辿りつつあった。

 

「……そう、ね。約束じゃ、仕方ない、わよね……」

 

 義理の息子の、軽く倍以上を生きている妙齢の美女は。

 少年の上司で、育ての母親で、恋人でもある魔性の女は。

 その時を想像して頬を淡く染め、全身を小さく身悶えさせ、熱い溜息が薄紅色の唇から零れていった。

 

 

 




時系列としては前回の女子会の前、レースクイーン事件の真相です。
復讐から解放され、童貞でなくなり、ミヤコ好みに躾けられている本作のアクアは女誑しに成長しました。


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