星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Garnet 16

 

 

 

「はぁ……」

 

 女子会の最中、有馬かなが眺めているスマートフォン。そこに映っているのは先日バズった今ガチの動画、星野アクアと黒川あかねが学校の屋上で踊っている一幕だ。その再生数は今ガチ始まって以来の数字であり、中高生を中心として人気が急速に拡大している。こうして溜息を吐いている間にも、また一つ再生数が上乗せされた。

 その様子を横で見ていた天河メノウ/姫川愛梨は、煮え切らない深紅の少女に苦言を呈した。

 

「もう何度目ですか。そんなに溜息ばかり吐くようなら、観るのを止めてしまえばいいのに」

「それは、そうだけど……」

「傍から羨ましがるだけでは状況が悪化していくだけです。貴女はただでさえミヤコさんに後れを取っているのに、このままでは黒川あかねに追い越されますよ」

「……やっぱり、あの女もアクアに惚れてると思う?」

「間違いないね。中学の時、お兄ちゃんに告白してた女子たちと同じ目をしてるもん」

「ああもう、ちょっと屋上でダンスしただけで惚れるとか、あの女チョロすぎでしょ……!」

「それ先輩が言う? というか、知り合いなの?」

「……まあね。同い年で、同じ役者業やってて、昔から事あるごとに比べられたり、共演する度に揉めてたのよ」

「因縁の相手ってこと?」

「安っぽい言い方したらそうなるわね。あの女の実力は認めてるけど、どうにも好きにはなれないわ」

「なるほど、わたしも似たような気持ちです。黒川あかねのことはあまり好きにはなれませんね」

 

 その途端、星野ルビーと有馬かなは意外なものを見た、という様子で天河メノウを凝視する。他人に対して関心か無関心の違いはあっても、鷹揚な態度を崩さなかった彼女が、はっきりと「好きではない」と言ったことに違和感を禁じ得ない。

 

「珍しいわね、あんたがそんなことを言うなんて」

「彼女は、昔のわたしに似ています。自分の未熟さを思い出させて、見ていて恥ずかしくなりますね。……何ですか、その目は」

 

 嘘だ、と二人の女子高生は胡乱気な視線で、目の前の女子中学生と黒川あかねを比較する。この中身が魔女のJCと、不器用な初恋に頬を染めている黒川あかねが似ている? 悪い冗談としか思えなかった。

 

「人は変わるものです」

 

 天河メノウは眼鏡を外し、重心が姫川愛梨へと切り替えられる。

 いちいち眼鏡を付け外しする必要があるのか、と前に有馬かなが聞いたことがあり、その答えは「態々(わざわざ)そんなことをしなくとも意識や口調は変えられる」らしい。

 では何故そんなことをするのかと星野ルビーが問うと、その方が見栄えが良くて格好いいから、と漆黒の少女は堂々と言い放った。

 中二病か、と考えて、実際彼女は女子中学生なのだから仕方ないとの結論に至ったものだ。

 

「特に、恋を知り愛を知った女は、以前とはもう別人と言っても過言ではないわ。

 ルビーさん。アクア君と付き合うようになってからは、ミヤコさんも少なからず変わったのではなくて?」

「……そうだね。母親が新妻になったって感じかな」

「そうでしょう。ミヤコさんは女としての新しい一歩を踏み出したのよ。そう遠くない未来に、アクア君の妻となる為に。そして――真の意味で母親になる為にね」

「それ、は……」

「かなさん。貴女は、いつまで足踏みしているつもりなの?」

 

 それはまさしく、有馬かなの心情を射抜く言葉だった。深紅の少女が気合いを入れて足を踏み出そうとする度に、斉藤ミヤコはその前を突っ切っていく。有馬かなが尻込みして、3歩進んで2歩下がる間に、彼女は10歩も20歩も先を進んでいる。

 このままでは、ずっと――追いつけない。それどころか周回遅れになって、永遠に手が届かなくなってしまう。

 

「そんな、だって、私は……!」

「確かに、彼女はとんでもない恋敵よ。まともにぶつかっては勝ち目がないわ。

 しかもこの前の家族会議で、アクア君の父親への復讐心すら利用して、彼の心を掌握してしまった。もう彼の心は、ミヤコさんにその殆どを占領されてしまっている。アクア君の中では恐らく、女=ミヤコさんになってしまっている。

 残酷な言い方だけど、貴女はもう――彼から女としては見られていないかもしれないのよ」

「ちょっと、メノウちゃん!」

「ルビーさん、これは大事なことなの。傍から他人を羨むだけでは、人間はどんどん卑しく醜くなっていくだけよ。

 わたしはね、かなさん。貴女にはそうなってほしくない。女優として生きていくなら、人を羨むのではなく羨ましがられる存在にならなくてはいけないの」

「私は、私は……どうすればいいの? 教えて、姫川さん」

「それ、わたしに聞くの? わたしがどういう女か、かなさんはそれなりに知っているでしょう?

 わたしがどんな答えを返すかある程度予想がついていて、それでも聞いてくるというのなら――貴女が求めているのはわたしの意見ではなく、ただ背中を押して欲しいだけ。横恋慕を正当化して欲しいだけでしょう。違う?」

「……」

 

 まさにその通りだった。他の何よりも愛を優先する彼女ならば、この道ならぬ恋路を迷わず進めと、そう発破をかけてくると思っていたから。この想いが間違っていないと、信じたかったから。

 

「そもそも、かなさんは勘違いをしている。恋愛なんてね、正しい必要なんて無いのよ。それどころか、恋愛に正しいも間違っているも無いわ。世の中が正しい恋愛ばかりなら、離婚する夫婦もストーカーの男もホスト狂いの女も生まれない。恋愛は楽しく気持ちよく美しく、そして辛く苦しく汚いものよ。今かなさんが感じている醜い嫉妬の感情だって、恋愛の醍醐味なんだから」

「姫川、さん……」

「結局、男と女の仲なんて複雑なようでいて単純なものよ。泣いて縋って、わたしを見てと振り向かせる。それは貴女の十八番(おはこ)でしょうに。

 それすら出来ないのなら、もう――辛いだけの片想いなど、諦めてしまいなさい」

「えっ……!?」

「この地球上に、人類は約80億人生きている。男は40億、貴女と歳が近い男は何億人と居て、その中でも貴女に釣り合う男という条件を加味しても、何千万人と存在しているでしょうね。

 別にアクア君でなくとも、男なんて掃いて捨てる程に居るわ。報われない恋に青春を費やすくらいなら、いっそ新しい恋を探すのも手よ」

「そん、な……」

「初恋なんて、大抵は実らないものよ。今回はオーディションの一つに落ちたと思って、悔しいなら次回の傾向と対策を練りなさい。稽古と研究を重ねなさい。それが――貴女の為よ」

 

 そう言い切って、姫川愛梨はティーカップの紅茶を飲み干した。

 気付けば、スマートフォンの中の今ガチは再生を終了しており、リピートするかどうかの画面で止まっている。バッテリー残量のアイコンが赤くなっており、充電しなければもう一度見直すことは出来ないだろう。

 ここで……終わりだ。

 

「先輩……」

 

 星野ルビーが心配そうに声を掛けてくる。だが、有馬かなの耳には届いてはいたが、意識には入っていなかった。

 姫川愛梨は眼鏡を布で拭くと、もう一度掛け直して天河メノウへと戻る。有馬かなへの興味を失ったのか、そちらを一瞥もしようとせずに、懐から本を取り出して読書を始めた。

 これで……いいのだろうか。

 

「いや……」

 

 思い返すは、アクアと出会い共演したあの時。

 売れっ子になって調子に乗っていた、あの時。

 

「いやだ……」

 

 森林の中で、木漏れ日を浴びて、青い目を輝かせて。

 泣いている自分に、瞳と同じ色(Aquamarine)のハンカチを差し出して。

 可愛い顔が台無しだぞと、そっと涙を拭ってくれた。

 

「絶対にいや……!」

 

 そのハンカチを返し忘れたことに気付いて。

 もう一度会いたいという気持ち。それを誤魔化す為に、ハンカチを返したいからと取り繕って。

 

「アクアがいいの……!」

 

 売れなくなっても。

 周りから人が離れていっても。

 ピーマン体操だなんてやりたくない仕事を受けてでも。

 

「アクアじゃなきゃいやだ……!」

 

 芸能界にしがみついた。

 必死に頑張った。

 子役の事務所からお払い箱になっても、諦めなかった。

 

「アクアじゃなきゃ駄目なのよ……!!」

 

 たとえ、この星に男が40億人居たとしても。

 星野アクアは、この世にたった一人だけなのだ。

 有馬かなは、他の誰でもない、星野アクアのことが――、

 

 

 

「私は――アクアのことが好きなんだから……っ!! 絶対、諦めないんだから……っ!!」

 

 

 

「――ああ、やっと言えたじゃないですか。それが聞きたかったんですよ」

「……え?」

「さあ、かなさん。シャワーを浴びてきて下さい。念入りにね。

 その後は御粧(おめか)ししましょうか。もちろん勝負下着も込みでお願いしますね」

「え、え~っと、どゆこと?」

「苺プロに行くんですよ」

「……なんで?」

「かなさんがアクアさんに告白する為に決まってるじゃないですか」

「い、今から!?」

「当然です。鉄は熱いうちに打て、ですよ。この機を逃したら、次にかなさんの覚悟が決まるのはいつになるか判ったものではありません。下手をすれば、ミヤコさんの懐妊の方が先になりかねませんから」

「で、でも――」

 

 

 

「――有馬かな」

 

 

 

 ゾっとするほど、昏く低い声。

 先程の愉しそうな声から打って変わって、周りの空気を一変させるその声色に何も言えなくなる。

 姫川愛梨は生前、息子の大輝から敬愛されていたと同時に畏怖されており、彼は母親には逆らえなかったのだ。

 

「わたしは我慢強い方ですが、それでも限度というものがあるんです。

 つべこべ言わずに、さっさと身繕いしてきなさい」

「は、はいっ……!」

 

 深紅の少女は脱兎の如く部屋を飛び出し、バスルームへと駆け込んでいった。

 漆黒の少女はやれやれと溜息を吐くと、1時間後に車を寄越すよう事務所に電話をかけ、有馬かなのスマートフォンを充電ケーブルに繋ぎ、再び本を手に取って読書を再開する。

 

「メノウちゃん。先輩の告白、上手く行くと思う?」

「どうでしょうね。まさにアクアさんのみぞ知る、といった所でしょう。

 それよりも、ルビーさんはかなさんの告白に反対しないんですか?」

「ミヤコさんが認めてるんだし、お兄ちゃんが二人を幸せに出来るなら、特に異論は無いかな」

「ではやはり、アクアさん次第ということですね」

「そうだね。……両手に花とかもう、贅沢な兄だなぁ」

「ふふ、全くです。アクアさんは本当に果報者ですね」

「……でもさ、メノウちゃん。こんなあからさまに先輩をけしかけたりして、どういうつもりなの?」

「遅かれ早かれ、かなさんはこうなっていたでしょう。わたしの与り知らぬ所で暴発されるよりかは、こちらである程度コントロールした方がいいかと思いまして。あのままではいずれ、彼女はストレスで潰れていたかもしれませんよ」

「それはまあ……同感だけどさ。――ところで、さっきから何の本を読んでるの?」

「幸せの青い鳥、という古い小説です」

「あ、それ知ってる。ママがずっと昔に絵本を読んでくれたよ。えーっと、どんな内容だったかな……」

「クリスマスイヴの夜、木こりの兄と妹が妖精の導きによって様々な国を巡り歩き、幸せの青い鳥を探すというお話です」

「そうそう、そんな話。確か……青い鳥は、実は最初から家の中に居たっていう結末なんだよね?」

「ええ。家で飼っていたハトが、実は青い鳥だったことに兄妹は気付くんです。まさに灯台下暗し、今までは当たり前だったものが、実はかけがえのないものだった。幸せはすぐ傍にあっても気付きにくい。困難を乗り越えた経験を踏まえ、冷静になって自分自身や周りを見つめ直さなければ、本当の幸せは見つけられないという教訓ですね」

「ふぅん……」

 

 星野ルビーは、気付いていなかった。

 彼女にとっての幸せの青い鳥(雨宮吾郎)は。実は、最も近しい少年(星野アクア)の中に居ることを。

 

「幸せの青い鳥、かぁ……。せんせ、どこに居るのかな……」

 

 ――少なくとも、この時は。

 

 

 




告白の時が迫っています。
ミヤコに大きく後れを取り、背後からあかねが迫っている重曹ちゃんの行方は如何に。


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