星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Garnet 1

 

 

 

 アイツはいつもいつも、私の中を搔き乱す。

 星野アクアという、瞳に輝きを宿した少年は。

 

 

 

「この村に民宿は一つしかありません」

 

 撮影前に会話したときは、良く言えば王子、悪く言えば世間知らずのボンボン、というような第一印象だった。傍に居た妹らしき女の子が場違いにも騒いでいて、その印象に拍車をかけた。

 

「一度チェックインしてから村を散策するといいでしょう」

 

 演技には見えない自然体。だのに、違和感の塊が本能に警鐘を鳴らしてくる。

 目の前にいる主演の女性も、目を見開き、呼吸を忘れたかの如く硬直し、指先が震えていた。

 

「では、ご案内します」

 

 例えるならば。

 人間と同じ見た目でありながら、人を喰らって彷徨うゾンビのような。

 宿主を内側から食い破り、中枢を乗っ取って操る寄生虫のような――

 

「カット! OKだ!」

 

 監督の声が響き渡り、そこでようやく時が動き出した。

 これはあくまで映画の撮影なんだと、自分に言い聞かせていないと、崩れ落ちてしまいそうだ。

 私が……負けた?

 

「監督、撮り直して」

「ん? いや、問題なかったぞ」

「問題大ありよ!」

 

 監督の服の裾を握りしめる。撮影でもないのに、溢れ出る涙が止まらない。

 

「今のかな、あの子より全然だめだった……!」

 

 この時、私は気付いていなかった。周りの大人たちが、ひどく冷めた視線で私を見つめていることに。

 

「やだ! もっかい! お願いだから!!」

 

 ただでさえ調子に乗って扱いにくい子役が、癇癪を起こして手が付けられなくなっている。

 大人であれば、怒鳴って黙らせればいい。あるいは理を説き、諭すことも出来るだろう。

 

「次はもっと上手にやるから……!」

 

 しかし、感情的になった子どもには話も通じず、下手に実績があって無碍にも出来ないとなると、どうしたものかと大人たちはほとほと困り果てた。

 人間は仕事に対し、つつがなく問題なく進むことを望む。トラブルの発生を喜ぶ者など、そうそう居るものではない。

 

「もいっかい! ねえ!」

「ほら、これ使って」

 

 滲む視界の端に映り込む人形。それが、今しがた私を負かした少年だと気づくのに、数秒の時間がかかった。

 動きを止めた私に向けて、差し出される小さな手のハンカチ。そのまま目尻を柔らかな感触に拭われていく。

 

「泣くのは演技だけで十分だよ。可愛い顔が台無しだぞ」

「泣いてない!」

「鼻声で言っても説得力ないな」

「……っ」

 

 怒りが悔しさを上回り、ハンカチを奪い取って背を向ける。これ以上顔を見られたくなくて、目を抑えながらマネージャーのもとへ踵を返した。

 負けるだけならまだしも、これ以上恥を晒すのは耐えられなかったから。

 

 

 

 

 

 

「さっきは助かったよ、早熟」

「何が?」

「有馬かなだよ。お前があいつを抑えてくれて、スタッフも感謝してるぜ」

「いや、別に大したことはしてないし……」

「大したことなんだよ。揉め事を解決するのは、それだけでじゅうぶん手柄だ。

 有馬かなは実力も実績もある。子役では随一と言ってもいい。だが、現場からは好かれてない。あのままじゃ、あいつを使いたいって人間は減る一方だろうな」

「ああ、わかる。最初に挨拶した時も喧嘩売られたし、ADさんを顎で使ってたし」

 

 少し離れた所に居る話題の人物を見やると、彼女もこちらを見ていたのか視線が重なる。気まずくなったのか、有馬かなは夕焼けよりも顔を赤くして、ぷいっと顔を横に逸らした。その様子を監督も見ていたのか、ふっと笑ってこっちに向き直る。

 

「あいつ、早熟に気があるんじゃないか?」

「中学生みたいなことを言うんだね、監督」

「男はいつまで経ってもガキなのさ。でもな、女は小さいときからずっと女なんだよ」

「そういうもの?」

「そういうものだ。女も口説けないやつに役者は務まらない。役者は見ず知らずの観客を口説き落とすのが仕事だからな。その点、お前は合格だ」

 

 ポンと頭の上に手が置かれる。だが不思議と悪い気はしなかった。

 俺には父親が居ない。前世も、今世でも。だから父親がどういうものなのかは判らないが、もし居たのならば監督のような存在なのだろうかと、漠然と考えた。

 

「大げさだよ」

「大げさなもんか。ハンカチを差し出して、涙を拭ってやっただろ? イケメンにこれをやられりゃあ、大抵の女はイチコロだ。その後はホテ――いや、何でもない」

 

 ホテルに連れ込める、とでも言おうとしたのだろう。俺を何だと思っているんだ、全く。

 少なくとも、三十路のおっさんと子役のガキの間で交わす話題ではない。でも、どこか心地良さを感じていた。

 

 

 

 

 

 

「星野、アクア」

 

 帰りの車の中で、台本の端に追加された名前を見やる。本名か芸名かは判らないが、この名前を忘れぬよう、しかと心に刻み込む。

 

「……次は、負けない」

 

 そう呟いたところで気が付いた。あの時のハンカチを返していないことに。

 懐から取り出す。「Aquamarine」と刺繡がされた、緑がかったブルーの手巾。アイツの瞳と、同じ色。

 森林の薄暗闇の中、木漏れ日を受けて光り輝く、金色の髪。

 自然体でありながら、異質さを当たり前に身に纏う雰囲気。

 

 この胸に宿った炎が、ただの意地ではないことを自覚するのは、もう少し先の話になる。

 

 

 

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