星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Emerald 13

 

 

 

「アクア」

「何だ? かな」

「ほっぺに米粒ついてるよ。……ほら」

「ああ、すまん」

「ふふ……。あ、アクア」

「どうした?」

「なんでもなーい」

「全く……」

「アクアっ」

「今度は何だ」

「えと、その……」

「怒らないから言ってみろ」

「今度、その……天蓋ベッドのあるところ(歌舞伎町のホテル)に連れてって欲しいかな、って。次こそは……二人っきりで」

「……そのうちな」

「うんっ!」

「……ミヤコさん」

「……どうしたの、ルビー」

「何あの先輩のベタベタっぷりは! 昨日までは恋愛オンチだったのに、今はもう別人みたいになってるんだけど!」

 

 1ヶ月前に付き合い始めた星野アクアと斉藤ミヤコは、同じカップルでも普段はそこまでベタベタしておらず自然に寄り添っていた為に、ルビーとしてもあまり気にはならなかった。十数年も母子として付き合ってきたのだから、夜の性活を除けば表面上の変化は小さかったのだ。

 だが今のこの二人、特に有馬かなの所業はバカップルの領域に半身を突っ込んでおり、はっきり言って目に余っていた。斉藤ミヤコとしても、表面上は仕方ないと取り繕いつつも、内心は荒れ狂っている。

 

「……我慢して。男が出来たばかりの女子高生なんてこんなものよ。あと、ご飯を食べてる時は落ち着きなさい」

「その通りですよ、ルビーさん。『男子三日会わざれば刮目して見よ』という慣用句がありますが、女は一晩あれば変われるんです。その実例をよく観察しておくといいですよ。こんな機会はそうそうあるものではないですから」

「それにしたって限度があるでしょ! 正直ベッタベタでウザいんだけど! お兄ちゃんも何とか言ってあげてよ!」

「まぁ好きなようにさせとけば良くない?」

「もう! 自分の女だからってあんまり甘やかさないでよ! なら、ミヤコさん的はどうなのこれって!?」

「複雑以外の感情あると思う?」

「だよね……」

「あ、そうだ。ルビー」

「……何? 先輩」

「私のこと、お姉ちゃんって呼んでもいいわよ」

「はぁ?」

「お姉ちゃんが欲しいって前に言ってたじゃない? 仕方がないから、私がルビーのお姉ちゃんになってあげてもいいわ」

 

 男の中には、童貞を卒業した途端に根拠のない自信をつけ調子に乗る輩は一定数は出てくるが、もし有馬かなが男だったら確実にそういった連中に含まれていただろう。星野ルビーは形のいい眉を歪ませ、苛立たしい気分が危険水域を超えた。

 

「先輩はクビにしよっか、ミヤコさん」

「そうね。アクアはどう思う?」

「回答を拒否する」

「わたしは反対ですね。……いえ、かなさんは神木プロダクションで引き取りますから、やっぱり賛成でお願いします」

「賛成3、棄権1で先輩は解雇に決定です。今までお疲れ様でした」

「なんでよ! ルビーはお姉ちゃんが欲しくないの!? ていうかアクアは反対しなさいよ!」

「先輩はそういうキャラじゃないでしょ。そもそも一人っ子なんだしさ」

「これでも、子役の時に座長の経験は豊富よ。新人の面倒を見るのも仕事のうちだったんだから。私たちが初めて会った時だって、泣き喚くアンタをあやしてあげたでしょ!?」

「違うよ! 『遊びに来てるんなら帰りなさい!』って怒鳴っただけだよ! それに私覚えてるよ、先輩がママを馬鹿にしたこと! カットしなきゃいけないほどへったくそな演技とか、媚び売るのだけは上手だとか、好き勝手言ってくれたよね!?」

「うっ……、それは悪かったわね。でも、それとこれとは話が別よ!」

 

 喧々諤々と言い合う二人をよそに、昼食の箸を進める大人が一人と、前世が大人だった人間が二人。

 ここ2、3ヶ月で、信じられないほど賑やかになったものである。それを言うなら、今のこの現状がそもそもアクアには信じ難かった。復讐が終わり、未来に目を向けられるようになり、義理の母親と男女の関係になったこと。そして昨日、有馬かなもそこに加わったこと。去年の自分にそれを伝えた所で、妄想も大概にしろと一蹴されそうな現実。

 そうやって感慨に耽っているうちに、有馬かなは言ってはならないことを口にした。わざとらしく溜息をつき、渾身のドヤ顔を貼り付けながら。

 

 

 

「はぁ……、これだから処女は」

 

 

 

 有馬かなはあの一言をまだ根に持っていたのかと、大人組は1ヶ月前を回想する。想い人を前にして急にヘタれる深紅の少女に対し、漆黒の少女が呆れて口にした一言を。自分が処女でなくなった途端に他の未通女(おぼこ)へマウントを取ろうとするのは、如何にも彼女らしいと全員の解釈が一致していた。

 星野ルビーは、とうとうキレた。金紗の少女の左腕が閃き、ぴえヨン仕込みのショートジャブが有馬かなの顔、そのすぐ真横をかすめていく。チリチリと衝撃が肌を焦がし、深紅の髪が数本、はらはらと宙を舞って落ちていった。

 

 

 

「私をあんまり怒らせないでね。どうでもよくなることだって、たまにはあるんだから」

「舐めたクチ利いてスンマセンでした」

 

 

 

 最後にものを言うのは結局、暴力(物理)なのである。

 

 

 

 

 

 

 ――昼食後。

 アクアは昨日行けなかった五反田監督の所へ出かけていき、女性陣は星野家のリビングから苺プロへと場を移した。

 

「では気を取り直して、かなさんの今後について話し合いましょう」

「ク、クビにはなりませんよね? ミヤコさん」

「それは貴女次第としか言えないわ。かなさんがアクアとの青姦を記者に撮られたとかいう話だったら、私も解雇せざるを得ないけど」

「しませんよ!」

「本当に?」

「本当です! ……多分」

「……まあいいわ。話を戻すけど、私がかなさんに求めているのは3つ。まず1つ目、貴女の本業である役者業について。これは正直な話、私の専門外だから天河さんに教わって頂戴」

「メノウはそれでいいの?」

「ええ。わたしが苺プロに顔を出している理由の一つがそれですから。

 

 ――かなさんを女優として育て上げるのは、わたしが前世でやり残したことだもの」

 

 有馬かなとしても有り難い話だった。天河メノウ/姫川愛梨の助力が得られるのであれば、女優としてこんなに心強いことはない。少し、ほんの少し不安が拭えないが、とりあえずは無視しておく。

 

「異論は無いようね。では2つ目、かなさんにはタレントだけではなく、営業や経営のスキルも身に付けて欲しいのよ」

「あんまりあれこれと手を広げすぎると、どれも中途半端になりませんか?」

「貴女は役者として既に、長い経験と高い技術を持っているわ。でも、ここから更に伸びていくには、ただ稽古と本番を繰り返すだけでは足りないと判断します。貴女はどう思っているの?」

「それは、そうですけど……」

「では一例を見せましょうか。――かなさん、ここに1本のペンがあるわ。これを私に1万円で売って頂戴」

「……それって、映画にあったやつですよね」

「そうよ」

 

 劇中、詐欺師兼セールスマンの主人公が部下を指導する時、「おれにこのペンを売ってみろ」と試すシーン。部下はペンの素晴らしさについてたどたどしく語り始めるが、主人公は不合格を突き付ける。

 その後、とある登場人物はこの問いに対し、「そのナプキンに名前を書け」と回答した。書き物をするにはペンが必要、ならばペンを手に入れなくてはいけない、需要と供給。ペンのスペックやクオリティではなく、ペンを買わねばと相手に思わせる必要性を生み出したのだ。

 それにしても、昨日の女子会で話題に出たタイタニックごっこといいこの映画といい、斉藤ミヤコはレオ様がいたくお気に入りなんだなと、有馬かなは改めて思った。

 映画と同じ回答を言うのは何となく癪に障るので、さて何と答えようかと暫し頭を巡らしていたところで、斉藤ミヤコはすっと手を引っ込める。

 

「はい、時間切れ。判断が遅いわよ」

「なら、ミヤコさんだったらどうするんですか」

「こうするのよ」

 

 胸元に手を入れ、谷間の上半分を露わにすると、その隙間におもむろにペンを差し入れる。前屈みになり、両腕で胸を挟み込んで寄せて上げる――前世紀末に流行語大賞にもなった伝説の「だっ○ゅーの」のポーズを取った。当時ならともかく現代においてはコンプライアンス違反、性的搾取と叩かれ地上波では放映出来なくなった所業。TVがつまらなくなった原因の一つである。

 

「このペンを買ってくださらない? 今ならサービスしちゃうわよ」

「反則! それは反則よ!」

「使えるものは何でも使う、当然のことよ。ちなみに私はコレで、大学生の時に小遣いを稼いでいたわ。ペンと入れ替わりに胸の谷間(ここ)へ万札を入れさせたものよ」

「お、おう……」

「それで、買うの? 買わないの?」

「はいはーい! 私が買うよ!」

 

 代わりに名乗り出たのは星野ルビー。お買い上げありがとうございますと()()()にペンを渡すと、斉藤ミヤコは大きく腕を広げ、ルビーはその胸元へと飛び込んだ。

 

「は~~、極楽浄土~♥」

 

 斉藤ミヤコの腕に抱かれ、胸の中で悦に浸っている星野ルビー。不本意ながら、彼女の気持ちが有馬かなにはよく判った。いや、一夜にして判らされた。

 数時間前、昨夜から本日未明にかけての一幕を思い出す。あの掌に収まり切らない圧倒的な量感、指が沈み込むほどの柔らかさは確かに、男は無論のこと女でも虜にしてやまない破壊力があった。大抵の不安や悩みも、この双丘に比べれば何ということはないと忘れさせてしまう凄味がある。だが――、

 

「ルビー、ホントに高いお金を払ってまでそうしたいの?」

「え? 払わないよ。ミヤコさんが私からお金を取るわけないじゃん」

「ええ。子どもからお金を毟り取る親なんて、それはもう親とは呼べないわ」

「ミヤコさん、話が違うんじゃないですか」

「そうよ。でも、通ってしまう。何故なら、私とルビーが家族だからよ」

「それって結局、コネですよね!」

「芸能界で一番ものを言うのはコネよ。貴女なら良く判ってる筈でしょう?」

「それは……」

「1に権力(コネ)、2にお金(スポンサー)、3・4が無くて、5に営業力。役者の実力なんて、さらにその後。認めたくないでしょうけど、現実はこういうことよ。これを覆したいのであれば、ブランド力(広告塔)話題性(バズり)というまた別の力が必要になるわ。

 今の私とルビー、かなさんはまさに芸能界の縮図よ。コネを持つ者、お金を持つ者、正しい選択を即断即決出来る者が、美味しい餌にありつける。そうでない者は、ただ指を咥えて見ているだけ」

「……」

「私は別に、貴女に専門家になれと言っているわけじゃないわ。いくら商品が良いものでも、お客さんに手に取ってもらえなければ意味が無い。私が貴女に求めているのは、お客さんに売り込む為の手段や能力といった、役者以外の視点を多少なりとも身に付けて欲しいのよ。違う視点を持つことで、今まで見えなかったものが見えるようになる。良い所と悪い所が客観的に俯瞰出来るようになる。ただブロックを積み上げて目標に届かないなら、場所や方法を考え直さないといけない。

 ――本来、それは私がすべきことなんだけどね。不甲斐ない上司で、本当に御免なさい」

「そんな、ことは……」

「いいのよ、誤魔化さなくて。――かなさん。私がこんなことを言うのはね、もし私が居なくなったら、私の代わりに貴女にこの子たちを支えて欲しいからよ」

「「……っ!」」

「アクアはまだいいわ。復讐も終わったし、あの子は賢いから芸能界でなくとも生きていける。でも今もし私が居なくなれば、あの子は私の後追いをしかねない。だから、そうさせない為に、この世に繋ぎ止める為に貴女のことを認めたのよ。

 でもこの子は、ルビーはアイドルになりたがってる。アイのようなアイドルにね。正直、不安で仕方がないわ。ルビーは思い込んだら真っ直ぐな子だから、この子の傍に居てくれて、広い視野を持って助言してくれる子が必要なのよ」

「ミヤコさん、どうして……」

「娘の本当の望みくらい、見れば判るわよ。顔にはっきりと書いてあるもの」

 

 今でも繰り返しB小町のDVDを観ては、顔と瞳を輝かせているのだ。あんな風になりたいと、ママのようなアイドルになりたいと。

 

「だから、この子たちの事情を知っている貴女に支えて欲しいのよ。もう私たちは、家族も同然なんだから」

 

 ――家族。有馬かなが失って久しいもの。父親は他の女の所に逃げ、母親は田舎に引っ込んだ。広い家で、深紅の少女は独りぼっちの週末を過ごしていた。誰も居ない家に帰って、掃除して、過去の想い出に浸るだけ。

 だからこそ、この数ヶ月は楽しかった。輝いていた。こんな日々が続けばいいと、本当にそう思えた。でも――、

 

「親というものは、子どもよりも早く死ぬのよ。死ななくてはならないの。だからこそ、この子たちが生きていけるように態勢を整えておかなくてはいけない。難しいことを言ったけど、結局は親馬鹿の願望、後継者育成の一環だと思ってくれればいいわ」

 

 星野ルビーは斉藤ミヤコの背中に回した腕により一層力を込め、胸元により深く顔を埋める。この温もりが、柔らかさがいつかは無くなってしまうという残酷な現実から目を背けるように。

 そんな彼女を慰め、慈愛の表情で頭を撫でている妙齢の美女。深紅の少女にとって、上司で、恋敵で、竿姉妹で、憧れの女性。

 

(ああ……やっぱり、この家族は眩しいな……)

 

 そうして抱き合っている母子を見て、一抹の寂しさと、心が温かくなる嬉しさを覚える。こんなに生意気で意地っ張りな自分を受け入れてくれて、家族も同然と言ってくれたから。

 

 だから、その期待に応えよう。全力を尽くしてみせよう。

 有馬かなにとっての新しい光、その輝きを絶やさぬように。

 

 

 




重曹ちゃん改造回はあと2.3話程度の予定です。


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