星の子どもたち   作:パーペチュアル

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Carbuncle 3

 

 

 

 ――夕食後。

 

「さて、かなさんの今後についての続きといきましょうか。あの時出かけていたアクアへの説明ついでに、もう一度簡単におさらいしておくわね」

 

 1つ目は役者として、2つ目は社会人として、有馬かなを成長させる為の方策を斉藤ミヤコは語り始める。実力があり、星野家や苺プロの内情を把握していて、兄妹やミヤコから家族に近しい扱いを受けている深紅の少女を囲い込み教育するという話は、アクアにとっても大いに理解出来るものだった。これで不安要素(姫川愛梨)が無ければ、金紗の少年としても特に口を挟むこともなかっただろう。

 

「そして、肝心の3つ目なんだけど、なんだけど……」

「どうしました? ミヤコさん」

「言いにくいなら、わたしから説明しましょうか?」

「……そうね、お願いするわ」

 

 斉藤ミヤコに代わり、天河メノウ/姫川愛梨がホワイトボードの前に立つ。有馬かなを育て上げたい女たちが話し合った結果を説明するのだから、ここで二人が交代するのは別段おかしいことではないが、この面子で一番年下の人間が上座に立つという妙な状況である。

 漆黒の少女がホワイトボードに備え付けの教鞭を楽しそうに弄んでいる様を見て、星野ルビーは女教師みたいだな、と率直に思った。

 斉藤ミヤコは教鞭が文字通り、鞭みたいだなと思った。まだアクアとはそのようなプレイをしたことはないが、正直なところ、少しばかり興味はあったのでいずれ試してみたいと考えていた。何だかんだで斉藤ミヤコと姫川愛梨は類友であり、同じ穴の狢なのである。

 星野アクアは、何故だか背筋に悪寒が走った。こちらを睥睨している少女の視線のせいか、はたまた少年の方をちらちらと伺っている義母が原因なのか。

 当の有馬かなはと言えば、期待半分、不安が半分といった様子で前を向いていた。今後の自分の教育方針を話し合う会議なのだから、自然と背筋に力が入ろうというものだ。

 そして――女子中学生の皮を被った元人妻は、それが当然の事であるかのように言い放った。

 

 

 

「有馬かなさん。これから毎日、アクア君に抱かれなさい」

 

 

 

「……へっ?」

「おい天河、今何て言った?」

「これから毎日、アクア君に抱かれなさい、と言いました」

「……一応聞いておくが、それはどういう意味だ」

「言葉通りの意味ですよ。判りにくければ言い換えましょうか。

 

 ――アクア君。これから毎日、かなさんと交尾しなさい」

「もっとマシな言い方は無いのか……? ちゃんと順を追って説明しろ」

 

 いささか結論を急ぎ過ぎたかと、漆黒の少女は固まっている有馬かなと困惑を隠せない星野アクアを見て、少しばかり自戒した。とはいえ、彼らの反応を愉しみにしていたのは間違いなく、若いカップルの挙動を前にしてにやにやと笑っている。

 

「先程のミヤコさんの話にあった通り、1つ目は役者として、2つ目は社会人として、かなさんをわたしたちが教育します。そして3つ目なんですが、これはアクアさんに主導してもらいます。テーマは『人間として、女として』、かなさんを育てるんです」

「それで、俺の出番ってわけか」

「ええ。――ところで、ここに居る全員に聞きますが、この1ヶ月の間でミヤコさんは随分と綺麗になったと思いませんか?」

 

 斉藤ミヤコを除く全員が躊躇うことなく頷く。当のミヤコ本人もそれを否定はしなかった。

 

「異論は無いようですね。それだけ『愛する男に愛される』効果は大きいということです。週の半分をセックスしている女は、全くしていない女より5歳から12歳若く見える、というデータもあるくらいですから。女は男の精を吸い取ることで美しくなる、という俗説もあながち馬鹿にしたものではないんですよ」

 

 単に肉体運動や女性ホルモンの分泌、というだけに留まらない。愛する男から愛され、求められ、満たされるという自信と確信は精神的にも充足と安定をもたらし、結果的にそれが肉体にも反映される。『病は気から』という言葉があるが、精神と肉体は相互に深く作用するものなのである。

 

「この辺りは詳しく説明すると、陰陽の循環や房中術といった話になりますので、それはまたの機会にしておきます。

 結論としてわたしが言いたいのはですね、『かなさんはミヤコさんと同じように、アクア君に抱かれて美しくしてもらいなさい』ということです。簡単な話でしょう?」

 

 斉藤ミヤコは年齢的にはアラフォーの、女としては既に完成の域にある人物ではあったが、この1ヶ月での変化はまさしく殻を破ったと表現するに相応しいものだった。長年の重責から解放され、積年の想いが成就して、共に歩んでくれる男に尽くし尽くされる、新しい関係へと足を踏み出した。

 人生半ばの女性で、これだ。同じことを10代半ばのうら若い少女で再現すれば、一体どんな化学変化が起こるのだろうか。

 

「話は判ったが……毎日は流石に無理だろう。かなの体力が持たない」

 

 ちらりと隣に座る有馬かなの方を見れば、「毎日……あれを、毎日……」と思考の沼に陥っている。頭の中では昨夜の展開が再現されているのだろう、頬に手を当て色っぽい溜息を吐いている様子は、とても嫌がっているようには見えなかった。

 

「ええ。仕事や学業、体調のことなどもありますから、本当に毎日というわけにはいかないでしょう。しかし人間、一日サボれば取り戻すのに三日かかりますから、あまり間隔を空けたくはありません。日常の習慣にまで昇華して、身体に叩き込んで染み付かせるまで繰り返さないと、本当にモノにしたとは言えませんから。

 それにこれは、役者としてやっていく体力をつける為の訓練でもあります。言うまでもありませんが、役者は身体が資本です。夜22時以降の労働が禁止されている未成年の貴方たちも、成人すれば深夜に撮影したり労働することも珍しくありません。その為の身体作りという意味もあります。一石二鳥どころか、三鳥にも四鳥にもなるわけです」

「しかしだな……」

「アクアさん。こんなに若くて可愛くて貴方にべた惚れな女の子を、貴方の色に染められるんですよ? 男冥利に尽きるじゃないですか。一体何が不満なんです!?」

 

 煮え切らない星野アクアを説き伏せるべく、天河メノウ/姫川愛梨は有馬かなの背後に立って肩を優しく掴み、少年の方へと向き直らせる。手に持ったままの教鞭が深紅の少女の喉元を横切り、さながら刃を首筋に突き付け人質に取っているように見えるのは、気の穿ち過ぎだろうか。

 

「不満があるわけじゃない。ただ、お前に指図されるのは気に入らないってだけだ」

「あら、残念。でも、従順な犬も好きですけど、反抗的な犬もそれはそれでいいものですね」

「そういうところが気に食わないって言ってるんだよ」

「ふふ……。では、もう一人の当事者の意見も聞きましょうか。かなさん、愛を知らない子どもでも最高の子役にはなれます。

 

 ――でもね。愛を知らない女は、最高の女優にはなれないのよ。わたしが言うのだから間違いないわ」

 

 有馬かなの身体がびくりと震える。脳裏に去来する、過去の自分と実母の関係。

 天才と名高かったかつての自分は、お世辞抜きで最高の子役だったと言っていいだろう。あの時は確かに、母親から愛されていたという自覚はある。

 だが、『売れている』有馬かなが好きだった彼女は、売れなくなった途端に様子が変わり、父親はそんな母に嫌気が差して家を出ていき、母親は田舎に引っ込んでしまった。有馬家は、家庭崩壊の一歩手前まで行ったのだ。

 それは果たして、本当の愛と呼べるのだろうか? 自分は本当に、親から愛されていたのだろうか?

 

「貴女はどうしたいの? わたしは道を指し示すことは出来る。歩き方を教えることは出来る。でもね、実際に歩むのは貴女の意志よ。わたしが案内してあげられるのは、最優秀主演女優賞の手前まで。その先は、貴女自身で道を切り拓かなくてはいけないの」

「姫川さん……」

「無理強いはしないわ。貴女の人生に関わることだもの。決めるのは貴女よ、有馬かな」

 

 喧嘩することは多々あれど、有馬かなと屈託なく真っ直ぐに向き合ってくれる、星野ルビー。

 金紗の少年の事となると勝ち誇る癖がありながらも、有馬かなを後継者にしようと真剣に悩んでくれる、斉藤ミヤコ。

 手段を選ばず倫理や道徳に問題はあれど、有馬かなを冷静に客観的に評価し、一流の役者に、一流の女に育て上げようとしてくれている、天河メノウ/姫川愛梨。

 そして、有馬かなが抱いていた恋という感情が、愛への(きざはし)を昇り始めた、星野アクア。

 

 有馬かなは、彼らを信じたいと、思った。信じようと、思った。

 

「……やります。やらせてください」

「決まりね」

 

 星野アクアは大きく息を吐き、やれやれと(かぶり)を振った。女が覚悟を決めているのだから、これ以上男がごねれば彼女の面子が丸つぶれになってしまう。女に恥をかかせるなという斉藤ミヤコの教育が、こんな時でも彼の意識に働きかけていた。

 

「ではアクアさん、これでかなさんを天蓋ベッドのあるところ(歌舞伎町のホテル)にでも連れて行ってあげて下さい」

 

 漆黒の少女が差し出した手には、一万円札が三枚握られている。だが少年はそれを一瞥しただけで、決して受け取ろうとはしなかった。相手が気に食わない女だからというのもあるが、それ以上に――、

 

「いらん。そいつはミヤコにでも渡しとけ」

「おや、いいんですか? ホテル代も馬鹿になりませんよ」

「女とホテルに行く金を別の女から出してもらうとか恰好悪すぎだろ。それくらいの甲斐性はあるさ」

 

 復讐の為と貯め込んでいた金の大部分が口座には残っている。陽東高校に入学したその日に、神木ヒカルが父親だと名乗り出てきたことから、手当たり次第に遺伝子検査をする必要が無くなったからだ。豪遊とまではいかないものの、多少贅沢しても問題ないくらいの蓄えはあった。

 

「ふふ、それでこそ男の子というものです。ではミヤコさん、どうぞお納め下さい」

「仮にも貴女は女子中学生でしょう。芸能事務所の社長が、子どもからそんなものを受け取れないわよ」

「そうですか。では、ルビーさんはどうですか?」

「えっ、いいの!?」

「ええ。このお金も元はと言えばウチの社長(神木ヒカル)のものですから、遠慮する必要はありませんよ。貴女が使ってくれるなら寧ろ本望でしょう」

「やった!」

「……ルビー、無駄遣いしちゃ駄目よ」

「はーい」

 

 そんなやりとりをよそに、有馬かなは両手で星野アクアの右手を包み込んだ。その所作は、神に祈りを捧げる修道女を思わせて。

 

「アクア。私は、もっと綺麗になりたい。誰にも――ミヤコさんにも、負けたくない。もっともっと、凄い役者になりたいの」

「かな……」

「だからお願い、アクア。アンタとなら――いえ、アクアがいい。アクアじゃなきゃ駄目なの」

「仰せの通りに、お嬢さん。……で、いつからにする?」

「えっと、その……」

「どうした?」

「今からじゃ……駄目?」

「昨日の今日だろ、無理するなよ。身体は大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。私は今とても充実してて、疲れるどころじゃないのよね」

「ハイになっているってことか?」

「そうじゃなくて、多分……道が(ひら)けたからだと思う」

「……?」

「ここ数年の私は、暗闇の中に閉じ込められているようだった。自分がどこに立っているのか、どこへ行けばいいのか何も判らなくて……闇雲に歩いて、出口を探して、歩き疲れて、座り込んで(うずくま)ってた。

 でも、そんな時にアンタが現れたの。ようやくアクアと会えて、私に「Aquamarine(アクアマリン)」のハンカチをくれた。一緒にドラマに出てくれて、私を助けてくれた。久しぶりに良い演技が出来たって、胸を張ることが出来たのよ。

 そこからルビー、ミヤコさん、姫川さん――みんなと出会って、次第に周りの景色が変わっていった。自分が何処を目指せばいいのか、少しずつ判るようになった。

 何よりも、自分は独りじゃないって、ここに居ていいんだって……そう思えるようになったの。それもこれも、みんなアンタのおかげよ」

「大げさなやつだな。あんまり煽てたって何も出ないぞ」

「大げさなもんですか、これは私の本心よ。だから――」

 

 握る手に力がこもる。

 互いの距離が近付き、遠近感が合わなくなる。

 体温が、鼓動が、吐息が、感じられるようになる。

 

「んっ……」

 

 気付けば、星野アクアは有馬かなからキスされていた。昨日とは逆に、彼女の方から。

 

「ありがと、アクア。これからも……よろしくね」

 

 もう彼女は、ただの少女ではない。少年が、女にしたのだ。

 そしてこれから、一流の女に、一流の女優にするべく育てていくのだ。斉藤ミヤコたちとともに。

 

「「「……」」」

 

 そんな二人を見つめる、三者三様の視線。

 一人は、呆れたような視線。

 

「――ああ、そういえば言い忘れたことがあるんですが」

「何よ、折角の雰囲気を壊さないでよ」

 

 一人は、明らかに愉しんでいる視線。

 

「二、三回に一回はミヤコさんも交えて、昨夜みたいに三人でしてくださいね。実技の教育はミヤコさんに担当してもらいます。アクアさんの身体を一番知っているのは、間違いなく彼女ですし。

 ミヤコさんも、どうぞ容赦なく駄目出ししてあげて下さい。男を篭絡する夜の技術を身に付けるのは、一流の女になるのに必要なことですから」

「ええ、そうね。判ったわ。この子たちはちゃんと監視しておかないと、アイと神木さんの二の舞になりそうだし」

「な……、な……」

 

 一人は、冷ややかな炎の視線。

 一流の女の、有馬かなが超えるべき最大のライバルにして、憧れの女性。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでよ!!」

 

 

 




次回――魔性の女、有馬かな


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