五反田泰志は、星野アクアの年齢に見合わぬ利発さに対して早熟と評し、愛称代わりにそう呼んでいた。だがそれは少年が前世の記憶を持つ転生者だったが故であり、正確なところではない。
真に早熟であり天才なのは、有馬かなである。赤子の頃から芸能界に放り込まれ、齢5歳にして子役の頂点にまで駆け上がった少女こそが、まさしく早熟と呼ぶに相応しい子どもだった。
だがそんな彼女も、ずっと頂点に居座り続けていられたわけではない。
だが高校生活も一年が経過しようとしていた時、転機が訪れる。星野アクアと彼を取り巻く人間、そして昔共演し憧れていた
その女はかつてこう言ったことがある。『女は、一晩あれば生まれ変われる。十日もすれば、新しい命を胎に宿せる。十月十日も経てば、その命をこの世へと産み落とし、母親になることが出来る。こればかりは男が逆立ちしたって出来やしない』――と。
もっとも、これは人並みの女の話である。真の早熟であり天才である有馬かなは、果たしてどうなるだろうか?
☆
「かなさん。手と口があれば、人を気持ち良くすることが出来るのよ。おっぱいで挟めないとか鷲掴み出来ないからって、気落ちすることはないわ。無いものねだりした所で時間の無駄よ」
「事実を言われてるだけなのに、なんかむかつく……! でもミヤコさん、アクアって大きい方が好きですよね?」
「ええ。ルビーもそうだけど、アクアもおっぱい星人なのは間違いないわね。とは言っても、あんまり気にしなくていいわ。小さいからって差別するような子じゃないから、ちゃんと平等に愛してくれるわよ」
「それは、まあ……知ってますけど」
「だからその分、貴女は手と口の技術を磨かないと駄目よ。アクアの為にも、貴女自身の為にもね」
「判りました。どうか、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたしますね――
「……ええ、そうね。厳しくいくから覚悟して頂戴。マグロが許されるのは最初のうちだけよ。そんな女は、いくら顔と身体が良くてもあっという間に飽きられるんだから」
「肝に銘じます」
冗談めかして、斉藤ミヤコをお母様と呼ぶ有馬かな。半分は冗談だが、半分は本気である。以前のミヤコならば「私の娘はルビーだけよ」、もしくは「貴女にお母様呼ばわりされる筋合いはないわ」と返していたところだが、今はもう眉をひそめるだけで否定はしなかった。
☆
金紗の少年と共に、一糸纏わぬ姿で同じシーツに
「黒川あかね。アンタが惚れてる男なら今、私の横で寝てるわよ~」
画面越しに盛大にマウントを取りながら、リスのように
他人への贈り物を勝手に食べるなよ、とか。お前糖質抜いてるんじゃなかったのか、とか。こいつマジで性格悪いな、とか。思うことは色々あったが、口移しで食べさせられるクッキーのほのかな甘みが、それらの疑問を押し流していく。
どんどん似ていく。斉藤ミヤコに、姫川愛梨に。彼女たちに直接教えを乞うている立場なのだから当然なのだが、不倫女の色香を、悪女の素養を、妖しくも美しい輝きを、この少女は10代半ばにして身に付けつつある。
原石のままでも美しい
姫川愛梨から心を、斉藤ミヤコから技を、星野アクアから体を。
鍛え上げられる。研ぎ澄まされる。それぞれから大切なものを受け取り、吸収し、糧としていく。少女は女へと成長し、恋は愛へと育まれていく。
☆
「かなさん。アクアさんに何度も抱かれて、もうそろそろ気持ち良くなれるようになりましたか?」
「えっと、その……うん」
「最近、ようやく
「ちょっとミヤコさん! わざわざ言わないで下さいよ!」
「それは重畳。空腹は食事において最高の調味料ですが、愛情は情事において最高の調味料ですから、女の悦びを覚えるのは早いだろうと思っていましたが……。想定していたよりもさらに早いですね。アクアさんはそんなにお上手なんですか?」
斉藤ミヤコと有馬かなは、天河メノウ/姫川愛梨からの問いに二人揃って頬を僅かに染め、艶めかしく溜息を洩らした。それが何よりの回答である。
星野アクアは前世、雨宮吾郎だった頃。天童寺さりなの担当医になるまでは、それなりに女性経験があった。祖母の期待を裏切れずに、なりたかった外科医ではなく不本意ながら産医の道へと進み、そのやるせない苛立ちや空虚を埋めるが為の関係であり、いずれも長続きはしなかったが。
何よりも、女体を知り尽くした産医の知識と、手術の経験に裏打ちされた繊細なテクニックは、そこいらの女を虜にして余りあるものだった。転生を経て十数年はご無沙汰だった為に錆び付いてはいたが、斉藤ミヤコと付き合うようになってから大して間もないうちに勘を取り戻していた。加えて、前世には無かったアイ譲りの美貌、細く引き締まった身体、輝かんばかりの若さは、最初のうちは少年をリードしていた斉藤ミヤコをあっという間に深みに嵌らせ、骨抜きにしてしまったのだ。
――もう、この
人間、いけないことをする時ほど興奮する、禁じられるほどに欲求が高まるという、いわゆるカリギュラ効果というものがある。斉藤ミヤコは夫、壱護との婚姻を解消しておらず、言うまでもなくアクアとの関係は不倫である。しかも赤子の頃から面倒を見ている義理の親子であり、芸能事務所の上司と部下であり、とどめとばかりに彼は高校生になったばかりの未成年である。禁断の関係のオンパレード、倫理と道徳に唾を吐きかける最低の愚行。
だがそれが、とてつもなく気持ち良かったのだ。だからこそ、深みに嵌ったのだ。
アクアが幼い頃から見守ってきて、同じ大切な女性を喪って、慰め合い励まし合い、彼の復讐の苦しみを受け止めて。
少年に第二次性徴が訪れ、風呂場においてとうとう彼が自らを女として意識したのを目の当たりにして。
復讐を果たせず少年が絶望に沈んでいたところを叱咤し激励し、自分の足で立ち上がらせて。
今度は、斉藤ミヤコが抱えていた闇を、罪悪感の苦しみを打ち明け、それでもと少年は女を受け止めてくれた。
春の朝の光の中で、互いの気持ちを伝えあった。世界の全てが、そこに在った。
そんな彼が、自分を気持ち良くしてくれる。自分で気持ち良くなっている、自分に夢中になっている。女として、これ以上の悦びは無い。斉藤ミヤコが星野アクアに参ってしまうのは仕方がないどころか、寧ろ当然の成り行きと言えた。
――そして、そんな知識と技術と美貌と若さを兼ね備えた少年が、有馬かなと同じ時代の同じ国に、同年代として存在していて。
かつて自分に初めて土をつけ、やがてその感情が初恋にも似た何かへと変わっていき。
子役の事務所から抜け、低迷していたところに舞い込んだ主演級の仕事は、モデル役者の大根演技の尻拭い。敗戦処理も同然な扱いだったが、少年はその逆境を跳ね返して自分を助けてくれた。涙を拭ってくれた。役者を続けていて良かったと、心からそう思わせてくれたのだ。この時点で少年への恋愛感情は確かなものになったと言っていい。
だがそこから紆余曲折を経て、星野アクアは斉藤ミヤコを選んだ。意外感は無い。一見不釣り合いなようでいて、その実この上なくしっくりくる組み合わせの、お似合いのカップルだった。
星野ルビーから愚痴という形で聞かされる、彼らの仲睦まじい関係。金紗の少年は、長きに渡って縛られ続けていた復讐という呪いから解放され、積年の想いが叶った付き合いたての二人なんだから、随分とイチャイチャしているのだろうと想像していたが、ルビーが語る赤裸々な性事情は男性経験のない有馬かなにとっては刺激が強すぎた。
同時に、羨ましかった。
心の底で、自分も同じことをして貰いたいと焦がれた。
何で、私は。何で、あの人だけ。そう嫉妬してしまう自分に、自己嫌悪した。
だから、今のこの日々は、この状況は。手に入らないと諦めてしまっていたモノが、今ここに在ることの、何たる幸運なことか。
有馬かなは星野アクアにとって一番ではないけれど、斉藤ミヤコのおこぼれに
――皮肉にも、その有り様は。斉藤ミヤコと姫川愛梨が備える、道徳や倫理に反してでも己の愛を追い求める不倫女が醸し出す悋気と艶美。人生経験を、男性経験を積み重ねなければ得られない筈のそれを、深紅の少女は貪欲にモノにしていく。
有馬かなは幼少期、余りに早く子役の頂点を極めてしまっただけに、その後の人気の衰退も著しく、周囲の掌返しもまた大きかった。だがこの短期間で彼女は、数年間にも渡る停滞を打ち破り、子どもの殻を脱ぎ捨てつつある。
「かなさん。今、幸せですか?」
「ええ、とっても」
その笑顔は。かつて彼女と姫川愛梨が共演したドラマで、主演の女が不倫を覚えたての時に浮かべた笑みとよく似ていて。
「私は今、幸せよ」
やがて、季節は移り替わり――初夏。
肩に届くかどうかだった深紅の髪は、胸の上あたりまで伸びていて。
有馬かなは、
もうちょっとで姫川大輝のイベントに合流できるかと思います。そこまでに重曹ちゃんを成長させておきたかったので……。
原作もいよいよ最終章のようです。
このSSはもともと、「復讐を終わらせてアクアとミヤコとくっつけて、原作より先に完結させよう」というのが目標でしたが、重曹ちゃんを絡めた三角関係が割りと筆が乗ったので、モチベーションの続く限り書き続けようと思います。