星の子どもたち   作:パーペチュアル

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お待たせしました。
第二章冒頭の話からの続きです。


Artificial Diamond 2

 

 

 

「雨に唄えば」。原題「Singin' in the Rain」。

 ミュージカル映画の最高傑作との呼び声もある、今なお語り継がれる不朽の名作。ざっくりとあらすじを説明するならば、一人のスター男優を巡って、二人の女優が争う映画だ。

 劇中、最も有名な場面は、主演男優が大雨の中、主題歌を歌いながらタップダンスを踊るシーンである。

 

 姫川大輝は、見事にその役を演じていた。

 天を仰ぎ雨粒を受ける顔の、生き生きとした表情。水溜まりに向かって跳躍し、飛沫をまき散らす体躯。手に持った傘はさながら、英雄が掲げる象徴の旗。

 一つ一つの所作に感情が乗っている、まるで情報量の塊。

 

(月9主演俳優、帝国演劇賞最優秀男優賞――これが、劇団ララライの看板役者、姫川大輝か)

 

 有馬かなと天河メノウ/姫川愛梨に連れられ、あまり乗り気ではなかったこの観劇だが、存外に良いものだったと星野アクアは舞台演劇への印象が少なからず変化した。

 ただ、

 

(客層は……こんなところか)

 

 同業者と思しき人たち。演劇に造詣の深そうな年配の人間ら。姫川大輝のファンであろう若い女性のグループに、マスコミ。

 そもそも、舞台演劇というジャンル自体が、テレビや映画館の台頭により何十年も前に脇役へと追いやられている。車社会化(モータリゼーション)が鉄道網を縮小させたように、大型ショッピングモールが地元商店街を駆逐したように。

 娯楽の細分化した現代にあってはますますその傾向は強くなり、関係者や取材関係を除けば、乱暴な言い方だが客は一部の好事家ばかりと言って差し支えない状況だった。だからこそ、新たな客層を開拓すべく、漫画やアニメを原作とした2.5次元というハイブリッドが生み出されたわけだが。

 

 逆に言えば。そこで活躍している演者は、カメラ演技の役者よりもさらに高いレベルが求められる。やり直しのきかない一発勝負の舞台、演技力や記憶力のみならず、様々な能力が必要になる。一流の役者しか居ないと言われる劇団ララライ、その看板を背負っている姫川大輝が役者として傑出しているのはむしろ、当然のこと。

 

 

 

 ――なればこそ。この状況は異常の一言に尽きた。

 星野アクアは一人の男に手を引かれ、強引に連れ出されていた。マスクと帽子で最低限の変装は為されているが、拉致の下手人が姫川大輝なのは間違いない。

 観劇が終わって、深紅と漆黒の少女はお花を摘みに席を外し。待っている間に自販機で買ったミネラルウォーターを一口呷り、先程の劇について考えを巡らせていたところで、急に手を引かれる感触。

 咄嗟に振り払おうとしたが、その相手が姫川大輝だと気付き、先程まで舞台の上に立っていたこの男が何故自分を――という困惑に塗り潰される。強く抵抗することもなく、人の流れに逆らっていき、建物の裏手の川沿いに連れていかれてようやく足を止められた。

 

「不躾な真似をして済まないな。俺は――」

「姫川大輝さん、ですよね」

「知ってたか。まあ、さっきの舞台を観に来てたなら当然か」

 

 俺の名前は知っていて当然という、聞きようによっては不遜ともとれる態度だが、姫川大輝ほどの実力者ならば許される。実績・知名度という結果で示しているのだから反論のしようもなく、逆に知らなければ芸能界に身を置く者として無知にも程がある。

 

「良い舞台でしたよ。とても参考になりました」

「参考って、もしかして君も役者なのか?」

「ええ、まあ……大した実績もない駆け出しですが」

「ふむ。その気があるならウチ(劇団ララライ)の入団テストを受けてみないか? 俺が口利けば書類審査はパス出来るぞ。今のララライは若手のイケメン枠が手薄だから、金田一さん――ウチの代表の審査も甘めになるだろうしな」

「考えておきます」

「そうか。俺の名刺を渡しておくから、気が向いたら連絡してくれ。

 ――それじゃ、本題に入りたいんだがその前に、君の名前を聞かせてくれないか」

 

 マスクと帽子を取り、素顔を晒す黒髪の青年。彼は舞台の上ではともかく、プライベートは物静かというか、いまいち覇気が薄いという話を聞いていた。だが今の姫川大輝は舞い上がっているというか、やや興奮しているように見受けられる。まさかとは思うが――。

 

「……星野アクアです。先に言っておきますが、自分はノンケですよ」

「心配するな、俺にそっちの趣味は無い。ちょっと聞きたいことがあるだけだ」

 

 一応の確認。視線の種類が情欲の類ではなかったから、アッチの用事ではないだろうと推測していたが、念の為である。

 だが、かの劇団ララライの看板役者が、見ず知らずの無名の自分に一体何を聞きたいというのか。

 その疑問は、すぐに氷解することになる。

 

「初対面の人間にこんなことを聞かれて不愉快だとは思うが、答えて欲しい。星野には年の離れた兄が居ないか?」

「いえ、居ませんね。家族は妹と死んだ母親くらいです」

「なら、従兄や親戚はどうだ?」

「生憎ですが、母に親戚付き合いは無かったので……」

「そうか……。なら、君によく似た30歳くらいの男に心当たりは無いか? 名前は恐らくだが……『ヒカル』」

 

 ――神木ヒカル。まず間違いなく、姫川大輝が言っているのは奴のことだろう。

 

 こちらを真剣な様子で凝視してくる黒髪の青年。その端正な顔はなるほど、神木ヒカルの血縁と言われれば納得出来なくもない。

 姫川大輝。姫川愛梨の実子にして、上原清十郎の息子――の筈だったが本当は、当時小学生だった神木ヒカルの種によるものである。つまりは、星野アクアとは異母兄弟であり、この男もこの男で難儀な出生の秘密を抱えているものだなと、初対面でありながら他人事ではない共感を抱いてしまう。

 

(もしかして姫川大輝は、何らかの理由で自らの出生に疑いを持ったのか? それであの男を探しているとしたら――)

 

 ほんの数ヶ月前の星野アクアのように、芸能界という魔境の中で、実の父親を探し求める。

 その艱難辛苦は、金紗の少年にとって非常によく理解出来るものだった。星野アクアはあの男を見つける為に、芸能界で上に昇りつめようとしていたが、姫川大輝は二十歳になる前にそれをやってのけたのだ。それはもはや、尊敬に値すると言っていい偉業。

 

 アクアは神木ヒカルへの憎しみはもう無くなっていたが、好きか嫌いかで言えば当然、嫌いである。本気でアイを助けようとすれば出来た筈なのに、それをしなかった。情状酌量の余地はあるにせよ、アクアとルビーからすれば見殺しにしたのと大差ない。

 だから、神木ヒカルを庇い立てする義理など無い。姫川大輝が奴のことを知りたがっているのなら、己の知る限り全部教えても構わないと考えた。

 

 と、その時。アクアのスマートフォンに着信が入る。取り出して画面を見れば、電話元の名前は有馬かなだった。

 姫川大輝に断りを入れてから応答すると、開口一番に怒声が飛び出してきた。

 

『ちょっとアクア、アンタどこに行ったのよ! エントランスで待ってるんじゃなかったの!?』

「すまん、野暮用が入ってな。今建物の裏に居る。終わったらすぐ行くから待っててくれ」

『アクアも用事なの? さっき、愛梨さんも急用が入ったとかで居なくなっちゃったし……』

「あの女が……?」

『まさかとは思うけど、私を差し置いてアンタたち逢引きしてないわよね? もしそうだったら、ミヤコさんと一緒にアンタへお仕置きしなきゃいけないんだけど』

「ない。100%ない。それは断言できる。あの女と逢引きとか、頼まれたってお断りだ」

『……はぁ、信じてあげる。それじゃ、早く戻って来なさいよ』

「判った」

『それと――』

「ん?」

『好きよ、アクア』

「ああ、俺もだよ」

『あんまり女を待たせないでね』

 

 通話が切られ、また今度埋め合わせする必要があるなと小さく溜息を吐く。ふと視線を感じて背後を振り返ってみれば、姫川大輝は僅かに呆れたような表情を見せている。有馬かなの声までは聞かれていないだろうが、会話内容からおおよその事情は察したようだった。

 

「彼女か?」

「まあ、そんなところです」

「人生の先達として忠告しておくが、女を何人もたぶらかすのは程々にしておけよ。彼女から他の女との逢引きを疑われてるとか、一つ間違えれば修羅場待ったなしだからな」

「そんな事してな――」

 

 している。しているのだ。

 斉藤ミヤコと有馬かな。絶賛二股中の、三角関係進行中である。

 

「早く態度決めねぇと。刺されてからじゃ遅いぞ」

「笑えない冗談ですね……」

「まぁ、他人の恋路にあれこれ口を挟むのは野暮だから、これ以上は言わないでおくが。忠告はしたからな」

「……覚えておきます」

「話を戻すぞ。星野によく似た男を探してるって所だったな。……これを見てくれ」

 

 姫川大輝が取り出したのは、母親の遺品である携帯電話。パスコードを入力しようとして、その指先が一桁目のボタンに触れる直前で――止まる。

 見せるべきか、止めておくか。パスコードを解除したとしてその先に映っているのは、一糸纏わぬ姿で首輪に繋がれた、10歳前後と思しき金紗の少年。ネームプレートには「ヒカル」の文字。持っているだけで犯罪になるのは間違いない為に、今まで誰にも見せられず、相談も出来なかった忌まわしい画像。

 だが、ようやく手がかりを見つけた。星野アクアと「ヒカル」の間には何らかの関係があると、黒に近い疑いを持っていた。先程「ヒカル」の名前を出した時、目の前の少年にほんの小さな動揺が走ったのを見咎めたのだ。

 必ず、聞き出してやる。そう意を決してパスコードを打ち込もうとしたその時――。

 

「……は?」

 

 忽然と。手に持っていた携帯電話が、消え失せていた。

 

「お前、何でここに居る……!?」

 

 星野アクアの声と視線を辿ってみればその先に、中学生くらいの少女がそっと佇んでおり、彼女の手には今しがた持っていた筈の携帯電話が握られている。

 頭の後ろで纏められた長い黒髪。染みのない透き通った白い肌。小さく形のいい顔の上に眼鏡がアクセントになっている。細く長い手足に、真っ直ぐに一本筋が通った美しい姿勢。その類いまれなる容貌は、あと何年かすれば口説く対象になっていたに違いない。

 

「こんな面白そうな見世物、見逃す手はないと後を尾けてみれば――意外や意外、とんだ拾い物だったわね」

「……おい、女。その携帯電話は俺のモノだ。大人しく返せ」

 

 姫川大輝自身、今まで発したことのない程に低い声。母の遺品である携帯電話、他の誰にも触らせた事のないそれは、掛け値なしに彼にとって逆鱗そのものだった。だが、

 

 

 

「俺のモノ? 返せ? ……ふふ、違うでしょう。

 だって、これは――」

 

 

 

 少女の指が携帯電話の上を滑り。

 一つ、また一つとコードが入力されて。

 

 

 

「貴方の母親のモノでしょう。違うかしら?」

「何で、それを……」

 

 

 

  ――自分のせいだ。

 自分が父親に携帯電話のことを話さなければ、母親は死なず、役者の世界に永きに渡って語り継がれる存在になれていたであろうに。

 

 僕が仇を取る。母親に代わって最優秀主演賞を取ってやると、彼は芸能界に入ることを決意した。

 児童養護施設を出た後、彼は劇団ララライの門を叩き、役者の腕を磨いていくことになる。

 

 その過程で、少年はもう一つの戦いに身を投じていた。母親の携帯電話、そのパスコードを突破するという戦いに。

 パスコードを間違える度に30秒間操作出来なくなり、何桁かも判らない。毎日少しずつ時間を作って、一つずつ。

 百通り試すのに半日、千通り試すのに1ヶ月。毎日、毎日、毎日。

 そのせいで、少年の視力はすっかり落ちて、第二次性徴期に入る頃には眼鏡が手放せなくなっていた。

 

 数年後、ついに突破されたパスコード。途中でバッテリーが死んで一度交換した、その携帯電話。

 画面に映っていたのは――一糸纏わぬ姿で首輪に繋がれた、金紗の少年。ネームプレートには「ヒカル」の文字。年頃は10歳前後であろうか、画像の日付からして、父親と母親が結婚するさらに前に撮られたもの。

 

 

 

「駄目でしょう? こんないかがわしい画像を後生大事にして。もう貴方は成人しているのだから、こんなモノを持っているなんて周りに知られたらただじゃ済まないわよ」

「馬鹿な、何でパスコードを知ってる……!?」

 

 

 

 あっさりと。至極、あっさりと。

 黒髪の青年が突破するのに何年もかかった堅牢な防壁は、漆黒の少女の前には無力に等しかった。

 彼の努力など取るに足らないとでも言うかのように、たった数秒で主導権を奪われていたのだ。

 

 暫くの間は、少女が携帯電話を操作する音だけが響き、少年と青年は言葉も出ない。その後、「これでよし」と少女は呟くと、躊躇いなく手の中の携帯電話を背後に放り投げた。

 その先にあるのは、川。

 

「なっ……!?」

 

 姫川大輝の叫びも空しく、特に防水機能を備えていない旧世代の端末はあっという間に浸水を許し、彼を縛り続けてきた呪いにも似た想い出は永遠に失われた。

 

 

 

「良かったわね、これで掃除はお仕舞い。劇団ララライの看板役者が児童ポルノの所持で捕まった、なんてことになったら洒落にならないものね」

「……オマエ……誰だ!?」

 

 

 

 女と母。

 男と家庭。

 悪と善。

 非常識と常識。

 禁忌と倫理。

 官能と貞淑――。

 両者の境界線上でたゆたう女の、ゆっくりとしかし確実に奈落へと転げ落ちていく退廃的な女優の演技は大いに評価され、その年の最優秀主演女優賞の候補に上がった。

 

 

 

「誰だっていいでしょう? 女の子の秘密を暴いていいのは、その子の伴侶となる男だけ。あんまり聞き分けが悪いようなら、貴方が何歳の時までおねしょしてたか、ララライのメンバーに言いふらすわよ」

 

 

 

 闇と光の中心で。

 姫川愛梨/天河メノウは、美しく笑った。

 

 

 






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