星の子どもたち   作:パーペチュアル

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 Agate/アゲート

 瑪瑙(メノウ)の英名。
 イタリアのシチリア島にある「Achates(アカーテ)」という川で発見されたことから名付けられた。
 世界各地で産出されるがゆえに、瑪瑙には正確な定義が無く、綺麗な天然石の総称として使われることもある。


Agate 1

 

 

 

 舞台劇が終わるや否や、姫川大輝はマスコミのインタビューが来るより先に壇上を去っていった。演劇以外では無表情・無気力な様子が目立っていた彼が、珍しく真剣な表情をして駆けていくのを見て、黒川あかねはただただ困惑するしかなかったのだ。

 とはいえこのまま放っていくわけにもいくまいと、後を追いかけ会場中を探し回る蒼玉の少女。一体何処へ行ったのかと足がエントランスに差し掛かった所で、意外な人影を見つけた。

 

「かなちゃん……?」

 

 平均身長よりもやや低い、女子中学生くらいの小柄な体格に、色鮮やかな深紅の頭髪。

 よく見知った人物でありながら彼女だと断定出来なかったのは、遠目から、しかも背後からその姿を見ただけであること。そして深紅の髪が記憶よりも長くなっていたからだ。黒川あかねの知る限り、初めて会った子役の時から有馬かなは同じ髪型であり、それは数ヶ月前に放映された「今日は甘口で」のドラマにおいても変わっていなかった。だから本当に有馬かな本人かどうかは自信が無く、そのまま放置して姫川大輝を探しに戻ろうとした、のだが。

 視線の先で、深紅の少女は顔を上げたりスマートフォンを見やったり、靴の爪先で地面をコツコツと叩いていたりと、随分と落ち着きがない様子だった。やがて彼女は意を決したようで、端末を仕舞うと建物の外に向かって駆け出していく。

 

(きっと、誰かと待ち合わせでもしてたのかな……)

 

 何故か、気になった。どうしてか判らないが、確かめてみようと、思った。

 何を確かめたいのか、自分でも判然としないままに。

 

 

 

 

 

 

 星野アクアと姫川大輝、そして姫川愛梨/天河メノウの居る空間は張り詰めた緊張感に包まれていた。もっとも、漆黒の少女はそんな雰囲気などものともせず、懐かしそうに二人の様子を睥睨している。

 

(この女、マジで何者だ……?)

 

 顔も声も、年嵩も体格も、「彼女」とはまるで違う。

 だが。その雰囲気は、口調は、態度は、唇がかたどる余裕の笑みは、記憶に残る「彼女」にそっくりだった。

 

 ハッタリかもしれないが、少なくとも姫川大輝の過去や置かれている状況をそれなりに知悉している。――いや、「それなり」どころではない。

 誰にも見せたことの無かった母親の携帯電話の正体を看破したこと。

 姫川大輝の弱点を、狙いすましたかのように突いてくること。

 そして何より、黒髪の青年が突破するのに何年もかかったパスコードを、一発であっさりと突破してのけたこと。それが出来るのは最初からパスコードを知っていたからに他ならないわけで、そんな人間などただ一人しか居ない筈であり。

 

 まさか。

 まさか、

 まさか――

 

 有り得ない、という常識と。もしかしたら、という願望が。姫川大輝の中でぐるぐると渦巻いていた。

 

「お前は、お前は……まさか!?」

「違うわ」

 

 だが漆黒の少女は、問いが発せられる前に先んじて否定する。

 

「貴方の母親は死んだ。それは歴とした事実よ。

 でも折角の機会だから、このわたしが貴方の問いに答えてあげるわ。色々と知りたいこと、あるんでしょう? 貴方の母親について、わたし以上に詳しい人間は居ないわよ、きっと」

「……どういうつもりだ」

「悩みを抱えたままじゃ、ここから上は目指せないということよ。このわたしが直々に、貴方をすっきりさせてあげるから。

 ……そういえば、最優秀男優賞を獲ったらしいわね。遅くなったけど――おめでとう」

「あ、ああ……」

「話しにくいなら、わたしの方から聞きましょうか。金ちゃんは元気にしてるの?」

「金田一さんは相変わらずだ。けど、もういい年なんだから酒や煙草は控えて欲しいんだがな」

「貴方ももうすぐ二十歳なんでしょう? どっちも程々にしておきなさいよ。酒は飲んでも飲まれるな、酔った勢いで取り返しのつかないことをしでかすなんて、よく聞く話よ」

「ああ、気を付ける」

「ご飯はちゃんと食べてるの?」

「問題ない。役者は身体が資本だからな」

「ふふ、そうだったわね。でも外食ばかりじゃ栄養が偏るから、時々は自炊なり彼女に作って貰うなりしなさいよ」

「善処する」

 

 それは、不思議な光景だった。初めて会う二人なのに、その問答は上京した息子と故郷の母親の会話にしか聞こえない。

 それもそのはず、十数年の時を経てようやく再会した母子なのだ。時代や場所、肉体さえも移り渡ろうと、変わることのない母子の関係。自覚していなくとも次第に緊張が解れ、滑らかになっていく姫川大輝の口舌。

 姫川愛梨は性格も行動も問題だらけの、生まれ変わってなお周囲を巻き込んで場を掻き回す女。星野アクアにとってはお世辞にも好きにはなれない人物だが、少なくとも実子の大輝からは慕われていたようだ。その点では、彼女は母親としては優秀だったと言えるのかもしれない。

 

(ああ、羨ましいな……)

 

 復讐は終わり、憎しみが消え去っても。失ったものは戻らない。アイは、帰ってこない。

 斉藤ミヤコと結ばれようと。有馬かなと付き合うことになっても。星野アイの代わりにはなれない。一番星の代わりは、誰も居ない。

 アイに、会いたかった。会って、たくさんのことを伝えたかった。

 家族会議で斉藤ミヤコに言われたように、星野アクアは母親にほとんど甘えていなかった。母親らしいことをさせてやれなかった。

「親孝行したい時に親はなし」という言葉通り、失って初めてその大切さに、気付く。

 この世に神様が居るのかは知らないが、転生したことで、前世では居なかった母親とやり直す機会に恵まれたにも関わらず、千載一遇のその機会をふいにしてしまった。

 かつては、医者という他人の命を預かる職業に就いていたというのに。人間の命など時として病葉より儚いものだと、余人よりずっとよく知っていた筈なのに。こうして自分はまた、後悔の念に暮れるばかりだ。

 だからこそ、歪な形であってもまた再会できた目の前の二人が、羨ましかった。

 

「……不思議だな。初対面の人間に、ここまで色々と話したのは初めてだ」

「そう? そんなに突っ込んだ話はしてないけれど……。普段、愚痴や本音を聞いてくれる人は居ないのかしら」

「……居るぞ」

「居ないのね。貴方も演劇だけじゃなくて、胸襟を開いて話せる人間を作りなさい。最後の最後に役に立つのは人との繋がり、つまりはコネなんだから」

「む……」

「わたしもね、ここ数ヶ月は本当に楽しいの。(前世)のことや本音を話せる人たちが出来て、とても充実した日々を送っているわ。貴方にも、そんな人が出来るといいわね」

「そう、だな……」

「それじゃ、今日はこの辺りでお開きにしましょうか。貴方と話せて楽しかったわよ」

「ああ、俺もだ――って、おい! まだ話は終わってないぞ!」

「わたしは明日も学校があるから、もうそろそろお暇しないといけないのよ。宿題もあることだし……」

 

 仮にも中学生ならば、宿題があったとしても何ら不思議ではないのだが、この女の口から「学校」や「宿題」なんて単語が出るのは凄まじい違和感を覚えた。

 しかし、姫川愛梨/天河メノウは「貴方の問いに答えてあげる」などと(うそぶ)きながら、実際は姫川大輝の私生活や交友関係の情報を一方的に抜き出しただけである。それはさながら、思春期に入って親からやや距離を置いている息子と、そんな子どもの内情を知りたがる母親のようでいて。

 

「どうしても聞きたいことがある。これだけは答えてもらうぞ、必ずだ」

「仕方ないわね、言ってごらんなさい」

 

 黒髪の青年は拳を握りしめ、眉間に皺を寄せ、歯を食いしばる。

 ずっと気になっていたこと。携帯のパスコードを突破したその日から、脳裏にこびりついて離れない疑問。

 

「あの画像の、金髪の子どもは、『ヒカル』は一体何者なんだ!? 俺の母親と、どういう関係だったんだ!?」

「どういう関係、ですって? 貴方の母親は犬好きだったのは知っているでしょう。つまりは、そういうことよ」

「……っ!」

 

 だが、首輪の先に繋がれていたのは犬ではなく、一糸纏わぬ姿の金紗の少年。「そういうこと」ならば、姫川愛梨はとんでもない性癖の持ち主だったということである。

 母親の優しい笑顔、厳しい態度、美しい所作の裏側に。実子には決して見せなかった奥の奥には、見るに堪えないおぞましき闇が隠されていたという事実。

 煩悶する姫川大輝に向けて、少女から一枚の紙片が手渡される。それは社名、代表者名、電話番号等が記載された名刺。

 

 

 

 ――神木プロダクション

 ――代表取締役:神木ヒカル

 

 

 

()()()』。

 ばっ、と勢いよく顔を上げた姫川大輝に、魔女からの誘惑(取り引き)の言葉が投げかけられた。

 

「これ以上を知りたいのなら、わたしたちの所(ウチ)へ来なさい。姫川大輝。

 神木プロダクションは、()()()()の来訪をいつでもお待ちしています」

「誰がお前らのプロダクションなんぞに行くか」

「……金田一さんには借りがある。そうそう移籍するわけにはいかない」

「あら、残念。やっぱり、わたしはスカウトには向いてないようね」

 

 上辺だけは残念そうにしている少女と、嫌悪感を隠そうともしない少年。その二人の影で、青年の顔色は晴れないままだった。

 大物女優が若い男を囲っていた、なら判らなくもない。姫川大輝とて若いながらも有名な俳優、その手の話は芸能界では事欠かぬものだとはよく知っている。事実、彼自身も(とう)が立った先輩女優から、遠回しに愛人にならないかと持ち掛けられた経験があるのだ。

 

 だが。よりにもよって自分の母親が、憧れであり誇りにしていた女優が、年端も行かぬ子どもを食い物にしていたという事実。薄々そうではないかと察していながら、何かの間違いだろうと目を逸らしていた。

 

『姫ちゃんってお母さん似だよね』

 

 昔共演した不知火フリルに言われた言葉。嫌いだった父親と、憧れ慕っていた母親。自分が母親似だと言われてその時は嬉しかったが、彼女の真実を目の当たりにした今となっては――。

 

「そんなにショックなの?」

 

 姫川大輝より頭一つ以上低い位置から、覗き込むように見上げてくる漆黒の少女。母親の面影を色濃く残す女。

 

「俺は……」

「辛いなら、忘れてしまいなさい」

「何だと?」

「貴方が前に進むのに重荷となるなら、障害となるのなら。そんなモノは捨ててしまいなさい。割り切ることが出来なければ、切り替えることが出来なくては、想い出と共に海へ沈むだけよ」

「……っ!」

「貴方の母親なら、きっとこう言うんじゃないかしら。『わたしのことは忘れて、自分の人生を精一杯生きなさい』」

 

 それは、母親からの優しい慰めと激励の言葉だった。

 同時に、残酷な決別の言葉であり、呪いから解放する癒しの言葉だった。

 姫川大輝はその言葉を静かに受け止め、咀嚼し、反芻し、己の記憶と経験に照らして――、

 

 

 

「嘘だな」

 

 

 

 彼女の言葉を否定する。解釈不一致、だった。

 

「どういうことかしら?」

「俺の母親なら、そんなことは言わない。あの人はかつて、俺にこう言ったんだ」

 

 

 

『役者は、観客の心に爪痕を残さなくてはいけないの。毒にも薬にもならない人間は、一流の役者にはなれないわ』

 

 

 

「だからあの人が他人に、ましてや息子である俺に『自分のことを忘れろ』だなんて、絶対に思わない。だから嘘だと言ったんだ」

 

 それを聞いた姫川愛梨/天河メノウは珍しく、本当に珍しく驚いた顔をして。

 

「ふふ……。そうね、そうよね。本当に……貴方の言う通りだわ。どうやらわたしも、随分と平和ボケしていたようね」

 

 やがて――先程まで顔に張り付けていた余裕の笑みではなく、本心から嬉しそうな愉しそうな、そんな笑顔を浮かべてみせた。

 

「ありがとう、大事なことを思い出させてくれて」

 

 漆黒の少女はゆっくりと距離を詰め。

 見上げるような、ではなく。文字通りに、下から見上げる懐へと入り込み。

 

「だからこれは、お礼」

 

 爪先立ちになり、姫川大輝の頬にそっと、親愛の口付けを捧げた。

 ここ数ヶ月の星野家との付き合いの中で、斉藤ミヤコと双子とのやりとりに、姫川愛梨/天河メノウも感じ入るものがあったのだ。

 

 

 

「……お前、本当に……何者なんだ?」

「申し遅れました。神木プロダクション所属、天河メノウと申します」

 

 

 

 妖艶な女の雰囲気が、磨けば光る地味な少女のものへと切り替わる。

 姿も形も、顔も声も変わっていないのに、一瞬にして別人になったかのような錯覚を抱く。

 

 

 

「そう遠くないうちに、わたしも芸能界に入る(女優として返り咲く)ことになるかと思います。

 もし共演することがありましたらその時は是非、わたしのことを推して下さいね――先輩」

「……また、会えるか?」

 

 

 

 数秒の間、時が止まった。

 その言葉の意味する所は、つまり。

 

「姫川さん。悪いことは言わないから、この女だけは止めといた方がいい。こいつは男を(たぶら)かして破滅させる女ですよ」

「アクアさん、女優にとってそれは褒め言葉ですよ。男を堕落させる魔性の女(ファタール)は、一流の女であることの証左ですから。

 

 ――()()()()()。わたしはね、首輪が似合う男の子が好みなのよ。御免なさいね」

 

 漆黒の少女は星野アクアの腕を取って抱き着いてくる。あえて姫川大輝に見せつけるように。

 

「ふざけんな。俺は首輪なんて付けたことないのに、何で似合うなんて判るんだ。あと俺にくっついてくるのは止めろ。お前に触られると鳥肌が立つんだよ」

「ヒカル君はとてもよく似合っていたんだから、貴方に似合わない筈がないわ。それはわたしの確信よ」

「……お前ら、付き合ってるのか?」

「違う! 断じて違う!」

「アクアさん、ひどいです。わたしはあの夜が忘れられないのに……」

「ああもう、この女は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの夜が、何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員の動きがその場に縫い留められる。金紗の少年は首だけ動かし、振り返ってみれば。

 そこには――彼の女の片割れが、仁王立ちしていた。

 

「100%ないとか言っておきながら、しっかり逢引きしているじゃない。……ああ、泥棒猫に男を持っていかれるのって、こういう気分なのね――()()()()

 

 元天才子役にして女優、女として今まさに花開こうとしている少女、有馬かな。

 かつてないその迫力に、星野アクアはごくりと生唾を飲み込んだ。

 

 

 




 さらにもう一つの爆弾が迫っています。
 次回、有馬かな VS 黒川あかね。
 修羅場です。


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